第二章 西荻窪のそれいゆ 2
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「なるほど、でもその二人を推す理由は?」
芽里亜の問いに野笛は直ぐに答えなかった。
―確かに、特にやる気のある二人ではないし、むしろやる気は無いタイプなのだろう。
「なんか、勘、とかそういうのじゃないのかな」
菜乃がフォローめいたことを云う。
それでも野笛は考えているかのようで、それこそ芽里亜が「他の男性部員に出てくれそうなコはいないのか」と聞き出そうとしていた矢先に「あの二人、ってのが理由かな」と野笛は話し始めた。
「入学してようやくひと月だから、当然といえば当然なんだけど、まだお互いに慣れていない。これがお互いのキャラクターによるものなのか、時間が解決するものなのか、よく判らないけど」
「まぁ、私たちも似たようなものだし」
この芽里亜の台詞にちょっとだけ驚いたのは菜乃。
―すごくぐいぐいくるような感じだったけど、このコはこのコなりに気を遣って、サービスしていたのだな。
それを好ましく思うことした菜乃だった。
「うん、測り兼ねているトコは未だあるんだけど、室井くんは確実に相川くんを守っている感じがして、相川くんはそれに応えようとしているけど、どうも空回りしている。でもね、それは悪いワケじゃなくて、どこか微笑ましく感じたのだよ。だから、台本と画コンテ読んだら、この二人でいいじゃん!と思った」
あらかわ遊園のもぐもぐハウスという食堂で、菜乃はコーヒーフロート、芽里亜はホットコーヒー、野笛は生ビールをそれぞれ飲みながら、作戦会議だ。
「確かにあの二人はセットだよね。そりゃあ、見ず知らぬ同士をキャスティングして、撮影の合間だけしか会わないというのも面白そうだけど、普段知り合いとか友人が全然違う関係を演じる、という方が、二面性を持つ二人の話だから、いいかも」
「お!菜乃さん!さすが!やはり男同士は一日の長があるますな」
芽里亜が冷やかし気味に云う。
そこに閉園時間を近づいてきたことを知らせる放送。
「そんじゃあさ、画コンテ書き直したいから、だって、いくら画コンテがラフでいいといってもだよ、走り描きだから直させて」
菜乃はさっきから云いたかったことをようやく云えた。
「二人は焼肉店でも違うテーブルだったし、面識はほぼないから私が明日話して、企画の説明だけでもさせて欲しいと頼むよ」
野笛は云った後に相川あきらと室井虎丸とLINEすら交わしていないことに気がついたが、部室で待ち構えていれば、どちらか来るだろうと思いついた。
「菜乃、いつまでに画コンテはリファイン、完了する?」
「火曜にはちゃんとしたの見せられるかな」
「よし、それでいこう」
芽里亜のその言が解散の合図となった。
野笛は「夕飯でも一緒にどうか」と言いかけたが、相川と室井の男の子二人を思い出した。
―測り兼ねているのは私たちも一緒、か。慌てない、慌てない。
そこで芽里亜が「じゃあ、私のクルマで送るよ、二人」
「エッ!遠くない?」
「遠くないよ。山手通りに出られれば直ぐさ」
「そうなの?」
「そうだよ。昨日も少し言ったけど、私、暮れには早く東京来たかったから今の部屋に住み始めた。その時にあのクルマでよく都内を走ったから、だいたい理解しているよ」
卒業式にだけ出るために戻る以外は三学期はいかなかったそうだ。
その車内で菜乃はLINEする。
「お母さん?」
「うん」
芽里亜の問いに菜乃が答える。
「私が合図したら『到着』って送ってよ」
「いいけど?」
菜乃は助手席に乗っていた。
そこで菜乃が降りる時に後部座席の野笛が助手席に移動する。
その時、「凄いクルマじゃない!」と菜乃の母親の出迎え。
芽里亜と野笛は母親に挨拶と自己紹介し、母親は「菜乃をよろしくお願いします」と軽く会釈し、「二人とも美人さんね」と愛想を云った。
更に帰りの車内。
「さすが、女友だちと女の先輩が仲良しと同性の親に印象づければ、酉野さんもこれから活動し易くなる」
「ふふ、先輩も、菜乃のお母さんに『夕飯でも』と言われて、『未だ出会って経ってないから、次はご馳走になります』って良かったですよ」
「いや、ある意味それは本音だ。それといきなり女性とはいえ、二人が食卓に直前になって参加するのは主婦は困るでしょう」
その酉野家の食卓なんだが、菜乃はキッチンで母親の助手を務めている。
「食べてけばいいのに。今夜はお好み焼きだから増えても良かったのに」
肉は冷凍庫にもあるし、酉野家の庭ではお母さんが家庭菜園でいろんな野菜を育てている。
「私は正解だと思うよ。お母さんはにーにとにいにいにカノジョを世話するつもりでしょうに!」
「バレてたか!二人ともかわいかったもん!」
にーには長年の方で、にいにいは次男の方の兄だ。
「なんで、三か月も早く上京してきたの」
車内に戻る。
「名古屋以上に四国は田舎なんですよ。これじゃあ答えになりませんか?」
「うん、なんか、気になっただけ。答えになるよ」
このやり取り芽里亜と野笛は気まずくなったが、久我山で降りた時に「握手、しときませんか」と芽里亜から云った。
「しておこう」
握った次に二人には笑顔がさした。
―やはり新たな人間関係を構築するというのは面倒ごとを負うことだな。
野笛としては、先輩ヅラしてマウントを取るようなことはないと思っていたが、菜乃にはそれまったくないが、芽里亜には少しそう思わせてしまっているような気がした。
―それなのに、今日は新たに男の子と関わり合いになろうとしている。
部室棟の映研レコンキスタに来たのだが、みんなスマホを見たり、次の講義の準備をしていた。
―この空気が苦手なんだよな。
だからといって彩翔のように、絶えず映画談義をするのもヘンだけど、とも野笛は思った。
―月曜はイロドリ先輩、研究室にいる日だったな。
そう思い、院生用の棟に向かった。
この大学は学部の上に大学院があるのではなく、大学院は大学院で別棟が用意されていたのだ。
その移動中、河都野笛は室井虎丸に出くわした。
彼は野笛に一礼する。
「うん、元気?無事に帰れた?」
「はい、相川くんからもLINEで無事帰宅しました、と連絡きました」
―それくらいの繋がりはあるんだ。
野笛は彼をカフェテラスに案内した。
学食とは違う、学生の時間調整や交流に使うようなカフェだ。
「いやぁ、そういう目立つのは好きじゃないんです。ごめんなさい」
虎丸は野笛の話を遮らずに聴いた。
その答えがこれだった。
―しかも私の話した内容にはBL風味とは言っていないのだ!
―ラブシーンとかあったら冗談じゃあ、ないよ!
二人の思いは交わらない。
「レコンキスタに入ったのは映像配信で自分のチャンネル立ち上げたかったからです。そのためにノブさんに撮影や編集を教わるのは理にかなっているから、そこは二次会でも賛成したし、その撮影でカメラマンやるとかならば手伝いますけど」
「室井くん、今朝は何食べた?」
「駅前の松屋で牛めし、ですけど」
「昼は?」
「学食でA定食」
「夕飯はもう考えてあるの?」
「多分、松乃屋で味噌カツ定食。松屋のアプリでポイント貯まるし、クーポンも使えるから」
「さっきいったそのロケハン、新丸ビルのタイ料理屋に入った。次の花やしきではドムドムバーガーというマニアな店を発見し、浅草コロッケバーガーを食べた。そしてあらかわ遊園ではもぐもぐハウスというトコに入ったんだけど、さすがに飲み物だけにした。でも、区営の施設とは思えぬ程、メニューが充実していて三人で、『実際の撮影に来た時に、絶対に食べる!』と誓いあったよ」
「先輩、まさかメシで釣っているんですか?」
「それ以外にも、園内には都電の歴史の資料館や鉄道模型もある。乗り物やアトラクションには興味なくても、男の子はそういうの好きなんじゃない?」
「だったら、カメラマンとして参加するのでも、美味そうなごはん食べられますよ」
「それはそうだけど、一緒に行動して、あの室井くんという男は役者で参加してもらいたかったのに、してくれなかった、とずっと思われながら撮影することになるよ」
そんなやり取りがあり、明日監督とプロデューサーの女の子二人と会うことになった。
菜乃は講義を巧く配置し、土日月の三連休にしていた。
昨夜から描いている画コンテを今日も実家の自室で描いていた。




