第二章 西荻窪のそれいゆ 6
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翌水曜、室井虎丸は西荻窪駅にいた。
講義も終って、午後、本来なら例の企画の話を虎丸の部屋でやる予定だったが、あきらが金曜夜に行った時は道が暗くてよく覚えていないということなので、先に講義が終わった虎丸があきらを部屋に案内することにした。
世の中というのは面白いものだ。
何が起きるか判らない。
それは、虎丸が直ぐに部屋には向かわなかったことから発した。
美海と付き合っていた時に趣味の良いカフェを多く頭の中に入れておき、なるべき重ならないように、いろんな店を紹介するように、二人で訪問したものだった。
だから、同性の同学年の友人にもそんな気持ちが働いたのか、いきなり部屋に招くよりと思って、「どう?近くにケーキの美味い、喫茶店があるんだ。寄っていかないか」と昨日の時点で誘った。
「是非、行きたい。甘いもの好きです」
二人とも未成年ということもあってか飲酒はせず、実際に甘味は好きだった。
西荻窪の改札で待っていた虎丸にLINEにあきらかのメッセージがきた。
『プロジェクターの機械トラブルしました。すみません、30分ほど遅れます』
例の短編映画を観て、レポートを提出する講義であった。
10分ほど、その場でアプリゲームをして待っていたが、手持ち無沙汰から、近所の古本屋をひやかすことにした。
井伏鱒二も通ったとされるその古書店は映画関連本にも強かった。
『到着は14:30です』
あきらからそのLINEを受け取ると、時間を見計らって駅の改札に戻った。
―かといって、相川と二人でなんかやってカタチになるもんかどうか。
そう思うと芽里亜たちの顔が浮かんだ。
―何かしたいではなくという自己実現より、誰かの必要になった方がいいのかもしれないのに。
でも、実際、やってみないと判らないと前向きなことを考え始めた時にあきらはやってきた。
―ホント、タイミング良い、こいつ。
来ると直ぐに詫びたあきらを南口に誘導し、それいゆという喫茶店に案内した。
二人はケーキセットを注文し、やはりこんな雰囲気のある喫茶店、二人とも大人ぶってホットコーヒーを頼み、あきらはパンプキンパイを虎丸はアールグレイのシフォンケーキを頼んだ。
早速、あきらがA4用紙のワードで作成された企画書めいたものを虎丸に渡した。
その3枚の1枚づつが企画で、タイトルに続いて箇条書きで、大したものではない。
1枚めは想定通り、特撮もので現行作品から離れようとしたのか、等身大の善の宇宙人が同じく等身大的怪人と闘うもの。
―予算。着ぐるみやそのサイドカー、それにこのアクションを素人がどうしろと?
続いて2枚めは、あきらも虎丸の映画の知識に一目置いてか、映画紹介の動画作成。
―いやいや、おれの知識なんて大したことない。プロの彩先輩の半分以下だ。そんな人がまだまだいる映画専門の大学でこの企画は無謀過ぎる。
そして3枚めは何故だろうか、福島震災、能登震災の比較、比較といってもその復興の手順や地形的違いから対処方法が変わることを解説したドキュメンタリーとかノンフィクションといった題材。
―なんで?なんで急に社会派?
「どうですか?」
読み終わったのを察してか、あきらはパイを食べるのを一時中断した。
「幅広くていいんじゃないか。でも特撮は予算と技術で厳しい、もしやるならば、今から準備して3回生の時くらいだ。2枚めは相川が思っている程、おれは大したおたくじゃないから却下。それに野笛先輩によると映研でそんな動画上げているヤツいっぱいいるらしいし」
「震災のはどうでしょう?」
「うん、これはいちばんいいと思うけど。映像で見せるとなると現地行ったりタイヘンだ。相川はなにか関係あるの?福島か能登に親戚がいるとか」
「いえ、いないです」
「そっか、なるほどね」
「室井くんのも読ませてください」
「ごめん、書いてきたないんだわ」
―実際、相川が書いてきたものを何か映像化して、女子たちの企画を断る題材にしたかっただけだったんだよな~。
「そうですか」
相手の返事は重かった。
普段は感情を表さないあきらが確実に落胆していた。
―咎めるな!罪悪感を持ってしまう!
「あ~、相川さ、秘密は、守れる、か?」
「はい、口硬いですから」
「本当だな。これがバレたらおれは北海道に帰らなくちゃいけなくなる。もっとイスをこっちにズラしてくれ、小声で話すから」
「はい」
またあきらの返事は重かった。
でもそれは虎丸の覚悟が伝染したからに他ならない。
「おれはな、相川、北海道にいた時に」
「はい」
虎丸が〈いた時に〉と云ってから、20秒は空いた。
会話の中で20秒はとっても長い。
「―」
「室井くん、室井くん」
「うん、ああ」
「やめましょう。企画は二人で考えましょう。そんな苦しいことをわざわざひとに言うべきではないじゃあありませんか」
「いや!言うよ」
それから今度は15秒空き、虎丸は語りだす。
「おれ、おれさ、小さい女の子が好きなんだ」
―言ってしまった。
あの相川あきらが目を白黒させている。
「それは、室井くん、いくつくらい?」
「10歳から14歳」
「む、室井くん、例えば昨日会った酉野さんや安さんじゃあダメなのかい?二人ともかわいくて・小さかったじゃない」
「いやぁ、そういう日和見主義は辞めてくれ!おまえは何も判っていない!ローティーンの年齢の女の子の四肢のすらっとした針金のような長さ、未だ妊娠する身体ではないから臀部が下に落ちているのではなくきゅっと上に上がっている、そう蜂のお尻みたいに!勿論胸は薄い、薄ければ薄いほどいい!そういう特徴があってこそのニンフェットなんだよ!ただ小さいだけの童顔のハイティーンなんて、もう成人女性と変わらぬ体形だ!」
「そ、そうか」
―聴いてはいけなかったのですね。
これはあきらの独白。
10歳は上ではないが、5歳以上では確実に年齢上であった美海と別れた反動か、虎丸は自宅のPCでそういう少女の画像を集めに集めまくっていた。
その画像が服を着ていたか否かは彼の名誉のために本作では叙述しない、きみらの想像に委ねる。
ただ元来、映画好きの虎丸は『レオン』と『エコール』とか『サスペリア』を好んでいた、それがなぜなのか判らなかったが、判るようになったのだ。
「じゃあ、室井くんは宮崎駿のアニメとか好きなんだ」
「いやぁ~、好きだし、良いとも思う、あの両手で顔を包む泣き方なんて大好物だよ。でもね、あの監督が撮るヒロインってお姫様ばかりじゃないか!?違うんだよ!オレが求めているのは『レオン』のナタリー・ポートマンの〈近所のガキ〉感なんだよ!だから宮崎アニメだと魔女宅のキキと『紅の豚』のフィオが双璧だ!」
―ナタリー・ポートマンは近所に絶対いないだろう。
子どもの頃から天然ボケキャラだったあきらだが、心の中でツッコミ。
このような本物に遭ったのは初めてだった。
だから身の危険さえ感じ始めていた。
あきらは本物に会えたことにより自分が凡庸な男だと腹の底まで感じ入った。
ここで解説すると、やはり母親の失踪、初めての女性である美海との予期せぬ別れが、彼にこのような性癖を選ばせてしまったのだ。
普通はどっちだから判らないような書き方をして読者に委ねるが、確実に年上女性との交際の反動が彼を重度のロリコンにしたことをここに明言しておく。
「じゃ、じゃあ、室井くんはそんな小さくて・かわいい・妖精のようなローティーンの女の子をヤりたいのかい!?」
これを聴いておかないとこれから付き合えないとあきらは思いついたから聴いたのだ。
「そんなワケあるか!おれだって好きな女の子から好かれたいんだ!好かれるために、甘えてもらうためにそんなことは絶対にしない!」




