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第一章 吉祥寺の焼肉きんぐ 3



     3



―何か、あるな。それがこれ、か。

小学校五年生の時にそう思ったから、未だ10年は経っていない。

幼少の頃より、TVや本で観た・読んだ世界。

それはプロの作家が、映像会社や出版社に作品を提出し、配信・放映されたり、印刷・流通で、自分の手元に来るのだとだんだんと自然に知っていった。

菜乃の両親は菜乃が興味あるものを惜しみなく与えた。

音楽だとピアノ教室に、絵だと絵画教室にそれぞれ通わせるという感じだ。

本も小説や軽いエッセイを小学生になる頃から読んでいた。

連絡が取れるようにとスマホは小3からもたされたが、レーティングがかけられ、ネット内を好き放題観られなかった。

菜乃はお話が好きだった。

だから後年、ストーリーテリングやドラマトゥルギーに関する本を読んだ。

絵画教室で基礎ができていたおかげか、絵の記号化を子どもながらに理解し、まずは好きな漫画を模写することから、始めた。

その中で、嗅ぎ取ったのは〈何か〉だった。

絵画やピアノは専門の学校に行き、同時に独学で練習すれば、プロになれる。

映像の作家や、それは実写もアニメもそうなのだろうとは想像できた。

だが、漫画には〈何か〉ある。

専門の学校もあるらしいし、独学するための本やツールもある。

だが、〈何か〉あるとなんとなく思っていた。

忘れもしない、小5の時、同性の友達たち数人と池袋に行った時、サンシャインシティに行った時に、それを見た。

それはサンシャインクリエイションのための待機列であった。

友人たちとはぐれた時に、偶然見つけた。

あの行列と漫画にあるハズの〈何か〉は強烈に、シナプス上で結びつけられた。

サンシャインクリエイション、その単語を胸に刻んだ。

そして帰宅後、初めて、レーティング設定などない、家のPCでサンシャインクリエイションを検索した。

そこから一週間しないで、同人誌即売会というもう50年近く、この国の漫画たちのレベルを上げていた存在に気づいた。

―自分の好きな漫画のキャラを自分の漫画で好きなように動かせる!

これが他ジャンル・他メディアにはない漫画だけの、子どもには隠された〈何か〉だと知れた。

親兄弟に黙って検索して、さすがに自分もイヤだから、エッチなものは外して、ネット内で読み漁った。

勿論、履歴は直ぐに消した。

菜乃はこの頃から食いしん坊だったし、三人兄妹の、上二人お兄ちゃんの末っ子が女の子ということで、上のお兄ちゃんは次は妹か!と喜び、下のお兄ちゃんはただでさえ下が欲しかったのにそれがなんと女の子か!と喜び、実家でも男兄弟ばかりだったから妹とか娘という同性の仲間が欲しかったから、ようやく女の子で嬉しい!と母親は歓び、なにより父親が、念願の女の子だ!と死ぬほど歓び、菜乃は家族の中でいちばん愛されて育ったので、家族に後ろめたい気持ちはきつかった。

だから、もうそういうアングラな文化には近づかないようにしようと決めたのだが、それは直ぐに破られることとなる。

友人の家に遊びにいき、漫画を何気なく読んでいると、まさに同人誌そのものを見つけた。

それはキレイな装丁で、漫画ではなく昭和の洋装を主体にしてイラスト集だった。

描かれる女の子はどれもかわいく、萌えとかいう媚が一切ないので、女性のイラストレーターと知れた。

友人から、それは勘弁してよ~、お姉ちゃんの本棚から持ってきたんだよ~、私のじゃないよ~、と云った。

でも菜乃は「恥ずかしがらなくていい!私はこれはもうずーっと探していた。だからもっと読みたい!見たい!」と説得した。

お姉ちゃんが未だ帰宅してないから、今から少しくらいなら、と友人。

だが、果たして、まさにお姉さんの部屋に入りかけた時に、その姉が帰宅。

その友人、妹・亜麻野(あまの)が「今日はよそう」と云ってきたので、菜乃は直ぐに姉・亜美衣(あみい)に頭を下げた。

「お姉さん、私、亜麻ちゃんの友達の菜乃と云います。お姉さんのこの昭和ファッションの本、感動しました!もっと読ませてください」

亜美衣は高校一年生。

じしんも同人活動をしている。

同人、とは同じ趣味嗜好を持つ、否、同じものを愛するひとのことを云う。

亜美衣も、それでたくさん良い目にあってきた。

だが同時にマウントを取ってくる同性や、ナンパまがいを仕掛けてくる異性に手を焼いた経験もあった。

―そっか、私は今、岐路にいる。

後に、体育の授業はダイエットに役立つと教えてくれたのがこの亜美衣だ。

「いいよ。但し、私が渡した本だけにしてね。エッチなヤツは高校生まで待つ!それならばいいよ」

と亜美衣が最後には微笑して云った。

当日、2時間かけて読み、いっぱい借りて帰宅し、もはや亜麻野ちゃんそっちのけで菜乃は亜美衣先輩から同人誌の手ほどきを受けた。

そして「私がついていくから、冬コミ来るかい?」

その亜美衣の言葉に一驚、実際行ってみて二驚、帰宅して自分の目で戦利品を持ち帰って三驚、であった。

亜美衣の「私がついていくから」には菜乃の両親への挨拶、寒さ対策が含まれた。

彼女だって、同人仲間とおしゃべりしたり、打ち上げに参加したかったろうが、一緒に会場を回り、ベローチェで温かいものを飲んだ後、家まで送ってくれた。

これがいちばんめの驚きの中身で、二つ目は学校やニュース映像で見る以上の数の人々がいる空間にただただ菜乃は圧倒された。

やはり来てよかったと思った。

だが三つ目の驚きは少し違う。

確かに少ないおこずかいで買った本は大切に読んだが、面白いと思って買ったのに、イマイチな本が数冊混じっていた。

「ああ、それは初心者あるあるだね。表紙に騙されても・カップリングが好みだからじゃなくて、良いものを選ぶ目を養わなければいけない」

後に、菜乃は小林秀雄の骨董論と柳宗悦の民藝論を読み、同人誌とまったく同じ批評眼だと気づく。

その後、中規模な同人誌即売会に亜美衣と訪れたが、「さすがに夏コミは来るんじゃあない、何かあったら、ご両親にお詫びのしようがない」と云われたので、午後から日傘をさして一人で行って、亜美衣と合流した。

その時に彼女の同人仲間と打ち上げ代わりにと、やはりベローチェで会ってみた。

小学生だから珍しいとちやほやされたが、その中の一人が、「でも、菜乃ちゃん、もうさ、自分でも描いて・売りたいんじゃないの?」と云われた。

夏コミから冬コミは短い。

だから、来年の夏コミに出すのがいい、サークル入場ならば熱中症になることもない。

私たちが一丸となって菜乃ちゃんをバックアップする。

そう、云われた。

ただのお絵かきではない。

ちゃんとお金を貰って・読んでもらう本。

亜美衣と相変わらず即売会は回り、心眼を身に着け、ハズレを引くことは激減した。

それは上手い画とは何かを探求する工程でもあった。

―子どもの自分の限度は30枚とみた。それ以上は構成力が持たない。だから、コマ割りとネームだけで完成度を高くし、書き込みにこだわらないようにしよう。

半年かけて下書きを完成させた後、亜美衣とその友人たちに助言を求めた。

更に書き直し、春には一応の完成を見たが、拙いトコを亜美衣たちが背景とスクリーントーンで補強して、初めてとは思えないデキとなった。

勿論、売れ、島は行列で荒れた。

ちなみに芽里亜の部屋では二人が未だ睨み合っている。

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