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第二章 西荻窪のそれいゆ 8



     8



次の日から、読み合わせをし、モブとセリフはある配役を部内に求め、関係者の講義やバイト、プライベートの用事の日だけを聞き出して・スケジュールを調整し、その表を作成した。

この下準備で予想以上に時間と予算をかけたのが衣装であった。

こだわったのは勿論、菜乃。

あきらは入学式に買ってもらった背広を着てきて、皆に見せたのだが、菜乃だけは反対した。

「エッ!なんかちゃんと役人に見えるし、いいんじゃない」

野笛、かく語りき。

「マジメ過ぎる。ただでさえ相川くんマジメなコなのに、堅物の融通の利かない感じがファーストインプレッションでほとばしっている」

「いや、菜乃、それだけじゃあないでしょう。このかっこうだと全然、色気がない、つまりそういうことでしょう」

―芽里亜はそういうけど、つまり童貞っぽいってことを言いたいんだろうな。

野笛、かく思いき。

―別に、さびしいワケでもないが、おれは全然遡上に上げられないな。

と、岸間先輩が清掃会社でアルバイトしていたから、その現場のユニホームを借りて着ている虎丸は思った。

「私さ、男性のファッションはよく研究したのね。男の人を描くのが圧倒的に多かったから。でね、今相川くんが着ているのは広義の意味で、ブリティッシュ・スタイルの背広なの。私はここはイタリアン・スタイルでいくべきだと思う」

確かに、洋装の男の、首回りや袖口を描くのはせつら先生、巧かったな、と芽里亜は思い出していた。

そして菜乃の書いた画コンテにはハッコウの着るスーツが伊達者ふうに描かれていたことも思い出した。

「そうは言うけど、コナカとかユニクロでイタリアンの背広なんて売ってないぞ」

これはあきらと違って、ファッションに幾分かのこだわりがある虎丸。

「酉野さん、こう、お仕着せの服を着ています、でなくて、そう!むしろお仕立て、つまりオーダーメイドの服の皮膚にフィットした感じが欲しいんだろう?」

これは彩先輩で、6人がカフェテラスで話している。

「その酉野さんにもう一つ質問ね、安さんが答えてもいいけど。このハッコウはずっと同じかっこうしているの?」

「はい。最初はある程度の地位にいるから着替えさせる方がいいと思いましたが、30分の作品なので、着替えさせると観客が混乱すると思い、ずっと同じです」

ちなみに虎丸もずっと清掃員のユニホームの予定だ。

「なるほど、じゃあ、手は抜けないな。そういうところには金、かけないと」

こう云った彩先輩はスマートフォンで電話をし始めた。

会話を終えると彩先輩は更にスマートフォンを操作した。

野笛先輩のスマートフォンがピロリンと鳴る。

「ノブ、今送った吉祥寺の店、早速行ってみてよ。前に姉貴がバイトしていたんだ」

「って、オーダーメイドの洋服屋じゃん!いくらかかるってぇの!」

「だからオレからはこれだ」

そう云って彩先輩は野笛に一万円を渡した。

「姉貴はアパレル関係に就職して未だ付き合いあるから、身内価格でかなり勉強してくれた。納期もかなり早めにしてくれる、でもノブが言う通り、それでもタダじゃなくて、それなりの値段ではある。でもね、小説よりも漫画よりも金も時間も人もかかるのが映画なんだよ」

あきらを伴い、菜乃、芽里亜、野笛、そして虎丸はその洋服店に行った。

あきらは早速寸法を取った。

フィット感を第一にして、記号として映えるようにしてもらいたい等、主に菜乃が注文をつけた。

そういったオーダーを聴いて、彩先輩のお姉さんをよく知る店長が自ら相手をしてくれて、見積もった金額は6万円。

「こんなことを言い出したのは私だ」と菜乃が一万円を出す。

「これ、仕送りじゃあなくて、丸の内で働いて得たお金ね」と芽里亜が一万円を出す。

「イロドリ先輩と併せて、私の分」と野笛が二万円。

「こんな良い洋服、終わったら、ぼくが貰えるなら」

店内の粋な・かっこいいイタリアン・スーツを見渡しながら、あきらが一万円を出す。

「この流れでスルーできないだろうが!」と虎丸が一万円を出す。

最速でやっても十日先になると店長から云われたので、その間に小道具を用意し、カメラの練習を兼ねて今の段階で想定できるカットを撮ったり、他の部員のシーンを撮ったりした。

そして、あきらが理髪店にしか行ったことないというので、菜乃と芽里亜も同行し、虎丸も連れ、ヘアサロンに連れて行って、好きなように髪をカット&セットしてもらった。

そうこうしていると10日経ち、連絡がきたのでゴールデンウイーク明けの火曜に、吉祥寺の店に行くと果たしてスーツは完成していて、受け取った。

店で着替えて、試着室からあきらが出てくると皆、ここにはお金を出した時のメンバー、菜乃、芽里亜、野笛、虎丸がいたのだが、「おおっー!」と歓声が上がった。

袖口や襟、釦一つ一つに遊びがあり、華やかで、艶やかだった。

「ほう、孫にも衣装、だな」と虎丸。

歩いて井の頭公園に行くと、早速撮影会が始まり、初めて菜乃と芽里亜の被写体になったあきらは二人の思うようにふるまった。

「こ、これは予想以上だよ」と芽里亜。

多分こうなるだろうと思っていた虎丸はクローゼットの中ではいちばん高い紺のブレザーをはおっておいて正解だと思った。

菜乃の指示でツーショットで、で、これも虎丸はこれも想定していたので、用意しておいたメンソールの煙草を取り出し、二人で喫煙するマネをした。

「ああ~~~~~~~~、確かに画から抜け出たようだ」と菜乃。

ちなみに野笛はこういうBL趣味は皆無なので、年下の男がじゃれ合っているなという認識しかない。

スワンボートにあきらと虎丸を乗せて女子3人で撮影すると、さすがにやり過ぎだとようやく悟ったのか、園内のカフェで休憩することとなった。

「よし、私のバイト先の丸ビルのオフィス、さっき連絡したら、ロケに使ってもいいって、明日!」

「じゃあ、今夜は髪洗うのやめておきます」

芽里亜にそう返答したのはあきら。

「そうだね、10日以上も待ったし、そろそろ行きますか」

菜乃の言葉に皆はうなづく。


とはいっても、菜乃が買って出て、あきらと虎丸の髪型を調整した。

―衣装にもヘアスタイルにもそこまで金かけて・神経使うなんて、女の私が考えてことなかったよ。

野笛が今まで参加した撮影は脚本の通り撮ることくらいで、彼女が「画コンテは切らなかったんですか?」と尋ねると「そんなもの、必要?」と聞き返されるくらいだった。

即興とかアドリブが今のこの動画配信でうけ、ハプニングが話題となるが、この凝りようこそが映像芸術となるのか、と考えていた。そして、

―ああ、イロドリ先輩、良いキックしたワケだな。

と率先して一万円を真っ先に出した理由に行き至った。

あきらはあのオーダーメイドのスーツを着て、デスクでキーボードを既に叩く。

そのチェアも周囲のパーテーションも珍妙なかっこうをしており、流線形であったり、原色だったり、未来派的な感じのデザイン。

芽里亜は働きながらロケハンしていたもんよ、と云っていた意味が、初めてきて虎丸は理解した。

その虎丸は清掃員のユニホームでゴミ入れ用のカートを持ってスタンバイしている。

現在、日曜の10時。

午後からは社員が小用で来社するので、3時間以内に撮り終わらないと。

今回、カメラは芽里亜が持つ。

そして「菜乃、最初だから、言っておいてよ」と声をかける。

「ナノメリア第一回作品『二人の失楽園』、クラインクイン!よーし!始めるよ!アクション!」

こうしてたのしいことがはじまった。

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