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3 不敵なお茶会

太陽の光が燦々と差し込むテラスで一人、エルメルダはテーブルの上に置いてあるティーカップの横をトントンと退屈そうに叩き続ける。


この王宮の中庭には、大の花好きで知られた先々代の女王のために当時の王様が国中の庭師を集め3年がかりで完成させた庭が存在する。


テラスの周りには小さい池や噴水があり、季節にかかわらず美しい花をいくつも咲かせるという。

エヴァリスも何度かセオリア達と勉強をするために王宮に来た際に見たことがある。それは随分昔のことだがこの楽園は10年以上の月日がたっても形を変えることなく美しく花を咲かせ続けていた。



「エルメルダ様、セオリア様がいらっしゃいました。」




その言葉にエルメルダはぱっと顔をほころばせる。直ぐに身なりを整えていると、向こうから長い脚で歩いてきたセオリアは書類をリタールに手渡すと何かを小声で指示する。



「エルメルダ遅くなった。」


「セオリア様、お待ちしておりましたわ。」



エルメルダは真っ赤なドレスをはためかせて、セオリアの元へ駆け寄った。その時、ドレスの裾を踏んでしまったのかエルメルダは少しよろけるとセオリアの胸の中にしがみつく。「ごめんなさい、お会いできたのが嬉しくて…。」と目をうるませながらセオリアにもたれ掛かれば、宮中で手厳しいと言われているメイド長のマリアンナの眉間に僅かにシワが寄る。


「走ると危ないよ。これからは気をつけて。」


「はい、そういたしますわ。」



困ったようにそう言ったセオリアにエルメルダは頬を染める。その様子をエヴァリスは遠くから見つめていた。その隣でガイデンは大きめの欠伸を噛み殺しながら「やれやれ」と苦笑いを浮かべる。



「また一段と演技に磨きがかかったな。」


「ガイデンやめなさいって。」




二人から目を離さずにエヴァリスは声を返す。


数カ月ぶりに顔を見たセオリアは何処か疲れが見られるものの、いつもの様に金色の髪をなびかせて穏やかに微笑んでいる。


あの地獄の継承式から数カ月後、エルメルダが正式にセオリアの婚約者になった。それまではエルメルダとセオリア、そしてエヴァリスの3人でよく遊んでいたものの、エヴァリスは幼馴染であったセオリアとの間に自ら線を引いた。






「エヴァ!!」


王宮でのマナー講習の後、エルメルダとともに迎えの馬車に向かっていた際。王宮の廊下でエヴァリスを待っていたセオリアの姿が目にはいった。目が合った瞬間、エヴァリスは慌てて来た道を戻る。

背中から聞こえる声を振り払うかのようにエヴァリスは廊下を早足で歩き続ける。後ろから駆け寄ってきたセオリアはとうとうエヴァリスの腕を掴んだ。



「セオリア、腕が痛いわ…。」

「待ってよ。どうして?…どうして僕から逃げる?」



困惑しながら息を切らすセオリアを見て、エヴァリスはふっと目をそらす。



「逃げてなどいません。忘れ物を思い出しただけです。」

「この前からずっと僕のことを避けているじゃないか?それにどうして敬語なんだ。」


「セオリア様、貴方は将来王になる方です。敬称を使うのは当然のことですよ。これまで私が世間知らずだったのです。」



別におかしなことじゃありません。感情なく答えれば、明らかに傷ついた顔をしたセオリアを見て本当は泣きそうになるのをエヴァリスはぐっと堪える。



「僕、エヴァに嫌われるようなことした?」


「…!そんなこと…。」




(エヴァリス、お前がいるとセオリア様に迷惑がかかる。それにあの方はエルメルダの婚約者だ。これからは不用意に近づかないように)




頬を染めるエルメルダの横で、父と母は私を見るとピシャリとそう言い放った。エヴァリスは分かりました…と答えると静かにスカートの裾を握りしめる。色無しの自分がセオリアの側にいてはいけない。ましてや婚約者が決まった今それは許されることでは無いのだ。



父の言葉を思い出したかのようにエヴァリスは首をふるとセオリアの腕を振りほどく。




「これから私に会っても声をかけないでください。」


「エヴァ…、どうして。」


「もう私から話すことはありません。急いでいるので失礼します。」




最後までセオリアの目を見ることなくそう言うとエヴァリスは走ってその場を後にした。


なおも呼び止めるセオリアの声から逃げるように、いくつもの角を曲がり、空いている書庫に飛び込むとエヴァリスは机に伏せって大声で泣いた。



「セオリア…ごめんね。ごめんなさい。」



涙と鼻水は行き場のない謝罪とともに机にいくつもの涙の染みを作る。あの時、あの地獄の中。「エヴァ、君は君だ。大丈夫。」そう言って私を唯一抱きしめてくれた人セオリアをエヴァリスは自身の手で手放した。





それからというもの、王の即位に向けて多忙になったセオリアと一介の使用人であるエヴァリスは顔を合わせることはあれど、挨拶程度で勿論会話もない。


たまにエルメルダの気まぐれで付き添うことはあっても、失礼だからセオリアとは目を合わせないように気をつけなさいとエルメルダに言いつけられてからはほぼ顔すら見ていない状態だ。




あくまで大人の対応をとってくれるがセオリアの方もきっと、失礼な態度を取ったエヴァリスに大層腹を立てていることだろう。何より彼には婚約者のエルメルダがいる。




「エヴァ、あなたも一緒にお茶をしましょう。」




久しぶりにセオリアの顔を見たからだろうか。そんな事を考えていると向こうからエルメルダがエヴァリスを呼びつける声が聞こえた。




「はっ?」




予想だにしていなかった事態にエヴァリスは困惑の表情を浮かべる。エルメルダの婚約が決まってから未だかつてお茶に誘われた事は一度もない。ガイデンも怪訝そうにエルメルダを見るとエヴァリスに小声で「どうする?」と声をかけた。



「いえ、私は警護の途中ですから。」




ご遠慮致します、とエヴァリスは頭を下げるとエルメルダに返事を返す。その様子にエルメルダは、ちらりとセオリアを見たあとニタァと笑いながらセオリアの方に身を寄せる。




「セオリア様、今日はせっかくなのでセオリア様とエヴァに私からお茶を振る舞いたいのです。…昔みたいに。良いですよね?」




昔みたいに…。その言葉にエヴァリスは余計に目を伏せる。セオリアは少しエヴァリスに目をやるとエルメルダに向かって微笑む。



「もちろんさ、エヴァリスこちらに来て座って。」




久しぶりにセオリアの口から自身の名前を聞いたエヴァリスはじとりと背中に汗をかく。周りを見なくても自分にじっと視線が注がれているのが分かる。それがどのような意味なのかも…。本音は絶対に近づきたくない、がしかしセオリアの手前何度も断るわけにはいかない。





「承知致しました。では一杯だけ。」



エヴァリスは意を決して、ゆっくりと二人が座るテーブルに行こうと足を踏み出す。そっと腕をひかれ振り返るとガイデンが「大丈夫か?」と目で尋ねる。



「大丈夫よ、一杯だけ飲んだらすぐ戻るから。」


心配してくれてありがとうとほほ笑む。

渋々腕を放したガイデンに小さく頷くとエヴァリスはもう一つリタールによって新しく用意された椅子に静かに腰掛けた。





「この3人でお茶をするなんていつ以来かしら?エヴァは覚えている?」

「いえ、とても昔のことですからもう忘れました。」

「セオリア様はチョコレートチップの入ったカップケーキがお好きでしたね。今日はセオリア様のために私が持ってきましたのよ。」


「よく覚えていたね。」


そう言えば、とお茶をそっちのけで昔の話をつらつらと言い重ねるエルメルダはたまにエヴァリスに質問を投げる。セオリアとエルメルダで広がっていく話のそれに淡々と答えながらエヴァリスは段々と心が冷たくなっていくのを感じていた。




今この状況は人から見てどの様に見えているのかと想像する。まるでクラスのいじめられっこが優しい人たちによって輪の中に入れてもらえる慈善事業のようなものだろうか。或いは身の程知らずの色なしへの呆れか…。エヴァリスは負の感情を押し込めるかのようにスカートの裾をぎゅっと掴んで目を閉じる。




すると、コトッと音がしてエヴァリスの前にこんがりと焼き色のついたアップルパイの乗ったお皿が置かれた。




「えっ?」




恐る恐る隣を見ると、セオリアがエヴァリスの目を見つめながら顔を覗き込んでいた。久しぶりに、実に数年ぶりに彼と目があいエヴァリスの喉がひゅっと音を立てた。




「食べて。エヴァリス、好きだろアップルパイ。」




「なんでそれを…?」




「だって小さい頃からよく食べていたじゃないか。美味しいって言って僕の分も食べてただろ。」




その場面を思い出したかのようにセオリアがふっと笑みをこぼす。顔つきが大人になってもセオリアはあの頃と変わらず優しく笑うらしい。その優しい表情にエヴァリスはただ固まってじっとセオリアの顔を見つめていた。





「そろそろお茶を入れますわ。」



引きつった顔でそれを見ていたエルメルダは笑みをたたえたままテーブルクロスの下でエヴァリスの足を蹴るとティーポットを取りに席を立つ。


エヴァリスは暫しの安らぎから現実に引き戻されるとまたセオリアから視線をそらす。



エルメルダによって淹れられた紅茶がティーカップに注がれる。華やかな香りを纏わせながら金色の色をしたそれは口にすると円やかに広がる。




「美味しいね…。これはどこの茶葉?」




「隣国で流行っているアリス茶です。香りがとても良いのでセオリア様のお疲れを癒やして差し上げればと思いました。おかわりもありますから。」






エルメルダが満足そうに微笑むと、メイドが替えのお湯を容器に入れてこちらに持ってくる。


その刹那、エヴァリスはメイドが白い手袋をつけていることに気づく。王宮の従事者リストは事前に頭の中に叩き込んである。その顔を見ればいつものメイドではない。それからは一瞬の出来事だった。


メイドは煮えたぎるお湯の入った容器を勢いよくエルメルダに向かって投げつけたのだ。



「危ない。」




エヴァリスはエルメルダをかばうように前に立つと、投げられた容器を咄嗟に手で弾いた。熱い湯が手にかかり顔をしかめるが、エヴァリスは直ぐに洋服の下に隠していた短剣を引き抜くとメイドに向かって投げる。




「ギャアーーーー!!」




短剣は逃げようとしていたメイドの左足に突き刺さり、女は呻きながら倒れ込む。直に別の護衛が女を抑え込むと女は大声を上げながらエルメルダを睨みつける。




「離せ。この嘘つき女が。聖なる力なんて言って、あたしの息子を見殺しにしたくせに。離せって言ってるだろ。」


「女を縛り上げて牢にいれろ。」

「お前のその忌々しい顔を醜くしてやろうとしたのに!」



エヴァリスの背中でガタガタと震えるエルメルダ。女は引きずられ見えなくなるまで大きな声で罵倒の言葉を口にしていた。




「エルメルダお嬢様。」




ナチェスはエヴァリスを押しのけると涙をポロポロ流すエルメルダを抱きしめる。震えてはいるものの幸いエルメルダに怪我や傷は無かったようだ。周りの人々がエルメルダの無事を確認しているのを見てエヴァリスがほっと胸をなでおろす。



「エヴァ、手を貸せ。まともに湯がかかっただろ。」




ガイデンが直ぐ様エヴァリスの元へ駆け寄ると赤くなった手を見て顔をしかめる。

アドレナリンが出ていたせいか始めは感じなかった手の痛みがジンジンと熱を持っていくのがわかる。



「まぁ、大丈夫よこれくらい。」

「俺が魔法で冷やすから見せてみろ。」




エヴァリスは素直にガイデンに手を差し出そうとしたその時、何者かがエヴァリスの反対の手に触れた。驚いて見ればそこには険しい顔をしたセオリアの姿があった。エヴァリスは驚いて目を見開く。




「腕を見せて。」


わからない。よくわからないがセオリアが自分の手に触れている。

そしてどうやら怒っているらしい。何も言わずに目を逸らせば、ぐいっと右の袖を捲られる。慌てて離してください…!と抵抗するも、腕に響く熱湯を被った痛みに顔をしかめる。セオリアは大きなため息をついた。



「無茶するから。」


そういうと、セオリアはエヴァリスの手に右手をかざすと魔法で氷のベールを纏わせる。痛みとは違うもので身体は強張るものの、ジンジンと熱を持つそれが仄かに和らいでいくのを感じる。なおも顔をしかめながらエヴァリスの腕を優しく介抱するセオリア。情けなさと気まずさに、視線を逸らしながらポツリと謝罪の言葉を口にする。



「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」


「…君って人は本当に。」




呆れた様に呟いたセオリアにエヴァリスは顔を曇らせる。そして腕が掴まれたままだった事に気付き慌てて手を引っ込めるとセオリアから距離を取る。行き場を失ったセオリアの手がゆっくりと降ろされると同時に、エルメルダが泣きながらエヴァリスに抱きついた。



「エヴァ、私のために傷つけてごめんなさい。今貴女の怪我を治すわ。」




そういうと、エルメルダはエヴァリスの火傷をした手を握って祈りを唱える。すると白い光とともに先程まであった痛みが嘘のように消えていく。



「エヴァ、どうかしら?もう痛くない?」

「はい、問題ございません。ありがとうございます。」

「何を言うの!貴方は私のたった一人の大事な姉なのよ。エヴァに何かあったら私は…。」



心なしか幾分いつもより大きな声でそう言うとエルメルダはまた優しくエヴァリスを抱きしめる。周りからは素晴らしい姉妹の愛だの、色なしの妹にも平等に接するエルメルダの心の広さについて口にされているのだろう。




何処か遠いところで皆の声を聞きながら、まだ何処か右手にひんやりと冷たいベールを感じるのは勘違いだろうか。ふとセオリアの方を見れば護衛に指示を出しながらリタールとともに話をしている。エルメルダ主催のお茶会はこうしてバタバタと予定よりも早く終わりを迎えたのであった。

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