55 恋の終わりは
「エヴァ、話があってきた。」
セオリアはエヴァリスの横にぴたりと寄り添うソアルの姿を見つけると拳を握り締めた。政務の予定を変更しエヴァリスの元へ駆けつけてきたセオリアにエヴァリスは驚いた表情を浮かべた。「お話しとは一体…。」エヴァリスがセオリアに声をかけようと足を向けると、ソアルが言葉を遮る様に二人の間に立つ。
「セオリア王子、申し訳ないがエヴァリスは今私にハレオンの国の生活を教えてくれているのです。後にしてくれませんか。」
「いや、それは出来ない。今、エヴァに伝えなくてはいけないからな。」
セオリアとて、このまま引く気はない。
二人の様子を心配そうに見守っていたエヴァリスに気づいたソアルは小さく息を吐くと、真っすぐとした眼差しでセオリアに向き直る。
「それでは先ず、私と話しましょう。エヴァリス、少し時間をくれないか?」
「ソアル様、でも…。」
「心配ないよ、どちらもいい大人さ。教会のチャペルで待っていてくれ。」
そう言ってエヴァリスに優しくほほ笑んだソアルは。セオリアにも「良いですね。」と声をかけた。セオリアもエヴァリスの憂いに気づいたのだろう。「あぁ…エヴァ待っていてくれないか?」と声をかけた。
まだ後ろ髪をひかれながら、エヴァリスは二人に促されると教会の方にゆっくりと向かって行った。
その背中が見えなくなると、再びソアルは目の前のセオリアをじっと見つめる。
「この前のパーティーでエヴァリスに求婚した。」
「はぁ!?求婚。」
激しく動揺するセオリアとは裏腹に、ソアルは表情を崩さずに腕を組んだまま「当然だろう。」と返す。ハッキリと自身の気持ちを口にしたソアルにセオリアは大きなため息を吐くとこちらも射抜く様にマリーゴールドの瞳を鋭く向けた。
「エヴァリスは私の大事な人だ。ジプナル国にも、他の男にも渡すつもりは一切ない。」
「言葉では何とでも言えるだろう。そもそも一緒にいる時間の量は問題じゃない。私にはエヴァリスを幸せにする自信がある。俺なら王宮の中で閉じ込めることもないし、気持ちをもてあそぶことも無い。」
もてあそぶ。
その言葉を聞いたセオリアは、かっと目を開くとソアルに駆け寄りその胸倉をつかんだ。
「口を慎め。」
間近でみるマリーゴールドからは熱を帯びた揺らめきが宿り、他の人間ならその迫力に尻尾を巻いて逃げ出すだろう。しかし、相手はソアルである。
「現にアンタは口ではエヴァリスへの思いを口にしながら、アネモネとの事は何一つ収集できていない。」
「だからそれは!」
「エヴァリスは王宮を出ていくそうだ。」
その言葉を聞いたセオリアは驚きのあまり動きを止めた。「エヴァリスが王宮を出ていく。」セオリアの手を振りほどきながらソアルは乱れた首元を直す。だらりと下がった手を見てソアルは、セオリアがこの事実を知らなかったことに気づく。お互いになんと不器用で臆病なのかと、ソアルは内心天を仰いだ。
「私たちはあと数日で国に帰る。ジプナル国に来るのか、それともアンタの所に戻るのか…。選ぶのはエヴァリスだ。」
「それは…。」
「もう一度言うが、アンタより俺の側にいる方がエヴァリスは幸せになれる。子どもじみた嫉妬に狂う時間があるなら、早く彼女を手放せ。」
ソアルは最後まで冷静にセオリアに言葉を並べるとエヴァリスの元へ向かい始めた。それに言葉が出ないままセオリアは自身の不甲斐なさに「クソッ。」とやり場のない怒りに声を荒らげた。ソアルはいけ好かないが彼の言葉はどこまでも正論で正しい。残されたセオリアは一人、血が滲むほど唇をかみしめた。
セオリアとの話し合いを終えたソアルはエヴァリスが待つチャペルに訪れた。ゆっくりと扉を開くと不安な顔のまま待ち続けていたエヴァリスが勢いよく振り返る。
「セオリア様!」
その言葉と、ソアルの顔を見たエヴァリスの表情に心にズキンと痛みが走った。先ほどセオリアに大きく出たものの、あの鈍感が気づいていないだけで勝負の結果は既に出ているというのに。
「アイツじゃなくてすまないな。」
冗談めかしてそういったものの、エヴァリスが「違います。」と申し訳なさそうに目を伏せたままだ。
さて、これをどうしたものか…。ソアルは静かに頭を働かせる。
「セオリア王子なら先ほど執事に呼ばれて王宮に急遽帰ったよ。」
「えぇ?そう、ですか。お話しがあると仰っていましたが。」
「話の内容は聞いていない。何か重要な事なら自分からエヴァリスの元へ来るだろうし。」
ソアルの言葉にエヴァリスは「そう、ですね…。」と呟いた。
セオリアの姿を見て昨日の事を恥ずかしく思う反面、エヴァリスを尋ねてきてくれた事に愚かにも嬉しいなどと感じてしまった。
決意を決めたまま、心は裏腹にセオリアに会いたいと願ってしまう。
いっそのこと、忘れたままの方が良かったのかもしれない…。などと思うくらいに。
「エヴァリス、今日はありがとう。とても楽しかった。エヴァリスがジプナル国に遊びに来たときは俺が国を案内しよう。約束する。」
「えぇ、そうですね。」
向こうで待っていたライラと合流するとエヴァリス達は王宮へ向かう馬車に乗り込んだ。ソアルと別れた後、セオリアの様子が気になったエヴァリスはその足のまま彼の政務室に足を運んだ。数回息を吐き、扉を叩くと直ぐに執事のリタールが顔を出した。
「エヴァリス様。こちらに赴かれるとは珍しいですね。いかがしましたか?」
「すみません、セオリア様にお話があって。」
「あー、そうでしたか。申し訳ありません、今しがた騎士団長と話があると出て行かれまして。」
セオリア様にお伝えしましょうか?リタールがそう尋ねるとエヴァリスは首を振り「何でもありません。」とほほ笑んだ。確かにソアルの言う通りセオリアの事だ、大事な話ならまた声をかけてくるかもしれない。後ほどまた来訪しようと考えたエヴァリスは持っていたハンカチに包んでいたセオリアの忘れ物を差し出した。
「それでは、こちらのカフスボタンだけお渡しいただけますか?セオリア様のお忘れものです。」
「承知いたしました。私からお渡ししておきますね。」
宜しくお願いします。とエヴァリスはリタールに礼を述べると自身の部屋に引き返していった。その様子を離れた場所から伺っていたメイドが一人。にやりと笑みを浮かべると、小走りにどこかへ走り去って行った。
時を同じく。ルシエラは自身の部屋で女王としての大きな決断をしようとしていた。
ルシエラの命で部屋に招かれたヴァレリーは、大きく頭を下げると促された椅子に腰を下ろした。
「…とうとうお決めになられたのですね。」
「えぇ、本日の朝にジプナル国からこれが返って来たわ。」
ルシエラが専属執事となったエリオットに目をやると、エリオットは一通の手紙をヴァレリーに差し出した。既に封を切り終えられた手紙を取り出し目を通すと、ヴァレリーは「なるほど…。」と呟いた。ルシエラはコツコツと爪で机をはじきながらしばし考えこむとため息をつく。その様子を見たヴァレリーはルシエラの心を察したように静かに目を閉じた。
「女王様、私は貴女様の聡明なご判断を信じます。儂に出来ることなら最善を尽くしましょう。」
「えぇ…。でも気取られるわけにはいかないわ。セオリアは納得しないでしょうけどこれしか方法がないわ。」
「分かりました。受け入れましょう。」
皆が一様に表情を硬くするのには訳がある。その後、ルシエラはルモネ王妃の元を尋ねると話を聞いたルモネは驚きの声を上げた。
「ルシエラ、この事はセオリアには伝えてあるの?」
「いいえ。この後私から話しておくわ。貴女には迷惑をかけてしまうけれども。」
「大丈夫よ、この話喜んでお受けしましょう。」
穏やかに笑いかける長年の友の快諾にルシエラは安堵の声を漏らすと、悩んでいた問題にとうとう結論を下した。
そしてその翌日。ルシエラにより王宮の中にセオリアとアネモネの正式な婚約が発表された。
エヴァリスが日課の祈祷に向かう前。
まるで転がる様にセオリアの婚約の報告をするメイドに向かってライラは驚きの声を上げた。等のエヴァリスは「分かりました。」とメイドに向かって答えるといつも通り、祈祷の支度を進めるのを見たライラは慌ててエヴァリスの手を掴む。
「お嬢様よろしいのですか?このままでは本当におしまいですよ。」
「ライラ、私ねずっと苦しかったの。こうなると分かっていながらセオリア様のお側にいるのがずっと。これまでたくさんの幸せをいただいたわ。思い残すことなんて無いの。」
「で、でも!セオリア様はお嬢様を誰よりも大事に思っていらっしゃいます。これは何かの間違いです。」
これはハレオンの国とジプナル国を介しての婚姻。国の発展を考えるなら至極真っ当な判断である。先日セオリアが教会まで足を運び話したいと言っていた内容はこれだったのかと。エヴァリスはそう理解した。皆に知らせるよりも先に伝えに来てくれたのは、エヴァリスを思っての事だったのだろうか。
それとも、自身のよこしまな感情に気づかれてしまったからか。
「良くないです!全然よくありません!リタールに確認してきますから今しばらくお待ちください。」
そう言って急いで部屋から出て行こうとするライラの手を握るとエヴァリスは必死に首を振り続ける。痛いくらいに握られた腕は声にできないエヴァリスの慟哭だった。その目から涙が滲んではぽろぽろと涙に変わるのを見てライラは慌ててエヴァリスを抱きしめた。
「お。お嬢様、泣かないでください。大丈夫ですよ!ライラはお側におります。」
「も、もう…。これ以上見ていられないの。楽になりたい。」
全てのものから楽になりたい。
声を殺しながら泣き続けるエヴァリスを見て、怒りが吹っ飛んだライラはただエヴァリスを抱きしめる。
幾度となく封印してきたセオリアへの思いは、淡い全ての恋心は。
今度こそ完全に潰えてしまったのだと。エヴァリスはライラの胸の中でただ泣き続けるのであった。




