46 嵐の4人デート
「お伝えしないといけない事?」
訝し気にライラに幾分話しにくそうなリタールはため息をついた。お気になさらず仰ってください、とエヴァリスに促されてリタールは口を開く。
「本日のお出かけですがアネモネ様もご一緒されることになりました。」
「はぁ!?」
エヴァリスの代わりにライラが低い声を出した。二人で初めての街デートに部外者が同行するのが我慢ならないライラは、持っていたブラシを手にリタールに詰めよった。それを慌ててなだめながらエヴァリスはリタールに声をかける。
「アネモネ様もいらっしゃるのですね。」
「えぇ。正確にはアネモネ様とソアル様もご一緒です。」
それを聞いたライラは天を仰ぐとその場に膝から崩れ落ちた。愛するエヴァリスのデートを誰よりも心待ちにして、何故か自身が眠れずにいたがよもやこの様な事態が許されるのだろうか。
「そんなのデートでもなんでもなく、ただの街案内です。従事者が何人もつけば修学旅行ではありませんか。」
「否定はしません。どこからか話が伝わったようです。ただルシエラ様もせっかくなのでお二人にハレオンの国を案内してはどうか、との事でした。」
「えぇ、もちろんです。寧ろ私がお邪魔でしたらお三方でお出かけされた方がよろしいのでは…?」
セオリアにとっても国同士の交流を深める良い機会なのだ。ジプナル国二人の参入に、特に気にする様子のないエヴァリスにライラとリタールはギョッとすると「「お待ちください」」と慌てて声を揃えた。二人は知っているのだ。この日をセオリアがどれほど楽しみに待ち望んでいたのかを。
「お嬢様、こうしてお仕度もされたのですからお出かけしましょう。途中でお二人を撒けばデートに持って行けます。」
「そうです!街に出る機会はそうありません。是非いや、今すぐに出発しましょう。」
犬猿の仲の二人が今日は何故か息ピッタリである。
エヴァリスはその剣幕にたじろぎながらも「分かりました。」と了承した。エヴァリスの気が変わらないうちにライラが急いで支度を仕上げると、リタールは先を急ぎエヴァリスを馬車まで案内した。
あれよあれよという間に部屋を追われたエヴァリスは急ぎ足でセオリアの元へ向かった。
馬車のある王宮の玄関ホールに到着すれば、疲れた様子のセオリアとその横で嬉しそうに話し続けるアネモネ。そして一足先に馬車に乗り込むソアルの姿があった。「お待たせしました。」とエヴァリスが慌てて頭を下げると三人の視線がエヴァリスに集まる。
「おはようエヴァ。」
アネモネを置いてエヴァリスの元に駆け寄ったセオリアは、いつもとは違うエヴァリスの髪色を見ると驚いた。
「綺麗な色だね。この色もとても似合うよ。」
「ヴァレリーの魔法です、隠すために染めてきました。」
アネモネもまた、エヴァリスの髪色をまじまじと見ながら「素敵ですね。」と笑いかける。アネモネもまたその真っすぐなチェリーピンクの髪を揺らしながらフリルがたくさんついたワンピースを身に纏う。今日はハレオンの街に出るという事で今、国で一番人気のデザインを用意してもらったのだという。
ソアルはエヴァリス達の話に興味がないようで本から目を離すことはない。が、しかし兎にも角にもセオリアとのデートは四人での不思議なお忍びに替わったのだった。
今日はどこに向かうのですか?と尋ねれば、ハレオンの市場や国の中心部を案内するとの事だった。早速馬車に乗り込み目的地に向かおうとすればアネモネはエヴァリスの腕を引くと自身に引き寄せた。
「エヴァリス、よろしければ一緒に乗りましょう。」
「えぇ構いませんが。」
「こういう時は女同士の方が話は盛り上がりますから。」
お兄様と馬車に乗っても本を読むだけで一言もお喋りしませんし退屈ですから。アネモネはそういうとセオリアをソアルが座る馬車に押し込む。「そう言う事ならご一緒いたしましょう。」エヴァリスはほほ笑むとアネモネと共に次の馬車に乗り込んだ。
ガタリと車輪が回り始めると、暫くして向かいに座っていたアネモネはエヴァリスの隣に席を移動するとグイッと顔を近づけた。思わずエヴァリスがのけぞるがアネモネは目をキラキラとさせながら更に顔を寄せる。
「エヴァリス、担当直入にお聞きします!セオリア様とは恋仲ですか!?」
「えっ、えぇ?」
揶揄うわけでもなく、あくまでアネモネは本気でエヴァリスに尋ねているのだ。エヴァリスが正直に「その様な関係ではありません。」と答えるとアネモネは暫くじっとエヴァリスを見た後にもう一度確認を行う。
「本当に?嘘をついたら許しませんよ?」
「いいえ、嘘ではございません。」
エヴァリスが誠を言っているのだと納得したアネモネは「なるほど…。」と答えると、また席を動きエヴァリスの対面に腰かけた。
「ではエヴァリス、今からあなたは私のライバルですね!」
「ライバル…ですか?」
「えぇ、私このハレオンの国に来てセオリア様に恋をいたしました。今まで様々な釣書を見て参りましたが、まさにセオリア様は私の思い描いていた王子そのものです!」
エヴァリスを置き去りに熱烈に話を続けるアネモネに、エヴァリスは呆気に取られる。
「ですから必ずやセオリア様の王妃の座を射止めて見せます!エヴァリス、貴方は所作も容姿も素晴らしい女性ですけれども私もジプナル国の姫です。正々堂々と貴方に勝ってみせますわ。」
「はぁ…。」
アネモネは前回の茶会の際に、ルモネとルシエラの前でセオリアの王妃になると大々的に宣言をしたのだ。
「始まった。」とため息をつくルモネの横でルシエラは楽しそうに「あらまぁ。」と笑みを深める。
「およしなさい。」と諭すようにルモネがアネモネの袖をひくが、元々の性格は豪快で正直なアネモネに母の忠告は入らない。
「それに私、エヴァリスはソアル兄さまとお似合いだと思うの。」
「アネモネ様!何をおっしゃるのですか。」
「セオリア様とエヴァリスの間に長い間築き上げてきた絆があるのはもちろん分かっているの。でも今日は私セオリア様にしっかりとアピールさせていただくわ。」
自身にもチャンスはあるべきだとアネモネは主張するのだ。力強く熱弁されればその勢いと剣幕にエヴァリスはおずおずと頷く他ない。それを見たアネモネはエヴァリスの手を握りながらブンブンと腕をふると、馬車が到着した際に従者の手を待つことなく馬車を降りセオリアの元へ駆け寄って行った。アネモネのバイタリティーを見て呆気にとられながらエヴァリスは小さくため息をつく。
「セオリア様、私にハレオンの国のおすすめを教えてくださいな。」
困惑するセオリアの手を引き、アネモネは人ごみの中をぐんぐんと進んで行く。他の馬車から降りたライラは慌ててエヴァリスの元に駆け寄ると「何ですかあれは!!」と二人が歩いて行った方を指さして怒りを露わにする。
「お嬢様、ぼんやりしている暇はありませんよ!早く追いかけて引きはがさないと。」
「引きはがすなんてそんな…。アネモネ様はセオリア様を慕われているのよ、私にお止めする権利なんてないわ。」
では大人しく指を咥えて見ているだけですか?
ライラに手を引かれ馬車を降りると、エヴァリスはげんなりとため息をついた。しかし、ふとその横を見ればまだ馬車に乗ったままのソアルが目に入った。ライラの小言から逃げるように馬車に近づいたエヴァリスは慌ててソアルに声をかけた。
「ソアル様、街に行かれないのですか?」
「別に…。アネモネがどうしても一緒に来いと俺の部屋で駄々をこねたから仕方なくだ。」
「そうだったのですか…。」
聞けばこのまま馬車で本を読んで過ごすのだという。せっかく街に出たのだからハレオンの国を見て欲しいところなのだが。エヴァリスは少し考えるとソアルに声をかける。
「ソアル様、私が街を案内いたします。一緒に行きませんか?」
「…いいよ、エヴァリスも行きたいところがあるなら行けばいい。俺はこの通りだから気にしなくて良い」
それを聞いたエヴァリスはニコリとほほ笑むとソアルから本を取る。不貞腐れたソアルが「何だよ。」と呟けばエヴァリスは魔法の言葉をかけた。
「私、古書を見に行きたいのです。掘り出し物がたくさんあるのですが…残念ですね。」
「……。」
「ソアル様が行かれないと仰るのなら仕方ありません。私が一人で…。」
「仕方ない、案内しろ。」
すくっと立ち上がったソアルは直ぐに馬車を降りるとセオリア達の後に続いて先を歩き始める。「ソアル様私から離れないでください。」そう言って小走りでソアルの元に行ったエヴァリスを見て、背後からライラが「違う!!そうじゃない!!」と叫んだ。
「見てくださいセオリア様、この果物はなんという名前なのですか?」
「これはパオラの実です。このままでももちろん美味しいですが、傷に塗れば保湿にも役立ちます。」
人混みに紛れ市場を歩きながら楽しそうにはしゃぐアネモネ。その隣で後ろから遅れて着いてくる二人が気になって仕方ないセオリアは微笑みを絶やさずにチラチラと後ろを振り向く。エヴァリスが指さしながらソアルに説明し歩く姿は仲睦まじい恋人のようにも見える。
「セオリア様、私ハレオンの伝統工芸が見たいのです。案内してください。」
「ちょ、あまり引っ張らないでください。転びますよ。」
先ほどから寄り添い市場を回るセオリアとアネモネ。余所行きの衣装に袖を通した二人は、端から見れば仲のいい恋人同士に見える。エヴァリスはセオリア達の背中を見つめながらふっと目を伏せた。まるで羽のように軽やかに市場を歩くアネモネの姿がエヴァリスには眩しく映った。
「ソアル様、もう少し歩けば古書店に着きます。」
そう言って隣を見れば先ほどまでいた筈のソアルの姿が見当たらない。
慌てて周りを見回せば数件後ろの露店でじっと骨董品を見定めるソアルの姿があった。「ソアル様!」慌てて戻りソアルの手を引けば「あぁ…悪い。」と返事がくる。
勝手にいなくならないでください…。エヴァリスはため息をつきながらその手元を覗き込む。
「カメオ…ですか?」
「お兄さん!お目が高いね!!それはウルワライで掘られた黒いメノウが使われているよ。今ならお安くしておくけど。」
男はソアルが高貴な身なりをしていることに気づくと手を擦り合わせながら急いで声をかけに来た。「ここまで純度の高いものは滅多にお目にかかれません。」と笑みを深める男を一瞥する。確かにウルワライで作られるのは専ら武器やそれに伴うものが多く装飾品の類は中々お目にかからない。ソアルはおもむろに隣の露店で吊るされている熱ランプを取ると売り物のカメオをそれに近づけた。
光に照らされたメノウの中には小石のような粒がいくつも見て取れる。「これは偽物だな。」慌ててソアルに迫った店主にカメオを投げ返しながらソアルは呆れたように笑う。
「これは魔術で作られたレプリカだ。ウルワライで採れるメノウはある色の火にかざすと紫色の瞬きを放つ。
「ソアル様もしかしてこれも本で…。」
「まぁ実物を見たことはないが。」
二人の話を聞きつけて人が集まってきた。「偽物だって?」「ここ前から怪しいと思ったんだよね。」商品を見ていた客が憤慨して帰ってしまい、店主は営業妨害だと騒ぎ立て始めた。
「素人のくせに難癖つけやがって!どう落とし前つける気だ。」
「落とすも何も、目利きが出来ないくせに店を開いたのはアンタだろう。それか…知っていて売りつけていたのかは知らないが。」
判断するのはハレオンの騎士だろうが。ソアルにつかみかかろうとした店主はセオリア達の護衛でついていた騎士たちに拘束され喚きながら連行されていく。一時騒然となった市場だが騒ぎを聞きつけたセオリア達が急ぎ戻ってきた。
「エヴァリス、無事か?」
「えぇ…ソアル様が偽造品を売っていた店を見抜かれたのです。」
「どうってことない。元々胡散臭い男だと思っただけだ。」
そう言ったソアルを見てエヴァリスは「お見事でした。」とほほ笑んだ。エヴァリスの笑顔を見て、ふっと視線を逸らしたソアル。その様子を見たセオリアは焦りを募らせエヴァリスに向かって手を伸ばそうとすると、「そうだわ!」アネモネが手をパンと叩いた。
「お母様が仰っていました。ハレオンに来たら必ず『ルースパイ』を食べたらいいと。是非ともみんなで食べに行きましょう。」
そういうとライラはエヴァリスの手を取り、露店の先をズンズンと歩き始めた。空を切り届くことのなかったセオリアの手。ソアルはセオリアを見ると声をかける。
「すみません、騒ぎを起こしました。」
「とんでもない。こちらこそ嫌な思いをさせました…こちらの騎士団でしっかりと処罰いたします。」
「いえ別に。」
ハレオンでも有名なルースパイ専門店。ビオリナーダ。
テラス席に座った四人の前に焼き立ての大きなルースパイが運ばれてくる。ルースパイはハレオンの国に伝わる伝統的な家庭料理でありパイ生地にキノコやチーズなど様々な具材が入っているがその中身は特に決まりは無い。味付けはルースというスパイスを利かせたものだが家庭によって味は変わるのだ。
「このお店は特にポピュラーなマッシュルームとメロチーズを使用しています。」
店員から説明を受けたアネモネは、一口パイを口に入れると「美味しい!!」と声を上げると足をばたつかせた。その横でソアルも「悪くない。」と口にすると次々に口の中に放り込んでいく。ケイネンの屋敷ではエルメルダが田舎くさいと毛嫌いし食卓に並ぶことは無かったが、ヴァレリー達と共に生活を始めた時からは教会でもよく皆で机を囲んで食べていた思い出の味だ。どうやらソアルとアネモネにも気に入ってもらえたらしい。お腹を満たした後向かったのは数々の古書が並ぶ露店だった。




