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〈ケース1〉東京都在住の飯島かおりさん(23才)飲食店従業員

 アプリをインストールして三十分ほどすると、メールがとどいた。真司からだった。飯島かおりは、胸をときめかせながらディスプレイを見つめた。


【元気にしてたかい? キミと会えない日々がこんなにつらいだなんて考えてもみなかったよ】


 気取った文面。まぎれもなく真司からのメールだった。かおりの目から涙があふれる。元気なわけがない。結婚を目前にして恋人に先立たれた悲しみが、そう簡単に癒えてたまるものか。かおりはスマホに口づけしたくなる衝動をなんとか堪えた。アプリによる仮想体験だとわかっていても、つい本物の真司を相手にしているような気にさせられる。


【そっちの暮らしはどう? 不自由してない?】


 バカな質問だと心のなかで理解しつつも、ついそんなことを尋ねてしまう。もう二度と会えないと思っていた恋人からのメール。心が平静でいられるはずがない。


【ぼくのほうは快適だよ。景色も良いし食事も美味い。なにもかも夢のような暮らしさ。ただ一点、きみがいないことを除けばね……】


 なんだか海外出張へ行った恋人とメールでやり取りしているような気分になり、かおりはまたバカな返信をしてしまった。


【いいな、わたしもそっちへ行ってみたいな】

【じゃあ、おいでよ】

【だって無理でしょ、そんなの】

【無理じゃないさ。ぼくたちの愛が本物なら】


 すごくバカな会話をしている。頭のなかの冷静な部分ではちゃんとそれを認識している。でも魔法をかけられたみたいに、かおりは会話が悪い方向へ進んでいくのを止められなかった。


【死ぬのって……やっぱり怖いわ】

【死は終わりじゃないさ。むしろ始まりと言っていい】


 フッと口もとがゆるむ。学生時代に哲学を専攻していたという真司が言いそうなセリフだった。かおりはもう相手がただのアプリであるということを忘れてしまっている。


【屋上から飛び降りたり、手首を切ったりするのは痛そうだわ。首吊りも苦しそうだから絶対にイヤ】

【じゃあ練炭を使えばいい。痛くも苦しくもないよ。まるで眠るように死んでゆけるから】


 かおりはゴクリとつばを飲み込んだ。たしか去年二人でいっしょに河原でバーベキューをしたときの備長炭が物置にしまってあったはずだ。七輪もある。たたみかけるように、また真司からメールが送られてきた。


【もし怖ければ、お酒といっしょに睡眠薬を飲めばいい。きっときみは眠れる森のお姫様みたいに素敵な寝顔で死んでゆくはずさ】


 かおりはまるで、だれかに操られているような不思議な感覚でメールを打ちつづけた。


【わかったわ。わたしもそっちへ行く】

【じゃあ、もうすぐ会えるんだね】

【うん。すごく楽しみ。ねえ、わたしのこと愛してる?】

【もちろんさ。愛してるよ】

【じゃあ、また後でね】

【うん、待ってるから】


 かおりはスマートホンの画面をオフにすると、夢遊病者のような足取りで薬局へ向かった。


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