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45 溢れた感情

エヴァリスの元へ真っすぐに歩いて来たセオリアは、その手を引くとソアルから引きはがす。

ふわりと身体が浮きエヴァリスの身体はセオリアの元へ引き寄せられ、セオリアとソアルの視線は静かに交わった。互いに言葉を交わすことはないが、エヴァリスを放すまいとその腕には力が入る。未だかつてないセオリアの急な行動にエヴァリスも固まる事しか出来ない。


呆気にとられるルシエラたちに、王子の品格を纏ったままセオリアは頭を下げた。


「申し訳ございません。ヴァレリー祭司長とこれから国の結界について報告を聞くことになっていまして。エヴァリスにも来てもらわなければいけないためここで失礼致します。」


「あらそうなの、相変わらず忙しいわね。」


「し、失礼いたします。」


外向けの笑顔を張り付けたままセオリアは勢いよく歩き始めるとエヴァリスと共にその場を立ち去った。エヴァリスは内心助かったと思いながらも、ルシエラ達に向かって頭を下げ、去り際にちらりとソアルの顔を見た。慌ててリタールも「失礼いたします。」とその後に続く。それに後ろ手でひらひらと手を振っていたソアルはふっと笑みを漏らした。



「母上…私もおいとまします。」


「あら、ソアル。貴方は急ぎの用はないでしょう。」


「いえ、美味しいお茶をいただきましたので。それに私にも用事の一つくらいはありますよ。」



ルシエラ様、ご容赦ください。

ソアルはそう告げるとその場を後にした。急に人数の少なくなった茶会に残念そうなルシエラ達だが、アネモネはその後姿をじっと見つめながら目を細めた。


「ごめんなさいね。ソアルは昔から社交は苦手なのよ。」


「気にしないでちょうだい。うちの子も…ふふっ、まだまだ青いわね。」


仕方ないわ、そう言って先ほどの話を続けながら二人は紅茶に口をつける。アネモネは遠ざかる背中を見つめながら静かに笑みを深めた。


「なるほど、そう言う事ね…。」



自身の侍女に調べさせた通り、確かにセオリアとエヴァリスの仲はただの友人というわけではなさそうだ。アネモネは何かを思いついたように顔をほころばせると、話し込んでいるルシエラとルモネをちらりと見やる。



「お母様、私お願いがありますの…。」


「どうしたの?アネモネ…。」


「実は私…。」


アネモネの話を聞いた二人は驚きの声を上げたのだった。




その頃。


「リタールお前はいい、下がっていろ。」


急いで追ってきたリタールに鋭く言い放つと、セオリアはエヴァリスの手を離すことなく王宮の廊下を歩き続ける。その背中にはハッキリと怒りの感情が刻まれておりエヴァリスは大人しくそれに続く他ない。しかしそれにしても先ほどから続くこの道は神殿とは丸きり反対方向なのだが…。


「あの…セオリア様どちらに行かれるのですか?」


「…。」


「こちらには神殿はありませんが。」



エヴァリスの言葉で我に返ったセオリアが勢いよく足を止めたせいで、エヴァリスは抱き着くようにセオリアとぶつかった。痛みに鼻を抑えるエヴァリスに慌てて謝罪しながらセオリアはその美しい顔に傷がついていないかそ顔に触れた。


「すまない。ボーっとしていた。怪我はないか?」


「いいえ。だ、だいじょうぶです。」


少し涙目で答えたエヴァリスを見て、セオリアは大きなため息をつくとその頬に触れたまま大きく項垂れる。「ごめん…。」とエヴァリスの肩口にセオリアの懺悔が落ちた。先ほどの殺気がおさまり胸をなでおろすが、人目は無いがここは廊下の真ん中である。人気のない場所で密着したこの場面を見られるのはまずい…と慌てたエヴァリスは必死に身体をよじると「離してください。」と声を出した。



離してください。

その言葉が我に返ったセオリアの心をまた逆撫でする。


「…アイツが良いのか。」


その言葉を聞いたセオリアは苦しそうに声を漏らした。


「何です?」エヴァリスはその小さい声を聞き取ることが出来ず聞き返した。苦々し気な表情にエヴァリスが更に困惑すれば、セオリアはおもむろにエヴァリスを抱きかかえると無人の廊下を歩き出した。横抱きにされたまま固まったエヴァリスに構わずセオリアは自身の部屋まで来ると足で扉を開け部屋の中に入った。


ここまで誰ともすれ違わなかったのは幸いである。些か配慮を欠くセオリアの行動にエヴァリスは憤慨したように声を荒らげた。


「何をされるのですか?誰かに見られたら!」


「見られたら?…関係ない。」



ガチャリ。


鍵が閉まる音と同時に抱きしめられると、エヴァリスの顔にはセオリアからキスの雨が降り始めた。

驚いて腰を引くエヴァリスを逃がすまいと壁に押し付けたまま、セオリアの愛撫は続く。抵抗するエヴァリスはセオリアの胸を押し返すときっと睨みつけた。


「いい加減に…。」


「好きだ。」


セオリアの目を見た瞬間、そう告げられてエヴァリスはまるで魔法にかかったように動けなくなった。

顔を真っ赤にして動きが止まったエヴァリスを見てセオリアは更に深く引き寄せる。


頭に、瞼に、耳に…徐々に降りてくるセオリアの口づけに触れられたところが順に恐ろしい程の羞恥と痺れが容赦なくエヴァリスに迫る。触れられるたびに声が出るのを必死に我慢しながら、やっとの思いで声を絞り出した。


「お願い…待って、セオリア…。」


頬を上気させ潤んだ目で見つめられれば、セオリアの中で何かが弾け飛んだ。

怖がらせたくないと、今までなけなしの理性で耐えていたのだ。その愛しい唇にかぶりつく様に自身の唇を合わせると何度も「好きだ。」と言葉を連ねた。その返事が返ってこなければ、不安を掻き消すようにエヴァリスの美しい髪に手を差し込み更に逃がすまいとキスを深める。エヴァリスの香りが鼻を通れば、その身ごと溶け合ってしまいたいとさえ思う。


どのくらいそうしていたのだろう。様々な感情が入交り、エヴァリスの目からは涙が伝う。今まで経験したことのない激流にのまれながらとうとうエヴァリスは腰砕けでその場にへたり込んだ。

ズルズルと床に腰をつく間もセオリアのマリーゴールドの目はエヴァリスから離れることはない。


「「はぁ、はぁ…。」」


部屋の中には二人の荒い息だけが響いている。


エヴァリスの目から零れた涙にまた口づけをしながら、セオリアはエヴァリスを抱きしめた。既にくたくたのエヴァリスは大人しくその腕の中におさまった。その後もなぜか涙が止まらなくなる。


「すまないエヴァ…。」


「い、一体…。どうしたのですか?」


「…ソアル王子が君と親しそうにしていたから。」


ソアル王子の名前を聞いたエヴァリスは困惑した。

確かにソアルとは話をするものの決して親しいという間柄ではない。相手は気晴らしにエヴァリスを構っているだけなのだ。何か誤解をされていることに気づいたエヴァリスはセオリアに首を振る。



「違います!ソアル様と親しいなどと…そんな事あり得ません。そもそも茶会は行くように言われたからで。」


「そうなのか?ではエヴァはその…ソアル王子の事を好いている、とか…。」


いよいよ意味がわかないエヴァリスが怪訝な表情を浮かべれば、セオリアは大きくため息をついた。

最近エヴァリスとソアルの姿を書庫で見かけると耳にしたセオリアは、一度様子を見ようと書庫に足を向けたことがあった。しかし扉の隙間から二人の姿を見た瞬間、セオリアの胸は鷲掴みにされたように鼓動した。人嫌いで有名なソアルがエヴァリスの差し出した本を見て会話をし、本を取りに行くエヴァリスの姿をほほ笑みながら見つめている。


その瞳が柔らかくエヴァリスを見つめる奥に、淡い気持ちがある様に見えたのはセオリアの気のせいではないと感じたのだ。ソアルに微笑みを返したエヴァリスもまた彼に惹かれているのではないかと。



「私の事を軽蔑したか?」


セオリアは彼女を腕から解放すると、鼻をすするエヴァリスの前でまるで悪戯をした子犬のようにしょんぼりと目を伏せた。今まで見たことのないセオリアの様子に、鼻をすすっていたエヴァリスの涙が止まった。


「いいえ、セオリア様を嫌いになるなどあり得ません。ただ驚いただけです。」


「はぁー、良かった…いや良くはないが。」


それを聞いたセオリアは大きく安堵すると、恐る恐るエヴァリスの手を取った。その手が払われない事が分かると愛おし気にその小さい手を指で何度も擦る。セオリアは不安だったのだ。自身の記憶のみが未だにエヴァリスの中で蘇らず、月日もたたない相手にエヴァリスが心を寄せることで本当にエヴァリスの中の『セオリア・ランダード』が消えてしまうのではないかと。



「私、セオリア様を怒らせたのかと思いました。先ほどの茶会に不相応にも同席してお気を悪くさせたかと。」


「違う、そんな事思っていない。あれは私がソアル王子に嫉妬したっ…。」



項垂れるエヴァリスに慌てて弁明すれば、思わず本心を口にしてしまったセオリア。赤面し耳まで染まるセオリアは悶絶しながら顔をそむけワタワタと「いや、今のは…」と言い訳を考える。その一人百面相するセオリアを見て呆けていたエヴァリスは、急に笑いがこみあげ「ふふっ」と声を漏らした。笑いの止まらないエヴァリスにセオリアは拗ねたように口を尖らす。


「何で笑うの?」


「いえ…なんだかセオリア様が可愛らしいので。」


そう言ってほほ笑んだ最愛の人。拗ねてはいるが、セオリアはたまらずその唇に「ちゅっ」とキスをひとつ落とした。

今度は驚いたエヴァリスが顔をほんのりと染めると、セオリアは悪戯に笑いながら「好きだよ。」と告げる。



「エヴァ、君の事が好きだ。私以外誰にも触れさせないで。」


「なっ、別に好き好んで触る方もいらっしゃいませんが…。」


「鈍い!いいかいソアル王子と二人きりにならないように。書庫の扉は必ず開けて、ガイデンかライラと一緒に行くこと。」



約束してくれ。まるで愛娘に言い聞かせる父のようにセオリアの口は止まらない。

段々と近づいて来たセオリアに、エヴァリスは大きく頷くと「分かりました。」と慌てて答える。それに少し満足したセオリアはエヴァリスを抱えるとソファーに座らせた。


どうやらいつもの穏やかで優しいセオリアに戻ったようだ。自身の腕の中にエヴァリスを優しく拘束しながらセオリアはエヴァリスの肩口に顎をのせてすり寄る。



「エヴァ、あさってデートしない?」


「デ、デートですか!?」


「最近教会関係以外、外に出られていなかっただろう。街を見に行こう。」



よろしいのですか?と嬉しそうにエヴァリスが答えればセオリアは「もちろん」と答えた。明後日のお昼過ぎなら少しまとまった時間がとれるだろうと。隠れるように王宮で生活していたエヴァリスにとって、少しでも街を自由に歩けるのは嬉しい事だ。


「リタールが迎えに行くから待っていてくれ。」


「分かりました。お気遣いありがとうございます。」


こうして二人は初めてデートの約束を交わしたのだった。




その後、セオリアに送られて部屋まで戻ってきたエヴァリスは夢見心地のまま部屋の中をソワソワと歩き回る。

その様子を見ていたライラは不思議そうに首を傾げた。


「お嬢様、お茶会に参加されたそうですね。大丈夫でしたか?」


「え!?えぇ、大丈夫よ。全然、ちっとも問題ないわ。」


「そう、ですか。」


ライラはと話をしながら、先ほどのセオリアの熱を思い出してはまた身体が痺れるような感覚になる。「これはセオリア様と何かあったな。」虫の知らせかライラは確信しながら、エヴァリスの百面相を見る。しかしどこか頬を染める様子からは幸せな雰囲気が漂っていた。




そして、それはこちらも同じ。


「セオリア様、先ほどから同じ書類を何度も手にとって読まれていますが。」


「あぁ、いや分かっている。」


答えながらも嬉しい笑みが隠せないセオリアにリタールはじとりと主を見つめた。

先ほどの茶会で嘘をついてエヴァリスをさらい暫く姿を消した後、政務室に戻ってきたセオリアは「エヴァリスと出かけるため明後日の仕事を前倒しする。」と宣言して机に齧りついている。



そしてこの百面相である。確実にエヴァリス様と何かあったな、とリタールも確信した。


「後でライラ(リタール)に確認しよう。」そう考えながら二人は愛する主を見守るのであった。



約束の当日。

ライラは朝から大忙しだった。何しろエヴァリスが久しぶりに街に出るのだ。この美しい美貌は街の中で隠しきれるのかと…。煌びやかにしたい欲望と、エヴァリスの安全がせめぎ合いライラは一人頭を抱える。

エヴァリスはそんなライラを見ながら、ヴァレリーからもらった小瓶を取り出すとふたを開けた。


「お嬢様、それは何ですか?」


「ヴァレリーが作ってくれたの。外に出る時に使いなさいって。」


昔エヴァリスにかけた忘却魔法を更に希釈した薬は一定時間容姿を変えることが出来るのだという。とは言っても髪色など一部を変えられるくらいの微弱な魔力だ。エヴァリスがそれを飲み干せば、虹色の髪が毛先から変化し始め虹色だった髪はアッシュグリーンに染まり始めた。


「さすがヴァレリーの魔法ですね。それにしてもお嬢様、何色になってもお美しいです。」


「ライラ急がないとリタールをお待たせしてしまうわ。」


「あれは少しくらい待たせても平気ですが、セオリア様に怒られそうなので急ぎます。」


ライラはサラリそう言うと、エヴァリスのアッシュグリーンの髪を綺麗に結うと小鳥の髪飾りを挿していく。

外行きのワンピースはルシエラが必要だからとエヴァリスに送ってくれたものだ。ライラの手によって美しく仕上げられたエヴァリスが全身鏡の前で一度回れば、ライラとエヴァリス付きのメイドは溜息をもらす。


「何とお美しい…。」


「おやめください。」


恐縮するエヴァリスに皆が呆けていると、そっとノックと共にリタールが入ってきた。エヴァリスの姿を見たリタールは「お美しいですよ。」とほほ笑むとエヴァリスの髪色を見た。


「ヴァレリー祭司長ですね。」


「はい、元の髪色だとあまりにも目立つので…。出かける間だけ変えていただきました。」


「素敵です。それから…申し訳ありません。今日の事でエヴァリス様にお伝えしなければならないことがあります。」


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