第八章 日本橋の千疋屋オーダー制フルーツバイキング 3
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「あー!困ったなぁー!」
アプリ研フラクタルの部長、嶋中アランが聴こえるように独り言。
「あれ、嶋中さんじゃないか?」
と虎丸が、北海道話に花が咲く芽理亜と菜乃の会話をさえぎる。
アプリ研は映創祭の記録や広報、設備や進行をサポートしている。
開会式は実行委員会の開会の辞、スモークや花火などの演出で、ダンス部が踊り、そこから、特設ステージではバンド対抗戦が絶えず行われる。
だが、それはほとんどカラオケ歌合戦で、演奏はアプリ研が作成した〈歌声カットアプリ〉でyoutubeの映像やCDをそのアプリに通すと歌声が消えて、インストゥルメンタル・バージョンに変わるのだ。
しかも楽器のパートも消したり、逆に追加指示した楽器を演奏に合わせてAIが奏でることができる。
本日は平日木曜でそれほどではないが、土日祝では近隣ののど自慢の商店経営者のおじさん・おばさんたちも大きなステージで歌えるとなかなか盛況なのだ。
「どうしたんですか?」と菜乃が嶋中に尋ねる。
「声優部がトップバッターだったんだけど、10:30から朗読劇の主人公がインフルエンザで当日欠勤。そこで少ない時間で代役を立て、全員で調整中だから、来られないって、今言われたんだよ!」
トップバッターを務めるだけあり、声優部は本大学のヴォーカルでは花形だ。
開幕式には上映や開演するサークル、模擬店の売り子たちに空いている者たちは来るようにと実行委員会からお達しが回っていた。
平日で、ただでさえ、開演や模擬店の準備している中、人数を割いてもらって観客になってもらっているのに、帰れとも云い辛い。
ダンス部に延長してもらっているが、彼らの疲労が観客にも伝わっている。
「嶋中さんが歌えば、いいんじゃないですか?」と少し意地悪そうに虎丸。
「イヤだよ!恥ずかしい!」と返す嶋中。
「芽理亜、行くかい?」と菜乃。
「曲は?」と芽理亜。
「『どしゃ降りWonderland』」と菜乃。
「嶋中さん、この3曲め、歌声カットでお願いします。30秒後には出られますよ」と芽理亜はiPhoneの音楽アプリを指しながら。
「あ、キーボードもカットで、この曲ならば、たたける!」と菜乃。
「じゃあ、持っているだけ、ギター」と虎丸。
「僕はベースでいきます。持っているだけだけど」とあきら。
そしてイントロが流れ出す。
ダンサーたちが下手に消える。
芽理亜、登壇そうそう、ジャンパーを脱ぎ捨てる。青いドレス姿。
実行委員会に云われて、来てもらっている学生、50人くらいがそのパフォーマンスに喝采を浴びせる。
―こんな大舞台で、鍵盤、久しぶり!
菜乃、アレンジを少しくわえてたたく。
ジャンパー脱ぐときに舞台の地面においたマイクを右手で拾い、ボタンを入れる。
♪スキップしてく レイン・シューズ
みんな振り向く どしゃぶりWonderland!
♪ビルも街路樹も ほら
洗われて 輝いて見える
恋をしているせいね
♪いつも待たせるカフェテラスで
彼が待つのは ずぶ濡れWondergirl!
♪いちど傘さしたけど
戻ってビニール・ハットにした
傘は一つあればいいもの
♪踊るときめきはウォーター・プルーフ
水玉模様
どんな嵐だって 心の庭
塗らせはしないはず
カーステレオから流れるこの曲でキーボードのパートを覚えただけでなく、菜乃はバックボーカルの歌詞も覚えていた。
流石はこの八ヶ月で名コンビに育った、菜乃とメリア。
そのハモりは約50人の観客を魅了した!
『誰だ!このバンド?すっごい!刺さるんですけど!』
『この曲なに?オリジナル?なんてかわいい歌詞!!』
『こいつらナノメリアだ!あのベースのかっこいい男の子とギターのかわいい男の子がゲイなんよ!』
『えっ!?ギターとヴォーカルが、ベースとキーボードが付き合っているんだじゃないの!?キャンパスではその話題で、今!持ち切りさ!』
♪ジーン・ケリーもヘップバーンも
恋をしていた どしゃぶりWonderland!
♪水たまり すぎるタクシー!
今 孔雀みたい はねあげた
横断歩道ひとつジャンプする
♪ただの幸せがウォーター・プルーフ
あなたが好き
そう思うだけで 憂鬱さえ
はじいて消せるのね
♪踊るときめきはウォーター・プルーフ
水玉模様
どんな嵐だって 心の庭
濡らせはしないはず
♪ただの幸せがウォーター・プルーフ
あなたが好き
そう思うだけで 憂鬱さえ
はじいて消せるのね
中学時代の水泳による体力と高校時代の軽音部のライブパフォーマンス、芽理亜はその二つの経験上、キレッキレの振り付けを魅せた。
観客50人も、アプリ研や実行委員のバックスタッフからも満場の拍手を4人に浴びせた。
「10時半から!大教室!ナノメリアの『デリリウム』と『トゥ・オブ・アス』よろしく!」
芽理亜、そう叫ぶ。
上手を見ると、次の出演者がいるのが見える。
下手に4人が下がると芽理亜がマイクを返した嶋中が礼を云う。
「さぁ、盛り上がってまいりました!」と虎丸。
「私だけ、普段着だったんですけど!」と菜乃。
「いえ、酉野さんはそれでいいんです」とあきら。
楽屋から出て、大教室のある棟へ4人は向かう。
「ここからはシュトゥルム・ウント・ドランクだ!」と芽理亜。
映創祭、文化の日祝日月曜を最終日とする五日間。
木曜の31日から始まるのは関係者、この大学の学生、教授陣、職員が観るための演劇でいうゲネプロのような日だ。
だからレコンキスタとヘディラマーの闘争は今、この大学で知らぬ者はいまい。
自分らの催しや模擬店は明日金曜日以降をメインにし、皆が今日、この2団体の映像作品を観ようとしている。
しかし非公式ながら、かの龍王院エリスの新作とそのエリスが挑み・伊野聡悟が目をかけるナノメリアに注目は集まり、このゲネプロの日に業界関係者が多く観に来るという話も双方の耳には届いている。
菜乃と部員は観たが、芽理亜たち3人は未だ観ていない。
そこで、確かにエリスの「ボルトアクションライフルガール」は気になるトコだが、まずはナノメリア3部作から、自分たちの中の試写会も兼ねて観ることにした。
しかしさぁ、ここまで書いておいたなんなんだが、この映画勝負って地味なんだよねぇー。
格闘技戦や戦闘ロボット戦までいかなくても、食べ物対決とかだったら、未だ盛り上がりの演出あるけど、結局最低でも小1時間座っているだけなんで。
そりゃ、いろいろ盛り上げるよ。
残念ながら、ナノメリアの演奏を聴くどころか、特設ステージに出演していることすら知らなかった先輩3人はレコンキスタのカレー蕎麦の模擬店にいた。
「伊野、来てそうそう、カレー蕎麦を喰うとか、どうかしているぞ」と提供しながら翔。
「うん、美味い!やっぱ、おまえ蕎麦屋継ぐのはどうか、彩!」と伊野聡悟。
「ちょ待て!単著をフィルムアート社から出ること決定したから、野笛の親御さんに結婚許してもらったんだから、茹でてるヒマあるか!」と翔、茹でながら。
「両方やればいいじゃないか、蕎麦と映画評論、そのこころは『かけ』は安い」と伊野。
「なんかさ、その同じ女のカラダを共有した男同士のホモソーシャル、気持ち悪いんですけど」とエプロン姿の野笛。
「女の子がそんなこと、言うなよ~!」と伊野と翔、ハモる。
「開始直後、ほとんど客は来ない。二人で行っておいでよ。私、今ここのシフト入っているからさ」と野笛がその男同士に声をかける。
その男同士、苦笑。
「さて、伊野くん、どっちから観ますか」と翔。
「彩くん、俺はおまえほどヒマじゃない。だから、並ばないよう、あらかじめ初回の龍王院の方、予約してある。それも2席。どうか?」と伊野。
「じゃ、そろそろ、行きます、か!」と翔。
―伊野さんが、翔誘って二人で観たかったの、とっくにお見通しだってーの!
と野笛は蕎麦を茹でながら、思った。




