40 エルメルダの断罪
その日、エヴァリスはいつもの朝の祈祷を終えるとヴァレリーの下で魔法の修練を行っていた。
ひんやりと冷たい無音の神殿、エヴァリスは目の前に置かれた枯れた花を見つめると大きく息を吐く。そして意識を集中させると、その手を花の上にかざした。すると茶色く萎れていた花がエヴァリスの魔力によって息を吹き返し、ゆっくりと頭をもたげるとみるみるうちに色が戻っていく。
「良いぞ、そのまま…。」
ヴァレリーの声を聴きながら意識を途切れさせることなく目の前の花に魔力を注ぎ込む。気付けば花から甘い香りが漂い始め最後は元の状態に完全に戻っていた。無意識に息を止めていたエヴァリスは、ほっとして息を吐くと額の汗をぬぐう。
「上出来じゃ。この短期間にここまで回復させられるとは…。」
「ですが…。」
「前にも言ったが、あくまでもエヴァリスの主は虹の魔法じゃ。浄化と癒しでは魔法の性質が全く異なる。今の状態で癒しの力が使えるだけでも驚きじゃわい。」
エヴァリスの焦りと真面目さを見透かしたヴァレリーはにこやかに答えると優しく肩を叩いた。
ハレオンの国の民にとって「白の魔法」が消滅し、エルメルダが罪人として裁かれることは大きな失望であり混乱を招いている。
エヴァリスの「大封印」により魔物の襲来からは守られているものの、自身の「虹の魔法」の存在はまだ噂程度にしか知られておらず国の安泰を望む声は日に日に増してきている。
「素晴らしい力です。」
その時神殿の扉が開き、乾いた拍手の音が響き渡る。二人が振り向くと祭司であるオルフェンがにこやかな顔で現れた。その姿を見てエヴァリスの気づかない所でヴァレリーが険しく顔をしかめた。
オルフェンも元は祭司見習いとしてヴァレリーや、元祭司長のナシュエルと共に修行に明け暮れる生活を送っていた。しかしその理想はヴァレリー達とは相反しており対立を繰り返している。
「エヴァリス・ケイネン。稀有な虹の魔法を開花させた次期聖女の最有力候補。噂にたがわず凄まじい魔力をお持ちですね。」
「オルフェン祭司、私は一介の市民です。その様な分不相応な事は考えたこともございません。」
「エヴァリス様、あなたご自身が望まれなくても今となっては貴方の存在がハレオンの民たちにとっては希望なのです。」
お忘れなきように…。舐めるような視線を向けられるが、エヴァリスは表情を崩さずにただ見つめ返す。
話を聞いていたヴァレリーはエヴァリスの前に立つとオルフェンに対し鋭い眼差しを飛ばした。
「虹の魔法は王宮内でもかん口令が敷かれている。ましてや軽々しく女王の座について貴様ごときが口にするなど偉くなったものだな。」
「ヴァレリー・ダリオン…。まさか貴方が虹の魔法の番人だったとはな。官職に興味を示さなかった貴殿が祭司長として王宮に来るとは。世は予想できないことがたくさんありますね…。」
苦々し気にヴァレリーに向かって言葉を吐きながらも、オルフェンはその後ろのエヴァリスを一瞥して笑顔に戻った。
「おやおや警戒されてしまいましたね。エヴァリス様、これでも王宮勤めは長い方です。何かあればお力になります。いつでも仰ってください。」
そう、いつでも。
そう言ったオルフェンの顔は笑顔だった。オルフェンはその後何も言わずに扉に向かうと静かに神殿から出て行った。ヴァレリーはその後姿を見ながら小さく息を吐く。
「ヴァレリー…。」
「エヴァリス様、オルフェンにはお気を付けください。決して関わらないように…二人になってはいけません。」
「分かりました。」
エヴァリスは素直に頷く。虹の魔法について表面化はしていないものの様々な思惑が水面下で蠢いている。王宮の中でもエヴァリスの存在について疑念を持つ者は存在している。エヴァリスはこれから自身を守るためにも虹の魔法を証明していかなければいけない。そしてそれはエヴァリスの側にいる仲間たちの為にも。
その夜、エヴァリスは初めて話があると自らセオリアの部屋を訪ねた。
突然の訪問にもかかわらずセオリアは優しく部屋に招きいれるとリタールとライラを残して人払いを行った。
「エヴァ、君から来てくれるなんて珍しいね。どうかした?」
暫く無言だったエヴァリスはセオリアの目を見つめると静かに口を開く。
「記憶がまた戻りました。エルメルダに会わせてください。」
その言葉を聞いて部屋の中の空気が張り詰める。驚いて顔を見合わせるライラとリタール。セオリアは「そうか…。」としばらく考え込んでから静かに頷いた。
「待ってください、セオリア様!お嬢様をエルメルダ様に会わせるのですか?」
冗談じゃないとばかりにライラはセオリアに食って掛かる。それを隣でなだめながらも、流石のリタールもこれに関してはライラに賛成らしい。
「セオリア様、エヴァリス様の記憶はまだ回復されたばかりです。相手に魔力が無い状態とはいえ、エルメルダ様は処罰を待つ身。どの様な状態になるか分かりません。」
「私はエヴァリスの気持ちを聞きたい。考えを聞かせてくれるかい?」
確かにリタールが言うように、エルメルダに会いどうなるかはエヴァリス自身にも分からない。エルメルダに会って何を言いたいのかも、そして何をするのかも。このまま一生会うこともなく、全てを無かったことにして忘れて生きることもできるわけで。
だけど。
「私は、前に進みたいのです。継承式のあの日から今まで何も言わずに生きてきました。何もかもを受け入れて諦めることが私に唯一出来ることだと。」
「お嬢様…。」
「ですが私は私にできることをやります。一度は全ての記憶をなくしました。もう過去から逃げたくないのです。」
エヴァリスは本心を話した。声は震えるし、自分の言っていることが感情論なのは分かっている。しかしこれがエヴァリスが今、伝えられることの全てだ。セオリアはじっとエヴァリスの言葉に耳を傾けていたが改めてエヴァリスの手を握った。
「そうしよう、決めるのはエヴァリスだ。しかし私もその場に立ち会う、それが条件だ。」
「分かりました、ありがとうございます。」
安心したような顔のエヴァリスを見てライラはそっと目を伏せる。隣のリタールがじっとそれを見ている事に気が付くと不服そうに呟く。
「分かっていますよ。お嬢様は頑固ですから一度決めたら変わりません。もしエルメルダ様が何かしたら、護衛の騎士の前に私が殴ります。」
「暴力は反対ですが、私もそれに賛成です。」
セオリアは次の日、女王であるルシエラにエヴァリスがエルメルダに会いたがっていると告げた。「そう。エヴァリスは決めたのね。」落ち着いた様子のルシエラは官職を集めるように指示を出すとエルメルダに最終審判を下すことを決定した。
「もともと、エヴァリス無くしてこの話は進められなかったのよ。エルメルダが「白の魔法」を宿す聖女だったことは確かだから王宮でも様々な意見があったわ。」
「私もエヴァリスの側にいます。事の発端は私の力不足によるものです…。エヴァリスと共にエルメルダに会います。」
ルシエラはセオリアに「貴方の好きになさい。」とほほ笑む。そしてエヴァリスを大広間に呼ぶようにマリアンナに伝えた。暫くしてエヴァリスはセオリアに手を引かれ、様々な官職が列をなす大広間に姿を現した。エヴァリスが女王に向かい美しいカーテシーをすればその場にいた人間たちがひそひそと話し声を始める。
数々の罪を犯したエルメルダだが「白の魔法」を所持している点でいえば、保守派からは人徳より魔法の力を優先しては?との声もある。
話し声が大きく広がってきたその時、女王のルシエラが声を発した。
「これより、「白の魔法」を持つ聖女エルメルダについて審判を行う。罪人をこちらに。」
ルシエラの言葉で大広間のドアが開き、ぎゃあぎゃあと喚き声をあげながら騎士団長のベルナー達に連行されてきたエルメルダが姿を現した。その姿のあまりの変わり様に官職からはどよめきや嘲笑の声が漏れる。
白銀に染まっていた髪の毛は紫がかった黒に変わり、所々もつれたまま。頬はこけてシミだらけの布を纏い苦々しげな眼でルシエラを睨みつける。
両親であるオルランとマチルダも未だかつてエヴァリスが見たことない程にボロボロな姿で、身体を小さく震わせながらキョロキョロと目をさ迷わせる。
「エルメルダ・ケイネン。貴方に審判を下します。」
「はっ!審判ですって!とんでもないわ。ルシエラ様お聞きください、私はハレオンの国民のために命を懸けて聖女としての務めを果たして参りました。この度の事はそう!このエルメルダを貶めるための陰謀なのです。」
「エルメルダ、貴方が白の魔法を枯渇させそれを隠蔽するために祭司見習いと称し子どもを誘拐そして監禁し命を奪おうとしたことは既に調べがついているわ。陰謀というのならいったい誰の仕業だというの?」
それについてはエルメルダ付きだった従事者から証言が取れている。またメイドのナチェスによる自白もあること、何より監禁されていた子どもが動かぬ証拠である。
「私は真摯に白の魔法と向き合って参りました。この国の母としてセオリア様の隣に立つために全ての物を犠牲にしてきたのです。」
そう言いながらエルメルダは目から大粒の涙を零して見せる。そして、大広間の隅にセオリアの姿を見つけると「セオリア様!!」と満面の笑みで走り寄ろうと前に出た瞬間ベルナーとルイに抑えられた。
「汚い手を離しなさいよ無礼者!!私は聖女なのよ。セオリア様の妻になるのはこの私…。」
その時、エルメルダは驚愕した。
「な、なん…。なんでここにエヴァリスが。」
そう。
目の前には最愛のセオリアの横に立つ姉のエヴァリスの姿があった。エヴァリスは固く口を結びながらもエルメルダから目を逸らさない。死んだはずのエヴァリスが生きている事への驚きはエルメルダにとっては衝撃である。気を失ってから直ぐに一人牢に幽閉されていたため、エルメルダはこの事実を知らされていなかったのだ。
オルランとマチルダも、過去あっさりと死んだと思っていたエヴァリスが目の前で生きていることが信じられない様子だった。しかし、驚いたのはさることながらセオリアがエヴァリスを自身の側に抱き寄せたのを見てエルメルダは一瞬にして激昂する。
「この身の程知らずが!八つ裂きにしてやる…私のセオリア様から離れなさい!!」
「エルメルダ…もうやめましょう。これ以上罪を重ねないで。」
「あんたね!ルシエラ様、見てください、あの女は私の事を陥れてセオリア様を手に入れようと事を起こしたのです。色なしのくせに浅ましい。」
エルメルダは目を血走らせて殺気立つと自身の腕に力を込める。「こうなったら今すぐ息の根を止めてやるわ。」そう叫ぶとセオリアがエヴァリスを庇うように前に出た。
「消えろ!!」
エルメルダはありったけの魔力を込めるとエヴァリスに向かって魔法を放つ。
しかし。
待てども魔法が現れることはない。一瞬たじろぐがエルメルダはもう一度力を込めてエヴァリスに向かって魔法を放つ。が、やはり反応はないままだ。エルメルダは大きく息をしながら自身の震える手を見つめて「どうして…。」と呟く。そうエルメルダはまだ自身の魔法の枯渇に気が付いていなかった。
「エルメルダ。お前の魔力は禁忌に触れた瞬間から枯渇を始めた。南の塔では魔力を封じるまじないがかかっていると聞いて分からなかったのだろう。」
『もう既にお前に魔力は無いよ。』
ルシエラが淡々とそう告げるとエルメルダの顔には絶望の色がハッキリと浮かぶ。真実を知った者達からは大きなどよめきと驚きに包まれた。
エルメルダはもう魔法が使えない…。それを聞いた両親も「白の魔法」の消失により自身たちが生き残る最後の希望を失ったことを理解した。膝から崩れ落ちるエルメルダを見てルシエラは尚も言葉を続ける。
「エルメルダ・ケイネン、お前は神に祝福されし「白の魔法」をその欲で穢し自身の手で葬り去った。よってお前はもう聖女ではない。…一度失われた魔力は今後二度と戻ることはないのよ。」
「いや、いやです…。私はセオリア様の隣で聖女になるの。私以外の女がセオリア様のものになるなんてあり得ない。だって私はエルメルダ・ケイネンなのよ!!」
愚かにもこの期に及んで自身の尊厳を吐くエルメルダを見て、判断を迷っていた保守派の官職もこの瞬間全てのさじを投げた。よもや自分たちが聖女と崇め尽くしてきた女は、ただの世間知らずの小娘だったのだから。
「お、お待ちください!!」その言葉を聞いたオルランは大きな声でルシエラの話を遮った。周りの人間はあからさまに顔をしかめたが、ルシエラはオルランに話す許可を与えた。このままでは一族皆皆殺しにされる。オルランはその額に脂汗を滲ませながら縛られた体のまま前に出る。
「私達にはエヴァリスがいます!エヴァリスは歴史上最も偉大な虹の魔法を開花させました!!是非娘のエヴァリスを次期聖女候補にしてください。」
誰もが呆れ信じられないと嫌悪の眼差しを向けていた。そのオルランの話を聞いたマチルダの目にも光が宿る。まるで絶望の中で宝くじに当たったように喜びながら大きく頷き始めた。
「そうよ!そうよ!エヴァリスは私たちの愛する娘です。エヴァリスはもともと出来が良い子だったし、1言えば10いえ100分かる聡明な子です。必ずやセオリア様のお力になります。」
「ちょっと待って!お父様もお母様も何を言っているの?あんな出来損ないの色なしがどうしてセオリア様の聖女候補になるっていうのよ。」
絶望の淵にいたエルメルダは、面白いほどの両親の掌返しに戸惑いながらも怒鳴り声をあげた。しかし、血管切れたマチルダはエルメルダを鋭く睨みつけるとそれよりも大きな声で罵り始めた。
「黙りなさい!あれほどまでに気を抜くなとくぎを刺したでしょう。もとはと言えば我がままで何をしても愚図なあんたが「白の魔法」を枯渇させたんでしょうが。聖女候補でもない今お前には何の価値も無いのよ!!この出来損ない!!」
それを聞いたエヴァリスの喉がひゅっと音を立て、セオリアはケイネン家からその身を隠すようにエヴァリスを抱きしめた。




