第二章 西荻窪のそれいゆ 5
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「室井くん、でしたね」
これは菜乃。
「ああ、室井。室井虎丸ってヘンな名前さ」
「配慮というよりはひとによってそれは違うからなの。ひとによっては体制は日本そのものかもしれない、親かもしれないし親が入信していた宗教団体かもしれないし、男という女という自分の役柄かもしれない、そういう自分を抑え込む概念をしぼりたくなかったから、アレゴリーにした理由なの」
「うーん、判るけど、それが観客には高踏的、つまり偉そうに見える危惧があるかなぁ、と」
菜乃の言に軽く反論した虎丸はあきらに目を向けた。
つまり「なんか発言してくれ」という合図で、それはあきらは理解した。
「あのぉ、酉野さんは名前は菜乃さんでしたよね」
「はい、菜乃ですけど」
「だから語尾が〈なの〉なんですか?」
みんな、ポカーン。
でもそのすぐ後に芽里亜と野笛「ぷっ」と吹いた。
「いえ!私は菜乃ですが、菜乃だから〈なの〉って言っているワケじゃあありません!」
菜乃は少し必死だった。
その必死な姿に今度は虎丸が吹き出し、芽里亜と野笛と共に笑った。
そして「そこは酉野さん!『菜乃だから菜乃なの!』って違くても言わないと!」とたたみかける。
菜乃、真っ赤。
「あの~、相川くん、きみはどういう感想を持ちましたか、脚本や画コンテを読んで」
気を取りなおして、菜乃。
「そうですね。なんか文学的な感じがしました。でも、これ、SFだと思いますけど、変身しないし、アクション無いし、ミサイル発射しないし、空を飛びません。何に注目して見ればいいものなんでしょう」
相川のしょーもないがマトを射た感想に女の子三人組がしばし沈黙しているからか、虎丸が口火を切った。
「まさにそこだよ。何が目の前で行われているか?相川が好きな仮面ライダーだって、ライダーとその仲間、敵幹部以外に、実はその社会で悪の組織をリークして動いている刑事はいるだろうし、その悪の組織で科学者だって実は良心があって苦悩しているかもしれない。仮面ライダーは好きだが、仮面ライダーはあの世界で頂点にいるが、今度の話はそういう選ばれた人間の話じゃないんだ」
―こ、この男、そこまで理解しておきながら、なんでさっき読み終わるそうそうチャチャ入れてきたか!?
虎丸の言への芽里亜のの感想。
「ハッコウはこの世界で事務次官だから、仮面ライダーと同じで頂点じゃあないんですか?」
「社会的な頂点とは違います。仮面ライダーだって、例えば知力体力は優れているけどフツーの青年が改造される、そして多くの怪人の一人となる。でも仮面ライダーがヒーローだとあの世界の、まぁ、協力者は知るけど、多くのニンゲンは知らない。そこがウルトラマンと違って面白いトコなんだけど。でも観ている私たちは彼がヒーローだって知っているもんなの」
菜乃は勝ち誇ったように、あきらの質問に答えた。
兄が二人もいたから、女の子なのに男の子向けコンテンツはたいていの作品を観ていた。
そういうウルトラマンや仮面ライダーが好きな女子は貴重なので、あきらは話に食い込んできた。
でもさすがは菜乃である。
仮面ライダー等を例に取り、おたく話をしているように見せて、この映画の意図への説明を入れていた。
そこに巧く芽里亜と野笛も乗っかり、虎丸がツッコミを入れる。
で、90分ばかり話し合い、野笛が年長だということもあり、どこか店で食事でもしながらと提案したが、虎丸が「コイツと出るか出ないか熟慮のための相談したいんだ。出るにしても断るにしても早めがいいだろ?ナビゲーション・フェスタまで三か月切るし」と云う。
では、そういうワケで、解散し、男子組・女子組に分かれて退出。
退出したが、あきらと虎丸は女子三人をうかがうようにして、又カフェテラスに戻ってきた。
「マジで相川はどういう考え?出たいの?」
虎丸の言にあきらは考え込む。
「特にどうしても出たい、というのは無いかなぁ。正直、何をすれがいいのか、判りません」
「ああ、相川はいい線突いている。あの台本アレ、かなり隙間あったろう?」
「隙間という未完成な感じしました」
「それそれ、いい勘している。でもアレで正解なんだ。ガチガチの脚本ならば、そんなの小説にすればいいんだ。あれはプラモ作る時の説明書の域を守っている」
「だったら良い映画になりそうじゃあないですか」
「ああ、そのために撮影しながら、あのちっこいコたち三人が演出論や台詞を変えようとかしょっちゅうやるのが目に見えている。それをカレシでもないおれたちが付き合うのはかなりウザくなるのが目に見えているんだ!」
「なるほど、隙間というのはいざ撮影した時の演出やアドリブのことですね」
「そうよ」
虎丸は映画を観て、シナリオを読むということもしていた。
映画雑誌には映画のシナリオを全部収録していたことにあったからだ。
それでシナリオから削られるシーンを本編から、逆にシナリオにはないシーンが本編にあり、そのワケを考えるとなるほどフに落ちるのである。
「でも、三人ともいいひとそうだから、手伝ってあげたい気持ちがあります」
「おれだって断るのがどうにも言い辛いから、こうしているんだ」
虎丸としてはバックれたいのだが、学内で顔は合わすだろうし、三人ともあの映画がぽしゃったら落胆するだろうし、なんかいい手段はないかと、あきらとこうして話している。
「相川さ、おれと映画作るか。いや、映画でなくとも映像配信始める、とか」
「うん!そういうのやりたい!」
二人ともなんかしたかったのだが、菜乃たちの企画には心動かされなかった。
なんかやりたい、そこにはさっきあきらが云ったような変身やアクション、またはそれらについて熱っぽく語る、ということをやりたいと気づいた。
「よし!なんかさ、あのコたちみたいに文書化しよう!自分らで企画書作ってさ」
「うん、なんか面白そうになってきた」
二人は早速明日集まるように話し、ワードA4ペラ1枚とかでいいので、まずは自分で考えようということになった。
―これで、錦の御旗をゲット!
「でも室井くん、あのコたちの映画、どうすんの?」
「未だ1時間くらいしか経っていないから、もう数時間待って断りのLINEを入れておく!」
「いや、ないよ。ない。相川くんはありだけど、あの虎丸くんってのはない!」
店に行くという手もあったが、野笛が芽里亜の部屋に行ってみたいと云ったので、来ている。
来る最中にマフィンとベーグルとマリトッツォを買い、それをテーブルに並べ、カモミールの茶葉を今は蒸らしている最中。
「虎丸くん、というか室井くん、いいじゃん、あれはテロリスト役だよ。憂いがある」
芽里亜に反論する菜乃。
「相川くん、口を開けば、とんちんかんなことを言うけど、黙っていれば頭凄い良さそうに見えるから、事務次官とか役人役いけると思うんだよ。背もそこそこあるし」
これは野笛。
「うん、あの相川くんはやってくれそうだけど、室井くんはムリっぽくない?長身でインテリっぽい大学生ってあまりいないけど、男の子だとテロリストの役をやりたいって子多そうだし、相川くんだけキープして、別口を当たろう」
「いやいや、菜乃さ、あの相川くんってコ、多分『虎丸くんが出ないなら、僕も出ません!』っていうタイプだと思うよ」
茶葉が開いたのを確認し、ロイヤルコペンハーゲンのティーカップに紅茶を注ぎながらの芽里亜。
「じゃあ、もうテロリストのリュウセイは室井くんで、事務次官のハッコウは相川くんで、芽里亜もそれでいいのね」
「いやぁ~、それはカメラテストの後だよ」と答えた芽里亜がスマートフォンを視ると、LINEでこのような表示が虎丸から来ていた。
『ごめんなさい、あの後に相川と話して、こちらも企画立ち上げで盛り上がり、協力は難しくなりました』




