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39 記憶のかけら

その日エヴァリスの姿は教会にあった。リオンの手伝いで時折ライラ達と共に教会に顔を出せば、子どもたちが嬉しそうに駆け寄ってエヴァリスを囲む。


「エヴァリス先生、私刺繍が少しできるようになったのよ。」


「私も一緒におしえてほしい。」


たちまち人気者になったエヴァリスは子どもたちに手を引かれて教室の中に入って行った。セオリアの協力はもちろんの事。ヴァレリーの協力で教会の隅の小さい小屋で、お金のない子どもたちに文字や刺しゅうなどを教える小さい教室を開いた。教員はいるがエヴァリスも出来る範囲で度々顔を出しボランティアとして働いている。



「シエル、真っすぐに糸を縫えるようになったのね!凄いわ。」


「私エヴァリス先生みたいに花の模様が作れるようになりたいの。」


「良いわ。今度型紙を持ってきてあげるから一緒に作りましょう。」


シエルは友達と顔を見合わせるとニコニコと笑う。向こうでは護衛のガイデンが魚の釣り方を子どもたちに教えている真っ最中だ。誰かの竿に小さい魚がかかっただけで大興奮する声を聴いて「魚が逃げそうだわ。」と笑いが起こる。それを見ながらシエルは隣のアンナを小突く。



「アンナってばテイルに告白したのよね。」


それを聞いた周りの女子はキャーと大きな声を上げた。アンナはシエルの口を塞ぐと慌てて首を振る。


「告白じゃないわ!!…好きな女の子はいるの?って聞いたの。」


「同じようなものでしょ。で!?テイルは何て言ったの?」


「あまり焚きつけてはいけませんよ。」とエヴァリスが窘める中、皆がワクワクしながらアンナの方に詰め寄る。アンナはしばらく黙った後、少し寂しそうに口を尖らすとため息をついた。


「何か…テイルは強い女の人が好きなんだって。前に悪い男たちから守ってくれて人がいて、その人みたいに強くなりたいって。」


「…それって恋なの?」


「テイルは年上の方が好みってこと?」


まだ幼いと侮るなかれ立派なレディーたちは大人顔負けの恋話に花を咲かせる。それに驚きながらも刺繍を続けているエヴァリスの横にライラが静かに座るとじっとりとエヴァリスの顔を見つめた。どうしたの?と首を傾げればライラは盛大なため息をついた。


「お嬢様もこれまた罪作りですね。」


訳が分からずエヴァリスは顔をしかめた。もちろん今のエヴァリスにはエステルの記憶はない。幼かったテイルはあれからガイデンに剣術を習い始め、将来は王宮の騎士として働くことが夢なのだという。その後、水辺でカエルを見つけたとこちらに駆け寄ってくる男性陣を見てレディーたちは黄色い悲鳴を上げながら散らばり逃げる。


「エヴァリス先生見て!珍しい色のカエルだよ。」


水に浸かったのだろうか髪の毛から雫を垂らすテイルは嬉しそうに手の中からゆっくりとそれを見せた。更に藪から悲鳴が上がるが、エヴァリスはくすくす笑うとテイルに微笑みかける。


「テイルは捕まえるのが上手なのね。このカエルは大丈夫だけど赤いカエルは毒があるから触らず見るだけよ。」


「…!!」


それを見たテイルの顔が徐々にピンク色に染まる。そして「分かった。」とぶっきらぼうに答えると駆け足でガイデン達の方に戻って行った。木陰からその様子を見ていたシエルはやれやれと首を振るとアンナに向き直る。



「アンナやっぱりテイルは年上が好みみたいね。」


「う~…でも、私諦めないわ。頑張る。」


「ご安心ください。エヴァリスお嬢様の鈍感さは筋金入りです。一国の王子でも手を焼くほどですから。」


それを隣で聞いていたライラは目を細めながらアンナ達に言った。

その後たくさん遊んだ子どもたちは、ペコペコにお腹を空かせると順番に列に並びパンとスープを受け取りに行く。それぞれが思い思いの場所で食事をとる姿を見守っているとガーナー教授とのフィールドワークから戻ってきたリオンが姿を現した。


「エヴァリス来ていたんだね。」


「久しぶりねリオン、今日はどこに行ってきたの?」


リオンは自身のポケットからキラキラしたものを取り出すとエヴァリスの掌にのせる。そっと指でつまむとそれは宝石のようにキラキラと輝く。エヴァリスが「とても綺麗…。」と呟くとリオンは靴に入った砂を取ろうと靴を脱ぎ始めた。


「シーグラスっていうガラスだよ。海岸に落ちていたんだ。気に入ったならあげるよ。」


「いいんですか?」


エヴァリスが太陽にシーグラスをかざせば柔らかい光がまるで琥珀糖のように淡く煌く。「なんか変なものがのっていますよ。」ライラはリオンの頭に乗った海藻をつまむとタオルを手渡す。



「海に行くなんて珍しいですね。ガーナー教授は森での採種が多いと思っていましたが。」


「もうそろそろ僕が研究している新魔法薬が完成するんだ。それにどうしても魔ナマコの血が大量に必要でね。」



それを聞いたライラは真顔になる。先ほどからリオンの洋服が紫色に染まっているのはそれが原因らしい。

リオンが言うには酷い火傷などの皮膚病によく効くそうだ。今まではガーナーの助手として研究の補助をしていたが、初めて自分でも研究する許可が出たのだとリオンは興奮気味に語り始める。



「それはリオンが優秀だからですよ。」


「いや、もともとはエヴァリスに救ってもらった生命だからね。僕はこれから出来るだけ多くの人に役立つ魔法薬の研究をしたいんだ。」


「リオンならきっとできます。」


エヴァリスの言葉を聞いてリオンは恥ずかしそうに頬を掻く。リオンの身体はエヴァリスの魔法で浄化されてから順調に育っており、もうすぐライラの背たけを抜きそうな程大きくなった。前は言い合いをすれば、軽く持ち上げられていたリオンだが、さすがのライラもそれは出来ない。



「リオンは昔からお嬢様の事が大好きですからね。」


「あのね!僕はエヴァリスの事を尊敬しているの。まぁ、この深い話はお子様のライラには分からないと思うけど。」


「言っておきますけど、今は私の方が大人ですから。リオンよりも七つも年上です!」


本当は僕の方が三歳大人だけどね。一体仲が良いのか悪いのか、きゃんきゃんと吠える二人の間でオロオロとしているエヴァリスを見てガイデンが向こうから「いつもの事だから放っておけ。」と笑う。


その光景を見た瞬間。今までにない過去の記憶がエヴァリスの身体の中に流れ込んできた。皆で教会の食卓を囲みながら、魔物を浄化する方法について話し合った事、エデンの花々たち…。ぼんやりとモノクロだった記憶が輪郭を持ち少しずつ色が蘇る。そのどれもが愛おしく、優しい思い出…。


「ライラ…。」


エヴァリスはライラの名前を呼ぶ。


「ご安心ください。今日こそこのぽんぽこりんにどちらがよりエヴァリスお嬢様を思っているのかはっきりとさせ…。」


エヴァリスはたまらず喋っている途中のライラを抱きしめた。突然の事にぎょっとしたライラはあたふたと「冗談ですよ。」とエヴァリスの背中をさすり始める。しかしエヴァリスの背中が震えているのに気付きリオンと目を合わせる。ただならぬ様子に、子どもたちに釣りを教えていたガイデンも急いで三人の元に走ってきた。



「エヴァリスお嬢様?。」


「えぇ…、裁縫が上手で。いつも屋敷でロエルが隠した手袋を一番先に見つけるのはライラだった。」


その言葉を聞いたライラは、「お、お嬢さま…」と肩を揺らすと大きな泣き声を上げてその身体を抱きしめ返す。


「エヴァリス!記憶が戻ったの?」


「えぇ、リオン。貴方が淹れてくれたベリーティーの事も、ガイデンの昔話も…ちゃんと分かる。」



エヴァリスのその言葉を聞いた三人は喜びを爆発させると改めてエヴァリスを抱きしめる。周りの子どもたちは事態が分からず困惑しているがライラは変わらずに泣き続けた。それは記憶のコップが溢れるかのようにエヴァリス達に希望の明かりを灯した。まだ記憶は穴抜けで全てが戻ったわけでは無いが記憶が戻っているのは事実だった。


早速王宮に戻り、ライラがリタールにエヴァリスが自身たちの事を思い出したと報告に走る。ヴァレリーと共に教会の運営について会談を行っていたセオリアは話の途中にもかかわらず部屋を飛び出すとエヴァリスの部屋に飛び込んできた。



「エヴァ!記憶が戻って来たって本当。」


「えぇ。ライラやガイデン達の事が鮮明になりました。まだ穴抜けですが。」


それを聞いたセオリアはエヴァリスの身体を自身に引き寄せると、「良かった」と抱きしめる。直ぐに固まったエヴァリスに構わずセオリアは嬉しそうだった。リタールが軽く諫めると渋々離れるがその手はエヴァリスの手を握ったまま。


「すみません。まだセオリア様の事を思い出せなくて。」



エヴァリスが申し訳なさそうに項垂れるとセオリアは穏やかに首を振った。



「いや良いんだ。君が生きてくれさえすれば。それ以上の事は望まない。」


「でも、きっと私。貴方の事を思い出さないといけないんです。そんな気がして…。」


「エヴァの大事なものが戻ってきたことが嬉しいんだ。君が幸せならそれが私の幸せなんだよ。」


お互いの手は未だ繋がれたまま。

セオリアの真っすぐな眼差しと、その胸の内を聞いてエヴァリスはずっと聞きたかったことを尋ねた。



「このまま、私の記憶が戻らなかったらどうしますか?」


エヴァリスがそう尋ねると、セオリアは一瞬目を見開いてからもう一度エヴァリスの手を強く握る。


「それでも良い。今の君にまた振り向いてもらうために努力するまでさ。私はずっと君に恋をしているからね。」


「…えっ!?」


「覚悟して。私はエヴァが思っているより独占欲が強いんだ。」



きっとそのうち逃げられなくなる。

全てを持つマリーゴールドの瞳に射抜かれてエヴァリスは小さく息を漏らす。セオリアはエヴァリスの虹色に輝く髪を手に取ると優しく口づけを落とした。それはそれは大きな爆弾と共に。


エヴァリスは変な汗を感じながら、セオリアの長いまつげが伏せるその仕草に胸がつまる。顔だけでなく握られた手からも湯気が出そうな程だが、身体を引こうにもセオリアはそれを許さない。それを見ていたライラはとうとう根を上げてリタールにじとっ…と抗議の視線を送った。


「すみません、私の目の前でけしからん事態が繰り広げられています。」


「大目に見てください。出会った時から今までエヴァリス様しか目に入らなかったのです。あの目に捕まったらもう逃げられませんよ。」


「刺激が強すぎて胃もたれしてきました。」


その後、いつものお約束通りに「はいお時間です。」リタールによって切り上げられたエヴァリスとの束の間の逢瀬。「リタール、お前はいつも私の情緒への配慮が足りないと思う。」パタパタと顔の火照りを醒まそうとするエヴァリスを見て後ろ髪をひかれながら、セオリアは渋々その場を後にせざるをえない。


セオリアの姿が無くなり、やっと息を吐いたエヴァリスはソファーにへなへなと座り込んだ。ソワソワしたままのライラは「お茶を淹れますね!!」と大きな声で手を叩くと直ぐに部屋の外に出て行った。


窓から入り込む風がエヴァリスの赤らんだ顔を心地よく撫ぜる。



「セオリア様と一緒にいると心臓が持たないわ…。」



その後、王宮の医師とヴァレリーがエヴァリスの元を訪れると改めて診察が行われた。やはり記憶が戻ってきており、それに伴い虹の魔法の力も元の水準に近付きつつあるとの事だった。しかし思い出すきっかけは様々で何がきっかけなのかはエヴァリスにも分からない。


「強い感情に触れると脳が刺激されます。あくまで無理は禁物ですがエヴァリス様の手助けになるやもしれませんね。」


「今度久しぶりにエデンに連れて行こう。浄化した花たちもエヴァリスに会うのを心待ちにしているよ。」


ヴァレリーの言葉にエヴァリスは静かに頷きながら、頭は別の事を考えていた。自身の記憶喪失の経緯については概ね聞いて理解している。が、今回の事で他でもない、エルメルダの事についても記憶が戻ったことをエヴァリスは隠していた。セオリアの部分は相変わらずモノクロのままだが、エルメルダから受けてきた仕打ちやケイネン家で生活してきたことなど。モノクロが徐々に色づけば、また新たに複雑な気持ちも蘇る。




エヴァリスが魔力を使い果たし眠りについたその日。

兵によって家族と共に引っ立てられたエルメルダは、転がるように女王ルシエラの前に膝をつく。


「私に触るんじゃない!この出来損ないども。こんな事をしてただで済むと思わないで!お母様、お父様助けて。」


「やめて、私の娘を離しなさい。白の聖女を幽閉だなんて女王も気がふれたのね!エルメルダを返して!!」


髪を振り乱し、泣き叫びながら引きずって行かれるエルメルダを見て母のマチルダは愚かにも女王につかみかかろうとするのを騎士たちに抑え込まれた。それを必死に引き止めながら父のオルランもセオリアに唾をまき散らす。


「セオリア様!あんまりです。エルメルダはこれまで国のために誠心誠意尽くしてまいりました。そんな娘にこの様な濡れ衣を着せるなど。あってはなりません。」


「お黙りなさい。」


女王であるルシエラは未だかつて聞いたことがないような大きな声を張り上げた。

大混乱の庭園が一度にして静まりかえり、エルメルダ達はひゅっと息をのんだ。


「罪人たちを南の塔へ。処罰は追って伝える、ケイネンに関する全ての親族を捕らえよ。関係者に尋問を行いエルメルダに加担した罪人を私の前に一人残らず連れてきなさい。」


「い、いや!!セオリア様助けて。」


それを聞いたエルメルダはガタガタを震えながら、呆然自失する両親と共に連行されていった。



エルメルダはあの事件以来、白の魔法が完全に枯渇し今は南の塔に幽閉されている。またハレオンの国に100年ぶりに誕生した白の魔法を自身の欲で穢したことは国への大罪であり、もちろんそれに関わったケイネン家は没落することが決まったのだ。触接生贄を使いエルメルダに加担した叔父であるキースもまた然りエルメルダと共に牢で生活を送り審判を待っている状態だった。


今も南の塔からはエルメルダが喚く声が響いているという。

エヴァリスは且つて家族と呼ばれていた人々に思いを馳せる。エルメルダへの審判はもうすぐ目の前に差し迫っているのであった。


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