第六章 高円寺の勝浦式タンタンメン・じもん 9
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あきらは「ボルトアクションライフルガール」の方で、出番となる長めのシーン(設定上、皇居の奥深くが舞台)を9月の第一週には撮り終えて、自分が製作する「デリリウム」に集中することにした。
スパイと自嘲気味には云ったが、彼が得られるものは多かった。
まずネルソン兄弟から学んだ殺陣、そしてそのようなアクションをする上で普段というトレーニングを積めばいいかを作中の乱暴なキャラとは思わせない温厚ぶりであきらに伝授した。
―プロの仕事は効率がいいんだ。そして龍王院さんの創る映画は、板門店と竹下通りと皇居という難しい撮影を先に撮り終えている。むしろ余った時間で編集や加工に凝るのが狙いだ。脚本によればかなり高度なCGを多用するのが判るので、撮影より、撮影の後が勝負というバランスなのだ。
「私が書いた『トゥ・オブ・アス』には浅草の花やしきを想定したシーンが登場する。虎丸の『デリリウム』にはメリーゴーランドのシーンが登場する。だからこの際、花やしきを借りようと思う」
住まいと一つ上の階、前線基地ナノメリアで開口一番、メリアはそのように提案した。
「アレはメリーゴーランドとは書いたが、厳密にはメリーゴーランドの廃墟のシーンなんだが」と虎丸。
「だからー!その廃墟にある壊れた木馬や柱、大道具で作るのタイヘンなんだよ!」と芽理亜が返す。
「まぁ、気を取り直して」と芽理亜は続ける。
「花やしき、閉園後の、18時半からの2時間半は貸し切りを受けつけている。2作品のためだ、ゲリラやセットとか言っているより、借りようと思う」
「いや、芽理亜、ローカルとはいえ、東京のど真ん中の遊園地、いくらかかるんよ」と菜乃が問う。
「百万は超える」と芽理亜の返答に皆「!!」。
「いや、それは全稼働や来訪者数百名の場合さ。そこで見積書の作成を依頼した。安く上げるため、アトラクションはメリーゴーランドのみ、飲食施設のみ、参加者はスタッフ・キャスト計30名、照明は持ち込みの機材で賄うからナシ、平日の夜でいちばん早い夜、ちゃんと撮影目的と申請して、出た見積金額が、55万」
「それでも学生にしては大金だゼ」と虎丸。
「ランドクルーザーを売る」
―そう、この部屋の追加家賃はお母さんに頼み込んでOKしてもらったから、これ以上、実家には頼れない。
そう付け加えるのはやめておいた芽理亜。
「そんな、芽理亜ちゃん」と菜乃。
「あのー、ちょっといいですか」と星ヒカルさん。
「前回、大泉学園のセットで出会った伊野聡悟さんから、お二人に渡してくれと彩花ちゃんと一緒にいた時に受け取りました」と続けた。
その高木彩花はヒカルの隣にいて、黒のプラスチック製の封筒を真理恵に渡した。
中を改める芽理亜。
「!」
そう、数えると一万円札が40枚。
―なるほど、伊野聡悟も龍王院エリスには一矢報いたい、ということですね。
その金額を芽理亜が口して皆で盛り上がっている時にあきらはそういう感想を抱いた。
「伊野監督と違って、私は貸すだけ、返してもらう、いいね?」と亜美衣が15万円を差し出す。
「いや、それは、受け取れません!」と菜乃、拒否る。
「今回の『トゥ・オブ・アス』と『デリリウム』の合本パンフ、画コンテ集、そして別にもう一つ出す予定。この収益は私とこの子らで全部いただく、それが条件、どう、いかが?」
亜美衣の横で控えるユキエ、ふみ、ミヤコ、ユラが微笑む。
―つまり、亜美衣さんだけでなく、四人も出資したってことか。
「みんな、ありがとう、ありがとうね」
菜乃は頭を上げる。
「でも、菜乃、そのプリント物3種の権利、15万で売ったことを後悔するよ」とまたしてもユキエがニヤリ。
「実は脚本を読み比べた時から思いついて、支払いを待ってもらっていたんだ!だから今から直接、全額払ってくる!」
芽理亜のこの台詞と共に今日の集会はお開きとなった。
大映画会社の巨大スタジオ、名のある遊園地での貸し切りロケ、この負担はそうとうなものだが、同時にスタッフ、特に中核の四人には圧にもなっていた。
だからということでもないが、次の日、8日日曜は学園内にある裏庭の芝生で撮影することになった。
「だから、木馬や柱の残骸を運ぶ手間をなるたけ避けるためだって!」
芽理亜の発言だが、この大学には大道具を作る工房まである。
なので、シーンの短さもあるが、同じ敷地内でデカい大道具を運びたいという思惑の方が強かった。
「デリリウム」、オープニングで雑木林で顕現した菜乃と芽理亜は、社でひと晩を明かす。
すると鼓笛隊がならすような牧歌的なリズムの音を聴く。
行ってみるとそこにはメリーゴーランドがあり、それが花やしきの予定、異形の男・ヘドロと美しい女性・うさぎが木馬に乗り、赤子を抱いて、楽しそうにしているシーンにぶつかる。
実際に鼓笛隊がいるワケではないが、登場人物にも観客にも物悲しいメロディは流れ続ける。
かすかに勿論言葉にならぬ赤子がはしゃぐ声。
菜乃と芽理亜はなんなのか判らぬ表情で見守るが、赤子の肌着がめくれると肌の色は緑で・その緑に赤色の血管が濃く流れる顔。
菜乃と芽理亜はギョッとするが、直ぐにうさぎはその顔に頬を寄せて微笑む。
その様を見て、二人も笑顔となる。
フードがめくれヘドロも緑の顔に赤い血管が走る相貌が見え、この三人が夫婦ということが判る。
しかし虎丸が云うように、実はこの場は廃墟で、ヘドロはもういない。
「多分、そのお金を私じゃくて、高木さんと星さんに託したのは私から渡すと又彩が嫉妬すると思ったんじゃないかな」とうさぎ役の野笛が他のスタッフが準備中で出番待ちのため、同じくこのシーンの出番待ちである菜乃と芽理亜に話す。
「それもあるでしょうけど、星さんと高木さんが付き合っているから、あまり考えナシじゃあないでしょうか」と芽理亜が云うと菜乃と野笛は「ええええええええええええ!」と驚く。
「一人じゃなくて二人、しかも恋人同士ならばよかろうと思っていたと思います。プロの監督なんだから、あの時に監督しててんてこ舞いだった私たち二人とお金の押し問答するのがイヤだったんですよ」と芽理亜の考察。
「あー、そういうことしそう。あの人、優しいのに、いつもそっけないひとだから」と野笛。
「あんな感じだったんすね。イロドリ先輩と伊野監督」と菜乃。
「うん、私含めていいトリオだった。いがみ合っていたから忘れていた。おそらくあの二人もすっかり忘れていた。そうねー、きみらにみたいに男二人・女二人だったらうまくいっていたかもしれない。希望的観測だけどね」
野笛が云い終わるとちょうどあきらが「河都先輩、出番です」とあきらが声をかけた。
すくっと立ち上がる野笛は髪を三つ編みにして、ヘドロが黒いケープをまとっているので、白一色のコートを着ている。
―役に入る顔つきだ。
菜乃はその表情に、哀し気なものを察した。
うさぎ演じる野笛から赤子を託された芽理亜がその託されたシーンは撮らない。
メリーゴーランドから菜乃と芽理亜の距離は5メートル程ある設定だから、ここいらは映像のウソであり、このシーンが幻惑であることの証しでもある。
脚本では突然にヘドロの黒いケープが風に舞い、しかも本体であるヘドロ自体もいなくなる。
ここまでが花やしきで撮影されるシーンで、芽理亜が持った赤ん坊も肌着だけで、実はカラだったと気づくシークエンスからこの裏庭の撮影となる。
壊れた木馬や折れた柱はせっかく作ったので、それぞれアップのシーンを撮る。
せっかく作ったので野笛演じるうさぎがその残骸を見つめる表情も撮る。
―うん、いい顔、いい顔。
これはここで演出を務める虎丸。
実際名演であった、そのままうずくまって泣き始める。
白のコートが開かれ、うさぎが臨月の妊婦だったことが判る。
菜乃、うさぎのお腹に耳を付ける。そして、
「そうか、あなたが見せたマボロシか」と云うと呼応して芽理亜が「お母さんに、生まれたいよと伝えて下さい、って」とつぶやく。
そう、父親となるであろうヘドロは既に亡くなっている、ということ。
うさぎ演じる野笛を菜乃と芽理亜で助け起こし、とぼとぼと三人は歩き、その三人の後ろ姿をカメラは見送る。
「カットぉぉぉぉぉ!」
とは虎丸の声。




