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41 エルメルダの最後とオルレンシア

久しぶりに聞いた母からの存在否定はエルメルダの過去の記憶を容赦なく抉りズタズタに切り刻む。エルメルダは荒い息を吐くと「私は悪くない…。私は悪くない…。」と頭を抱え子どもの様に泣き始めた。



「エヴァ、大丈夫だよ。私が側にいる。」


「セオリア様…。」


先ほどからの家族のやり取りに胸を引き裂かれる思いだった。自分が愛していた家族はこれほどまでに愚かで、寂しいものだったのかとやるせない気持ちがせり上がる。正直エヴァリスは今すぐにでもお腹にあるものを戻してしまいそうだった。


「お前たちの質は今だけで十分すぎるほど伝わって来たわ。もうこれ以上は耳が可笑しくなりそうよ。」



話を聞いていたルシエラはこめかみを抑えるとやれやれと頭を振る。しかしこのチャンスを逃せば後がないオルランは、エヴァリスの姿を見せるとぎこちなく笑いかける。



「エヴァリス。お前は心根の優しい子だから家族を裏切ることなんてしないだろう。色なしだと分かっても私たちはお前を捨てなかった。」


「そうよ、多少のすれ違いはあったけど、私たちは貴方を愛していたわ。」



エヴァリスはにじり寄る両親に恐怖を感じセオリアの胸元の洋服を握り締める。オルラン達の言葉を聞いたセオリアは、エヴァリスを抱きながら地を這うような低い声を出した。


よもやあなた達は人間の皮を被った魔物だ…。


「お忘れですか?継承式からこれまであなた達がエヴァリスにしてきた所業を私が知らないとでも。エヴァリスは今までどれだけ虐げられてもエルメルダを守って来た。その存在を死んだことにして姿を変えどんな気持ちで生きて来たのか。」


「セオリア様…。」


「エヴァリスにあなた達は必要ない。エヴァリスには既にたくさんの居場所があり、多くの人から必要とされ愛されている。それに何よりこれからは私がエヴァリスを守ります。」



セオリアの迷うことなき言葉に、驚きの声が広がった。形勢は完全にセオリアの手中にある。もうまともに話すことが出来ないエルメルダに、卒倒しそうなマチルダ。オルランはそれでもなお食い下がる。



「セオリア様がそうお考えでも決められるのはルシエラ様です。事実エヴァリスと私たちは血の繋がった家族です。主張する権利がある!!」


「それは違うわい。」



皆が一斉に声の方を振り返る。祭司長のヴァレリーは人ごみをかき分けると、オルランの前に立ちじっとその家族たちを見据える。



「エヴァリスの父親は儂じゃ。」


ヴァレリーの言葉を聞いたオルランとマチルダは顔を見合わせて鼻で笑い始める。



「気がふれましたかヴァレリー祭司長。何をおっしゃいますやら。」


「お前たちがエヴァリスの死亡届を出した時に、エヴァリスは正式にエステル・マゼンタとして儂の養女になっている。つまり血の繋がりがあったとしても、お前たちとエヴァリスは今現在何の関係もない赤の他人じゃ。」


「そ、そんな馬鹿な…。」



ヴァレリーの言葉を聞いたオルラン達はとうとうその場に膝をついた。それはエヴァリスが長い眠りから覚めて暫くしてからの事だった。ヴァレリーからの提案で、今後エステル・マゼンタとして生きていくためにエヴリスは孤児として正式にヴァレリーの養女になった。役所での手続きもとうに終わっており、言葉通りエヴァリスの書類上の家族はヴァレリー・ダリオンなのだ。


勿論この話は、セオリアを始め女王であるルシエラも承知のこと。今日のためにオルラン達がどんな策を練ってきたところで結果は始めから決まっていたのだ。全ての手立てを失ったケイネン家はもう反論することも無く顔を白くするだけ。


「話しはこれで終わりね。…最後にエヴァリス、何か言いたい事はあるかしら?」



ルシエラは優しくエヴァリスに声をかけた。

全ての視線がエヴァリスに注がれる。項垂れた両親はエヴァリスの方を見ることなくただこれから起こる恐怖に俯くのみ。エヴァリスは一度目を閉じると決心したように家族の方を向いた。



「私は家族が大好きでした。悲しかったことはたくさんあったけれど全て忘れます。これが私に出来る唯一です。」



話しながら頬を伝って涙が落ちる。しかし目を逸らすことは出来ない。これがケイネンの人間として会うのは最後。もう二度とあの日は返ってこない。ルシエラは頷くとオルラン達に最終決定を告げた。



「エルメルダ・ケイネンは王宮の監視下の元、更生施設での奉仕作業を行う終身刑とする。それに伴うケイネン家は財産の一切を没収、そして魔力を封じ国外追放とする。」


エルメルダは禁忌に触れ大罪を犯したが、その魔法は枯渇しており蘇る可能性はない事。また今までの「白の魔法」により人々の傷を癒してきたことは考慮されハレオンでも随一の厳しさを誇る更生施設での終身刑を言い渡された。オルランとマチルダもハレオンの国では重い刑である魔力の封印により今後一切自身で魔法を使用することは出来なった状態での国外追放。二度とハレオンの国に足を踏み入れることはない。


それに伴い今回のエルメルダに加担した親族・並びに関係者も魔力の封印と国外追放の刑が科されることとなった。もう反論の余地は何もない。

それぞれが王宮の騎士により連行され大広間を後にする。エルメルダは最後までセオリアの顔を見ながら「いやだ!セオリア様愛しています。助けてください。」と叫びながら姿を消した。


「これで終わったわね。」


ルシエラは音を立てて閉まるドアを見つめながら呟いた。エヴァリスにとっても、セオリアにとっても幼馴染であり大切な妹であるエルメルダとの決別は断腸の思いに違いない。二人はしっかりと手を繋ぎながら決意を新たにした。こうして、ハレオンの国で聖女として崇められたエルメルダの野望は終わりを迎えたのだった。


その夜、食事を取らずに自身の部屋のバルコニーから夜の景色を眺めていたエヴァリス。

ライラはその背中を見て静かに目を潤ませるが、首を振るとエヴァリスに声をかけた。



「お嬢様、今夜は星が綺麗に見えますね。」


「えぇ…。空気も澄んでいてとても綺麗ね。私…久しぶりに星を見たような気がするわ。」


「この前リオンが言っていたんです。ガーナー教授の娘さんは魔法で物をお菓子に変えることが出来るんだそうです。もしその魔法があれば空の星を金平糖に変えられるかもしれませんね。」



お菓子には困らなさそうです。と羨ましそうに笑うライラを見てエヴァリスは小さくほほ笑んだ。「ライラ、ありがとうね。」とエヴァリスが話すとライラは「いいえ。」と短く返した。


そのままライラと話していると、エヴァリスの目の前にふわふわとした丸い光が現れた。シャボン玉のように空に浮かんだ光はそのまま空に昇っていく。暫くするとまたひとつ。丸い暖かな光が空に昇っていく。ライラと目を合わせ、バルコニーの下を覗けば次々と光が現れてどんどん空に向かって飛んでいく。



「これってもしかして…。」


「オルレンシアの花だよ。」


慌てて振り返るとリタールを連れたセオリアがバルコニーに顔を出した。オルレンシアといえばハレオン王国にだけ咲く珍しい花でその胞子が飛ぶのは一年に一度きり。暗闇の中にまるで光を灯すように胞子が舞い新しい場所を求めて冒険の旅に出る。その様子は雪に例えられ季節外れの雪蛍と称される。


「オルレンシアと言えばいつ胞子が飛ぶかはまだ研究でも解明されていないのですよね。リオンが言っていました。」


「美しいですね。」



そう言って空を見入るエヴァリスにセオリアは王宮の屋上に行かないかと誘いを持ち掛けた。図書室や神殿は行き来したことがあるが屋上には警備の騎士以外は基本的に入ることは許されていない。



「私が入って良いのでしょうか?」


「一緒に行こう、上からの方が良く見える。」


セオリアはそういうとエヴァリスの手を引いて王宮の階段を上り始める。扉を守る騎士がセオリア達に静かに頭を下げるとその大きな扉が音を立てて開かれた。夜風が吹き抜ける中、外に出ればハレオンの国のいたるところからオルレンシアの胞子が飛び出し空に舞い上がっていくのが良く見える。あまりに美しい光景にエヴァリスとライラは声を漏らした。



「お嬢様見てください!とっても綺麗です。ほら向こうに教会も見えるかもしれません。」


「ちょっと待って、どうしてあなたがはしゃぐのですか。」



薄暗い中を小走りに向こうへ消えたライラを追ってリタールが慌てて後に続く。物心がついてから幾度か見てきたオルレンシアだが、今日のエヴァリスにとってその光はまるで揺り籠のように椰しくエヴァリスを包み込む。そっと手を伸ばせばふわりとした綿毛がエヴァリスの掌で転がり、空へ登っていく。まだ寒さを感じるにはいささか早いが、エヴァリスの虹色の髪がパラパラと風に舞うのを見てセオリアは自身の着ていた服をエヴァリスの肩にそっとかけた。


「いけません!セオリア様風邪をひきます。」


「前にもこんな事あったな…。良いから着ていて、エヴァの方が風邪をひきやすいだろ。」



そう言ってエヴァリスの頭を優しく撫でると、セオリアはオルレンシアが舞うハレオンの国を穏やかな顔で見つめる。そっとその横に立ちながらエヴァリスもまたオルレンシアの開花に気づいた人たちが慌てて外に出て歓声を上げる姿と美しく光に包まれる街並みを見た。


他国から見れば小さい国だがハレオンの国は魔法と自然が共存する珍しい国である。

向こうで相変わらずライラとリタールが口論しているのを聞きながらセオリアは口を開いた。



「子どもの頃、父上が亡くなってからエヴァと話したことがあるんだ。『誰もが自由で幸せになれる国を作りたい』と、幼いながらも本気で願った。」


「そうだったのですね。」


「皆優秀だった王を亡くして、母もとても悲しんでいたけど私の前では一度も涙を見せたことが無かった。というよりは泣けなかったんだと思う。まだ幼い私を抱えて直ぐに政を担うようになった。相変わらずあの自由奔放な性格だけど。この国を愛する気持ちは誰よりも強い。」


エヴァリスはセオリアの顔を見ながらじっとその話に耳を傾ける。


「エヴァリス、私は父を越える王になりたいんだ。誰もが幸せに、そして泣きたい時は素直に泣ける場所になりたい。」


セオリアはそういうとエヴァリスに向き直ると優しくその手を取った。エヴァリスは握られた手に視線を落とすと寂しそうに眉を下げる。



「記憶はまだ戻りません。私はずっと考えていたのです…。どうしてセオリア様の側にいると心が騒めくのか。どうして泣きたくなるのか。」


「それは…私がたくさんエヴァを泣かせてしまったから、かもしれないね。」


申し訳なさそうに頭を掻くセオリアにエヴァリスは優しく首を振ると、その手を握り返す。


「私はきっとあなたの事を大切に思っていたのです。記憶が無くなってもセオリア様を見る度に心がぽかぽかと温かくなります。側にいると安心するのです。」


「エヴァ…。」



セオリアは自身の胸にエヴァリスを抱き寄せて、その小さな肩口に顔をうずめた。今、彼女の顔を見たら涙が出そうで。とんでもない事を口走りそうになっているのをエヴァリスには見透かされてしまう気がした。


不意に包まれた温もりに戸惑いつつも、セオリアからもらう言葉や愛情にエヴァリスは不思議と居心地の良さを覚え始めていた。エルメルダの断罪の時に片時も離れずに支えてくれたセオリアを『愛おしい』と思い始めている自分に気づいたのだ。暫くエヴァリスを抱きしめていたセオリアはその身体をそっと離すとエヴァリスの目をマリーゴールドの眼差しで見つめる。



「エヴァリス、君の事が好きなんだ。」


「…っ。」


「この気持ちは変わらない。君が全てを忘れてしまっても私の全てが君を覚えている。だけど無理して思い出して欲しいわけじゃない。ただこれからもずっと君の側で共に生きたいんだ。」


それはもはやプロポーズの言葉だった。泣きたいような、でも満たされるような。

言葉の代わりに頬を染め、目元を赤くするエヴァリスを見て引き込まれるようにセオリアの顔がエヴァリスに近づく。エヴァリスもそのマリーゴールドに抗えずにただ静かに止まったままだった。全ての音が消え、淡い光の中で二人の唇が重なる瞬間。



「あーーー!!」


ライラの大きな声が響き、エヴァリスとセオリアは慌てて飛びのいた。動揺した様子のライラの横でリタールが耳を抑える。セオリアは何かをこらえるように膝をついた。


「大変です。お嬢様、私マリアンナ様からお仕事を任されていたのです。早く戻らないと解雇させられます。」


「え、えぇ!分かったわ。寒くなって来たし部屋に戻りましょう。」



「あなたって本当に空気が読めませんね。」ドタバタと扉に急ぐライラを転ばないように見ながらリタールは小さく舌打ちをした。顔の火照りがおさまらないまま、自身もドアの方に向かおうとすると不意に手を引かれ、エヴァリスの頬にセオリアの唇が当たった。

慌てて口を抑えたエヴァリスは林檎の様に顔を赤く染めるとセオリアに向かってわなわなと声を震わす。


「な、ななな…。」


「言っておくけど、これからは遠慮しないから。早く僕の事を好きになって。」



その類まれなる美貌と、優雅な微笑みに抗える人間は存在しないだろう。いたら会ってみたいものだ。その眼差しが自分だけに向けられていることに耐えられずエヴァリスは脱兎のごとくその場から逃げ出すと階段を駆け下りる。


「焦らないつもり…なんだけどな。」


あぁ、エヴァリスが可愛すぎる…。


オルレンシアの胞子が舞う中、セオリアはその後姿を愛おし気に微笑みながらエヴァリスの後を追い王宮の中に入って行った。


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