第六章 高円寺の勝浦式タンタンメン・じもん 3
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「龍王院さんは『二人の失楽園』はご覧になられましたか」と菜乃。
「観ていない。でも、あの伊野聡悟とチャットで会話していたら、『今のレコンキスタに一人、すげぇ俳優志望の男の子がいる』と聴いて逢ったら、想像以上だったから誘ったまでのこと」
―僕は俳優志望ではない。
エリスの言にあきらは想う。
「会っただけで演技の技量なんて判るワケないじゃないか」と虎丸。
「うん、演技の質はそうなんだけど、舞台役者と違って、フィルムに定着した時の存在感が映画俳優のいちばんの仕事なんよ。そして少しくらいの立ち居振る舞い見たら、だいたいそれで、プロの監督とプロデューサーは判るもんなのよ」
「剣の達人同士が気づいたら間合いを取り合っていて、空想の中で既に勝敗がつくような話ですね」と芽里亜。
「うん、そんな感じ。相川くんじゃなてくも、三人の中で一人でもイヤがれば、相川くんいらないよ」とエリスは続けて「でも、相川くんは大事なキャストの一人、ズバリ!ラスボス役をやっていただきます。こちらの脚本や画コンテを渡すだけではなく、撮影方法や他のキャストやスタッフの配置も全て知ることになる」と諭すように話した。
「敵に塩、ですか」と菜乃。
「いえ、伊野さんはきっかけに過ぎない。良い役者を見つけたら料理したいと思うのが映画監督であり、脚本家。どう?なるべくならば、あとふた月だし、ここで決めてほしい」
「判った。じゃあ、いいよ、相川くん、決めて。このひとの映画に出るかどうか」
菜乃はそう云ったが、それは自分らが決断に関与すると公然のスパイを頼むことになるからの反語である。
―自分らが決断に関与すると公然のスパイを頼むことになるからの反語ですね、菜乃さん。
「はい、出ます」
あきらがエリスにそう云うと彼女は彼を図書館棟最上階・通称サロンに誘った。
三人は二人の後ろ姿を見送る。
あきらは背中に左手を充て、ピースサインを示す。
「あんにゃろう!」とこういう台詞だが、笑顔の虎丸。
「いや、相川くんには伝わっているよ、それくらいは判る」
「菜乃がそう云うんだったら」と芽里亜が云うとカフェテリアに待たせてあるレコンキスタの面々の元に集合して、二本立て映画の打ち合わせを再開した。
勿論帰ると皆が「龍王院エリス!アレで本当に二十歳か!人生何週目だ!?」と例えばこれが彩先輩で、皆もエリスの恐ろしさを口々に語り、あきらを出演させるため、今貸してきたと云ったら、やはり皆で「やっぱ!怖ぇーーーーーーーーー!!」と大合唱だ。
図書館棟の最上階全フロアを占めていることとサロンの名付けけていることから、もうちょっとゴシックな印象をその空間に想像していたあきらだったが、乱雑なオフィスといった印象を持った。
そのデスクでは二人の女子がビデオ通話で話している。
二人とも見覚えがあったが、それより片方のショートカットの女の子が英語を巧く使いこなして話しているのに驚いた。
「彼女は帰国子女だから、英語に堪能。私も英語圏に5年いたから話せるけど、彼女はようやく英会話を実践できるからと喜んでいる」
そう、レコンキスタから離反した二回生の女子だった。
隣には、映像の版権や著作権を管理する会社へ就職希望の女子。
「マーヴルとDCに次ぐ、アメコミ映画と云ったらなんでしょう?」
エリスにそう問われたので、あきらは今、中国や韓国でも人気のアジアンテイストなヒーローチーム原作の映画を挙げて。
「そう、それに出ている北朝鮮出身の女性スナイパーがいるでしょう」
「確か、ムグンファでしたっけ?」
「チームの中でいちばんマイナーだから単独でスピンオフは作られていない。だからこそ狙い目だと思い、ムグンファをヒロインにした45分の映画を作るから公式認定してほしいと掛け合い、今はその最終段階よ」
「!」
あきらは声も出ない。
―世界レベルの資本が作る映画のキャラクターを使うってこと!?
「うん、誰もそういうことに気づかないし、気づいても動かない。私は10か月前から交渉を進めていた。製作費を貰うなんて思わない。キャラクターを素材にしてどう料理するか?作家性じゃなくて、その腕前が今の映画の主流」
―そうではあるけど、ユーラシアンズのファンは日本にもいっぱいいる!映創祭の四日間しか上映しないとなるとその観客動員数は天文学的数字になるのは必定!
ユーラシアンズは真っ先に五族協和の満州を想起させるのだが、舞台はスラブに広がり、東南アジアも含み、そこいらのウクライナ戦争や台湾有事も含み、過去の歴史的過ちも作品に取り入れ、その野心的作風がアメリカ産アメコミにはない緊張感を持ち、そんな過去の恥部まで取り入れ、エンターテインメント化して若者にうけたのだ。
そう思いを巡らしているあきらの耳に別の二回生の女の子がエリスに固定電話を取り次ぐ。
「そう、うん、うん、今、ご本人は?隣にいる?ちょっといい?」
そうしてエリスは軽やかに会話を始めた。
そして電話を切る。
「みんな!音楽の担当は決まったよ!」
するとオフィスの女性陣はコミック会社と会話する二人以外は歓声と拍手を上げた。
―誰、だ?
そのあきらの心の中の疑問を代弁したのは英会話が達者な二回生女子と話す相手のマネージャー。
「エリスさん、『氏がどうしたんだ?何かハッピーがあったのか?』と聴いてきましたが、いかが致しましょう」
「いいよ!言っちゃいな!」
あきらの英語聞き取り能力では構文は拾えない。
でも、単語は判る。
それが日本名ならなおさらだ。
「ちょっと!小山田圭吾ぉー!」
「そう、コーネリアスの小山田圭吾だ。例の事件で隙間あるから、できるかもって、半年前から交渉を進めていた。画コンテと脚本、それどころか新作冒頭5分、『パーティーズ』含む私の映画数本観てもらい、その結果、ようやくGOサインが出てのさ」
―僕らが作るのは又菜乃さんのお兄さん二人が音楽担当なんだよ!
「まずはさ、相川くんも私の脚本と画コンテを読んでもらいたい」
そうエリスに促され、通された場所はこのフロアのいちばん奥、ビロード張りの見事な彫琢品が並ぶ、薄暗い照明のサロン。
―まさに秘密結社じゃないか!
そのソファの一つで、先の矢間りえかが膝を抱えて寝転んでいる。
入って来た気配に気づき、りえかが飛び起きる。
「エリス様!先ほどは失礼しました!わ、私、私」
その途切れる語尾にエリスは右頬に手をやり、親指で涙をぬぐう。
「りえか、明日からちゃんとできる?」
「はい!エリス様!」
「じゃあ、駐車場にある中継車輛D号車で、送ってもらいな」
すると別の二回生の女子がサロンにあるキッチンボードからカーキーを取り出す。
運転に長けた女子大生のようだ。
「いやです!私もう、ずっとエリス様のお側におります!」
「明日からそうしてもらう。今日りえかはとても混乱してしまった。でも、もうレコンキスタの連中にりえかを相手させない。そのためには涙でくしゃくしゃの顔を洗い、きれいな服を着て、明日私に会いに来ておくれ」
りえかは「はい!」と返事し、運転担当の二回生女子に伴われ、サロンを立ち去る。
それを嫉妬丸出しの表情でうかがう島エリカ、彼女の心中を察し、エリカの手をそっと包む海藤ライム。
―な、なんだ!ここは!おれは今、とんでもない百合無法地帯に今いる!
内的独白でもあきらが一人称〈おれ〉を使うのは珍しい。




