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42 ジプナル国の来賓

季節が変わり、作物が豊かに実る季節。

ジプナルの国から、王妃ルモネがたくさんの使徒を連れてハレオンの国にやって来た。


王宮でルモネの到着を待っていたルシエラは美しく礼をするとルモネを抱きしめ、久しぶりの友人の来訪を心から喜んだ。


「ルモネ…直接お会いできて嬉しいわ。こちらは私の息子、王子のセオリアよ。」


「セオリア・ランダードです。ようこそおいでくださいました。」


ルモネはすっかり大きくなり、まるで絵画のように眉目秀麗なセオリアを見て嬉しそうに握手を求めた。

最後に会ったのはセオリアが生まれて直ぐの事。勿論セオリアにはルモネに一度抱っこされながら祝福を受けたことは記憶にない。


「こんなに麗しく成長していたなんて、手紙には書いていなかったわ。先代のイーサン国王に顔立ちがそっくりだわ。」


ルモネはそういうと自身の後ろに控えていたソアルとアネモネに前に出るように声をかける。

ソアルはエヴァリス達と同い年くらいだろうか、セオリアはにこやかにほほ笑むとその手を差し出した。セオリアの手を取るとソアルは握手に答えるがしかし表情はあまり変わらない。いつもと変わらない兄の様子に隣で見ていた妹のアネモネは、美しいカーテシーをするとセオリアに微笑んだ。


「初めましてセオリア様、妹のアネモネです。母が常々話していたハレオンの国に一度来てみたかったのです。」


「そうでしたか。気に入っていただけると嬉しいです。」


「兄は人見知りなのです。お気になさらないでください。」


それを聞いたソアルは「余計な事を…。」とため息をついた。子どもたち同士もどうやら上手くやれそうだ。

ルシエラとルモネは小さく笑い合う。ルシエラは早速王宮の部屋に客人たちを迎え入れた。


夜には王宮の関係者を招き大きな晩さん会が行われる予定だった。慌ただしくメイド達が動き回る中、エヴァリスの姿は王宮から離れたとある場所にあった。

久しぶりに訪れたそこには人の声はなく、ただ静まりかえり時を止めたままエヴァリスを迎え入れた。

旧ケイネン家、エヴァリスの生まれた屋敷はあと数日で他の人間の手に渡ることが正式に決まった。その事を聞いたエヴァリスは最後に屋敷を一目見ようとライラとガイデンを連れて秘かに屋敷に訪れていた。


調度品や財産は既に没収されている為、既に屋敷の中は空っぽの状態。

ただしかし何もない部屋を見れば、テーブルの場所、棚に敷き詰められていた色とりどりの食器、自身が使用人として使っていたベッド等がまるで今でも鮮明に蘇る。



「少し見ない間に大分寂しくなりましたね。」


ライラの言葉を聞いてエヴァリスは少し寂しそうに頷いた。その時、部屋の扉が開き執事のエリオットが姿を現した。



「エリオット!!」


エステル・マゼンタとして生きることを決めてから一度も会うことが出来なかったその姿を見て、エヴァリスはエリオットの元へ駆け寄ると力いっぱい抱きしめた。エリオットは「ご無事で何よりです…。」と呟くと目を閉じながらエヴァリスの背中をトントンと叩く。


懐かしい温もりにエヴァリスの目頭が熱くなった。


「ずっと音沙汰なくいなくなってごめんなさい。今どうしているの?食事は?住むところは?」


質問が止まらないエヴァリスをなだめるようにエリオットはうんうんと頷いた。


「ご心配いりません。私は今王宮でルシエラ様に仕えております。」



その言葉を聞いたライラとガイデンも、エヴァリスと共に驚きの声を上げた。

それもそのはず、エヴァリスが王宮で暮らし始めてから大分月日が経つがその姿は一度も見かけたことはない。勿論セオリアからもルシエラからもエリオットが王宮にいることは知らされていなかったのだ。



「元々、私は先代の王であるアントニオ国王に仕えておりました。アントニオ様には先見の明…つまり未来を見通す魔法が与えられていました。後にこのケイネンの屋敷に「白の魔法」を持つ子どもが誕生することを国王はお嬢様たちがお生まれになる前から知っておられたのです。」


「では、エリオットがケイネン家に来たのは…。」


「はい。アントニオ様から命を受け私は後の王妃になるであろう聖女をお守りするためにこの屋敷に入りました。勿論オルラン様やマチルダ様もこのことは知りません。」



だが、エリオットはケイネンの家に双子の姉妹が誕生しアントニオが病に倒れ亡くなってから、その本当の思惑に気づいたのだ。

あくまで「白の魔法」を使い聖女の資格があるのは他でもないエルメルダだった。しかし、王であるアントニオは知っていたのだ、虐げられている方の「色なし」のエヴァリスこそが虹の魔法を使いこのハレオンの国に大きな祝福を与える存在になるという事を。


「私はケイネン家に仕えながら秘かに王宮に文を送り、屋敷でのエヴァリス様の様子を度々アントニオ様にご報告しておりました。エヴァリス様が私達の目の前から姿を消された時も王宮やヴァレリー祭司長とは連絡をとっておりました。」


「そうだったのですね…。」


話を聞いていたエヴァリスに向かって、エリオットは膝をつくとエヴァリスに向かって頭を下げた。


「どうしたのですかエリオット!!」


「申し訳ございません。私はエヴァリス様が目の前で傷つけられるのを黙って見る事しか出来ませんでした。その小さな背中に、大きな大きな傷を背負わせ孤独にしたのです。」


「やめてちょうだい。私はエリオットがいなかったら今こうして生きていないわ。貴方が私を助けてくれたから生きてこれたの。」



そう言ってエヴァリスはエリオットを立たせようと袖をつかみ涙を零した。それでもなおエリオットは目を閉じたままただ首を振り頭を下げ続ける。側で見ていたガイデンは泣いているエヴァリスの肩を支えるとエリオットに向かって声をかける。


「エリオット、貴方はエヴァリスにとって父親同然なのです。こうして頭を下げられればエヴァリスも苦しいでしょう。顔を上げてください。」


「そうです…エリオット。今までも教会に作物の種を分けてくださったり、エヴァリス様を見守られてきたではありませんか。」


すすり泣くエヴァリスを見てエリオットはようやく項垂れながらも立ち上がる。エリオットとて先代から任された大きな秘密を抱え過ごしてきたのだ。表向きはオルランとマチルダの下で動きながら、最悪の事態になる前にエヴァリスの存在を守るために。



「改めてエリオット、私の事を助けてくれてありがとうございました。これからもどうか一緒にいてください。」


「エヴァリスお嬢様、はい・・許されるなら。」


エリオットがそう答えるとエヴァリスはもう一度エリオットを抱きしめた。ガイデンとライラも安堵のため息をついた。


それにしてもどうしてここにエリオットが?

ライラが再度尋ねると、エリオットは懐から封筒を取り出した。

「セオリア様からです。」エヴァリスはその封筒を受け取ると、その場で開封し手紙に目を通す。


「エリオット!これって…。」


驚いたエヴァリスから手紙を受け取るとガイデンが内容を読み上げる。手紙には旧ケイネン家の屋敷を王宮が許可を出し街の学校として使用する旨が書かれていた。二枚目にはその書類と契約書が同封されていた。「良かったじゃないですか!」ライラは喜んで手を叩くとエヴァリスの手を取る。


「セオリア様がエヴァリス様のご意向があればこの屋敷を学校として残すことが出来るそうです。」


「ありがとうございます…。とても嬉しいです。」



ケイネン家が取り潰されてから王宮に戻ったエリオットはルシエラとセオリアの指示で屋敷の整理と新しく学校を作るための準備を行っていたのだという。セオリアの気遣いにエヴァリスの心が満たされていく。様々な思い出の詰まったこの屋敷はこれから新しい形で時を刻むことになるだろう。色をなくしたこの屋敷にも新たに命の火が灯る。これからの希望にエヴァリスは思いを馳せるのだった。


エリオットに別れを告げ旧ケイネン家の屋敷から戻り王宮に着くと、何やらメイド達がソワソワと話し合う姿が見えた。エヴァリスがメイドの一人に声をかけると、メイドは周りを伺いながら小さい声でエヴァリスとライラ答える。


「料理長のモーロが倒れたんです。コース料理はそれぞれ何とかできるんですが、デザートがどうしても…。」


「モーロは大丈夫なんですか?」


「お得意の知恵熱です。でもやはり今回は久しぶりの来賓でしたから…先ほどから横になっています。」


来賓用のデザートは毎回モーロがその都度レシピを考えて特別に用意している。他の料理人は既にコース料理の準備に取り掛かっており手一杯だった。今からでは代わりのパティシエを呼ぶのも難しい。皆が項垂れる中、エヴァリスはそろそろと手を挙げた。


「私に考えがあります。」


「エヴァリス様、どうされるおつもりですか?」



「今回の晩さん会はジプナル国の皆様を歓迎するためのものです。モーロが作るような繊細な細工を施したものは用意できませんが伝統的な菓子を召し上がっていただくことは出来ます。」


エヴァリスは直ぐにリタールを呼んできて欲しいとライラに指示を出した。そして教会が運営している菓子店に連絡を取り始める。晩さん会が始まるまではあまり時間の猶予はない。皆はエヴァリスの提案にのると慌てて準備に取り掛かった。


たくさんの人が談笑する中で目の前に次々と運ばれてくる料理を口にするとルモネ王妃は目を閉じると「懐かしい…。」と呟いた。同じテーブルにはセオリアを始めソアルやアネモネも共に食事を取る。


「私、ずっとハレオンの味が恋しかったの。一度料理長にお願いして作ってもらったのだけどやっぱり本場は違うわね。」


「そう言ってもらえると嬉しいわ。」



久しぶりの再会に花を咲かせるルシエラとルモネ。最後のデザートが来ると、アネモネが首を傾げた。


「これは…タルトですか?」


皿の上にのっていたのは、茶色い色をしたシンプルなタルトに生クリームが添えられたものだった。今までの色とりどりの花や木の実で飾られた料理とは違うシンプルなデザートに意表を突かれたようだ。


その時、ルモネ王妃は「まぁ!」と大きな声を上げるとタルトを見て手を叩く。


「ルシエラ、これってもしかして…。」


「えぇ、あなたの大好物のキャラメルタルトよ。」


覚えていてくれたのね…。

ルモネ王妃が一口タルトを口に入れれば在りし日の思い出が蘇る。それはルモネがハレオンに来て一番食べたいと言っていた思い出のデザートだった。その姿を見たソアルとアネモネもタルトを口に入れた。



「まぁ、お母様とても美味しいタルトだわ。」


「そうでしょう?これはたただのキャラメルタルトじゃないの、ハレオンでしか取れない木の実が入っていてね。初めて食べた時に衝撃を受けたわ。」


「ルモネはあの時三人分を一人で食べてしまったわ。」


だってこんなに美味しいタルトは食べた事ないもの。ルモネは毎日がこれでも良いと嬉しそうに笑う。その時リタールがそっとセオリアの耳元でエヴァリスの配慮だと伝えた。


「エヴァリスか…。」


セオリアがほほ笑んだのを見て隣に座っていたアネモネが「エヴァリス」という名前に反応した。



「セオリア様、エヴァリス様とはどなたの事でしょう?」


「私の幼い頃からの友人です。彼女は昔から相手を喜ばせることが得意なんです。」


「そう、ですか…。」


アネモネはそう返しながら何かを考えるようにタルトを口に入れた。やり取りを聞きながら、妹の姿をソアルはじっと見つめている。こうしてモーロ不在の晩さん会はエヴァリスの機転で事なきを得たのであった。


晩さん会が無事に終わり暫くして、セオリアがエヴァリスの部屋を訪ねた。

客人たちは既に部屋で休んでおり、ルモネ王妃とルシエラは別室で昔話に花を咲かせているらしい。



「エヴァリス、先ほどはありがとう。母もとても喜んでいたよ。」


「とんでもございません。教会の菓子店ならば王宮よりもたくさんのかまどがありますし材料も揃っています。街の人々も快く手伝ってくださいました。」


エヴァリスはリタールからルモネ王妃が昔から「キャラメルタルト」が大好物だったことを聞き、急遽晩さん会に出すことを思いついたのだ。


「それに感謝するべきなのは私の方です。今日エリオットに会いました。旧ケイネンの屋敷を学校として使用する許可を出してくださったと聞きました。本当にありがとうございます。」


「何てことはない。もともとヴァレリー祭司長から学校設立の希望はあったし建物を探していた所だ。あの場所なら子ども達も安全に通いやすいだろう。」


「セオリア様にはいつもご配慮いただいて…。」


胸がいっぱいです。

それを聞いたセオリアはエヴァリスの手をとる。そのまま優しく見つめられて、エヴァリスも微笑み返した。

思い返せばここ数日は、ジプナル国の来賓を迎える準備と公務でなかなかゆっくりと話す時間が取れていなかった。



「最近は一緒に食事もとれなくて申し訳なかった。」


「お忙しいのですから当然です。それより食事をお召し上がりになっているか心配していました。」


「ちゃんと食事はとっているよ。でも…エヴァリスが作ったバタークッキーが食べたいな。」



バタークッキー。

その言葉が紡がれた途端、一瞬だけセオリアの顔が頭をよぎった。

それは本当に一瞬の出来事。「迷惑かな?」と心配そうに顔を伺ったセオリアに大きく首を振るとエヴァリスは笑う。


「モーロが作るお菓子の方が美味しいでしょうに…。でも分かりました、今度お作りいたします。」


そう答えればセオリアは「楽しみだ」と破顔する。エリオットと話した事、マリアンナから教えてもらった美味しい紅茶の淹れ方に最近王宮の書庫で読んだ本の話など、リタールがセオリアを迎えに来るまで二人の話は尽きなかった。勿論その手が離れることも。


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