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第八章 日本橋の千疋屋オーダー制フルーツバイキング 1



     1



「ゆったりとお風呂に入りたい」と云ったのは芽理亜だった。

でも虎丸とあきらも賛同した。

そこで新千歳空港内のスーパー銭湯につかることして、又最終便で帰ることにしたら、エンジントラブルで飛ばなくなり、明日早朝に帰ることとなった。

『編集終わった!今簗木部長に完パケ渡した!』と菜乃からメールがきた。

そこで芽理亜はカプセルホテルに泊まり、あきらと虎丸は温泉内の仮眠室で一夜を明かすこととなった。

「いよいよ明日、映創祭だ」と虎丸。

「あっという間でした」とあきら。

仮眠室を出て、二人、缶コーヒーを飲みながら、自販機の前で話す。

「タイヘンなシーンやらせてしまった。おれがもっと反対すべきだった。後悔している」と虎丸、ジョージア北海道限定サントスプレミアムを飲みながら。

「大丈夫でした」とあきらはジョージアエメラルドマウンテンを飲みながら。

「大丈夫?そんなふうに見えなかったから」

「いえ、大丈夫でした。だって、虎丸くんが助けてくれると知っていましたから」

「ありがとう、ありがとうな、あきら」

―そう、助けてくれたならば、その恩に報いなければいけない。

13年前、東日本大震災時、あきらは6歳、母親に連れられ、被災地へボランティアに行った。

未だひと月も経っていない、素人が何をしに出かけたのか、どういうつもりだったかはよく知らない。

でも、ともかく母親は兄が強固に反対したので、弟のあきらを伴ってカローラで7時間かけて出かけた。

そんなに時間がかかったのは母親がペーパードライバーであったことと、大地震発生直後で道路が混んでいたからだ。

父親は「どうせ、現地に行きゃあ、気が済むだろう。大してやることはない」ととめはしなかったが、その母親に声をかけたカメラマンがいた。

「おたくの坊やを被写体にして、この惨状を国内、いや、世界中に伝えたい」

壊れた水道から水を飲むだけ、と云われていたが、その男は「震災で焼け出されたんだから、服を着ているのはおかしい」と云われ、母親はあきらの服を脱がすのを手伝った。

全裸の幼児が瓦解した町で、壊れて1本立っている水道から、水を飲んでいる。

その写真は人々の胸を打ち、ネットで拡散された。

以前から報道写真ではそこそこの知名度を持っていたカメラマンの代表作となり、あきらを連作の被写体に、と請われた。

あきらの母親は、息子がこれほどの天災の復興のシンボルになることを喜んだ。

「子どもの写真が拡散され、心無い人々から偽善だ、性的虐待だとネットで非難される、もうこりごりだ!僕は彼を成人まで見守りたいと思う」

こうして被災地で丸2年、あきらは毎週末母親と出かけ被災地で笑顔でごはんを食べたり、残骸を呆然と見守る姿が撮影された。

母親は被災地に行く度に、復興のシンボルの母としてもてはやされ、ボランティアの中でも発言権を握った。

そして出版された写真集「被災地の天使」はなかなかの評判になった。

あきらの憂い顔やその反面の無邪気な笑顔、日本海側の美しい自然、その二つの美を壊すような暴力的残骸たち、そのコントラストは確かに優れたものだった。

だが、ネットから、またもや火が付いた。

―あの少年は現地の子どもではない。

するとあきらが通う西日暮里の小学校にマスコミやユーチューバーが出没し始めた。

「お父さん、ボランティアで会ったひとに物凄い良いひとがいて、このままでは学校やご近所にも迷惑がかかるし、あきらをそのひとの施設に預けようと思うの。とてもいい自給自足して、自然を愛する人々が運営する村なんだって」

あきらはこうして岩手の山間部にあるその〈村〉に一人で移った。

「相川くん、おはよう!帰るよ!菜乃の待つ、東京へ!」

「はい、絶対に龍王院さんに勝ちましょう!」

これは現在の芽理亜とあきらの会話。

3人はジャンボジェットに乗り込んだ。

そして離陸。

―そう、ちょうどこの眼下の山の中にその〈村〉はありました。

〈村〉であきらは賓客扱いだった。

皆は集団で寝泊まりしていたが、個室が与えられた。

そこは教祖の息子が昔使っていた個室で、特撮の全話DVDがたくさんあった。

あきらは暇つぶしにそのDVDの大半を観た。

母親が云うそのボランティアのよいひととは、当時50歳くらいの女性で、その〈村〉であきらの世話、料理や洗濯、を行った。

―すみません、性的な絶頂はあるんですが、未だ精液は分泌されないのです。

夜な夜なその50歳くらいの女性はあきらの布団に入って来た。

最初は「こんなに小さいのに、あんなに遠くから、一人ぼっちでかわいそうに」と抱きしめながら寝てくれたが、あきらの幼い陰茎が硬くなっていることに気づくと、オーラルで射精に導こうとし始めた。

そんな汚濁のような夜が続いて、寝室に入るといつもお菓子をくれる30代女性が、ネグリジェを着て待っていた。

後年、あきらは気づくのだが、いつも喘ぎ声を出していた五十路のおばさんが自分にしていることがその声でバレて、他の女性信者に弱みを握られ、共犯になることを提案されたのだ、と。

―だから、あんなシーンは平気だったんですよ。

―このひとたちだって、以前からペドフェリアであったのではない。こういう実社会から遠い村で、そういう子どもがいたから、そうしているだけなんです。

―「決まっているじゃないですか。そういう役を振られたからです」加害者という役、被害者という役。

―「だから、そんな表情、めったにひとは、特に女はしないものです。判って欲しいんだから」でも、判ってもらったからって、それがどうなるのか?

幸い、あきらの寝屋に入って来たのは、年配女性計3人だけだった。

そしてふた月ほどだった。

父親が殴り込んできたからだ。

遅かったら、男性もあきらの寝屋に侵入してきたことだろう。

「やめて!パパ!ここにいるのがあきらの幸福なのよ!」

あきらの父親は自分の細君の首根っこを掴み、吊るし上げて、集会場の地面に叩きつけた。

「じゃあ、ママだけ、ここに残れ!」

結局、母親は夫とあきらと共にこの〈村〉をここで去る。

帰りの車内で「もう政治的・宗教的な活動をしないこと!それが離婚しない条件」と諭された。

小学校を半年休んでいたので、教師たちからの追求が激しくなっていた。

そこで父親が遂に動いたというワケだ。

―そう、夫婦というのも共犯関係にあるのですね。

「おやじ!あんたの女房は明らかにおかしいだろう!」

それからあきらの兄はことごとく両親に反抗した。

―でもね、お兄ちゃん、その夫婦には何を言ってもムダです。

小学校に戻ったが、あきらは皆が関心持つものにもう関心は持てなかった。

何かやりたいこともなく、嬉しいと思うこともなく、最近思い出したのだが食べ物の味を中学生になるまで味わえていなかった。

母親はそれから、コーラス部や文章のサークルに入って、それなりに楽しそうにやっていた。

父親もそれでよいと思っていた。

―これ以上なにを望むのでしょうか。

「相川くん、俺さ、大学の時に精神分析を習う学部に行っていたんだ。カウンセリングの腕前は教授の折り紙つきだった。でもさ、そういう患者さんの話を聴くとはかなりシンドイから、音楽の会社に就職したんだ」

あの夜、菜乃のにーに、恵草の発言。

―楽しく渡辺宙明の特撮ソングを語り合っていたのに、いきなり、何。

「相川くん、なんか、子ども時代に辛いこと、会ってないか?」

―たまにこういうひとがいる。

「すまなかった。忘れてくれ、こういうとこが俺はダメなんだろう」

―ダメですよ、あなたには覚悟がないから。

「あきら、おまえも一緒に来ないか?あの両親はクソだよ。おまえを守ってあげられなかったのが心のトゲになっている。女房が二人連れてくるなら、おれはおまえを連れてくる、って、アリじゃないか」

兄が出ていった夜。

「お兄ちゃん、ぼくさ、大学行って友達と好きな女の子ができたんだ」

「そうか、でも」

―兄としては自分の家から大学に通うことを提案したかったのでしょう。

「僕はもう大丈夫です」

「そうか」

「はい、大丈夫です」

「そうか、あきら、そうか、気をつけろよ」

―兄貴もな。

「せっかく、普通の大学生の生活を送れているのに、なんで、また、ってそう思ってしまうので、やりたくないです」

そして留萌のビジネスホテル、裏手、非常階段。

「うん。ごめんね。やらなくていい、やらなくていいから、本当に」

「わざわざこんな遠方にまで、3人旅客機できて、許されることではありません」

「もう帰ってきなよ。もう」

受話部からは菜乃のすすり泣き。

―ありがとう、酉野さん、泣いてもらったのは、生まれて初めてでした。

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