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38 王宮での生活

目を醒ますとまだ外はほんのり闇が残り一足早い朝を迎える。記憶をなくしてもエヴァリスは昔と同じく、毎日人よりも少しだけ早く起きる。

天窓の付いたふわふわのベッドに、一人で使うには些か大きい部屋。ここはエヴァリスが全てを忘れ目覚めた時から与えられた王宮の一室だ。トントンとノックが聞こえメイド服を着たライラがニコリとほほ笑む。


「エヴァリスお嬢様、お目覚めですか?」


「ライラさん、おはようございます。」


「祭司の天気予報によれば、今日は一日とてもお天気が良いそうですよ。」


お散歩には持って来いですね、そう言ってライラはカーテンを開ける。窓から少しずつ光が差し込むとエヴァリスの虹色の髪の毛が揺らめきキラキラと光栄を放っていた。


「あの…私、時間になるまで本を読みますからいつも早く来なくても大丈夫ですよ。」


「いつもの時間に来るとお嬢様は全てのお仕度を完璧に整えられていて、ライラがすることが無くなりますからね。それにこれから祈祷に行かれるのではないですか?」


どうやらライラにはエヴァリスの考えていることはお見通しのようだ。ふふんと鼻を鳴らすライラに思わずエヴァリスは笑みをこぼす。エヴァリスは毎朝早く起きると祈祷を捧げに神殿に赴く。一部の人間しか知りえないことだが、黒の王であるフェルテを浄化した時にシェルバの生まれ変わり(言うなれば器)であるエルメルダの魔力がエヴァリスの中に流れ込んだ。ヴァレリーが言うにはそれはまだほんの一部であり生まれたばかりの状態だという。過去にも複数の魔法を使える魔法使いは存在しているが、その多くは大人になるにつれてどちらかがもう一つの魔法に吸収されることが多い。


「種に水をあげるように育ててみればいい。」


ヴァレリーはそうエヴァリスに告げた。これが一時のものであるかは誰にもわからないが、自身に宿った新しい魔力を高めるためにエヴァリスは今日も祈りを捧げる。

白の式服に着替えライラと共に神殿に向かうと、廊下のランプがエヴァリスの足元を照らすようにひとつずつ明かりが灯る。最奥まで進み部屋の前の騎士に頭を下げれば、騎士はエヴァリスの顔を確認するとお辞儀をして道を開けた。この先に入れるのは、祭司と祈祷を捧げることが許されたものだけ。


「お嬢様、行ってらっしゃいませ。ライラはここでお待ちしております。」


「ありがとう。行ってきます。」


エヴァリスはライラに自身の上着を渡すと様々な水晶に彩られた神殿の中に足を踏み入れた。順番に神殿を守りながら結界を確認する祭司に静かに礼をすると、祭司はそれを見て神殿の中心をエヴァリスに明け渡す。自身の虹の魔法を解放し今日もハレオンの国が平和で過ごせるようにと願う。これがエヴァリスの一日の始まりであり欠かさずに行っている事だ。



「エヴァリス様、朝食のお時間です。」


今朝も祈祷を無事に終え、部屋で休んでいるとリタールが部屋を訪ねてきた。


「分かりました。伝えていただいてありがとうございます。」


「いえ、もとはセオリア様の強引なお誘いですから。自身のお部屋でお召し上がりたい時は遠慮なく仰ってください。」


「そんなことはありません、今行きます!」


エヴァリスの代わりにライラが大きな声で返事をすると、リタールはこほんと咳をひとつ。苦笑いをしたままリタールに続いて部屋に入るとセオリアが既にテーブルについており、エヴァリスの顔を見て手を振る。「時間がある時は一緒に食事をしよう。」それは他でもないセオリアからの提案だった。こんがりと焼かれたパンにソーセージ、そしてスクランブルエッグ。


「「いただきます」」


セオリアとエヴァリスはこうして、セオリアの時間があう時に一緒に向かい合って食事をとる。最初は緊張してせっかくの美味しい料理の味がしなかったが、最近では好きな本の話やセオリアから聞く街の様子など穏やかに食事をすることが出来るようになってきた。これもまたセオリアの優しい人柄ゆえだとエヴァリスは感じていた。



「今朝も神殿に行って祈祷を捧げたそうだね。毎朝必ず来ていると祭司から報告があったよ。」


「すみません、祭司様のご迷惑になっていましたら控えます。」


「とんでもない、むしろ逆だよ。皆エヴァリスの魔力とその人柄に感心しているんだ。」


エヴァリスは恐れ多いと首を振るが、セオリアの元にはメイドを始め宮中からエヴァリスについての報告が上がっている。そのどれもがエヴァリスの誠実な対応と慈愛に満ちた人柄をほめたたえる内容ばかりだ。エヴァリスの存在については表向き「虹の魔法の保護」という事になっているが、セオリアはエヴァリスが周りの人たちに評価され、愛されるのを見ると自分の事の様に嬉しさを感じていた。



「今日の予定は?」


「お天気が良いので王宮の庭園を散策したいのですがよろしいでしょうか?」


「勿論さ。ライラとガイデンも一緒に行くと良い。」


ありがとうございます、とエヴァリスは礼をする。基本的にライラがいれば王宮の中は自由に動くことが出来る。まだ街に行くことは許可されていないが、リオンと一緒に移転魔法を使って月に数回教会に顔を出すこともできる。記憶をなくしたエヴァリスにとっては申し分ないくらい幸せな空間だった。



「今日は会議があるから昼食は一緒に取れないんだ。夕食には間に合わせるから待っていて。」


「分かりました。お待ちしています。」



エヴァリスが頷くとセオリアは嬉しそうにほほ笑んでパンを口にした。

その時エヴァリスも一緒に食べたパンにレモンジャムがのせられており、その香りにどこか懐かしさを感じた。


『僕、レモンジャムって好きなんだよね…』


男の子がサンドイッチを大きな口で頬張る姿。



「レモンジャム…。」


エヴァリスはパンを見つめながらぽつりと呟いた。そのままじっとパンを見ているエヴァリスにセオリアは気にかけるように顔を見る。「どうかした?」。エヴァリスは慌てて何でもないと笑うと爽やかな香りのするレモンジャムを口にする。穏やかな食事はあっという間に終わり、最愛のエヴァリスに見送られ名残惜しそうにするセオリアはリタールに促されて政務に出かけて行った。



「セオリア様ってあぁいうタイプだったのですね。」


「タイプ…というと?」


「んー、駄々洩れってことです。」


ライラは半ば呆れるようにやれやれと首を振る。しかしどこか嬉しそうな様子でもある。

後に合流したガイデンと共に三人は王宮の庭に足を運んだ。庭園では色とりどりの花が咲き乱れ、蝶が舞い、心躍る花の香りに満たされていた。


三人でゆっくりと歩きながら、エヴァリスはガイデンとライラが笑いながら話してくれるセオリアやヴァレリーなど様々な人たちの話を聞くことが楽しみだった。


「そしたら、ガイデン様がリタールに向かって水をかけて…」


話しに夢中になっていたライラは、笑顔で聞き入るエヴァリスを見ると慌てて足を止める。


「申し訳ありません!ベラベラと一人で喋りました。」


「ライラが一方的に話すのは今に始まった事じゃないだろ。エヴァリスだって分かるさ。」


ガイデンはそういうとエヴァリスに笑いかける。どこか不服そうなライラだが、エヴァリスが楽しそうに話しを聞いている様子を見てほっと胸をなでおろした様子だ。


「いえ、お二人から話を聞かせてもらえるのが楽しいのです。もしかしたら過去に私もその景色を見ていたのかもしれませんがどれも新鮮で。」


「確かに、同じ話をまた初めて聞けるのも良いじゃないか。」


セオリアとの食事の時間や、教会の景色を見た時にふと頭の中に何かが過るときがある。

それが過去の記憶なのかはまだ分からないが。エヴァリスは少しずつ心を許している二人に記憶の事について口を開いた。


「やはりお嬢様の記憶が少しずつ戻ってきているという事でしょうか?」


「そうかもしれないな。まぁどちらにしても焦っても良い事は無い。エヴァリスは自分がやりたいようにやったらいい。」


「ありがとう、そう言ってもらえると心強いです。」


あの日、忘却魔法が解かれヴァレリーやリオンと共に結ばれていた口封じの契約が効力を失ってからも、近しい人間はみなエヴァリスの秘密を口外することはない。エヴァリスは記憶をなくしても尚、ガイデン達と言葉を交わすと言いようのない安心感を覚えている。誰もが皆、エヴァリスの自由を願い幸せでいてくれることを望んでいるのだ。


外に出て少し疲れたのか、エヴァリスは長椅子に横たわると小さく寝息を立てた。ライラはそっとブランケットをかけるとガイデンと共に静かに部屋を後にする。廊下を歩きながら、どこか浮かない顔のライラを見てガイデンはほほ笑んだ。



「心配するな、エヴァリスの体力や魔力は順調に回復している。」


「はい…。でも、もともとお嬢様は全部を一人で抱え込んでしまうきらいがあります。記憶を失ってもそれは変わらないようです。」


「エヴァリスは最近良く笑うようになった。きっとライラが側にいて助けてくれていることに感謝していると思うけど。」


ライラはとんでもないとぶんぶんと首を振る。エヴァリスに対する愛情はセオリアにも劣らない自信がある。しかし虹の魔法で魔物を浄化しているときも、自身では直接エヴァリスを助けることが出来ないことにライラは秘かに悩んでいた。



「リタールが言っていたが、今度隣国から客人が来るらしい。ハレオン王国も少しずつ国通しでの交流を進めていく計画があるんだろう。」


「お客様ですか?それはまた珍しいですね。ウルワライとは色々ありましたから。」


「きっと観光も兼ねるだろう。町の中心部も案内すると思う、エヴァリスも街に行けると良いな。」


「そうですね!!私、リタールにお願いしてきます。」


ライラはそういうと勢いそのままにリタールを探して王宮を走っていく。マリアンナに見つからないようにと声をかけるが時すでに遅し、ライラの姿は既に見えなくなっていた。リスクヘッジを仕事とするリタールと、当たって砕けろ精神のライラは、お互いの主人への忠誠心も相まって事あるごとに衝突を繰り返す。これから繰り広げられるであろう二人の会話がもはや想像できる。ガイデンはくすくすと笑うと自身も剣術の稽古に赴くのだった。


その夜、セオリアと共に食事をとっていたエヴァリス。セオリアはいつもの様に今日エヴァリスがどんなことをしていたのかを尋ねながらその話を微笑みながら聞き入る。国の情勢やセオリアがしている政務の話はもちろん彼の口から話されることはない。ただ二人で他愛のない話をしながらおいしい食事を食べる。


「それで、今度ジプナル国から客人が来ることになったんだ。」


なのでセオリアからその話が出てきたエヴァリスは驚いた。


「ジプナル国と言えばあまり他の国と交流をしてこなかった国ですね。製糸が有名でジプナルと言えばハレオンもたくさんの布や糸を輸入していましたね。」


「エヴァリスは本当に勉強熱心だね、もうそこまで覚えたのか。確かにジプナル国製糸の名産国だが他にもいろいろあってね。」


「確か魔法とは違いますが、あちらにも魔力を使える方がいらっしゃると伺った事があります。」


「そう。それこそ王族の家系でしか継承されないものらしいね。その多くは隣国でもあまり知られていない。ハレオンもウルワライとの協定を結ぶ時にジプナル国の王に力を貸してもらった。今回は王族を招待して交流することになったよ。


女王のルシエラは、生前、まだセオリアの父アントニオ国王が国を束ねていた頃からジプナル国のルモネ王妃と仲が良く今現在も手紙や贈り物をやり取りする仲だという。セオリアの話を聞いてエヴァリスはそれは楽しみですねと笑い返した。


その後、正式にジプナル国から来賓が来ることが国に知らされ各所で女王のルシエラたちを迎える準備が始まったのだった。厨房では料理長のモーロたちが晩さん会のメニューを決めるのにまたもやあーでもないと頭を抱えている。王宮の中はハレオンの伝統的な装飾に彩られ、庭園の花たちはさらに瑞々しく彩られる。

ルシエラはバルコニーからその様子を眺めると嬉しそうに鼻歌を歌っていた。女王であるルシエラは女の子も欲しかったと言って、度々エヴァリスをこうして話し相手として部屋に招き入れる。



「ルシエラ様、ルモネ王妃が来られるとお聞きしました。とても楽しみですね。」


「セオリアも一度ルモネに会った事があるのだけどこんなに小さい頃だったからね。きっと覚えていないわ。」


そう言ってエヴァリスにほほ笑んだルシエラ。その間マリアンナはテキパキとカップの中に紅茶を注ぐと、二人の前にお茶菓子が置かれる。ルシエラは紅茶に口をつけると「いつも通り完璧ね。」とマリアンナにウィンクを返す。はしたないですよと言わないもののマリアンナは小さく眉を下げエヴァリスの前にも紅茶を差し出す。



「いただきます。」


と口をつけると、エヴァリスは目を丸くしてマリアンナの方を見る。


「マリアンナ様!素晴らしいです。どうしてこんなに美味しいミルクティーが淹れられるのでしょうか?ミルクの温度ですか?それとも…。」


急に饒舌になったエヴァリスは目を丸くして固まっている二人を見て椅子に座り直す。


「も、申し訳ございませんあまりの美味しさに興奮しました。」


それを見たルシエラは口元を扇子で隠しながら大きな笑い声をあげる。「マリアンナこんなに褒めてもらえるなんて私まで嬉しいわ。」ルシエラの笑い声は止まらない。耳を赤くしたエヴァリスにマリアンナは静かに口を開く。



「前にもお伝えしましたが、ミルクティーを美味しくいれるポイントはミルクを常温にしておくことです。」


「そうでしたか。よろしければ色々教えてください、私も美味しい紅茶の淹れ方を学びたいです。」


「では次回の作法の時間に淹れ方をお教えいたしましょう。」


前にもお伝えしましたが、の部分が気になるところだが。

エヴァリスが「ありがとうございます」と少し恥ずかしそうに礼を伝えるとマリアンナは秘かにほほ笑んだ。ルシエラは自身は飲む専門なのだと言ってもう一度美味しそうにマリアンナ特性の紅茶に口をつける。

その後も庭師たちはバルコニーから久方ぶりに漏れ聞こえるルシエラ達の笑い声を聞きながら丹精込めて花々に水を与えるのであった。


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