33 エルメルダの暴走
建国祭の当日。
街の中心に開かれた市場では多くの人々が訪れ、所々で歌やダンスが始まっている。エヴァリス達の作ったお菓子やジャムは事前の販売で美味しいと噂になっており、予想を超える大好評でどんどんと売り上げを伸ばしていった。長い行列に通りがかった人もどんな味なのかと列に続き向こうの方まで伸びていく。
「すみません、レモンと林檎のジャムとクッキーを2袋ください。」
「ありがとうございます。お会計はこちらで。」
「ちょっと!こっちにも4袋ちょうだい。」
「お母さん僕もクッキーが欲しいよ。」
朝から途切れない列に、教会のボランティアたちには嬉しい悲鳴が響いていた。かまどで追加の菓子を焼きながらエヴァリス達は次々と商品を手渡していく。市場の一部を提供してくれた、主催者のバーナーもまさかここまでかと驚きと喜びが隠せない。
「あぁ、もうこんな時にガイデン様はどちらに行かれたのですか?」
「仕方ないわよ、さっき急に王宮から伝達があったんだもの。」
「もう…猫の手も借りたいところなのに。」
王宮では来賓を迎えたパーティーも開かれる予定だという。先ほどまでエヴァリス達と一緒に仕事を手伝っていたガイデンは王宮からの緊急招集に一時その場を後にすることになった。
「エステルにライラも、そろそろ交代しましょう。お昼ご飯もろくに食べていないでしょう!ここは任せて頂戴。」
「ありがとうございます!お嬢様私、向こうに売っているサンドイッチが食べたくてずっと我慢していたんです。早く買いに行きましょう。」
「ちょっと、待ってライラ。心配しなくてもそんな直ぐには売り切れないわよ。」
ライラは急いでエヴァリスの手を引くと、サンドイッチの店まで走る。待ちきれずにソワソワを抑えきれないライラは、フルーツと生クリームのたっぷり入ったサンドイッチをまるで宝物のように受け取ると、小さい口で一口齧りその美味しさに身体を震わせた。
「お嬢様!これは魔性の食べ物です。私もう他のフルーツサンドイッチは食べられないかもしれません。」
「ライラは本当に大袈裟ね。」
エヴァリスもそれを見ながら一口、サンドイッチを齧る。なるほど…酸味のあるフルーツとジャム、そしてふんわりと柔らかい生クリームの甘さ。これは確かに美味しい。
「ライラ、確かに魔性の食べ物ねとっても美味しいわ。」
「お嬢様、魔性ですがこれは浄化しないでください。消えちゃいます。」
「そんな事しないわ。」
そう言って二人で笑いながら食べていると、すぐ横を何人かの町人が駆け抜けていった。
危ない!!子どもにつまずきそうになりながら間一髪避けた男性は「すまない。」と謝ると王宮の方へ足早に向かっていく。
「一体なんでしょうか?こんな人混みで走るなんて危ないですね。」
「あんた達知らないのかい?」
「知らない?王宮で何かあるのですか?」
隣の露店で薬草を売っていた老婆が気だるげに王宮を指さすと、少しずつ雪のように白い光が降り注いでいるのが目に入った。あの光は…。エルメルダの持つ白の魔法。
「美しいだろう。エルメルダ様が今日今までの建国祭では行ったことのない『大祝福』をされるそうだ。」
「大祝福ってあの…。白の魔法を使える歴代の王女様でもできる人はほんの一握りの!?」
『大祝福』とは祝福の儀で行われる癒しの力とは比にならない強力な魔力を必要とする。
その力はハレオンの国に祝福の魔法を広範囲にかけることが出来る。その恩恵として国民は大祝福の光を受けると氏族の繁栄とその願いが叶えられると言い伝えられている。
「あのエルメルダ様がそんなもの使えるんですか?」
「でも王宮でも白の魔法が安定してきているとヴァレリーも言っていたから。」
ライラは小声でエヴァリスに耳打ちする。エヴァリスとて俄には信じがたい話だったが我先にと王宮に詰めかける人たちは次第に増えていく。お前さんたちも早くいかないと大きな祝福をもらい損ねるぞ。そう言って老婆は早々に店じまいを始めた。
「まぁ、私としてはお嬢様と一緒にいられること自体が大きな祝福ですから。」
「ライラも祝福をもらいに行けばいいのに。」
「エルメルダ様からもらうものなんて絶対に大きな利子が付きますからね。絶対にお断りです。」
エヴァリスとライラはその後、ヴァレリーやリオンへのお土産を買いに近くの露店を幾つか回り始める。買い物が終わるころには人ごみはさらに激しくなり、教会の露店に戻ろうとするにも先に進むには時間がかかりそうだ。大通りを諦めて、二人はひとつ奥に入った抜け道から行くことに決めた。
「こっちの道は割と空いているのね…。誰も歩いていない。」
「…。」
「ライラ、こっちの道から抜けましょ…。」
そう言ってライラの方を振り返れば、エヴァリスは大きく息をのんだ。
「お…お嬢様。」
男に捕らえられたライラの首元にはナイフが光り、ものの数センチ動けば簡単にライラの首に突き刺さるスレスレだ。あまりの恐怖に言葉が出ないライラはただガタガタと震え呼吸を浅くする。
「ライラを離して。」
「…それならば一緒に来い。」
チラリと周りを確認すれば男の後ろにはもう一人、仮面を目深に被った刺客がゆっくりと現れた。
「お前が手練れだという事は既に分かっている。だが余計なことは考えない方がいい。こっちの女は今この瞬間にもどうとでもできる。」
女?それを聞いた仲間が、ライラの首に短剣を更にゆっくりと近づける。
「やめて!言う通り着いて行くわ。だからライラから離れて。」
「賢明な判断です。私たちの仕事はアンタをあのお方の前に連れて行くこと。」
ただそれだけですから。
そう言って女が指を鳴らすと、エヴァリスの耳にキーンとした音が鳴り、それと共にだんだんと頭が重くなりぐわんぐわんと石畳が回り始める。どうやら相手が幻術を使ったようだ。少しずつ瞼が重くなり、エヴァリスはライラに手を伸ばす。「お嬢様!!」ライラの大きな叫びを聞きながらエヴァリスはその場で気を失ってしまった。
エヴァリスが次に目を醒ました時は、ほの暗い牢の中だった。小さい小窓からは風の音が聞こえている。どうやらここは何処かの塔のようだ。軽いめまいと吐き気を覚えながらゆっくりと起き上がるとぼんやりとした景色が少しずつ鮮明に見え始めた。
「ここはどこ?ライラは?」
周りに誰かいないか声をかけるが反応は返ってこない。向こうに続く蠟燭のランプが出口につながっているらしいが、重く硬い鉄格子はエヴァリスの力ではびくともしない。仕方ない…。エヴァリスが自身の虹の魔法を解放しようと力を込めると、遠くの方からガチャリと扉が開く音がした。慌てて力をおさめて息を殺せば、近づいてくる複数の足音と共に甘ったるいような、むせ返るような強い花の香りが目をチカチカと刺激する。エヴァリスは慌てて鼻をおさえる。この香りは…。
「あら驚いた。アンタもう起きてたのね。」
驚愕の顔を浮かべるエヴァリスの前に、久方ぶりに会ったエルメルダは相変わらず天使のような可愛らしい笑顔で蔑むように鉄格子の前で腕を組む。
「あれの幻術魔法を受けてこんなに早く目が醒めるなんて…。どこまでも悪運の強い女だこと。」
「どうして…。」
エルメルダは上から下までじろりとエヴァリスを一瞥すると「セオリア様も存外センスが悪いわね。」と吐き捨てる。どうやらエルメルダにも、やはりエヴァリスの姿が全く別人のエステル・マゼンタに見えているらしい。
それよりも驚いたのは、エルメルダの身体にまとわりつく大きな黒い棘のついた華である。先ほどの華の香りはどうやらエルメルダから放たれているらしい。それはまさに膨大な量の魔力の象徴であり、エヴァリスが未だかつて感じたことのない魔物の波動だった。
「その華…いったいどうしたの?」
「華?何、恐怖に慄いて気がふれたの?華なんてどこにもないわよ。」
そう言ってエルメルダは辺りを見回しながら怪訝な顔を浮かべた。どうやらエルメルダ自身、自分の姿に全く気付いていないらしい。その側につく雇われの刺客も、もちろん華は見えておらずエヴァリスの事をほくそ笑みながら顔を見合わせる。
「ライラはどこなの?」
「ライラ?知らないわよそんなの。用があるのはアンタよ。」
「私?」
エルメルダはそういうと天使の笑顔を張り付けたままニッコリと笑って見せる。
「良い?あんたには今日私の魔力の糧、つまりは生贄になってもらうわ。」
「どういうこと?」
「この後行われる大祝福の力で私は今度こそ王妃になるの。そう…。これまで私の事を蔑んできたすべての人間を滅ぼしてやっとセオリア様を手に入るのよ。あの子の魔力も残り僅か…チャンスは今日しかないの。」
一体全体何を考えているのか。どうやらエルメルダはエヴァリスの生命を対価に魔力の力を最大限まで引き上げるつもりらしい。そもそも白の魔法が使えるエルメルダはこの国の王妃候補であり、まごうことなきセオリアの隣に立つ人間だ。
しかし目の前にいるエルメルダは、エルメルダの姿形をしていてそれではない。
「白の魔法を使うのに、そんな禁忌を犯してはあなたの生命が危ないわ。」
「はぁ?あんた何様?お前みたいな底辺に言われる筋合いはないわ。」
憤慨したエルメルダは一瞬にして表情を消すと、もう良いわと吐き捨てて踵を返す。
「待って!」
「どうせあと数時間の命よ、私のために死ねることに感謝なさい。」
エルメルダはそのまま振り返ることなく、髪が湿気たとぶつぶつ文句を言いながら扉の向こうに消えて行った。
余りの驚きにエヴァリスは膝を落とす。
ライラの無事も気になるが、大祝福まで残り時間は多くない。エルメルダの話が本当なら、早くセオリアにこの事を知らせなくてはならない。禁忌に触れた白の魔法が発動すれば、その力は魔力の力に変わり国中に不幸と争いの雨が降る。愚かにもエルメルダはまだその事実を知らないようだ。
「こんなことをしている場合じゃない。」
エヴァリスアは今度こそ虹の魔法を発動させると、魔法陣から鉄格子に攻撃を放つ。まばゆい閃光が放たれるが煙が消えるとそこには傷一つない鉄格子が現れる。どうやら魔法は封じられているらしい。この中ではヴァレリー達に救助を直接求めることは難しい。
「このままじゃ…。早くここから出ないと。」
エヴァリスはほの暗い中、周りを見回すと小さな小窓があることに気づく。そして何かを閃くと、おもむろに小窓に向かって口笛を吹く。もう一度…。もう一度…。
エヴァリスの何度目かの口笛を聞きつけ、翼のはためきと共にリラが空を旋回し小窓から顔を出した。
「リラ!あなたって本当に賢い子ね。」
エヴァリスはリラに向かって笑いかけると、自身の髪に巻いていたリボンを解き、リラの嘴に差し出す。
それは他でもない、以前セオリアにもらった青いリボンであった。
「これをセオリア様に届けてちょうだい。迷子にならないように急いでね。」
リラはエヴァリスの言葉に一つ鳴くとすぐさま小窓を飛び立った。生憎手持ちに今の状態を伝える手段はない。
そしてまた鉄格子に向かって虹の魔法を放つ。「大丈夫。セオリアなら必ず気づいてくれる。」
一か八か。エヴァリスは大きな賭けに出た。
その頃、緊急招集を受けたガイデンは一報を聞きつけて数名の仲間と共にセオリアの前に姿を現した。
「セオリア様!魔物襲来の一報を受けました。場所はどちらですか?」
「ガイデン、緊急招集は発令されておりませんよ。何かの聞き間違いでは。」
リタールは、セオリアの正装への着替えを手伝いながら首をかしげる。「ですが先ほど…。」そう言いかけたガイデンはハッと何かに気づいた。
「ガイデン、どうした?」
「やられたかもしれません。魔物襲来の一報で直ぐにこちらに来ましたが、報告に来た者は初めて見る顔でした。」
「どうしてまたそんな悪戯を?」
リタールの言葉を聞いて、暫しの間。セオリアは勢いよく椅子から立ち上がると机をガンと力強く拳で叩いた。
「エヴァリスだ。」
それを聞いたガイデンは目を見開く。その隣でリタールはおろおろとその様子を見ながらまさかと呟く。
「ガイデン今すぐ戻れ。エヴァリスの無事を確認しろ。」
「分かりました。リオン聞こえるか!移転魔法を頼みたい。」
急いでエヴァリスの元に駆け付けようとしたその時、ガイデンの部屋の窓がコツコツと音を立てた。険しい顔をしたままのセオリアが扉を開けると嘴に青色のリボンを咥えたリラが部屋の中に入り込む。セオリアがそれを見ればいつか自身がエヴァリスに送ったものであると直ぐに気が付いた。
「リラ!お前エステルの居場所が分かるのか?」
「セオリア様!」
「ガイデン、リオンと共に行け。まだ敵に悟られるな、向こうに気づかれればエヴァリスの生命が危ない。」
「分かりました、セオリア様はどうされるのですか?」
「決着をつけよう。秘かに兵を呼べ。」
国中が建国祭で盛り上がり沸き立つ中、エヴァリスを取り戻すためにそれぞれが動き出した。




