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51 それぞれの思い

トントンと扉をノックする音が聞こえて侍女がアネモネの部屋の外を見る。そして何やら言葉を交わすと慌ててアネモネの方に戻ってきた。


「アネモネ様、ソアル様がいらっしゃっております。」


「えっ…お兄様が?」



化粧台の前で自身の髪の毛を整えていたアネモネは一瞬驚いたが、ソアルを部屋の中に通すように伝えた。「忙しかったか?」そう言って部屋の中に入ってきたソアルを見てアネモネはにこやかに首を振った。


ソアルは近くの椅子にどさりと腰を下ろすと、アネモネの侍女に部屋から出て二人きりにするように命じた。侍女はお互い目を合わせるが「かしこまりました。」と頭を下げて直ぐにアネモネの部屋を出ていく。そもそもアネモネの部屋に訪れることのないソアル、しかも急に話があるのだというではないか。



「何ですの?侍女まで下がらせて。お兄様が来るなんて珍し…。」


「お前、セオリア王子に恋心があるのか?」


ソアルはアネモネの言葉を遮ると単刀直入に尋ねた。またしてもセオリアから聞きなれない言葉を聞いて、アネモネは目をぱちくり。しかしソアルは足を組んだままじっとアネモネの目を見つめる。


「突然何をおっしゃるのかと思ったら。当たり前でしょう、今までたくさんの殿方の釣書が届きましたけどセオアリ様より素晴らしい方は見たことありませんわ。」


「…。」


「お、お兄様だってセオリア様が私の結婚相手なら安心でしょう?それに国交の事を考えればお父様だって賛成するに決まっているわ。」



イーサンと言えば大の愛妻家で知られるが、娘のアネモネに対しての寵愛はそれ以上ともいわれており例えるならば深海よりも深い、のだとか。『私を倒せる者でなければアネモネは嫁に出さない。』これはイーサン国王の口癖である。倒すとは具体的に何を指すかは置いておいて確かにセオリアであさればイーサン国王も検討くらいはする、かもしれない。



「いい加減にしろ。お前の考えている事なんてお見通しだ。もともとアネモネは全部が顔に出るから嘘がつけない。」


「グッ…。」


「最初からエヴァリスと俺をくっつけるのが目的だろう?」



核心を突かれたアネモネはとうとう椅子から立ち上がった。それを見たソアルはやれやれと首を振ると、指で椅子に戻る様に促す。菫色の瞳が鋭くアネモネを射抜いた。どうやらソアルは本気で怒っているらしい…。アネモネは口を尖らしながらも、いう通りにゆっくりと椅子に座り直す。



「余計な事をするな。俺はそんな事思ったことないし、お前に頼んだ覚えもない。」



これには先ほどまで縮こまっていたアネモネの震えがぴたりと止まった。そしてピシャリと言い放ったソアルに、アネモネはプルプルと震えながら涙をにじまる。


「お兄様なんて、…なくせに。」


「あぁ?」


「お兄様なんて恋をしたことないくせに!」



お腹の底から出された大声にソアルは慌てて耳を塞いだ。部屋の外ではアネモネの大声を聞きつけた侍女が、二人の仲裁に入った方が良いのかとあたふたとする音が聞こえている。アネモネは鼻をすすりながらソアルを睨みつけた。


「お兄様がエヴァリスと話す姿を見て直ぐに分かったわ。お兄様が家族以外の人に興味を持つなんて未だかつてなかったもの。それに…確かに最初はお兄様とエヴァリスが恋人になればって思っていたけど今は違うわ。」


私はちゃんとセオリア様に恋をしているの!


アネモネの言葉を聞いたソアルは大きく目を見開いた。始めはアネモネがセオリアの心を射止めれば、エヴァリスとソアルが恋仲になれるのではとの計画であった。しかしいつしかアネモネは誠実で優しいセオリアに恋をしていたのだと。顔を真っ赤にしたアネモネはまたしても立ち上がるとソアルに指を突きつけた。


「いい事!お兄様がプライドで山を作っている間にエヴァリスは違う男の人と一緒に結婚するのよ!後で後悔しても遅いんだからね。」


「アネモネ、お前…。」


「私はあきらめないわ。やってもいないのに無かったことにはしないの!セオリア様の心は絶対に射止めてみせるんだから。」



そう言うと、アネモネは勢いよく立ち上がるとソアルを残して怒ったまま自身の部屋から出ていった。「お待ちください。」と侍女が慌ててアネモネの後を追いかけるがその声はだんだんと遠ざかっていく。


その場に残されたソアルは天を仰いだ。アネモネに釘をさすつもりで部屋まで来たが、逆に説教を返されてしまったのだ。しかも日頃は無鉄砲の妹に。しかしアネモネの言っていることはまったくもって正しい。


『エヴァリスは違う男の人と結婚するのよ。』


ソアルの頭の中を先ほどのアネモネの言葉がぐるぐると回り続ける。

エヴァリスを見ると沸き上がるこの感情をソアルとて名前を付けられないでいた。共に本を読む時間が楽しく、言葉を交わさなくても心地よいこの感覚を未だかつて感じたことが無いのだ。


暫くソアルは腕を組んだまま考え込む。そしてようやく立ち上がるとあることを閃いた。

「…よし、本を読んで調べるか。」


そうではない。誰か部屋に一人でも残っていたとしたら必ずそう叫んでいただろう。しかし部屋にいるのはソアルだけである。ソアルは意気揚々と『恋』について知るために書庫へ向かったのだった。





パーティーの当日。

ルシエラが主催のハレオンとジプナルとの国両方を合わせたパーティーは穏やかに始まった。

エヴァリスはヴァレリーと共に参加すると、挨拶に同行して会場を回るので大忙しであった。そのうちヴァレリーは旧友の元祭司長ナシュエルを見つけるとにこやかに声をかけた。


「おぉ、ナシュエル。久しくしているよ、調子はどうだい?」


「あぁ、お前が祭司長を務めてくれたおかげでこちらは久しぶりに休暇であらゆる場所を回っているよ。」


もともと祭司長という堅苦しい役職に興味が無かったナシュエルは、ヴァレリーがセオリアから祭司長を任されたタイミングで待ってましたとばかりに祭司長の座を自ら退いたのだ。


「祭司長になってから何十年祈祷を捧げていたからな。これを機にもうしばらく羽を伸ばさしていただくさ。」



小麦色に焼けた肌を見せつけるようにナシュエルはそう言って、ヴァレリーを抱きしめる。そして横にいるエヴァリスを見つけて驚きの声を上げた。



「いやいやエヴァリス。虹の魔法の事を聞いたよ、それにしても見違えたね。」


「お久しぶりです、ナシュエル様。お元気そうで何よりです。」


「そのドレスもとてもお似合いだよ。」


ありがとうございます。そういうとエヴァリスは少し恥ずかしそうに礼を述べた。

エヴァリスの纏うドレスはセオリアがこの日の為に特注したものだ。虹色のチュール素材で作られたドレスは袖口にリボンがつけられておりエヴァリスが腕を振る度にゆらゆらと揺れるデザインになっている。


それと合わせて作られた髪飾りはパールで作られたすずらんの花でエヴァリスの虹色の髪で清らかに輝く。エヴァリス達が話している姿を見た人々は一体どこの令嬢なのかと話し始める。美しいエヴァリスの姿を見た参加者からは挨拶をするごとにため息が漏れ、皆が釘付けになっていた。


その時、会場のドアが開きルシエラと共にルモネ王妃が姿を現した。二人がともに握手を交わせば会場は割れんばかりの拍手が沸き起こり、皆がハレオンとジプナル国の友好な国交とその発展を願う。その後にセオリア達す姿も見えた。



「皆、今日はお集まりいただきありがとう。今宵は私たちの気心知れた方々の集まりです。どうか楽しく過ごしてちょうだい。」


ルシエラの声で始まったパーティー。

気付けばあっという間にセオリア達の元には人だかりができていた。


「アネモネ様、お初にお目にかかります。」


「ジプナル国の伝統衣装ですね、とても麗しいですわ…。」



淑女の微笑みをたたえながらアネモネは来賓に向かって言葉を返す。さすがのソアルも今日という今日は逃げられないと覚悟を決めたのか、集まる令嬢にぶっきらぼうながらも言葉を返している。いつもよりは大分丁寧に。


一通り挨拶が終わると、ヴァレリーはナシュエルと共に旧友と昔話に花を咲かせているようだ。「ヴァレリー私向こうで休みますね。」エヴァリスはそっと耳打ちするとパーティー会場の隅に移動してほっと息をつく。華々しい会場の中でやっと定位置が決まったような安心感。ウェイターにすすめられたジュースを手に取ると、エヴァリスはそれをこくんと一口飲んだ。

落ち着いた場所で改めてセオリアを見れば、煌びやかな装飾品を身に纏った令嬢たちに囲まれて華やかな人だかりが目に入った。



「セオリア様、私の娘カトリーナです。王妃候補として今回参加しております。」


「本日はお会いできて光栄ですわ。」


「お待ちください、私も今回選考に参加させていただいておりますの。」


もはや隠しきれぬ女性同士の白熱した陣取り合戦。水の中にもぐり白鳥の足を見ればその中は必死に水を掻く様子が見て取れる。アネモネの噂は広がれど皆最後のチャンスだと王妃の座を譲る気は毛頭ない。


あくまで爽やかに、セオリアは次から次へと会いに来る令嬢の挨拶を受けながら内心ぐったりとため息をついていた。早くエヴァリスの元に向かいたいところだが先ほどから自身の送ったドレスがチラリと見えるが、ヴァレリーと共に挨拶に回っているエヴァリスまでたどり着けないでいた。


エヴァリスはその様子をぼーっと見つめていると、急に声をかけられた。



「すみません、エヴァリス・ダリオン様…。ヴァレリー祭司長のお嬢様でいらっしゃいますよね?」


「えぇ、左様です。」


「お、お初にお目にかかります。実はせ…私先日王宮でエヴァリス様をお見掛けいたしまして…そのとても美しい方だなと思っていたのです。」



男はほんのりと頬を染めると、たどたどしくもエヴァリスの目を見て話を続ける。

チラリと男の後ろを見ると、友人だろうか何人かの男たちが彼の様子を見守る様に「がんばれ」と背中を押しているのが目に入る。


「い、いえとんでもございません。」


「あ、あの…よ、よろしければ一緒にお話しでも…。」


男がそう言ってエヴァリスに手を差し出した瞬間。誰かに腕を引かれエヴァリスの身体が後ろに傾く。


「申し訳ないが、私が先約をいれているんだ。エヴァリスを返してもらって良いだろうか。」



エヴァリスが驚いて顔を上げると、ソアルは男にそう告げ自身の腕の中にエヴァリスを引き寄せた。まさかのジプナル国の王子の登場に男は言葉を失ったまま固まり、こくこくと頷きを繰り返す。慌てた仲間が大急ぎで男を回収すると「ごゆっくりどうぞ。」そういって男を抱えその場から走って立ち去って行った。


一瞬の出来事。同じく驚いたままのエヴァリスだったが、ソアルは無意識にエヴァリスを引き寄せていたことに気づいて慌てて身体を離した。


「ソアル様?」


「いや…話の途中ですまない。困っていたのかと思って。」


そう言うと口元を覆ってエヴァリスから顔をそむける。表情はいつも通りだが、今日のソアルは何処か目線をさ迷わせたままエヴァリスと目を合わせない。不思議に思ったエヴァリスは気遣って声をかけた。



「いえ、初めてお会いした方でしたので。それより大丈夫ですか?いつもよりお顔が赤い気がいたしますが…。」


「これは本で読んだから原因は分かっている。問題ない、自然現象だ。」


「いやでも、何だか変ですよ…。」



まさか熱ですか?

エヴァリスはそう言うと、慌ててソアルの顔を見ようと顔を近づけた。


「エヴァ。」


鋭い声にびくりと肩を揺らすと、笑顔を張り付けたセオリアは足早に二人の元に近づいてきた。先ほどまで向こうの人混みの中にいたはずのセオリアが目の前にやってくる。そしてグイッと二人の間に入り込んだ。エヴァリスを背中に隠しながらセオリアはソアルに顔をひくつかせた。


「ソアル王子、エヴァリスを気にかけていただいてありがとうございました。」


「貴方に感謝されるいわれはない。私はエヴァリスに話があって声をかけたまでです。」


「ここからは私がエヴァをエスコートしますのでご心配なく。」



その言葉を聞いたソアルはムッとした表情を浮かべた。


「先ほどからあちらの令嬢たちが挨拶の順番を待っていますよ。ルシエラ様の客人もいらっしゃるのでしょう。アネモネもいますしここであなたがエヴァリスを贔屓すると彼女が困ることになると思いますが。」



笑顔のままのセオリアに、ソアルは無表情のまま腕を組みながら正論で返してみせる。


『『コイツ…。』』


エヴァリスは目の前の二人から放たれる不穏のオーラにたじろぎオロオロと慌て始めた。セオリアは尚もエヴァリスを背中に隠しながらソアルから目を逸らさない。そしてソアルも一向に目を逸らす様子はない。周りが二人の王子に挟まれるエヴァリスを見て何事かとこちらを覗いているのが分かった。


しかしそのにらみ合いはアネモネの登場によって終わりを迎える。



「セオリア様。こちらにいらっしゃったのですね。」


何やら楽し気な展開になっていることに気づいたのだろう。アネモネはセオリアの腕に絡まると「私も仲間に入れてください。」と笑みをこぼした。セオリアは一瞬げんなりとした表情を浮かべると、そっとアネモネの腕からすり抜けた。ソアルもまたセオリアから目を逸らし頭を掻く。


「何でもありません。話をしていただけです。」


「先ほどからセオリア様とお話しする機会が無くて退屈でしたの。見てください!今日の私のドレスはいかがですか?」


周りに聞こえないように小声で耳打ちすると、アネモネは三人の前でクルリと回って見せた。ジプナル国の生地は特別な木の皮を使用した独特の風合いで有名である。またドレスの前面に施されるビーズ刺繍は職人が一から作るオーダーメイドだ。「とてもお美しいです。」とエヴァリスがほほ笑めば、アネモネもまたエヴァリスが身に纏っているドレスを見た。

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