第一章 吉祥寺の焼肉きんぐ 1
1
彼女たちが、彼女とはこの物語の主役四人組の一人、酉野菜乃のことで、その彼女たちが入学したばかりの大学を起点として、東側には西荻窪や荻窪等の総武線沿線杉並文化があり、西側には23区とは外れ始めるが吉祥寺で大いに栄える武蔵野文化の入口となり、北側は上井草や井荻というアニメ制作会社や美味しいラーメン屋が多いのだが基本は閑静な住宅街である練馬文化に囲まれている。
―大学での授業よりはそんな環境がよかったのかもしれない。
本作において「―」は内面独白を示すが、これは菜乃が後年思った、内面独白なのだが、むしろ過去分詞と言った方がよいのかもしれない。
バス網が張り巡らされていたが、菜乃は30分以内ならば、歩くことを選んだ。
中途の道に古本屋やアンティークショップ、変化球なスイーツ屋さんやオシャレなカフェが点在しているから、目的地以上の目的が多くあったからだ(ダイエットの意味も)。
菜乃が生まれてから住んでいる椎名町は豊島区にあり、つまり実家からJR線で通っている。
―中野から雰囲気ががらっと変わるのだ。
池袋で用が済み、親類が北区や埼玉県に多くいたので、子どもの頃は東京の東側が活動の場となっていた。
おいおい語られるが、菜乃にはやりたいことが明確にあり、それに邁進する手もあったのだが、そうするには、つまりそれで社会人になる手段もあったが、アルバイトすら高校時代にしていなかったので、社会人になるための準備期間が欲しかった。
それに菜乃が入学したのは映画部なので、やりたいことに繋がることが学べる場でもあった。
両親の下に、兄二人と菜乃というすっごい自由に育てられた環境に育ち、云ってみれば両親は菜乃に甘いし、やりたいことで忙しい割に、菜乃は成績がとてもよかったので、四年間の人生の処し方を考えようと入学してきたのだ。
その菜乃は今、青梅街道にある焼肉食べ放題のチェーン店に向かっている。
入部したサークルの新入生歓迎会の開催地だからだ。
近年、大学構内の対アルコールハラスメントの徹底は進んでいる。
そこで菜乃が入部したサークルでは、ではそもそもに酒が主体ではなく、でもみんなが好きな食べ放題やバイキングで盛り上がり、酒が好きな上級生の二十歳以上は飲み放題というカタチにせず、自腹でオーダーするということに数年前からなっていた。
しかも新入生はタダ。
だがタダでもそこそこ高額なのがミソなのだ。
そのチェーン店でみすじステーキや厚切りタンまで食べられるメニュー、プレミアムコース、税込み4780円!
これを奢るのだから、新歓コンパだけ来ていなくなったり、幽霊部員になったりは気の小さいZ世代の新入生の面々はしないだろうという腹づもりが部の首脳陣にはあり、実際、定着率もよく、急性アルコール中毒も出さず、いいことつくめだった、一つ以外は。
この一つがこの物語の主題となったいくのだが、菜乃を追うことを続けよう。
―肉だ!肉だ!いっぱい今から焼いた肉が喰える!
値段なんか我関せずで、約1キロ歩く中、先輩部員や新入部員たちと歩く中、映画の話を(言い忘れたが、ここは映画のサークルなのだ)皆がする中、相槌にとどめ、菜乃は焼けた肉を喰らうことだけを考え続けていた。
身長155と少なめな体重で、最近誕生日を迎えて19歳になった女性としてはかなり小柄だが食欲は旺盛であった。
―菜乃ちゃんね、高校までは週に4~5回は体育の授業あったでしょう。アレはよかったんだよ。アレが良いダイエットになっていたんだよ。
これはやりたいことの活動で先輩女性から聴いた台詞。
だから菜乃は体育の授業が大学に入ってなくなったから、歩くことにしている。
ボブショートにグレイのジャンパースカートというコンサバな出で立ちなのに、菜乃はいつもエアマックスのゴツいシューズを履いているのはそういうワケだ。
新入部員は15名。
大学のサークルに関心すらない学生が多い中、多い方と云える。
在校生が25人出席なので、計40名。
宴会用ではない店内はファミレス席なので、なるたけ同性の先輩が新入部員に一人につき1~2名つくような感じに配置された。
「あのー、すみません。最初なんで、私が代表的なメニューをとりあえず入力してもいいですか」
内容だけ聴くと丁寧だが、菜乃はタブレット端末に早めに入力することを最優先にした。
まずは代表的肉メニューを入れておくのだ。
その後はみんな、飲み物何する?とか野菜も必要だねとかヌルいことを言い合えばいいんだと菜乃は図っていた。
菜乃がテーブルの人数分、取り皿や使い捨ておしぼりを回す。
周囲の人々は話に夢中だからやっている。
でも、それはかいがいしい自分のアピールという考えはビタ一文もなく、早く焼いた肉を食べるためだ。
ー周囲にも食べる準備をすれば、自分の食い意地を隠せる!
そして会食は始まる。
だが一人だけその菜乃の挙動に注目する者がいた。
「壺漬けハラミを切るのをやるよ。二人がかりはエチケット違反かもしれないけど、等分に切りたいよね」
河都小笛、四回生がこう云うと「はい!」と我が意を得たりと菜乃が返した。
「酉野さんだっけ、ごはんものは頼まないの?」
「はい!酉野菜乃です!ごはんという腹にたまるものは後回しです!」
「じゃあ、私には冷麺をよろしく、胃を冷やしておいた方が、喰える!」
「あ!私も冷麺いきます!」
こういう場で、自己紹介だとなんとなく皆食べずに聴くというモードになるが、菜乃と小笛はいい感じで食べ続けた。
辛い・しょっぱいものの合間に甘いものを挟もうと野笛と菜乃はアイスクリームや杏仁豆腐を食べ始め、デザートは食後に食べるもとという固定観念を持った他の多くの女子部員は「あの二人、不良だ」と囁き始めた。
自己紹介は先輩から始め、好きな映画を上げたり、軽いギャグを披露して笑いを取ったりした。
「さて、次は新入部員いってみようか。但し、お題はきめせてもらう。『この映画部に入って、どんな作品を作りたいか?』だ。では右の彼、R2-D2のシャツの彼からいってみよう」
発言したのは 彩 翔というこの場所で唯一の院生で、もう24歳。
指されたのは、相川あきらで菜乃と同じく最近誕生日を向かえた19歳。
「あ、いや、ぼくは特に好きな映画とかもなくて、その」
「いやいや、きみ!好きなのはスターウォーズだろう!?」
「スターウォーズって、あの古い映画ですよね。観てません」
彩先輩を含めて、大半が大笑いだ。
おっとりした男の子であるあきらだったが、この時にちょっとイヤな感じを受けた。
これが彼が後にあのような活動に至る遠因だったのかしれない。
横にいて、「そのシャツだよ」と云ったのは室井虎丸。
「?」とあきらは未だ気づかないので、「なるほど、90年代の若者が知らずにゲバラのTシャツ着ていてようなものか」と云ったのだが、これにはフシギとあきらはバカにされたとか思わないいつものおっとりしたあきらのようであった。
彩先輩が「次の隣の女の子、よろしく!」と声をかける。
その女の子は菜乃より更に小さい150くらいだが、焼肉食べ放題なのに黒のスーツ姿だった。
「私は安芽里亜と申します。愛媛からきました。撮りたい映画はただ一つ。BLです!つまり男同士が愛し合う映画です!」
これでレギュラー六人の紹介が終わりました。