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36 旅の果て


その様子を見ていたエヴァリス達は、辺りの魔力がより濃く息苦しいほどに強くなるのを感じていた。


紫色の霧が立ち込めナチェスがいた場所に目を凝らすと、むくりと人影が動いた。その瞬間、騎士たちが一斉に剣を抜き広場に緊張が走る。


「待て。」



ナチェスの異変に気付いたセオリアが声を上げる。それもそのはず、先ほど確かに自身の心臓に剣を突き立てたナチェスの姿はなく、漆黒の瞳を宿した男の姿に変貌を遂げていたのだから。周りの人間を気にする様子もなく男はじっとりとあたりを見回すと、自身の顔や体に触れて何かを確認する。

そして自身の足元で眠っているエルメルダを見つけるとその身体を抱き上げてその額にキスを落とした。



「あぁシェルバ何百年、何千年、この時を待ちわびた事か。」


男はエルメルダにキスの雨を降らせながら愛おしそうに気を失っているままエルメルダを抱きしめる。これがナチェスが言っていた黒の王の姿なのだろうか。あっけにとられていた周りを置いてセオリアが言葉を発した。



「黒の王、今しがたナチェスが貴方の封印を解いた。しかしこのまま好き勝手を許すわけにはいかない。」


「愚かな人間どもよ。私は元々この世界にお前たちが生まれる前から存在している。そしてお前たち人間は遥か昔、私の愛する妻シェルバを葬り私から奪い去った。何千年も同じような罪を繰り返す貴様らにはほとほと飽きた。その恨みを今晴らそう。」




言葉を終えるや否や、黒の王の身体から今までに感じたことのない力を宿した瘴気が弾け飛ぶ。それは人々を引きずり込むように瞬く間に国に広がっていった。視界が漆黒に染まり、瘴気に包まれ息もできないほどの憎悪や苦しみの中で、セオリアはエヴァリスを抱き込むと離れまいと力の限り抱きしめる。



「いつかお前に言ったな。お前の大事なものはそれかと。」


黒の王はそういうとセオリアを見つめる。あの時の魔物は、黒の王の声だったのか。

セオリアはぎりりと歯を噛む。



「自身の力の無さゆえに愛するものを失う悲しみを味わうと良い。」


「セオリア様。」


「エヴァリス心配するな、私が側にいる。」


苦しみの中でどうしてもセオリアはエヴァリスに伝えたいことがあった。真っ暗な暗闇にのみ込まれる中、エヴァリスはしっかりとセオリアの顔を見つめる。自身もセオリアを抱きしめ返せばセオリアの腕にさらに力がこもる。



「エヴァ、君の事を愛している。世界中の誰よりも。」


その言葉を聞いてエヴァリスは驚いた顔を浮かべる。そしてこんな状態でも自身に柔らかな微笑みを向けるセオリアに自身の胸が熱くなった。


「最後まで君を守る。もう二度と君の事を失いたくないんだ。」


エヴァリスも自身にとってセオリアがかけがえのない存在なのだと確信した。

セオリアに抱きしめられながら、深い絶望の中で一筋の光を見たエヴァリスの頭にヴァレリーの言葉が蘇る。


それは、過去虹の魔法を高めるための修行の際ヴァレリーから言われた言葉。


『エヴァリス様、これは他の誰にも他言してはいけません。この力を使う時は代償を大きく払います。』

『代償とは一体どんなものでしょうか?』

『それは誰にもわかりません。その力はまさに運命が決めるのです。』

しかし、貴方が本当に守りたいものがある時には…。



それを守る大きな力になるでしょう。




エヴァリスは目の前でほほ笑むセオリアの顔を脳裏に焼き付けながら、自身の心臓に虹の力を集める。

セオリアが慌ててエヴァリスの名前を呼べば、エヴァリスはそれに答えるように優しく笑って見せる。


「セオリア、ごめんなさい。最後のわがままを聞いてちょうだい。」


「最後ってエヴァリス?何を…。」


「ありがとう。貴方に出会えて私は幸せだった。」



愛しているわ。



エヴァリスがその言葉を口に出した瞬間、紫色の瘴気を突き破り虹色の光が黒の王の体を貫いた。エルメルダを抱きしめたままの王は身体の中の血が沸騰するような感覚に悶え苦しみ始める。自身の手を見れば、その指先から砂が零れていくかのように黒の王の身体が消滅していく。



「馬鹿な!そんなはずはない。」


虹色の光は弱ることなく空を駆け上りハレオンの国土全てを包み込む大きな虹色のオーロラに変わった。

息をすることもままならなかった瘴気から解放されてエヴァリスとセオリアは地面に足をつける。




「やめろ!もうシェルバを二度と失いたくない。」


消えかける身体でなおも、涙を流しエルメルダに覆いかぶさる黒の王。それを見たエヴァリスはドクドクと心臓の鼓動がまるで燃えているかのように熱を持ち思わず胸をおさえた。セオリアは焦ったように抱き留める。


エヴァリスの身体に流れ込んできたのは、黒の王とシェルバの走馬灯であった。




その昔、ハレオンの国で王子として育った男はある令嬢に恋をした。生涯でただ一人、一目見ただけで恋に落ちた。しかし王子には後に正式な婚約者が出来たため二人が愛し合い共に生きることは叶わぬ夢だった。二人はただお互いが幸せであればそれで良かったのだ。お互いが気づいていない場所から見つめる時間。王宮ですれ違う時に、少しだけ袖を触れ合わせる瞬間があれば他には何も必要では無かった。


しかし、それは一瞬にして砕け散る。


『シェルバ!!』



ベッドに横たわる愛おしい人。その冷たくなった亡骸を見て、王子フェルテは震える手でシェルバの頬を包み込む。しかし花のように笑う彼女は無表情のまま静かに目を閉じたまま言葉を発する事は無い。


『フェルテ様、お嬢さまは毒を盛られたようです。』

『毒!?一体誰がそんな…。』


!!

目を血走らせて医師に嚙みつけば、フェルテの頭にすぐさまあれが過る。そして急いでシェルバの左手を見るとその薬指には生涯贈るはずの無かったシェルバへの婚約指輪がはめられている。



『リナか…。』


部屋の中にいた者は恐ろしさに目を伏せ固く口を閉ざす。婚約者のリナは随分と前からフェルテとシェルバの関係を知っていたらしい。二人の純愛に嫉妬したリナはフェルテのメイドを金で買い、フェルテが大切に保管していた指輪を秘かに盗み出した。そして自身の魔法を使いその指輪に呪いをかけると睡眠薬を仕込んだ紅茶でシェルバを眠らせその指に罪の指輪をはめたのだ。


自身の愛を穢され、踏みにじられフェルテの中で何かが壊れた。


その後フェルテは自身の剣を手に持つと迷いなくリナの部屋に行きその胸に剣を突き立てた。逃げ惑うメイドを一人一人始末しながら、王宮の中を破壊して回る。幾多の騎士が王子の身体に傷をつけまいと、一瞬でも迷った人間から切られていく。騒ぎを聞きつけた王の命令で、自身の身体に矢を射られてもフェルテは痛みを感じなかった。


(憎い)


(憎い)


たくさんの血を浴びながら、全てを壊し、目の前の物を次々消していく。

シェルバがいないのなら。もう生きている意味など無いのだから。


たくさんの兵に囲まれたフェルテは、最後王の間に行きつく。王はすぐさま残りの兵をかき集めると王座の後ろに身を隠した。


『ま、待て!落ち着くんだこの愚か者めが。たかが女一人に誑かされて一体この事態どうするつもりだ。』



驚愕の顔を浮かべる王妃は「フェルテ…。」と名前を呟きながら腰を抜かす。自身とシェルバを引き裂いた両親に剣を向けると、ただひとり祭司長のバルカンがその前に立ちはだかった。



『フェルテ様、お待ちください。』

『どけ。お前も死にたいか。』



光のない目で血を流すフェルテにバルカンはニタリとほほ笑む。


『私がシェルバ様を生き返らせましょう。』


その言葉にフェルテは初めて反応を示した。



『少々時間はかかりますが必ずシェルバ様は生まれ変わります。私は貴方の味方ですよ。』


『シェルバが帰ってくるのか。』


『えぇ勿論です。私目にお任せください。』


その闇の力。貴方こそ黒の王に相応しい。

バルカンは興奮を隠しきれずに口元を緩めたまま恍惚の表情でフェルテを見つめる。


『分かった。バルカンお前に任せよう。必ずやシェルバを私の元へ連れて来い。』


そう言ってフェルテは自身の剣を手放した。その途端、王の指示で一斉に魔法が放たれフェルテの身体は跡形もなく消滅する。それから長い年月の間、フェルテは黒の王として闇の力を生み出し続ける。

たった一人。シェルバが生まれ変わるのをただ孤独に切望してきたのだった。




全てを見終えたエヴァリスの目から、ただただ涙が零れ落ちた。

もう既に半分以上が消えかけるフェリテの元に行こうとするとセオリアが強く引き留める。


「エヴァリス、行くな。」


「もうあの人には魔力は残っていないわ。残り時間が無いの。」



エヴァリスは焼ききれそうな心臓を抱えながら一歩ずつ、静かにフェルテの側に行くとその背中に手を当てた。フェルテはびくりと肩を揺らし、更にエルメルダの身体を自身に引き寄せる。



「フェルテ様、シェルバ様はエルメルダの中にはおりません。」


「ど、どういうことだ。」


「シェルバ様はずっと貴方のお側にいらっしゃいました。」


それを聞いたフェルテは勢いよく顔を上げるとエヴァリスの目を見る。

ナチェス、もとい祭司長のバルカンがフェリテを唆したのは、その膨大な力が使い方によっては黒の魔力を生み出す危うさを知っていたからに他ない。

バルカンは、シェルバに会いたいというフェルテの強い思いを利用し、世界を恨む闇の力に育て上げたのだ。


しかしエヴァリスには分かる。シェルバの魂は死してなお、片時もフェルテから離れたことはないという事を。

エヴァリスはフェルテの身体に手を当てると、自身の虹の力を流し込む。するとフェルテを内側から破壊していた熱が少しずつ引いていき、その代わりに揺りかごのような穏やかさがフェルテの身体を巡り始める。



「これは…。」


驚くフェルテの耳に懐かしい声が響き渡る。


「フェルテ様」


その声を聴いた瞬間、フェルテは大きな声を上げて泣き崩れる。見なくてもわかる。

今までの遠い記憶が蘇る。それは千年の間、途方もない時間探し続けていた人の声なのだから。


「フェルテ様」


何度もフェルテを呼ぶ声は形になり、エヴァリス達の目の前に白い光に包まれたシェルバが姿を現した。

その場にいた人々は目の前で起こる奇跡にただただ声を失い見ている事しか出来ない。



「シェルバ…。」


フェルテはシェルバの顔を見ればさらに泣き崩れた。


「シェルバ様は、この長い時間貴方の中でともにいらっしゃいました。貴方が寂しく名前を呼ぶ時、その心を優しく抱きしめながら涙を流していたのです。全てはバルカンによって惑わされていただけです。」


「何という事だ…。私は一体どのくらいの時間を無駄にしてきたのか。」


それを聞いてエヴァリスは優しくほほ笑む。



「愛は永遠です、有限では無いのです。フェルテ様はこれから先今までよりも、もっと長い時間シェルバ様と共に笑い慈しみ合うでしょう。」


それを聞いたフェルテは誠か…?とエヴァリスに呟く。フェルテのその時が目前に迫り、シェルバはその身体を優しく抱きしめる。エヴァリスは自分の身体に残る全ての力をこの二人のために使う。


『フェルテこれからはずっと一緒よ。』

『シェルバ、ずっと君に会いたかった。』


『『愛しているよ(ます)。』』



二人はほほ笑みながら口づけを交わし合う。




「浄化の光!!」


エヴァリスの声と共に、白い光の花びらが全ての思いと共に空に駆け上がっていく。そして虹色のカーテンのようにオーロラが揺らぎ始めた。その光は暖かく全ての者に降り注ぎ、消滅していた結界が再び生まれると魔物の侵入を拒むように強く大きく広がっていく。その光は全ての不安や恐怖を沈め、石にされた者たちは少しずつ肌の色が現れ目を醒ます。それはまさき奇跡の力だった。


エヴァリスが足元を見ればフェルテとシェルバが旅立った後に、真っ白いアイリスの花が咲く。それはいつしか広場を埋め尽くしハレオンの国中に咲き誇っていく。人々が奇跡の歓喜に沸く中、エヴァリスの身体を虹の光が包み込んだ。


「エヴァリス!!」


セオリアが急いでエヴァリスを抱きしめる。もはや精魂尽き果て、既に意識が飛びそうだった。

虹の光がエヴァリスの身体を駆け巡りその審判を受ける時が来たようだ。


「エヴァリス様!!」


こくん、こくんと眠気に襲われながらエヴァリスは、ガイデンとヴァレリーの顔を見る。



「大封印の力を使われたのですね。」


「ヴァレリー、私は後悔していません。」



困惑するセオリアを見てエヴァリスは心配しないでと笑いかける。きっとまた少し眠るだけよ。

そう言ったエヴァリスのかを見てセオリアは事態を察したようだ。


「エヴァ!もしかして君は…。」



この「大封印」の力を使えば最後、どんな代償が来るのかは神のみぞ知ること。

全ての祝福と引き換えに、支払うのは声か、身体か、それとも…。



「言っただろう。二度と君を手放さないと。」


「えぇフェルテ様にも言ったわ。愛情は永遠だと。」


「はぐらかさないでくれ。また消えるなんて許さない。」



エヴァリスはゆっくりと目を閉じる。最後目に映すのはセオリアの笑った顔が良いと願った。しかしその顔はまたしても涙に濡れ悲痛な顔だった。


「セオ、リア…ありが、と…。」


セオリアの胸に抱かれて、たくさんの愛しい人々が見守る中でエヴァリスは静かに目を閉じた。


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