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54 最初で最後のデート

次の日、エヴァリスの姿はいつも通り神殿の前にあった。

そしてソアル達がジプナル国に帰るまであと五日。エヴァリスは既に王宮を出ることを心に決めている。

大封印から目覚めてから祈祷を忘れた事は無かったが、その成果もありハレオンの国にかかる保護魔法はヴァレリーの言葉通り何事もなく作動している。このままいけばエヴァリスが王宮から姿を消したとしても十分にその効果を維持できそうだ。


「エヴァリス、そろそろお時間です。」

「分かりました。ありがとうございます。」


祭司に声をかけられたエヴァリスは、すくっと立つと静かにお辞儀をしながら神殿を後にした。

その時、祈祷を終えたエヴァリスの元に珍しい人影が現れた。


「ソアル様。」


「祈祷を終えたんだろ。お疲れ様。」


「いえとんでもございません。それにしてもこんな朝早くから…。一体どうされたのですか?」


時刻はまだ早朝に近い。ソアルと話すのは専ら日が昇ってからなのでまさかこんな時間にエヴァリスを尋ねてくるとは何か大事な用事でもあるのだろうか。


「もうすぐジプナル国に帰るから、最後にお願いがあって。」


「お願い、ですか?」


「そう、お願い。」


エヴァリスが不思議そうに声をかければ、ソアルはほほ笑みながら肩をすくめて見せた。



そしてソアルがエヴァリスを尋ねてからしばらくして、セオリアもまたエヴァリスの部屋の前に顔を出していた。昨日はエヴァリスの涙を見てから、彼女を起こさないように静かにその場を後にした。パーティーでの体調も気になるところで朝いの一番にエヴァリスの元に向かったのだ。


しかしエヴァリスの姿はなく、いつも一緒にいるライラも見当たらない。祈祷が長くかかっているのだろうか。セオリアはエヴァリスに仕えるメイドに声をかけた。


「すまない、エヴァリスの姿が見えないのだが。」


「えぇ、本日はライラを連れて教会に向かわれました。」


「こんな朝早くから?」


一緒に朝食でも取ろうかと考えていたセオリアは、不思議そうに首をかしげる。そんなセオリアを見たメイドは数回目をさ迷わせると「実は…。」と言いにくそうに声を落とす。


「ソアル様から、ハレオンを発つ前に教会を見せて欲しいと仰られまして。一緒にお出かけされております。」


それを聞いたセオリアは驚いたように目を見開いた。確かに逐一エヴァリスの予定を確認しているわけでは無いがリタールが把握していない所を見ると急な話だったのだろう。昨日のパーティーの事を思い出してセオリアの胸に胸騒ぎが走る。


「分かった、礼を言う。」



セオリアは短く告げると、直ぐさま政務室に足を向けた。朝一番に部屋を飛び出したセオリアが、忙しなく戻ってきたのを見てリタールは「エヴァリス様はいかがでしたか?」と声をかけた。


「リタール、この後の予定を変更したい。」


「今からですか!?…まぁ本日であれば午後からの視察と、祭司から上がった予算の会議資料に目を通していただければ、とりあえずは。」


「教会に行く。エヴァリスと話をしなくてはいけない。」



ここでダメだと伝えても、この人はエヴァリスの為なら全てを何とかしてしまう人間だとリタールはよく分かっている。「承知しました。」リタールはセオリアの命令通りにスケジュールの調整の為に部屋を出て行った。


しかしその直後、廊下で何やら話し声が聞こえ始め調整をしに行ったリタールが政務室に戻ってくる。

その表情は幾分か険しい。


「リタールどうかしたのか?」


「セオリア様、申し訳ありません。ただいまアネモネ様がいらっしゃっております。」


「すまないが、話している時間は無い。後ほど私から…。」



セオリアが半ばイラついたようにアネモネに帰るように伝えると「お待ちください。」という声と共にアネモネがセオリアの部屋に現れた。硬い表情を崩さないセオリアを気に留めずアネモネはいつも通りの微笑みをたたえたままセオリアの前に歩み寄った。


「アネモネ姫、この前お伝えしたが私は…。」


「今日来たのはエヴァリスに関するお話しがあるからです。」


エヴァリスに関する。

その言葉にセオリアは訝し気にアネモネを見つめた。


「今お話を聞かないと後悔されますよ。それに真実の愛を求めるなら囲ってばかりおられず、お兄様にもチャンスはあるべきです。そんなにご不安ですか?」


「不安?」


「お兄様にエヴァリスを取られるのがご不安なのでしょう。」



いつになく挑戦的な視線に、さすがのリタールもアネモネを諫めるが、セオリアはそれを手で制した。

セオリアにもこの際ハッキリとさせておきたい事がある。「良いでしょう…おかけください。」セオリアはそう言ってアネモネを部屋の中に招き入れたのだった。



その頃、ソアルを連れて教会にやって来たエヴァリス。

子ども達は久しぶりのエヴァリスの来訪に喜びの声を上げると皆が次々に周りに集まってくる。


「エヴァリス先生来てくれたの?」


「今度学校の先生になるって本当?もうここには来てくれないの?」


自分たちの家の金銭的な事情を知る子ども達は、エヴァリスにもう会えなくなると悲しそうに目を伏せる。

「そんなことないわ。」エヴァリスはそう言うと子ども達の前でほほ笑む。もともと王宮の管轄で設立を予定している学校は国庫で賄われ、身寄りがなく金銭的な問題を抱える子ども達が通えるようにと作られたのだ。


「だからみんなも通えるのよ。」


「本当に!?学校にいってもいいの?」


「えぇ勿論よ。それに教会でもお勉強は教えに来るわ。教会の食事も作るし、みんなのお菓子だって必要でしょ?」



エヴァリスがそう伝えれば子ども達は嬉しそうに声を上げた。その様子を横から見ていたソアルは子ども達に愛され好かれているエヴァリスの姿を見て穏やかな眼差しで見つめている。

するとソアルの服の裾がクンと引かれ、下に目をやれば一人の子どもがソアルの裾を掴んだままじっとその目を見つめていた。


「なんだ?」


言わずもがな子供と触れ合う経験が全くと言っていい程経験のないソアルは無言のまま、ただ子どもを見つめ返す。腕を組んだままのソアルと、裾を握ったままの子ども。慌てたライラが「お兄さんのお洋服から手を離しましょうか。」と声をかければ、ソアルの目から視線を離さず子どもが大きな声で指をさす。


「お兄ちゃんの目、きれいだね。」


その声を聴いてエヴァリスはソアルに気づいた。その声に反応した子ども達は「何々?」「うわぁ本当にきれい。」と集まり始め、ソアルの周りにはあっという間に子ども達が群がる。


「どうしてそんなきれいな色なの?」


「知らん、生まれつきだ。」


「お兄さんはエヴァリス先生のこいびとなの?」


「いや、結婚は申し込んだが俺の片思いだ。」


それを聞いた子ども達は何故か盛り上がりを見せ始め、どこかしこから冷やかしの口笛が響く。

子ども達の質問に正直に答え始めたソアルに驚いたエヴァリスは、慌てて駆け寄るとその口を塞いだ。



「ごめんなさい、そろそろ教会に行かなくてはいけないの。また今度遊びに来るわね。」


「えーもう帰っちゃうの?」


「お幸せにーーー。」



背中から聞こえる子ども達の声にエヴァリスはソアルの腕を引き急いでの場を立ち去る。「あまり子ども達に変な事を言わないでください。」と顔を赤らめたエヴァリスに本当の事を伝えて何がいけないのかとソアルは眉間にしわを寄せた。その後ろを嬉々としてついてくるライラ。


「ソアル様ってお噂と違って親しみやすいお方なのですね。」


「お前もエヴァリスと同じで変わってるな。俺は好んだ人間としか話さない。」



ジプナル国の王子がツンデレの素質を隠し持っておられたとは驚きです!もちろん良い意味で。ライラはソアルに向かって親指を立てた。先ほどから絶妙に話がかみ合わないライラにソアルは面倒くさそうに小さく舌打ちをかえす。


その後ソアルは、教会に集まった病を抱える人々の顔をひとりひとり見ながら言葉をかけ、躊躇なく怪我人を手当てするエヴァリスの姿を見て更に驚いた。



「これで血は止まりました。今日は安静にして教会の食事を召し上がってから帰ってください。」


「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません。」



エヴァリスの姿はまさに聖女そのものだった。皆がエヴァリスの真心に触れると涙を流し、傷ついた心が浄化される。汚れて細くなった手を優しく取りながら暖かい癒しの光で包み込む姿はソアルの心に大きな印象を残した。


何人かの手当てが終わり、エヴァリスはほっと息をつくとじっとその様子を見守っていたソアルの元に戻ってきた。


「すみません、お待たせしました。」


「いや、手伝えなくてすまない。」


「いえ皆ソアル様にお目にかかれてお力をもらったと思います。」



そう言って笑ったエヴァリスにソアルは「そうか…。」と微笑みを返す。そしてエヴァリスの頬についた汚れを指で拭うと「エヴァリスの事がさらに好きになった。」と思いを口にしたのだ。


その言葉にエヴァリスはまた身を固くすると、「薬品を返しに行きます。」と逃げるように部屋の奥に引っ込んでしまった。その様子を見たシスター達は、顔を見合わせると片づけをしていたライラの元へ走り寄る。



「ちょっと!しばらく見ないうちに、何でこんな事になってるの?セオリア様が劣勢じゃない。」


「そうよ、噂ではジプナル国のアネモネ様と結婚されるとか。」


「見たらわかるでしょう!お嬢様を巡っての恋のバトルですよ。シンデレラストーリーもよもやここまで来ましたよ。」


興奮したライラがシスターの肩を力強く叩けば、「ちょっと痛いわよ!」と抗議の声が上がった。その後、教会での炊き出しに人々が並び始めた頃、シスターたちがエヴァリス達の元にも食事を運んできた。ソアルは目の前のお盆に乗ったパンとスープを見ると、チラリとエヴァリスの顔を伺った。


「ここで栽培している野菜を使ったスープです。パンも皆で作ったかまどで焼いています。もしよろしければお召し上がりください。」


人々は一国の王子が炊き出しの食事に対して不敬を問われないかと戦々恐々だが、エヴァリスにスプーンを手渡されたソアルはスープを掬って徐に一口食べると「…うまい。」と目を見開いた。その後も何度もスープとパンを口にする姿を見て皆ほっと胸をなでおろした。


「最近ではセオリア様の計らいで王宮のシェフが栄養価を考慮したメニューを考案してくれることもあります。栽培した野菜や果物はみんなで加工して販売もしています。仕事がないひとたちにも少ないながらお給料を支払えるようになりました。」


「そうか、エヴァリス達はこうして民の暮らしを支えているのか。」


「私達だけでは到底成しえません。セオリア様を始めたくさんの人々が協力してくださって教会の運営を行うことが出来ています。」


昔エヴァリスがセオリアと共に掲げた「誰もが幸せになれる国」を作るために、二人はそれぞれの場所でその身を捧げているのだ。ソアルは食事を食べながら、二人の強い思いに触れたのだった。


その様子を見ていたライラは気を効かせて、エヴァリスにてソアルを菜園に連れて行くように促した。「私は片づけを手伝いますからお二人で行ってらっしゃいませ。」その言葉に甘えて食事を終えたエヴァリスはソアルを連れて教会の庭園に足を運んだ。


栽培している野菜や果物の説明をしながらソアルの隣を歩くエヴァリス。たくさんの植物や果実がなる菜園を歩きながら、ふとソアルが足を止めた。


「エヴァリス…、アネモネに何か言われたな。」


唐突な質問にエヴァリスは驚いてソアルを振り返った。



「昨日のパーティーで様子を見ていれば分かる。何を言われたのかも大体見当がつくが、あまり気にするな。」


「ソアル様…。」


「もうすぐハレオンを離れる前にエヴァリスと二人で出かけたかったんだ。デートというやつをね。」



また本から知識を得たらしいソアルはそう言って笑って見せる。エヴァリスは力なく笑顔を返すとソアルに向き合った。


「ソアル様、私王宮を出ていくことにしました。皆さまがジプナル国に帰られる際に私も王宮を出て、働くつもりです。」


「エヴァリス…、もしアネモネや俺の事を気にしているのならその必要はない。」



それを聞いたエヴァリスは首を横に振る。


「違うのです。以前からヴァレリー祭司長には話をしていたのです。そもそも私がセオリア様のお側にいること自体おかしな話なのです。既にこれからの事は決めてありますし準備も進んでいます。」



冷静ながらも、どこかから元気なエヴァリスを見てソアルの胸が騒めく。いっそのこと、このままエヴァリスの手を取って自身の国に連れて帰ろうか。ソアルの頭に柄にもない考えが過った。「エヴァリス、俺は…。」ソアルがエヴァリスにもう一度声をかけようとしたその時。


「エヴァ。」



思いもよらない人物の登場にエヴァリスの胸がドキドキと大きな音を立てた。

二人の前に息を切らしたセオリアが姿を現したのだった。


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