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37 大封印の代償

教会では今日も子どもたちの楽しそうな声が響き渡る。

テイル達が魚釣りに行こうと嫌がるリオンを引きずっていく様子を笑いながら、少女達はワクワクしながら木陰に列を成していた。キャラメル色のふわふわとした髪の毛を優しくブラシで梳きながら、虹色の髪の毛を揺らすエヴァリスは手際よく髪の毛を編んでいく。



「はい、出来たわ。リボンも編み込んであるわよ。」


「凄い、エヴァリス先生!!可愛い!!」



手鏡を見た少女は嬉しそうに頬を赤らめるとエヴァリスにお礼を告げ、意中のテイルに見せに行こうと池の方へと走る。転ばないようにね、と声をかけると順番を待っていた子どもが直ぐに椅子に腰かける。


「さてサリー、ご注文は?」


「私、シニヨンにして欲しい。」


それを聞いてエヴァリスは勿論よと笑いかけると、ピンを手に取る。穏やかな日差しが差し込むハレオン国。

数か月前にあったエルメルダの大祝福の儀で壊された町は徐々に修復されている。そしてハレオンの国は大きな戒めと引き換えに復興を進めているところだ。


最後に並んでいたミュエルの髪の毛をまとめ終わると、エヴァリスはほっと息をついた。それを木陰から見守っていたガイデンは日よけにしていた大きな葉をどけた。


「ガイデン様、お休みになってくださって良いのに。」


「気にするな、俺は今エヴァリス様の専属の騎士ですから。それから敬語!また忘れてるぞ。」


「そうでしたね、ごめんなさ…あ。ありがとう。」



それで良いと頷くとガイデンは大きく伸びをした。ガイデンは親しみやすい性格だがやはりまだ慣れない…。どう話を広げようかと迷っていると遠くの方からライラが大きな声でエヴァリスとガイデンに声をかける。



「エヴァリスお嬢様、そろそろ昼食のお時間です。」


「もうこんな時間!今行きます。」


ライラに大きな声で返事をするとエヴァリスは急いで教会に戻る。次は自身が髪の毛を結われる番になりエヴァリスは居心地が悪そうにもぞもぞと動いた。エヴァリスの黒く染まっていた髪の毛は「大封印」の魔法を使ったその日から虹色のまま戻ることがなくその色をとどめていた。毎度のことながらエヴァリスにたくさん喋りかけ、一人百面相するライラを見てエヴァリスは口を開く。



「あの…ライラさん。私自分でもできます!今日は礼拝堂の食事当番があったのでは?」


「何をおっしゃるんですかお嬢様!ライラにとってお嬢様のお仕度以上に重要なものはこの世に存在しません。それに今日はカレーとやらを作るんだと王宮の料理人が意気込んでいますから。ライラの出番はありません。」



心配しないでください!と鼻を膨らますライラにエヴァリスは苦笑いの表情を浮かべる。ささやかな抵抗をやめてなすが儘にされれば、暫くすると綺麗に整えられた髪に青いリボンが巻かれる。


「ライラさんは天才ですね。こんなに綺麗にしてくださるなんて。」


エヴァリスが素直に感想を伝えると、ライラの顔が一瞬だけ固まり、直ぐに満面の笑みに変わる。


「それはエヴァリス様がお美しいからですよ!それにこれからセオリア様にお会いするのですから飛び切りおめかししていかないと。」



そう、問題はそれなのだ。

全ての支度が終わるとライラは「美しい!!」と手を叩いた。ライラの声を聞きつけてリオンが部屋のドアをノックする。


「もう、時間になったよ。準備は出来た?」


「リオン見てください!妖精を作ってしまいました。」


真顔でそう言うライラに、リオンはいつもの様にやれやれと首を振ると壁掛け時計を指さす。


「これ以上遅れたら俺、誘拐罪でセオリア様に捕らえられるよ。」


「リオンすみません…お手数をおかけします。」


別にエヴァリスが謝ることじゃないよ、リオンはそう言って笑うと自身の手をリオンに差し出す。エヴァリスがその手を取ると移転魔法が発動し2人の目の前には大きな王宮の門が現れた。緑豊かな香りが街中の香りに変わりエヴァリスの足が石畳を踏むと、向こうから息を切らしたリタールが走ってくるのが見えた。


「遅い!!」


リタールは息を切らしながら、リオンを見てズレていた眼鏡を戻す。「毎度のことながら過保護すぎないか?」とリオンが呆れた声を出す。


「リオンは知らないんです。エヴァリス様のお帰りが遅くなればなるほどセオリア様はご自身で迎えに行くと言って聞かないんですから。」


「束縛の強すぎる男は嫌われるよ。」


不敬ですよ!!と牙をむいたリタールから逃げるように、リオンは移転魔法を使った。

暫しの沈黙。

困ったように残されたエヴァリスに気づいたリタールはひとつ咳をすると「まいりましょう、セオリア様がお待ちです。」と恭しく頭を下げた。

リタールに案内されて王宮の庭園に到着すると、テーブルの近くで行ったり来たりしていたセオリアはパッと顔をほころばせて足早にエヴァリスの元に向かう。


「エヴァ!」


「ごめんなさい。お約束の時間に遅れてしまいました。」


「気にすることはないよ。こうしてエヴァを待つことが出来るのも私の幸せなんだ。」


セオリアはそういうと、エヴァリスを優しくエスコートしながら既にランチが用意されているテーブルに促す。

椅子を引かれ、慌てて申し訳ないと首を振るエヴァリスに無言のままニコニコと笑顔を向けるセオリア。仕方なく素直に椅子に座ると、二人の前にパンやサラダがのった皿が次々に運ばれてくる。


「今度の教会の食事配給に王宮の料理人を何人か派遣することにしたよ。」


「よろしいのですか?」


「あぁ、それからヴァレリーから話があった。新しく子どもたちのための学校を建設する計画もある。エヴァ、君にもぜひ協力してもらいたいんだ。」


そんな大役を任せてもらって良いのだろうかとエヴァリスは恐れ多いが、子どもたちに勉強を教えるのは楽しい。それにこの生活にも少しだけ慣れてきた所ではある。「やってみたいです。」と答えればセオリアは「もちろんだよ。」と満面の笑みを浮かべた。



「今日はそのリボンを巻いているんだね。」



セオリアは食事をしながらエヴァリスの髪を飾るリボンを見る。



「えぇ、ライラが結んでくれました。」


「それは僕が以前、エヴァに贈ったものなんだよ。」


「そう、だったのですね。ありがとうございます。」



エヴァリスが答えればセオリアは「次はもっと良いものを贈らせて。」と嬉しそうに話す。

それにぎこちなくほほ笑みながら、目の前にある苺タルトをフォークで突いた。


黒の王を浄化し、諸悪の根源を封印する大魔法のおかげでハレオンの国は大きな危機を脱した。エヴァリスが同時にかけた虹の魔法はハレオンの人々の傷を癒し、国を守る結界はこの先何百年、魔物や侵入者からハレオンの国を守り続けることが出来る。 


しかし、未だかつて誰にも成しえなかった膨大な魔力を使った代償は大きいものだった。



エヴァリスが数か月の眠りから覚め、目を開くとそこは大きなベッドの上だった。エヴァリスが目を開けると、それに気付いたセオリアは涙声になりながらエヴァリスに声をかける。


『エヴァ!エヴァ!目を醒ましたんだね。』

『…。』


無言のままのエヴァリスの手を震える手で握りながらセオリアは自身の額にそれをつけて、ただ「良かった…。」と涙声で繰り返した。寝ぼけまなこのまま視線をさ迷わせるエヴァリスを見てセオリアは安堵のため息をつく。



『待っていて、今医師を呼んでくる。』


『あの…どなたでしょうか?』


掠れた声でそう呟いたエヴァリスにセオリアは言葉を失った。頭が混乱しているのか、セオリアは焦る気持ちを抑えてエヴァリスに話しかける。


「何を言っているんだ。エヴァ、私はセオリアだよ。」


「セオ、リア?…ここはどこでしょうか?」



明らかにエヴァリスが困惑するのを見て、セオリアは益々焦った。急いで王宮の医師を呼び容体を確認させれば、衰弱は激しいが特に身体自体に問題はないとの判断だった。その時一報を聞きつけたヴァレリーが部屋の中に入ってきた。ヴァレリーもまたエヴァリスに対して幾つか質問をするが、答えは同じ。エヴァリスは、セオリアと同じようにヴァレリーの事も記憶から消えてしまっているようだった。どうやら辛うじて自身の名前はいえるようだが、自身の過去はもちろん、虹の魔法に至るまでまるで記憶がない状態。


話をするのも億劫なのだろう。その後、また直ぐに眠りについたエヴァリスを見て、ヴァレリーはセオリアに口を開く。



「エヴァリスは代償を支払ったようです。」


「それは以前言っていた大封印の魔法を使用したから…と?」


「それだけではありません。エヴァリスは大封印の他に、とてつもない魔力で人々の傷を癒しハレオンの国に大きな結界を張りました。これは向こう何百年と消えることはありません。それほどの魔力を一度に使ったのです。本音を言えば生命を失う可能性も大いにあったでしょう。」


「その代わりに記憶が無くなったと?」



それはいつか戻るのでしょうか?セオリアの言葉にヴァレリーは静かに唸る。今エヴァリスは全ての記憶を失っているが、それが元に戻るのかは誰にも分からなかった。このまま戻らない可能性も十分にある、その言葉にセオリアは絶望を抱いた。現在分かっていることは、エヴァリスの魔力はほぼ枯渇しており回復には時間がかかること。それを見守るしかないのだと。それともう一つ。


「儂が以前エヴァリスにかけた忘却魔法は膨大な魔力に触れ解かれました。既に行方不明だったエヴァリス様の存在と、虹の魔法が知れ渡っています。」


エヴァリスが力尽き、意識を失った瞬間。ヴァレリーの魔法が解け、エステルの身体が元のエヴァリスに戻ったことでその場にいた騎士たちや多くの人からどよめきが上がった。王宮内に硬いかん口令を敷いたものの白の魔法をつかうエルメルダがその魔力を失い聖女及び直女王候補の資格が正式にはく奪された今、エヴァリスの存在が国中に知れ渡るのは時間の問題だった。



「考えるにエヴァリスにとって一番価値があるものが対価となったのかもしれません。」


「価値のあるもの…。」


「エヴァリスにとって友や大事な人間への愛情がそれだったのでしょう。」


「…これからは私がエヴァリスを守ります。」



セオリアは細く白いエヴァリスの手を握りながら、新たに決意を固くする。幼い頃からずっと考えていた。必ずやエヴァリスを自由にすると。彼女の命が危ういと言われたこの数か月、毎日エヴァリスの元に通いその手を握り回復を祈った。あの時、セオリアを真っすぐに見つめて『愛している』と言葉をくれたエヴァリスの顔を、声を片時も忘れた事は無い。



「ヴァレリー、貴方に頼みたい事がある。どうか聞いて欲しい。」



その後セオリアが話す内容を聞いてヴァレリーは静かに目を閉じた。



「分かりました。そのお話お受けしましょう…他でもないエヴァリスの為です。」


「感謝する。約束しよう、私はこれから全てを整える。」



その後、ヴァレリーが正式に祭司長として王宮に仕えることになった。教会の管理は主に王宮が主体で行い、ヴァレリーを中心に管理することに変わりはないが、教会から派遣された従事者と共に、リオンの魔法薬の師匠であるガーナーも協力し様々なものが整えられていくようだ。また、エヴァリスは体力が回復するまでの間、安全管理のため王宮の中で生活することになった。ライラとガイデンは引き続きエヴァリスの側で、その護衛と身の回りの世話を手伝う事になった。


セオリアは苺タルトを美しい所作で食べ進めるエヴァリスをほほ笑みながら見つめている。


「セオリア様、私の顔に何かついていますか?」


「いや、ついていないよ。可愛いなと思って見ているだけ。」



破顔するセオリアに、エヴァリスは小さく咽ると逃げるように顔を逸らす。毎度のことながら、出し惜しみすることなく愛の言葉を囁くセオリアに免疫がないエヴァリスはいつも翻弄されてばかりだった。恥ずかしがるその耳がほんのりとピンク色に染まる様子が更に可愛らしくて、セオリアは溜息を吐きながら頭を抱える。言葉通り「ひとときも」離れたくない。



「エヴァ、今日は王宮の書庫を案内するよ。」


「よろしいのですか!?…でもセオリア様、お仕事がお忙しいのでは。」


「ご心配ありませんエヴァリス様。セオリア様はお嬢様に会いたいがために今まで見たことのない速さで書類を終わらせ…。」


リタールの言葉を咳払いでいなすと、セオリアは「口を閉じろ」と無言で笑う。記憶が無くなってもエヴァリスにとって知識を得ることは最高の幸せのようだ。過去に会得したことの大半は身体が覚えているのか、持ち前の能力の高さと勤勉さでまるで花の様にゴクゴクと知識を吸収しては、日々祭司の下で魔力の力を回復している。



「でも一緒にいたいのは本当。後で迎えに行くから部屋で休んでいてくれる?」


「分かりました。でもご無理なさらないでくださいね。」



心配そうなエヴァリスにまたしてもセオリアは胸を抑える。エヴァリスが王宮で生活するようになってから、セオリアのエヴァリスへの溺愛はもはや隠しきれておらず、女王のルシエラはお父様にそっくりねと呆れながらも喜んでいるようだ。


エルメルダの事件以来、久しぶりに王宮の中に穏やかな時間が流れ、リタールを始めみな誰もがエヴァリスとセオリア二人のやり取りを幸せそうに見つめていた。


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