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第一章 吉祥寺の焼肉きんぐ 7



     7



その後、ナビゲーション・フェスタ上映までの青写真となるスケジュールを切った。

もう終わりつつある4月中に準備を進め、5月のゴールデンウイークから撮影を開始、6月には編集を終わらせ、7月はパンフレット制作やネットでの広報に当てる。

最初なのだから、遅れるのは撮影と編集、ストロークは長くとった。

キャストがまったく決まっていないが、それは舞台となるロケ地を巡った後に、月曜から部員に声かけることにした。

「コレ、出てくれる男子部員、いるかな?」

と菜乃。

「リスク、高いよね」

と芽里亜。

「私が知る限り、部員の男の子で喜んで出るような子はいないかな」

と野笛。

私実家だし、今日は帰っておくねと菜乃が云うと、それもそうだと芽里亜もおいとますることにした。

確かにみんなでわいわいやるのは楽しいものだが、二日間丸々他人といると気を抜けないし、ちょうどいい中仕切りだと野笛も芽里亜も思った。

菜乃は井の頭線で吉祥寺に戻り、JRを乗り継いで池袋まで出ると西武池袋線で実家のある椎名町に到着した、19時になっていた。

勿論、芽里亜の部屋に泊まる時に一報、起床した時に一報、菜乃はお母さんにしておいた。

三兄妹で唯一の女の子だから大事にはされていたが、同時に兄二人に対しても両親は放任主義というか自由にさせており、助ける時は親身になって助けるが、子どもには干渉はなるたけしないという夫婦であった。

だから怒るんでも咎めるでもなく、お母さんは菜乃に「スパゲティ茹でるけど、何がいい?」と云われたので、「ボロネーゼ」と答えた。

菜乃の湯上りに果たしてその料理はできており、昨日行った女子部員二人の部屋の面白さについて母親に語った。

「菜乃さ、また面白いこと、始めるんでしょ」

お母さんがそういうのは同人誌に続いて面白いこと、の意味だ。

中三の頃から亜美衣の友人の女子大生の部屋で同人誌の執筆作業を徹夜でしていたこともあり、両親も菜乃の泊りは普通のこととなっている。

そんな時に上の兄から「菜乃、お父さんとお母さん、おまえの薄い本、ネットで買って読んでいるぞ」と云われたので、ちょうど「夢見る少年の昼と夜」六部作の執筆中だったし、途中から読まれることの方が判断を鈍らせると思い、素直に二人が入手していない第1~3部を進呈した。

二人ともべた褒めであった。

「最近、菜乃は描いていないなぁと思ってたよ」

母親は続ける。

引退したワケではないが、亜美衣も今の仕事に慣れてきて、後輩を教える立場になり、忙しくなり同人誌活動をしなくなっていた。

亜美衣がそうなので、他の同人仲間も似たようなもので、最年少の菜乃がいちばん自由に動ける年代にみんなは半ば引退していたのだ。

―ホント、私は妹ポジションだよな。

「これが、お母さんへの回答になるか判らないけど、ちょっと面白いコと出会ったんだ。そのパーコレーターでコーヒー煎れてくれたコ。初めて同格の相手かもしれない。いや、芽里亜の方がスゴいんだけどね」

その後菜乃は少しもじもじして、ようやく母親に映画を作っていることを話した。

翌朝は東京駅に10時集合と芽里亜・野笛と約束していた。

新丸の内ビルディング内にある芽里亜のバイト先は日曜で開いていて、芽里亜が着くと直ぐに男性社員から歓待を受けたので、芽里亜が普段職場でも円滑に働いていることが知れた。

その芽里亜から話がついていることを確認していたので、早速ファーストシーンのパーティションへ、野笛は持ってきたカメラを向けてみた。

「野笛さん、私も持ってみていいですか」

菜乃がそういうと野笛はカメラを渡した。

―ふーん、新しいペンを見つけたかね。

すると「私も、私も」と芽里亜も持ってみた。

昨日、菜乃は帰宅して、野笛が部屋で見せてくれたこのカメラを検索したらAmazonで約40万円で売られていた。

直ぐに芽里亜にLINEしてこの事実を共有しようと思ったが、芽里亜の実家はお大尽っぽいからフツーかと思っていたところに、スマートフォンのLINE小見出しで芽里亜から「野笛先輩のあのカメラ、40万円したよー!」と表示された。

「よし!カメラマンはきみら二人のどっちかが担当する。で、私はカメラ指導をやる。余った一人が演出家役でどうだい?」

野笛がそのように提案したが、芽里亜は口調はおとなしめに「いちばん大事な監督が固定されていないのはまずくないですか?」と返した。

「カメラマンが監督兼ねるのは学生映画ではしょっちゅう。それより、菜乃が監督、芽里亜が撮影と固定しない方がいい。何故なら、私が見ていて二人は対等だと思う。同時にたった二日で企画意図をお互い理解しているから、激しい相違点は出ないと思うし、何か決断しなきゃけない時は私を入れて合議制を採る方がフレシキブルに対応できて、良いチームになると思う」

幸い、素人でも、現在はカメラマンが視ている・撮影している画はディレクターチェアに座る演出家にも、リアルタイムで見ることができる。

なので、画コンテ通り撮るのがカメラマンで、客観的に見て実際撮るとおかしいと気づく位置に演出家がいるというスタイルになった。

三人は同じビルにあるタイ料理屋でランチを採ることしにた。

「次は荒川の出口あたりだから、東西線なら一本だね」とタイカレーを頼んだ野笛。

「駅から距離ありますよ」とパッタイを頼んだ菜乃。

「実は今日、クルマで来ているので、乗っていって下さいよ」とガバオを頼んだ芽里亜。

そのクルマとはトヨタ、ランドクルーザープラド。

「こ、これは女の子の乗る自動車じゃない!」と丸ビル地下駐車場で菜乃!

「周囲の自動車がミニカーに見えるよ!」

―いや、野笛先輩、それは盛り過ぎ。

と菜乃は思ったが、実際に芽里亜は「野笛さん、それは贔屓の引き倒しだよ」と発言し、野笛が笑って返した。

勿論、運転席には芽里亜、助手席には菜乃、後部座席には野笛が搭乗。

「うわー!気持ちいい!」

野笛がそう云ったのは風のこと。

春の真っ只中、四面のドアは勿論、サンルーフまで開けて、一路、葛西臨海公園を目指した。

この中でいちばん背の低い芽里亜だったがこんなデカい自動車をマニュアルなのにすいすい運転して、菜乃はすごいと思った。

「芽里亜さ、古いのを聴くんだね」

野笛が聴いたのはカーステレオから流れるBGMのこと。

「はい、今井美樹のセカンドです。最初の『どしゃぶりwonderland』は高校の時に学際でカバーしたんですよ」

東京湾にふりそそぐ直前の荒川の最下流に到着。

「いいじゃん、このディストピアめいた風景」と降り立った菜乃。

「でもさ、画コンテでも描いてくれたし、空撮、欲しいよね。私、前から買うつもりだったし、近々ドローンを買うよ」と駐車して二人に駆け寄る芽里亜。

「エッ!私もう持ってきているよ、ドローン」とごそごそと紀伊國屋のショッピングバックをあさる野笛。

「ええええええええええええっ~~~~~~~!」とこれは芽里亜と菜乃の二人の発声。

「私の実家さ、名古屋の駆動系部品メーカーの会社やっているんだよね」

野笛の話によると祖父の代から会社で、精密部品を取り扱い、高度経済成長期に跳ね、父親の代からはドローンも扱うことになったとのこと。

「主にカメラの部品を扱っていてさ、そのカメラの試し撮りをしょっちゅう近所で撮っていてね。それが70年も撮っていたものだから、自然と千種区、あ、私の住んでいるトコ、それが区政ウン十年史に使われたりと撮影だったら子どもの頃からお手の物なんだよ」

それで野笛はプロの撮影のレクチャーを受けたく入学したといい、実家を継ぐかどうかは判らないが、付き合いのあるメーカーに就職することがもうこの時点で決まっているという。

「それで、4Kカメラやドローンをお持ちなんですか」と菜乃が尋ねる。

「そう、タダじゃないけど、かなり勉強してもらっている。私さ、ただ撮れればいいと思っていたんだけど、映画とかTVドラマも好きだし、やっぱり面白い物語を撮りたくなったんだよ」

―なんか、すごい人材ばかりじゃんか!

菜乃は自分の凡庸さに呆れるよりも、むしろこの人材の布陣に武者震いのような官能を感じていた。

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