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第七章 新千歳空港の豚丼専門店ドライブインいとう 10



     10



「おい、これをやるのか」

助手席の虎丸。

交代で運転してきて、今は芽理亜が運転中。

後部座席のあきらは免許を持っていない。

iPadであきらもその台本を読んでいる。


●道内・砂浜

豪雪。

焚火の前に数人の男たち。

彼らは全員でハチを輪姦しようとしている。

リュウが脱兎のごとく突進し、火のついた木を振り回したりして、男たちを追っ払う。

ハチ、真っ青な表情。

リュウ、ハチを抱きしめる。


このたった7行のために今、北方の地まで来た。

「風景として雪の画が欲しいな、だけではなかったのですね」

あきらの声のトーンはいつもより低い。

「うん、芝居をいれようと追加した。この話、バンKも黒銃も結局いいひとになった。だからモブでも描く世界には悪人がいることを伝えたい。そしてハチを命がけで助けるリュウが見たい」

勿論視線は前方から離さない芽理亜。

「まずな、まず、おれの高校時代の友人とその仲間がこんなシーンを受け入れるかどうか、判らない。頼めばやってくれるかもしれないが、なにより相川、おまえ、いいのか。ここはインティマシーコーディネーターの判断が必要なくらいのシーンだよ」

虎丸は意外に思った。

―二つ返事の相川が沈黙。

雪量は多い。

本来なら道内で免許を取得した虎丸が運転すべきだろうが、台本を読んでもらいたく、芽理亜が運転を買って出たのだ。

―芽理亜、読ませるかことを迷っていたのか。

虎丸は菜乃が描いた画コンテも読んだ。

―なかなかに鬼気迫る、もんだ。

「判った、判った。ともかく友人にはこの台本と画コンテを直ぐに転送する。まずは彼らがうけるかどうかを知ろう」

虎丸がメールを送ると留萌のビジネスホテルに到着する直前に「OK!」とレスがきた。

宿でほとんど会話のない夕飯を取り、芽理亜、虎丸とあきらで部屋に戻って就寝することにした。

大浴場に当たるものがなかったので、虎丸が先にユニットバスを使うことにした。

虎丸が入浴中、トレンチコートを羽織りあきらは裏手の非常階段に出た。

―22時、まだ大丈夫な時間であろう。

「はい、どうしたの?電話くれるなんて初めてじゃない」

「この映画付き合いの端緒は室井くんに電話したからでした。そして今酉野さんたちとこういうことしています。夜更けにすみません」

あきらが電話した相手は菜乃。

「じゃあ、また迷ったことができたから他者に電話したんだね」

「図星です」

「あの乱暴を受けるシーンのことだよね」

あきら、沈黙。

「本当のこと、言って」と菜乃。

「やりたくありません」

「うん」

「ハダカになるのは抵抗なかったです。実はあの時には未だこんな長くて・深い関係になるとは思っていなかったので、恥はかき捨て・別々になればお互い思い出さなくなると思っていたのです」

「うん」

「でも、でもね。すみません、私、あの」

あきら、再度、沈黙。

「うん、言わなくてもいいよ」

あきらの口の中のねばりが聴こえてくるようだった。

「子どもの時に、その、性的ないたずら、に、あいました」

「相川、くん」

「家族ではありません。収容されていた施設でのことです」

「うん、うん」

「せっかく、普通の大学生の生活を送れているのに、なんで、また、ってそう思ってしまうので、やりたくないです」

「うん。ごめんね。やらなくていい、やらなくていいから、本当に」

「わざわざこんな遠方にまで、3人旅客機できて、許されることではありません」

「もう帰ってきなよ。もう」

あきら、沈黙。

菜乃も言葉を詰まらせたのは、もう泣いて話せないから。

あきらも声に嗚咽が混じるが、「ごめんなさい、もう寝ます」と云い、あきらは電話を切ったが、15分はその場に座ってから、屋内に戻った。


「昨夜、東京の菜乃とやり取りして、あと2パターンの画コンテを送ってもらった。印象的な積雪のシーンと暴行に入るかなり手前でリュウが割って入るもの、本来の画コンテも未遂だけど、こっちは男たちたちが幽霊みたいな存在に仕立て直した」

芽理亜、目の下にクマ。

「芽理亜、こっちも相川と昨晩話し合った。本来の台本と画コンテでいこうと決心した」という虎丸の言葉に芽理亜が何か云いかけるも「決心がにぶるからよけいなことは言わないでくれ。早く片付けてしまおう。そしてゆっくり・いっぱいご飯を食べよう」。

そう、夜更けまで話し合ったからではない、これから撮るシーンのせいで、3人は食事が喉を通らなかった。

芽理亜はコンビニのおにぎり一つを食べきれないほどだった。

ちなみに、あきらが幼少の折にチャイルド・セクシャル・アビューズにあったことを菜乃は芽理亜に話していないし、あきらは虎丸に話していない。

―確かに、相川の精神的負担が大きいが、芽理亜もそうとう重い。

虎丸が云う通りだった。

虎丸の高校時代の友人である男の子とその仲間の男子、5名。

彼らは虎丸と和気あいあいと話したし、芽理亜とあきらにも優しく接した。

だが芽理亜は「あんな役で出てもらうの、いいんですか?」すら問えなかった。

最初は彼らも映像関係の専門学校に通う男子学生、雪景色とその光景を急ぐハチとリュウの道行の撮影の補佐をし、想像以上に良いシーンが撮れた。

「焚火の前で、こんなこと、するか」

男子学生の一人が云った。

実際撮っても不自然だった。

だから、冬期休業で使われていない納屋を無断で借りた。

焚火の前に、座るハチは具合が悪そう。

そこに男たちがハチの襟首や両脇を持って、納屋に連れ込む。

男たちが地面にハチを転がす。

カチャカチャと男たちのベルトを外す音。

―テストステロン?アドレナリン?すごく、きつい、むせる。

男たちの獣臭を確かに芽理亜は嗅いだ。これが虎丸の芽理亜への危惧の正体だ。

―そう、いくら芝居とはいえ、こうなるのは判っていた。だが、天才と組んだんだ!どこかで天才を超える仕事をしないと私と菜乃は並び立たない!早く、虎丸、来て!

納屋の板の引き戸が開く。

リュウ、手に持った食パンが入った紙袋を落とす。

納屋の前にネクタイが落ちているカットがインサート。

リュウ役の虎丸、入り口にあった太めの薪を持ち上げ「うわぁぁぁぁぁぁぁー!!!!」と男たちに挑みかかる。

相手は多勢であったが、全員がズボンが足首のトコで止まり、足枷になって(ここは唯一の笑いのショット)、転び、リュウの攻撃を受け続ける。

ようやく、ズボンを履いて、外へ飛び出す男たちをリュウは更に追う。

焚火の火の付いた薪を持って、更に男たちを絶叫つきで追い求める。

男たちは、ほうほうのていで去る。

ここまで芽理亜はずっと長回し・一発撮りで、撮影を続けた。

その胆力!

「ハチィィィ!」納屋に戻るとあきら演じるハチがぐったりしている。

真っ青で、光が一切ともらない瞳。

―これ、相川くん、演技じゃないのか?

これは数時間後にこのシーンの編集を始める菜乃。

あきらを号泣しながら抱きしめる虎丸。

カメラは虎丸のその魂のこもらない瞳をアップにする。

少しの間。

「カットぉ!」と芽理亜。

虎丸は直ぐに芽理亜に近寄り、「直ぐ観てみよう!」と云う。

それはそれも女性が撮影しているとは思えないほど、男のギラギラとした汚い欲望とその男たちにつがいの相手を取られるのを阻止する別のオスの欲望のぶつかり合いであった。

「これでよかったか、虎!そうとう消耗しているようだから、早く帰れ。そして落ち着いたら、カノジョ誘ってまた来てくれな。このまま暴行魔の集団だと思われたらかなわないし」


「菜乃!送った!編集任せた!」

室井家の自動車の後部座席から芽理亜はそう送信した。

助手席であきらが眠りこけている。

「相川くん、寝ちゃっているね」と芽理亜。

「あんたも疲れているだろう」と虎丸。

「大丈夫。羽田空港へのチケット、取るね」と芽理亜はスマートフォンを取り出した。

「なぁ、新千歳空港に向かうんじゃなくて、おれんちの実家に行って休んで、明日帰らないか」

「早く、菜乃と合流して、編集を手伝わないと」

『いや、芽理亜、編集は私に任せて、こんだけの映像を撮ったんだ、かなり持っていかれていると思う。まずは休みなよ』と通話上の菜乃。

「虎丸!いつの間に、菜乃を!」

「そういうこと、おやじとレーコさんにはもうひと晩頼むと話してあるから、な!ね?」

「そうしましょう」と寝言のようなあきらの声。

「そうしますか」と本日最初の芽理亜の笑顔。


レーコさんがやはりこれを待っているかと仰り、持ってきたのは味噌ラーメン。

「道民、あまり食べないけどね」と虎丸。

今度は芽理亜も完食。

ゆっくり風呂につかり、眠って起きるともう14時。

「お世話になりました!」と芽理亜。

室井のお父さんに自動車で新千歳空港まで送ってもらう。

「さて、夕飯を取りますか」芽理亜。

「昨夜ラーメンでしたからね」とあきら。

「でも海鮮丼、量、少ないよ」と虎丸。

スマートフォンを3人とも取りだす。

虎丸は「おれはコレ」とスープカレーの店を見せる。

「僕はコレです」

「私はここがいい」

あきらと芽理亜が差し出したのは豚丼の店だった。

「私たち」

「僕たち」

「クランクアップして初めて気が合った!」と芽理亜。

「それも食べ物で!」とあきら。

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