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第一章 吉祥寺の焼肉きんぐ 4



     4



「まさか、私を追ってこの大学に入ったとかの気持ち悪いことじゃあないよね」

台詞は挑発的だったが、床でごろごろしながら菜乃は話している。

「いえー、さすがにそれはないです。ただ以前部室で最初の例会のために待っている時に女の子たちで、SNSのアカウントの交換を始めたじゃあありませんか」

とやはりごろごろしながら話す芽里亜の話しの内容は、真っ先に菜乃はなんの屈託もなく主要SNSのいくつかを皆に教えたが、もう判っていると思うが、ことごとく、映し出されているのは食べ物と自分の姿だけだった。

更に芽里亜が云うのは、菜乃が自宅でジャンクガレッジのまぜそばテイクアウトを映した時に映った同人誌の束のこと。

「極限せつら、最初の出版にして、300部が夏コミ開始の2時間ではけた伝説の同人誌『草の花・第一部〈のみ〉』が縛られておいてありましたから」

菜乃は好きな作家の長編の第一部のみを30頁に凝縮したのだ。

だが舞台は戦前だったので、それを現在日本に置き換えた。

だからオリジナルだと思われたし、バレてもネタがシブいとかえって絶賛された。

その年の冬コミには第二部の50頁を追加して、「完本 草の花」として出し直したのだが、1000部がはけ、何度も増刷したので、現在ではこれが流布している(ちなみに多くの読者は第一部だけではよかったのでは?と思っている)。

記念に5冊、発見した落丁本3冊の計8冊をしばっておいていたのだ。

「だから第一部だけを束で持っているなんて、作者じゃなきゃありえないと思ったのです」

うきうきと語る芽里亜。

「本棚には気を使っていたのに、押し入れのアレかぁ~」

悔しそうな菜乃。

そう、うけたのだ。

稚拙なところもあったが、若書きの持つ迫力があった。

ご都合主義な展開もあったが、切実さがこもっていた。

菜乃には二人の兄がいたので、男の子が二人、子犬のようにじゃれ合う姿を近くで見ていたし、兄二人をお手本に育ったし、そのじゃれ合いに容易に菜乃も介入できた。

女の子も、そういうふうに子どもの頃は男の子と変わらず遊べたのだ。

だが、二人が小学校高学年になるとそんなこともなくなり、なんとなく両親もそんなのはもうおしまいという雰囲気を醸し出していた。

菜乃はそんな記憶を鮮明に持っていたので、それを紙面にビビットに描き出すことができた。

そして、翌年、中学一年生の時の夏コミには女の子として育てられた少年と男の子として育てられた少女の、恋愛以前の交流を、ゴシック調で描き、中三参加の夏コミで全五部を完成させ、冬コミで合本を出し、〈萩尾望都の再来〉とまで囁かれた「夢みる少年の昼と夜」。

だが画が漫画ではないのだ、動きが無い。

絵画教室の素養が裏目に出た。

そしてこれは矛盾するかもしれないのだが、デッサンの素養が足りていない。

この二つウィークポイントから、菜乃は高円寺にある美術系の女子高に通うことにした。

高校一年時は、授業についていくのが精一杯だったので、同人誌即売会には買い手としてのみ参加した。

(ちなみに高校の頃、級友4人から、同人作家として勝負を挑まれることとなるがそれは又別のお話)

だが高2の時に満を持して、画力を上げ、50頁の、菜乃自身が最も好きな小説ジャンル、本格ミステリを書き上げた。

完売したが、評判は「夢見る少年の昼と夜」五部作以上ではなかった。

だが、フシギなことにプロのミステリ評論家数名から絶賛をうけた。

で、ミステリのオリジナル漫画に転向し、そこそこうけて、大手の漫画サイトから転載の依頼がきた。

探偵は共通だったので、あと2本描けば1冊出すという商業誌デビューも確約された。

しかし、本格ミステリのネタはそうそう出るものではなく、高3の冬コミは、単純にコミケを楽しもうとエンマコンマシリーズの音矢×ハヤテというカップリングに挑戦したのが、困ったことにこれがけっこううけた。

三ヶ月後の大学生となって初の夏コミにはまたそのカップリングを描こうと思ってはいるが、さて、自分は漫画のプロになりたいのか?普通に会社勤めをして余技として同人誌を作りたいのか?

その揺れが菜乃の進学に如実に表れている。

菜乃の高校はやはり美術大学をみんな目指している。

それは眠る・食べる以外は描くくらいの努力が必要だ。

それ程まで絵描きやクリエイターになりたいワケではないのでこの映画大学に入学したのだが、映画だって芸術系と云えば芸術だ。

そのアンヴィバレンツがそのまま出てしまった進学といえる。

―本当に漫画家になりたいのならば今直ぐ進学しないでなればいいし、画でイラストレーターやデザインで仕事したければ、あのまま残って大学に上がっていればよかった。

「私は漫画アプリで探偵・御匣(みくしげ)笛人(てきひと)シリーズを読んで、凄い画が上手で、お話しも面白いと感動したんです。それで単行本探したんですけど、出てないし、どうやら紙で読むには同人誌とやらを買わなきゃいけないと松山のそういうものを扱う店まで行ったんですよ」

「えっ、(やす)さんはどこから来たの?」

芽里亜(めりあ)でいいです、私も菜乃でいいですか?」

「よし、いいよ!芽里亜」と菜乃が微笑。

芽里亜がPCにパスワードを入れるとグーグルマップに入力を始める。

「ここです。佐多半島の根本、八幡浜。で、松山に出てらしんばんで買ったんです!」

「そうかぁ、長いな、この半島」

菜乃は少し嬉しかった。

こんな遠くの女の子が、ネットで見つけて、遠出して、紙の同人誌を探して買ってくれていたの、かと。

「あ、凄い偶然で、この女、やはりおかしい!とか思ったでしょう!?」

「いや、凄い偶然でしょう!」

「松山で同人誌を漁るのが趣味になったんですよ。それが高二の時、だから、実はせつら先生より好きな作家さんはもう五人くらいいるから、それほどの偶然じゃあないんで!」

「ほほっ~。その五人って、誰だい!?」

―このノリ、亜美衣さんに教えてもらった世界。この世界、好きだな、やっぱり。

で、その五人にまつわり、ぺちゃくちゃと二人は話すといつしか、芽里亜が冷たい飲み物を持ってきたのだが、それはとても美味しかったのだが氷が溶けるので、直ぐに氷をつぎ足したりした。

「でも、あの時の極限せつらの正体の伝説を聴いたんですよ。誰も見ていないせつら先生。でも、いつしか噂が回る。たまに売り子にいる、未だローティーンのあの女の子が極限せつらではないのかって」

コミケにはロリコンやペドフィリアが大勢来てい(笑)と亜美衣たちのグループではギャグにしていたが、やはり何かあったらヤバいと表だって出たことはなかった。

でもお客さんの反応知りたかったから、ブース内で在庫管理や売り子はしていた。

それでネットのそんな話が出回ったのだ。

「菜乃、私は会う前から菜乃に嫉妬していた。同学年のコがコミケの売れ筋、壁際サークルの常連ってさ、もう勝ち目ないじゃん。スポーツか、恋愛か、アイドルみたく女を武器にするか、女の若い時って、その三つに大別できる。でも四つ目があったんだと私に教えてくれたのは、菜乃だった」

「いやいや、同じものが好きな人たちがお互いに好きなものを目指して描いたものを見せ合いっこするだけだと思うし、その分を超えてはいけないのはこの世界だと私は思うよ」

―そう、配給会社とか編集プロダクションとかにOLで入って、好きな漫画を描く。

「そう、漫画はそうだよね。でも映画ならどう?」

「あああああ、漫画だってそうとうに面倒くさいのに、映画なんて更に面倒くさそうとしか、思えない!」

「漫画もそうだけど、博打要素は映画方が更に高いよ!」

「ごめんね。私、無いんだよね、野心がさ」

この時の菜乃の笑顔は自分に向けての、苦笑だった。

「じゃあさぁ、漫画は脳内のものを紙に定着させ絵にしてみんなに判り易く提示するものでしょう。映画は実際のニンゲンを撮影するんだよ!それ、今まで、漫画描いていてやりたいと思ったことないとは言わせないけど」

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