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第二章 西荻窪のそれいゆ 9



     9



菜乃の描いた画コンテは精緻なもので、芽里亜はそれに合わせて撮影する。

料理と同じく、レシピ通りに作るということでいいのだが、初心者はなんか違う動きをさせたいものだ。

しかも観客と撮影者の一つの画の体感時間は違う、撮影者の方が長く感じてしまう。

それを野笛は戒めていた。

だから、オーダーメイドのスーツが出来上がる前の10日間はその練習ができてよかったのだ。

漫画はコマとコマと運びで動いて見せる表現技法で、映画もそういうことはあるが、同時に長回し中に芝居をさせるというもう一つの〈動き〉ができる。

ハッコウ役のあきらがキーボードを叩く(ここにはあえて古めかしいタイプライターの効果音を入れる予定)。

リュウセイ役の虎丸がゴミの入った大きなゴミ袋をゴミ箱から取り出し、新しいゴミ袋を広げて・取り替える。

これらの挙動が交互になるよう編集される。

話上、ここであきら演じるハッコウのタイプ音が内部情報になっており、そのリズムを暗号として虎丸演じるリュウセイが記憶するという流れで、ロッカー室で着替えていてもそのタイプ音が脳内で鳴り続けている、というシーン。

そのロッカー室もこのオフィスのものをロケ地にさせてもらった。

1階に行き、今度は入退館ゲートをリュウセイが通り抜ける。

その時に警備員がいた方がいいだろうと芽里亜は挨拶をかわすうちに仲良くなった女性の警備員に頼んで、一瞬のアップ込みで出演してもらった。

丸の内のオフィス街、あとでCGとAIを使って標識や案内板を英語とハングルを混ぜたような文字に帰る予定。

未だタイプ音はリュウセイの頭の中で響く(当然観客にも聞こえるように効果音が鳴っている)。

歩きながら、スマホの謎のアプリにそのタイプ音を文字に落とし込んで入力していく。

タイプ音、止む。

その次の電車内のシーンは既に撮影済で、10人の映像研関係者に早朝に来てもらい、大きな声では云えないがゲリラ撮影した。

10人を上手く配置して、そこそこ混んでいる電車内に見せかけ、扉の上のディスプレイの映像には(勿論後でCGではめ込む)あきら演じるハッコウが映る。

そこでモブたちの口元や睨むような目線をアップで撮り、後で「売国奴」とか「裏切り者」と台詞を入れる。

この時、リュウセイ役あきらは勿論電車内のシーンでも出演していたが、出番のないあきらもカメラマンとして参加していた。

野笛と芽里亜も顔は出さなかったが、混んでいる車内に見せるモブとして参加していたからだ。

菜乃が全体を見て、あきらが撮った。

1日めにして冒頭のシーンは撮影が完了した。

前から決めてあったことだが、まずはこのアヴァンを繋いで・完成させ、これからの指針を決めることしていたのだ。

編集は菜乃が主に担当し、実際の操作は芽里亜が行い、初めての二人のサポートに野笛が付く、という体制だ。

それは広めの芽里亜の部屋で行われた。

撮影の次の日から講義の後、編集を開始し、徹夜になってしまった。

そこで更に次の日、四年の野笛は講義はなかったが、一年の二人には当然あり、芽里亜は眠るために休んだが、菜乃はマジメに出た、と云いたいトコだが講義の間、どれも熟睡していた。

又徹夜して、最初はコンビニエンスストアに行ったが、この日はデリバリーに頼むようになっていた。

ペットボトルや弁当ガラ、ピザの空き箱が散乱し、女子の部屋とは思えない様相を呈していた。

―冒頭3分でこれだけかかるか!

これは菜乃、芽里亜、野笛の3人が思ったことだ。

かけ過ぎなのはなのは3人と知っていた。

だが、どの素材を、何分・何秒使うか、音の入れるタイミングは?とやっていると延々凝れることに気づいた。

それでもその日の朝5時には完成し、三人は泥のように眠った。

『酉野さん、大丈夫?講義来ていなかったからLINEした』

あきらからの連絡を昼頃気づいた菜乃は『大丈夫!アヴァン、完成!』と送った。

菜乃ら3人はこの部屋の散らかり具合より、早く他の関係者に観てもらいたいことが勝った。

『室井くん、連れて観においでよ』と送った。


それでも片づけは最低限して、芽里亜と野笛は化粧を直すくらいはした。

この前送った時に芽里亜のマンションを覚えていたあきらは虎丸を連れて赴いた。

手土産は成城石井の国産うずらたまご2種、味付けと塩だれだ。

「コレ、美味しい」

褒めた野笛に虎丸がニヤリ。

冒頭の3分、いや、厳密に云うと2:38を皆で観る。

「映画になっていますね」

見終わった時のあきらのコメントだ。

二日間を三分弱にかけただけあったのだ。

菜乃は撮影とこの編集で、漫画的な方法論を映像に移すことを100%ではないが、ベクトルは完全に認識した。

元々芽里亜の脳内にあった物語、それを再現することが目的の一つだったが、彼女はそれに納得した。

野笛の意見はあきらと同じだった。

つまり、ちゃんと映画っぽく作れたのだ、と。

確かにクオリティは商業作品には劣るが、前準備と撮影と編集で細心の注意を払っただけのことはあったと自負した。

「あんた、何考えているの?」

黙っている虎丸に芽里亜がひと言。

「うん?今のみんなの意見に全面賛成だ。やはり酉野さんのこだわりが全部良い方向に向かっている。なにより編集に時間かけているだけあり、観ていてストレスが無い。ただ」

「ただ」これは芽里亜でなく菜乃。

「ただね、やっぱり役者だ、役者が素人なんだよ」

実はこの事に編集中の女の子3人だって気づいていた。

本来ならば、描写を積み重ねなければならないが、その3人娘が井の頭公園で盛り上がるくらいにはあきらと虎丸はハンサムで、スタイル良く、つまりイケメンなんだが、やはりそこいらに歩いている10代後半の男の子なのだ。

それは知り合いだからそう思うのであって、知らない観客が観たら違うと思う、そして撮影を積み重ねれば二人の演技力も高まる、と贔屓目で見ていたのだ。

「相川、おまえ、どういうつもりで、演じていた?」

勿論、虎丸の問い。

「言われた通りにやりました」

「そんなに演技指導なんて、撮影中に入らなかったじゃないか」

「だから台本と画コンテから考えてやった」

「おれだってそうだ。それ意外にはない。いや、多分ね、ショットやカットの撮影に編集での繋ぎ方、それは凄くいいんだ。それはやはり漫画の達人である酉野さんと緊迫感あるシーンを紡いだ安さん、そして技術力あるノブ先輩の采配、これがチーム初の作品とは思えないほどにレベルを上げている。調理法はいい、だが材料であるおれと相川が、やっぱりいい素材じゃないんだ」

「私は二人ともよいと思ったよ、撮っている時も・編集している時も、今試写を見ても」

これも菜乃の返答。

「うん、これだけ言ったことにちゃんと責任は取るよ。明日又集合したいんだけど、みんな、いいかい?」

そう、菜乃も野笛も自宅に戻って、ゆっくりしたかったことを思い出した。

「その時になんか対策を考えてくれているのね」

「ああ、酉野さん、そうする。でも、ちょっと裏を取りたいんだ」

「うん、楽しみにしている」

野笛は早く風呂に入りたいといち早く芽里亜邸を後にしていた。

「相川、先に帰っていてくれ、安さんと話がある」

あきらは目を見開いた表情。

「ああ~、室井くん、芽里亜を!」

これは菜乃。

「ふふん、おれはロリコンだゼ!同い年の女になんざ用はねぇ!」

あきらと菜乃笑いながら帰宅の挨拶をした。

「で、私に話って何?」

「酉野菜乃、いや、極限せつらの同人誌を全て読ませてくれないか!?」

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