雪降る荒野で君を待つ
――そこには一面の白い世界が広がっていた。
「今日も雪かぁ」
誰の耳に届くわけでもない呟きをぽつりと洩らし、僕は夜空を見上げる。
ふわふわと舞う雪は驚くべき緩慢なスピードで地表へと降りてきていた。
目の前を揺蕩う彼らに微笑みかけてから、僕は仕事を始める。
僕らが生まれる何十年も前に、僕らの先祖が住む地は力尽きてしまったそうだ。
それから人類は必死で未開の地を切り拓き、生きる場所を探している。
――そう、まるで今の僕みたいに。
「まぁ、住めなくはないな。水と空気、それから食料さえ供給してくれれば」
独り言を言うのは自分の存在を確認するためかも知れない。
黙々と決められた計測作業をこなしていると、耳元で着信音が鳴った。
すぐさま手を止めた僕は、ひとつ深呼吸をしてから応答ボタンを押す。
『――こんにちは、『冬の番人』さん。調子はどう?』
おどけたような君の声に、僕は堪えきれず笑った。
「お蔭さまで、今日も変わらず冬真っ只中だよ」
『そっか、任務完了まであとどのくらい?』
「残り1年プラス345日」
『成る程、まだまだだね』
「うん、実に長い冬だ」
視界の中をふよふよ漂う雪を眺めながら、僕は続ける。
「衛星タイタン――不思議な星だね、ここは」
そう、僕が調査に訪れているのは土星の衛星タイタン――僕らの先祖が生きていた地球という惑星に酷似した液体の海を持つ星だ。
ここではひとつの季節が7年続く。
冬が7年、春が7年、夏が7年、秋が7年。
任期3年の僕がここにいる間はずっと冬で、だから君は僕を『冬の番人』と呼ぶ。
『それより体調はどう? ずっと冬だと聞くと心配なんだけど』
「ありがとう、僕は大丈夫だよ」
――でも、寒がりの君には辛いかも知れないな。
そんなことをふと思ったが、あえて言葉にはしない。
君が来なくなる――そんな事態は絶対に避けたいから。
僕の目論見を知ってか知らずか、通信機の先で君が小さく笑った。
『OK、なら良かった。それじゃあ来月、水と食料を持って行くよ』
「了解、楽しみにしてる」
名残を惜しみながら通信を切る。
配給の任を担う君がタイタンに到着するまで、あと少し。
夜空を見上げれば、幾千もの光が瞬いている。
あの無数の輝きの中のひとつが君なんだろう。
あぁ――今日も世界は綺麗だ。
君が傍にいてくれたら、きっともっと。
だから、伝えるんだ――この気持ちを、君に。
「……来月、覚悟しておいで」
誰も聞くことのない独り言は、白い雪へと溶けていった。
最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。
本作は『雪』というテーマで書いた作品です。
どんな雪のお話にしようかと色々考えあぐねていたのですが、地球以外にも雪が降る場所があるらしい――ということを知ってから、一気に物語ができ上がっていきました。
なお、タイタンの重力は地球より軽いので、かなりゆっくりと地表に降りてくるようですよ。
なんだかロマンチックですね……!
お忙しい中あとがきまでお読み頂きまして、ありがとうございました。