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第二章 西荻窪のそれいゆ 4



    4



人目を忍ぶ感覚をそういえばずっと美海から感じていた、いや、後付けか、と虎丸は美海を伴い、初めて出会ってからよく使っていた時計台近くのカフェから出て、大通り公園に誘った。

「さっき言ったのは皮肉ではないよ。会ったら殺すと母さんのことを思っていたけど、美海のせいでどうでもよくなった」

美海は無言だ。

それは、そのワケを虎丸はようやく知った。

頬には滂沱の涙。そう、ひと言でもしゃべったら、それどころか口を開けたら、泣き声が止まらなくなることをこの女は気づいているのだ。

それは、年上として、既婚者であることを隠していた自分が被害者ヅラすることになるので、嗚咽一つでも発しないようにする美海の矜持であった。

そのプライドと贖罪を虎丸は知ったのだ。

一緒にベンチに座り、出店でアイスコーヒーを買ってきて、二人で飲んだ。

「ごめんなさい」

「ようやく、落ち着いた?」

「うん」

「それはよかった」

「うん」

「これから、この公園を出たら、もう会わない」

「うん」

「帰りの電車では、連絡先と今までやりとりのメールや過去のスケジュール、関係する画像を全部消すんだ」

「はい」

「それで全ておしまい」

「うん、あなたは大人だった、お母さんのことがあったからかなと思っていたけど、違う!私が子どもだから、大人の男をやってくれていた」

「いや、未だガキだよ」

ようやく虎丸はそこで泣き始めた。

約束した通り、虎丸は美海に関するデータを全部、帰りの車内で、帰宅してPCから全て消した。

その後の数日は亡骸のように過ごした。

それから随分して、かなり落ち着きを取り戻した頃、ある日、父親が外食しようとイタリアンのシャレた店に誘ってくれた。

確かに会社の気心の合う部下を連れてくるとは云っていたが、それがショートカットのかわいい女性とは想像だにしていなかった。

その女性は酒を飲まなかった。

「虎ちゃん、すまない、このひとと結婚したいんだ。許可をいただきたい」と父親が云った瞬間、二人は頭を下げた。

その部下の女性から美海と似たものをファーストインプレッションで思ったワケに気づいた。

多分二人はそれが云い辛いのであろうと思ったから虎丸は代弁する。

「父さんもやるな。おれ、一人っ子だったから、弟か妹、欲しかったんだ」

父親の再婚相手が最初に「ありがとう」と又頭を下げた。

帰宅後、父親からまた感謝された。

そして「虎ちゃんもカノジョに合わせて欲しいな。判るよ、タオルや下着のたたみ方が虎ちゃんじゃあなかったもん」

虎丸は微笑で返した。

年明けに苗字が同じになった部下の女性と住むこととなり、虎丸は自慢の料理をふるまった。

特にグラタンやラザニアは喜ばれた。

「父さんさ、映画好きだろ、おれ。だから映画の学校行きたいんだ。youtubeにも興味ある。でも道内に専門校がない。頼むよ、東京行かせてくれないか」

臨月の義母と父親を残し、こうして虎丸は映画大学に入学するため、上京した。

―来月産まれる、行きたくないな。

食事が終わり、帰途につく。

―世の中、裏目ばかりよ。

弾いた500円玉を手の甲に乗せてそんなことを思った。

部屋に着くとPCでとある画像を漁った。

その画像がどんなものであるかはこの第二章内で明かされる。

最近の虎丸はこんな画像をネット内で集めることに心血を注いでいた。

―面倒くさい、ひととの繋がりがこの世でいちばん面倒くさい・煩わしい。

―あの映像研の連中が面倒くさい、あのあきらってのはなにより煩わしい。

―もう、切るか。何を期待していたのか。

ちゃんと授業出て、何か教授か講師の伝手で映像関係のアルバイトで始めて、気に入ったらそこに就職して、いや、没頭できるならば、大学辞めてもいいか、と考えていた。

スマートフォンが鳴る。

「あ、室井くん、寝ていた?」

―あきら、相川あきら、か。

「いや、寝てねーし、未だ22時だし」

「菅野先生の映画感想のレポート、書いた?」

―これは連絡したいけど、特に用事がないヤツの質問だ。

「オレはメディアミックス学科だから、そもそも受けてないし」

「室井くん、迷惑だった、電話」

―連絡先消すだけにとどめるか、ブロックするかで迷っていたから、すごいタイミングだよ。

「そんなこともねーし、そうだ、夕飯、何食べた?」

「家でポークソテー」

―相変わらず、家族で仲のいいことで。

「そうか、オレは松乃屋で定食食べたよ」

「松乃屋って?」

―そんなこと言う必要なかったか。

「松屋フーズのとんかつ屋。相川さぁ、おまえ、俳優として映研の映画出てみる気ないか?」

「!?」

―あっ、何言っているんだ、おれ。

「例の野笛先輩から誘われて、明日、スタッフの女の子たち含め、話だけでも聴いてくれって、誘われているんだ。で、おまえを誘うかどうか、電話するか迷っていたところさ」

「ああ!きみも電話しようか迷っていたのか!」

―今、『もう友達ヅラすんな!』って言えば、終わるのに。

「うん、電話してきてくれて、ありがとうな」

「ありがとう、何かしたかったところなんだよ。こちらこそありがとう」

それから二人は待ち合わせの手順を話した。


学内の、例のカフェテラスにあきらと虎丸にいて、菜乃と芽里亜と野笛を待った。

「俳優かぁ、相川はそんな経験あるの?」

「俳優なのかは判りませんが、被写体になったらなったことがあるような」

「それいつ頃よ?」

「幼稚園の時ですかね」

―多分、子ども服のモデルかなんかか。

虎丸がそう思った時に、女子三人組が現れる。

―みんな小さいな。特に前髪ぱっつんのセミロングのコ、小さいな。

それは芽里亜のこと、今日はカスミソウ柄のワンピースに、からし色のカーディガンというラフないでたち。

「相川くん、室井くん、今日はありがとうございます。三人は知っている?」

芽里亜の言に、いや、知らないと、あきらも僕も知らないと云い、少し自己紹介の歓談。

そして人数分の脚本、画コンテ、設定資料が配られる。

読み始めるあきらと虎丸。

「読みながらでも話して大丈夫ですか?」と菜乃。

「はい」とあきら、うなづくだけの虎丸。

「だいたい30分くらいで、デジタル撮影、監督、撮影、編集、音入れは私たち三人でまかないます。7月下旬、受験生用のナビゲーション・フェスタで上映予定。二人には作中のリュウセイとハッコウを演じてもらいたい」

菜乃の説明に虎丸が「どっちがどっち?」と尋ねる。

「リュウセイが室井くんで、ハッコウが相川くん」という菜乃の返答し、「エッ!私はリュウセイが相川くん、ハッコウは室井くんだと思ったけど」と芽里亜。

「いやいや、リュウセイは室井くんで、ハッコウは相川くん、でしょう」と野笛。

「2対1、か。そんなことより二人の意見も聴こうよ」と芽里亜。

―これは、なんか、アレか、腐女子の玩具にされているってことか。

こんな考えをストレートに云うほど、虎丸はやはり子どもではなかった。

「うん、思っていたより面白い。でも、抽象的過ぎやしないか。なんで、日本政府や自民党や自衛隊は出てこない?このリュウセイとハッコウはそんな体制側にケンカ売る二人なのにさ」

「まず、そういう実在の団体の固有名は出さないのが鉄則じゃない」と野笛。

「確かに商業作品でそういう配慮は必要だけど、多分観る人が多くて数十人の素人映画にそんな配慮は必要ないと思うけど」

「実際の固有名を出したら、例えば議員会館や議事堂、戦車や兵隊を出さなきゃあいけない。そんな予算はあるワケないんじゃない」

これはちょいと怒り気味の芽里亜。

「ふーん、配慮に予算の都合、ってその時点でやる気失せるよ。作る前から腰が引けているってことで、いい?」

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