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第二章 西荻窪のそれいゆ 1



     1



近所の月極駐車場にとまっているのはカローラクロス。

父親のものだが、最近視力がめっきり落ちたとこぼしていてほとんどあきらが乗っている。

現在のその父親は60代末、遅くできた息子であった。

遅く起きて、いつもの土曜のようにその自動車を駐車場に取りに行く。

家の前に着くと両親が部屋着よりは少しはマシな衣装で待っている。

「お兄ちゃんは来ないの?」

父親が母親に云った。

「呼んでもいないし、もう呼ぶのはやめたでしょう」

あきらの6歳上の兄は大学を中退し、アルバイトで生活している。

掛け持ちで働いているらしく、毎日月曜から土曜、9時頃起きて、終電で帰ってくるので、家族との交渉は途絶えていた。

両親とも最初は兄に気を遣っていたが、引きこもりでも・悪いことをするでもないので、大丈夫だろうとスルーするようになってもう3年が経つ。

その代わりと云ってはなんだが、あきらに両親とも目が向いた。

大人しく・親に反抗なんてするハズもないあきらはこのように、休日は両親と過ごすのが当たり前になっていた。

神奈川県下の国立大学を出て教師になった母親は、30代の時に電車内で痴漢に遭い、なんと、その場で誰の力も借りず、次の駅で賊を伴い下車し、駅員に突き出した。

血相変えて対応したその駅員がひと回り年上の父親であり、話すと同じ大学出身であることが判り、意気投合した。

父親は組合ではそうとうな立場にあったためか、定年後の嘱託として残れなかった。

母親は長男が生まれると専業主婦になった。

そしてその長男が小学校に入学してからボランティアやデモ活動にのめり込んだ。

だが数年前夫からそういった活動を自重するようにと注意されて、今は合唱団や演劇のサークルに入るようになった。

だから、一週間分の食品の買い物をして母親の活動や芸術をサポートしようとする意味合いがあった。

そして土曜は10時の開店と同時にショッピングモールに入り、朝食兼昼食を採るのが定番のコースとなっていた。

「昨夜はめづらしく遅かったよね、あきらちゃん」

「うん、二次会というやつだよ」

咎める感じはなしに母親は云った。

あきらはもともと名のある有名私大を志望していたが、見事に全部落ちた。

そこで映大だけはうかった。

「芸術なんてあきらちゃんにぴったりよ」とはその時の母親の台詞である。

「逆に母さんはいつもより早かったね」

一人だけ後部座席の父親が尋ねる。

「合唱団で最後に『君が代』を歌うことになったから、帰ってきちゃった」

父親は「ほぅ」とだけ云った。

子どもの頃は小竹橋のショッピングモールによくいったが潰れたので、今は南千住のショッピングモールに行くことにしている。

飽きるとたまに千住大橋のショッピングモールにも家族三人で行っている。

「もうお父さん、お腹ぺこぺこだよ」

そこで開店直後の回転寿司屋に入る。

その後は、重くなる食料品は最後にして、父親がウエストがきつくなってきたからゆったりとしたスエットを所望し、あきらには何か羽織るものをとユニクロに入った。

自宅に着き、しこたまかった食料品を下すと14時だった。

めずらしく遅く帰ってきたあきらはベッドで横になるといつの間にか眠っていて、母親の夕飯を知らせる声で起きた。

夕飯後、入浴し、部屋でyoutubeを見たりしているといつの間にか又眠っていた。

日曜、起きるとプリキュアの時間に朝食を採り、その後のライダーと戦隊を観るのが、最近の日課になっていた。

「ライダーもう辛い、もう何年も面白いライダーを観ていない。でも戦隊は面白いのが出る。今回のも話はつまらないが、デザインとキャラクターだけで楽しく観られる」

その後、youtubeを見ているといつの間にか眠ってしまい、母親の昼食を知らせる声で起きた。

「あきらちゃんには役者の方が似合っているよ。ねぇ、お父さん」

焼きそばを両親と食べながら、なんかサークル入ったのかと問われ「映画を撮るとこ」と答えて、「何の係りやるの?」という問いに「AD」と答えたことに対しての母親の台詞がこれだった。

「うん、あきらは背も高いし、やせているし、顔もいいし、役者向きだとずーっと父さん思っていた。まったく誰に似たんやら」

母親は「もー、お父さんったら!」と父親の肩を叩いた。

またyoutubeを観て、夕飯を食べ、入浴から出てくると、父親が本を渡してきた。

古い本で、上下巻本、「俳優修業」というタイトルで、著者はスタニスラフスキ。

ぺらぺらと頁をめくったが難しそうだ。

でも父親が貸してくれたからとベッドで寝そべって読み始めたが、直ぐに眠ってしまった。

起床した、月曜だ。

大学に入ってつくづく良かったと思うことは、早起きしないで済むことだ。

10時の講義だから8時に起きて、ゆっくりと支度をして、ラッシュ時を外せる。

午前中に映画史、午後に教室で上映した短篇の映画を観て、その感想をレポートする講義と演出技術の講義。

間で学食に入り、カレーライスを食べた。

講義が終わると帰宅する。

―部室、寄ってみるかな。

ここでいう部室とは映像研レコンキスタの部室のことだが、一秒もしないで、誰かに用事があるワケでないから、ヘンだ、という結論に落ち着いた。

中央線ではなく総武線で帰るようにしている。

新宿駅のホームで対岸に、乗るべき山手線が来るから、階段の上り下りをしなくても済む。

すると、次の西荻窪から東中野まで(大久保はコリアタウンの印象が強いから除外)には美味しいラーメン屋がいっぱいあることをあきらは知っていた。

だけど途中下車する程のものなのかと躊躇し、実際に降りなかった。

―ラーメンなんか食べたら、お母さんの作った夕飯が食べられなくなるし。

帰宅する、夕飯を両親と採り、入浴する、youtubeを観る。

短編映画のレポートを書く。

Wikipediaで監督の出身地と物心ついてから青年になるまでの時代背景を調べ、それを基に評価対象の映画の主題を読み解く。

受験の小論文でよく使った手だった。

2時間くらいで書き終わり、規定枚数の下限ぴったりであった。

メールに添付して飛ばした。

またyoutubeを観る。

そろそろ眠ろうとしたが、急に靴下を履き、パーカーを羽織った。

階段を降りると父親に会ったので、「ちょっと散歩」とだけ云い、父親は咎めたくなる表情をしていたが、無視して足早に出て行った。

自転車に乗る。

都電荒川線を横切り、尾久橋で隅田川も横切り、荒川土手に着く。

暗闇の中、犬の糞がないかだけスマートフォンのライトアプリでチェックして、寝そべる。

河川敷の下方に空間があるようで、そこに注水されるとがぼがぼとなる。

あきらが子どもの頃からよく聴いた音だ。

―何をしているんだろう、ぼくは。

スマートフォンで食べログを使い、周囲の飲食店を検索した。

でも夕飯を食べたから、特にお腹減っているワケじゃない、特にすることがなかったからだ。

「あ、室井くん、寝ていた?」

「いや、寝てねーし、未だ22時だし」

「菅野先生の映画感想のレポート、書いた?」

「オレはメディアミックス学科だから、そもそも受けてないし」

「室井くん、迷惑だった、電話」

相手から一瞬、ためらいを感じた。

「そんなこともねーし、そうだ、夕飯、何食べた?」

「家でポークソテー」

「そうか、オレは松乃屋で定食食べたよ」

「松乃屋って?」

「松屋フーズのとんかつ屋。相川さぁ、おまえ、俳優として映研の映画出てみる気ないか?」

「!?」

「例の野笛先輩から誘われて、明日、スタッフの女の子たち含め、話だけでも聴いてくれって、誘われているんだ。で、おまえを誘うかどうか、電話するか迷っていたところさ」

「ああ!きみも電話しようか迷っていたのか!」

「うん、電話してきてくれて、ありがとうな」

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