第一章 吉祥寺の焼肉きんぐ 10
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彩翔チョイス
①寝ても覚めても
②スパイの妻
③シンゴジラ
室井虎丸チョイス
①シンゴジラ
②ベイビーわるきゅーれ
③花束みたいな恋をした
―コイツ、意外と俗っぽいなぁ。
これは彩の感想。
―シンゴジラ以外、よく知らないなぁ。
これは虎丸の感想。
「おっ!楽しそうなことしてるじゃない。私も『シンゴジラ』好きだよ」
これは野笛が口にした感想。
すると岸間も「ぼくも」と発言し、他の部員も「結局、誰もが認めるこの10年いちばんはシンゴジかな」等云いだした。
―シンゴジラ、三位にしないで「愛がなんだ」あたりを入れておくべきだった!
映画評論家っぽい作品並べると俗っぽくなるから娯楽作品を一つくらい入れた、彩であった。
「いいじゃん、阪元裕吾と坂本裕二は俺も好きだよ」
という彩コメントにあきらが「その二人は兄弟なんですか?」と云って笑いを取った。
―いや、オレが言ってもしょうがないのだ。自分で笑われているのに気づくまでは。
虎丸は目を伏せてそう思った。
「ノブ、どうした?グリム童話を読み終わったから来たのか?」
「すっぱい葡萄はイソップ童話の方だよ」
彩としては精一杯の意趣返しの予定だったが、出典を間違えるという識者としては大失点をしてしまった。
「そんなに落ち込むなよ。来てもらいたかったんだろう」
「うん、来てくれれば嬉しいけど、どうせ俺が新入部員イジめているとかLINEがきたんだろう」
「うんにゃあ、メールじゃなくて電話」
するとさっきトイレに行った岸間しかその電話の発信者はいないので、皆が彼に注目して、笑いを取ったのだがあきらにはどこが面白いのかが判らなかった。
―それだけじゃない。この岸間先輩はこの二人を会わせたかったのだ。この彩さんと河都さんは昔に付き合っていた二人かなんか、か?
虎丸のこの読みを気づいたのは野笛だけで、それを逸らすようにあきらへと「次は相川くん、どんな映画好きなの?」と尋ねた。
「あんまり映画は観ないんです」とあきらは答えた。
「ちょっと待て、さっき特撮についてはとうとうと語っていたろう」
彩のツッコミはもっともだ。
「映画館で観たことないから、どれが映画で、どれがそうじゃないかが判らないんです」
あきらが幼少の頃にアンパンマンくらいしか見ておらず、それ以来映画館に行ったことがないのはホントのこと。
「いいんだよ。サブスクが繁栄してから、今はそういう区別ほとんどないよ。それに『運命のガイアメモリ』は一本の長編映画として優れていると思うよ」
その彩の共感の言葉でようやく先ほどのTシャツの件でみんなから笑われたことを忘れられるかなぁ、と思うあきらだった。
妙なトコで根に持つタイプなのだ。
ひとしきり特撮の話で皆で盛り上があると彩が「映画大学ナビゲーション・フェスタって、去年来た?」とあきらと虎丸に話しかけた。
二人とも「いいえ」と「いえ」と返した。
彩の云うことは菜乃も云ったことと同じ映画大学ナビゲーション・フェスタの説明だった。
つまり、毎年その7月終わり頃の映画大学ナビゲーション・フェスタと10月末の学園祭である映創際で1時間超えないくらいの映画を上映するということ、そのための制作に是非関わってくれ、というお誘いをした。
「それは先輩主導なんですか?」と虎丸が問う。
「一回生の間にカメラの取り扱いや演出作法を教えて、二回生から監督やプロデューサーをやってもらう、ということにはなっているけど」
「なっているけど。なんですか」
野笛の語尾に感じた違和から虎丸が聴く。
「一回生で是非撮りたいってコがいたら、それでいいと思う。そういうコが今までいなかったワケじゃないし。でもそういうコは今はいないもんでね」
「うん、今、映画監督目指しているヤツは今頃もう株式会社化したり、業界にコネ作りまくっているよ。映画産業が斜陽だとはもう50年近く言われているが、映像ということで考えれば、ネットだけでなく、電車内モニターからオーロラビジョンまで需要は100年前の一万倍じゃあ効かないだろうね」
彩が云うのは今は法人化しないと埋没してしまうということのようだ。
「そんなに溢れているならば、どうすれば残るのでしょうか」
虎丸も彩とはもうギスギスした感じが解けていた。
「それを知りたく今でもいっぱい映画観るし、研究もしているし、実作も手掛ける」と彩は返す。
「その実作が毎年観客動員数でアニ研の負けているのに?」これは野笛。
「エッ!観客動員数なんて計るんですか、大学のイベントに!?」こっちは虎丸。
「そうなんだよ。うち、アニ研、声優研の朗読劇、演劇部の芝居はいつの間にかそういうふうに公式で発表される。でも演劇は回転数としてAMの部とPMの部と2回しかないから、自然とうちとアニ研の戦いになるんだよ」
この解説は野笛。
ちなみにこの大学にだって体育会系のサークルも当然の如くあり、また漫研や文芸部も存在している。
「アニ研スクラムの綾川、ありゃあ、おかしい、気持ち悪い、だから負けるのがイヤだ!」
翔がつぶやくように云うが、最後は感情的だった。
「綾川さん、良いひとだと思うけどね」
「つまり、映大ナビゲーション・フェスタ用の映画ではよろしく頼むよ」
そうとう綾川さんとやらがいやなんだなと彩のベクトルずらしから虎丸が推察した。
「あのさ、相川くんと室井くんは何をやりたいの?あ!いや、なんか強制しているワケじゃなくてさ、せっかく映像作品好きで入って、何か作ろうとしていたならば、参加しないのはつまらないじゃない」
野笛の言に彩はまた振り出しに戻す気か!とも思ったが、虎丸が「カメラとか編集には興味ありますけど、若いヤツは全員PCを熟知しているワケではないし」と答える。
「ここではね、技術のノブさんと理論のイロドリと称されているので、私教えるよ」
「ノブさん、すみません。ぼくはその技術も自信ないのでADでもいいですか」
勿論あきらだ。
みんな苦笑をもうしなかったのは一歩前進をあきらから感じたからであろう。
しかし、二人とも更に三次会に誘われたが帰宅することにした。
野笛は店が閉まる5時まで付き合うことになる。
「ぼくんちは山手線沿線だから中央線使うよ」
「あのさ、相川。オレんち吉祥寺と西荻窪の中間だからさ」
「いや、今日は帰りたいから泊まりません」
―アレ?なんでか残念な気持ちしたな。
「じゃあ、ひと駅歩かないか。感想戦っていうの?これから同じ大学で、同じサークルなワケだし」
「うん、いいですね」
ひとしきり今日あったサークルの面々の印象を話し、お互いお勧めの映像作品について語ったりした。
「そうか、室井くんはサブスクでそんなに映画を観ていたのですね」
「ああ。それは札幌の実家ではみんなで映画観るのが当たり前だったから、子どもの頃はじいちゃんや父さんに付き合って寅さんや仁義なき戦い、新幹線大爆破や砂の器と古臭い邦画観慣れていたんだ」
ここは五日市街道、もう22時、でも西日暮里に住まいがあるあきらは帰宅できるであろう。
「ああやっと判った。そういう好きなものややりたいことがないとここではバカにされるワケか」
「くだらぬものだけどね。でも階級や人種、性差や出身でバカにされるよりマシだとは俺は思うよ」
「さっきの先輩の何を作っても埋没するって言っていたのは共感したな。僕はyoutubeはよく見る方だし、特撮はもう知っちゃっているから言うけど、未だに見ているけど、どちらも惰性だ。すっごく好きだからじゃない」
「そうか、判ったぞ。相川はもう何をやってもムダと思っているけど、俺は何をやってもムダな世界で、どこかにほころびがあるか耳を澄ましているんだ、ってオレんちここ」
「室井くん、今日は焼肉屋だけで帰るつもりだったんだ。でも室井くんが誘ってくれたからビール屋さんにも行ってみた。家族に、ああ、勿論メールで遅くなるとは出したけど、メールでスケジュール変更するなんて初めてだから、心配していると思うんだ、お母さんが。だから、今度はさ」
「ああ、判ったよ、今度はオレんち来る目的で訪ねてくれよ」
「うん、それならばいいよ」
「気をつけてな」
「室井くん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみな」
―お母さん、か。じいちゃんが死んで直ぐだったな、アレは。




