32 パジャマパーティーの夜に
一方その頃。
王宮ではエヴァリス、基エステルを葬り損ねた刺客はエルメルダの前で膝をつく。
「申し訳ございません、取り逃がしました。」
「冗談はよして頂戴。あんな女ごときが魔物に太刀打ちできるわけないでしょう?一体どうして…。」
「セオリア様が側におられました。」
はぁ?セオリアの名前が出た途端、明らかに数段声が低くなったエルメルダ。男は背中に伝う汗と共に動悸を覚える。
「確かにあの女を亡き者にするように仕組みましたが、セオリア様が応戦なされたので…。」
「それで、お前はのこのこ帰ってきたわけね。」
本来なら今この場でお前を消しているわ。あどけなくほほ笑みながら恐ろしい言葉を吐くエルメルダに、男はヒィッと小さな悲鳴を漏らした。
それにしても心底忌々しい女だとエルメルダは爪を噛む。セオリア様を手籠めにし性懲りもなく未だに側をウロチョロと…。ナチェスの話では、何故かガイデンが護衛としてエステルに張り付いているという。暫くは何かを仕掛けるどころかあの女に近づくことさえ難しくなった。
しかし建国祭までは、そう時間は残っていない。自身の部屋の中に隠している祭司見習いも力はそれなりに育ってきたものの、力のコントロールは日に日に不安定さを増してきていた。
『エルメルダ様、あれはまだ子どもです。言う事を聞かせるのは簡単ですが精神的な負担もあります。あまり長くは魔力を使わせられません。』
「ご心配いりませんわキース叔父様、もう少しで生贄も用意できます。建国祭まで持てばあの子も用済みです。」
『しかしお忘れなきよう。あれの精神が壊れ魔力が暴走すれば私たちの秘密が露呈されます。無理はさせられません。』
「問題ありません。全ては計画のうちです。」
もしあの子の魔力が枯渇すれば、また代わりの子どもを連れて来れば良い話よ。
エルメルダは先日秘かに叔父と立てた計画を思い出していた。
「貴方に最後のチャンスをあげるわ…これで最後よ。失敗したら命はないから死ぬ気で頑張ってね。」
「しょ…承知いたしました。必ず成功させます。」
刺客はそそくさと闇夜の中に消えて行った。もうすぐ、エルメルダが幼い頃から欲しくてたまらなかった王妃の座が手に入る。喜びと期待からエルメルダは自身の身体が震えるのを感じていた。身の程知らずにも未来の王妃に歯向かい、侮辱してきた者たちはそれは恐ろしく後悔する事だろう。
「準備は整ったわ。」
『これでようやく。』
「『セオリア様は(お前は)私のもの…』」
黒い靄は瞬く間にエルメルダの部屋を覆いつくし、壁がミシミシと音を立てる。部屋から聞こえた高笑いに、外で控えているメイド達はびくりと肩を揺らすが、見て見ぬふりを決め込んだ。
白の魔法を宿すエルメルダ。その力がいよいよ崩壊の時を迎え始める。
―――――——————
建国祭を間近に控えエヴァリス達は、当日販売する菓子作りの準備に追われていた。当日販売するジャム作りでは大量の果物を収穫しなければならないため、子どもたちや教会のシスターにも協力してもらい朝から大忙しだった。
「エステル先生、レモンをこんなに採ってきたよ。」
「私たちも林檎をたくさん持ってきたの。」
「ありがとう、テイル。みんなとても力持ちなのね。」
子ども達はエヴァリスに褒められるとニコニコと嬉しそうに笑い、また違う果物を収穫しに畑に走って戻って行った。横で林檎の皮をむきながらライラがエヴァリスに声をかける。
「建国祭ではエルメルダ様が何かするらしいですよ。全く本当に注目されるのが好きですね。」
「エルメルダの癒しの力を求める人は大勢いるもの。」
「きっと侍女は今頃ドレスの山に埋もれて溺れてますよ。」
絶対に。
ライラは真顔で新しい林檎を手に取るとがぶりと齧った。
エヴァリスはそれを窘めると自身も林檎を手に取り手際よく皮をむいていく。教会の人々で集められた果物はそれぞれ大きな鍋に入れられ、たっぷりの砂糖と一緒に煮だされると時間をかけて美味しそうなジャムに姿を変えた。
出来立てのジャムはその日、教会で手伝いをした人に柔らかいパンと一緒に振舞われ今日もまた貧しい人多たちのお腹を優しく満たす予定だ。
食事を終え、時刻は夜中。
エヴァリスはライラに連れられ、教会の小部屋に足を踏み入れる。シスターはドアに「男子禁制」の文字を書いた紙を張り付けるとクッションの上をポンポンと叩いた。
「あー、来た来た!二人とも今日はお疲れ様だったわね。」
「じゃーん!今日はエステル様と一緒にパジャマパーティーに参加しますよ。」
いよいよ建国祭を数日後に控え、市場で販売する菓子やジャムの準備が終わり久々にパジャマパーティーが開かれた。
「エステル先生が来るなんて嬉しいわ。いつも忙しくしているものね。」
「私こそお招きいただいて光栄です。」
「と言っても、いつもは誰かの恋の相談とかそんなのばっかりだけどね。」
それが良いのではないですか!!ライラは勢いよく立ち上がるとエヴァリスを指さす。
「エステル様には潤いが必要です!」
「潤いって…。」
「でも確かに気になるわよね。エステル先生ってば鈍感だから気づいていないけど、先生の事をニコニコ見つめている男性はたくさんいるのよ。」
そんなことはありませんとエヴァリスは慌てて否定する。
「エステルは恋人はいないんでしょう?好きな人は?」
「そりゃあんたガイデン様に決まってるわよ。」
「ち、違います!ガイデンは何というかその…幼馴染みたいなもので。彼も私の事をこれからも友達だって言ってくれています。」
(えっ?ガイデン様とのあの空気で?)
一瞬凍り付いたパーティーに全く気付く様子のないエヴァリスは笑いながらありませんよとお茶を飲む。それを聞いた参加者は、ちらりと顔を見合わせるとライラの方をじっと見つめる。ライラが遠い目をしたまま首を振ればみんなは頭を抱えて天を仰ぐ。
「んんっ。ま、まぁそれは置いといて。好きな人はいらっしゃらないのですか?」
「好きな人、ですか?」
「えぇ。エステル先生の好みって気になります。」
皆がキラキラとした目を向ければ、エヴァリスは困ったように背中に汗をかく。
そうですね…。エヴァリスはふと考えこんでから静かに口を開く。
「私は相手が幸せならそれで良いので。あまり考えたことがないかもしれません。」
「えー、エステル先生ならどんな殿方でも攻略できるのに。」
「そんな奥手だったら逞しい女の子に取られちゃいますよ。」
あんたみたいな女にね。指摘されケラケラと笑い声が上がる。その時セオリアとエルメルダの姿がふと過る。そうかもしれませんね…。と少し目を伏せながらも笑ったエヴァリスを見てライラが心配そうに顔を覗いた。
「でもそうやってエステル先生に思われる方は幸せですね。」
「えっ?」
「私エステル先生の持っている優しさの形が好きなんです。穏やかで押しつけがましくなくて…。だから心を開きたくなっちゃう。」
「そうそう!それって凄くよく分かる。エステルに話を聞いてもらえると元気になるわよね。」
そういえばあの時も…。
皆の口から零れる言葉たちがエヴァリスの心に蜂蜜のように溶けて染み込む。笑い声に包まれながら染み出る嬉しさにエヴァリスはただぎこちなく笑いながらもうっすらと目に涙を浮かべた。それはきっとほんの少しの変化で、誰もその涙に気づくことはない。そこから次々に始まった暴露大会。たまに頬を染めながらエヴァリスが楽しそうに聞き入る姿を見て、ライラはほっと胸をなでおろす。久しぶりにエヴァリスが年頃の女の子として笑える場所が出来たことに彼女も秘かに喜びを覚えていた。
エヴァリスの初めてのパジャマパーティーは夜遅くまで続き、夜中みんなはやっと眠りについたのだった。
空が少しずつ白み始めたころ、ふと目が覚めエヴァリスは静かに起き上がる。
「お嬢様、もう林檎はむきたくありませ…。」
「ふふっ、夢の中でも林檎をむいているのね。」
話疲れ、隣で眠り続けるライラはシーツに包まると少し身じろいだ。その上にそっと自身のブランケットをかけると、皆を起こさないようにエヴァリスは静かに小部屋を後にした。
朝露に濡れ、湿った芝を歩くと少し霧のかかる山の向こうに日の出の気配が見え隠れする。エヴァリスは息を吸うと大きくため息のように吐き出した。
もともとケイネン家でメイドとして働いていた時からエヴァリスはこの時間が好きだった。まだ皆が眠り、昨日と今日の境目が曖昧な時間。誰にも見られることなく、虫や鳥の声しか聞こえない場所で一人になる時間は自身にとって必要なものだったと思う。
「もうすぐ朝ね。」
オレンジ色と群青色の間でそう一人呟くと、向こうから誰かが近づいてくる気配がした。こんな朝早くに?
不思議に思いじっと見つめていると、向こうもエヴァリスの気配に気づいたのだろうか。歩いていた足が止まると、聞きなれた声が響いた。
「誰かいるのか?」
「はい、おります。」
エヴァリスがその声に返事を返せば、向こうは足早に近づいてくるとすぐ目の前で立ち止まった。
あぁ、声だけでわかる。セオリアは少し驚いたような顔をすると、エヴァリスの姿を見て直ぐに柔らかくほほ笑む。
「セオリア様、こんなお時間にどうされたのですか?」
「エステル、君こそ。まさか会えると思わなかった。」
「市場の準備を見に来られたのですか?」
「あぁ、それもある。急遽ヴァレリー祭司に会う必要があった。」
「そうだったのですね。この様なお時間に…あまり眠れていないのでは?」
セオリアは少し鼻を赤くしたエヴァリスに気づくと自身の羽織っていたローブを脱ぎその小さな肩にかける。慌てて遠慮するエヴァリスに、セオリアは有無を言わさず頭からすっぽりとかぶせてしまった。
「朝方は冷えるだろ。そんな薄着で外に出るな。」
「ご…ごめんなさい。お見苦しいところをお見せしました。」
まさか誰かに会うとも思っていなかったため、エヴァリスは自身の格好に今更ながら気づくと顔を青くした。いつも結ってある髪の毛もそのままにボサボサだったかもしれない。慌てて髪を撫でつけるとセオリアから渡されたローブに縮こまる。
「はぁ。そうじゃない風邪をひかないか心配しているんだ。」
「はっ?風邪ですか…。」
不快にさせたのではなく?
どうもピンと来ていない様子に、セオリアはやれやれと首を振ると困ったように笑った。
やはり朝方は人の気配はない。しばしの無言の後、セオリアはふとエヴァリスの手を取ると、自身の顔に引き寄せた。
「な、何?」
「…果物。林檎の香りがする。」
「昨日みんなでジャムを作るのに林檎を使ったのでそれかと…。」
慌てて手を引っ込めようとすれば、セオリアは再度その手を引き寄せる。エヴァリスの小さい手にはいくつもの小さい傷があり、冷たくカサついていた。何故か自身の汚れている手をじっと見つめられてエヴァリスは羞恥心から困ったように身をよじる。
「セオリア様、あの手を…。」
「傷がついている。日頃の努力と優しさの証だ。今度薬を送ろう、他の物にも配ると良い。」
(セオリアはいつも誰に対しても優しいのね。)
「ありがとうございます。皆セオリア様の心遣いに感謝すると思います。」
そう言ってにこりとほほ笑んだエヴァリスに、セオリアはハッと我に返り慌ててエヴァリスの手を離すと一つ咳ばらいをする。
昨日みんなと一緒に話したからなのか。久しぶりに見たセオリアの姿に、エヴァリスは先ほどよりオレンジが迫る空に重い口を開いた。
「実はセオリア様に謝らなければならないことがあります。…私、嘘をついていました。」
「嘘?」
エヴァリスの様子を不思議に思ったセオリアは静かに聞き返した。
「はい…。あのパーティーの日。ガイデンとは恋仲と言いましたが、私たちは婚約者ではありません。」
「エステル…。」
「あの時、緊張していた私をガイデンが気遣ってくれたのです。注目が集まらないようにと…咄嗟にかばってくれました。ガイデンとはその…幼馴染というか兄のような存在と言いますか。」
「彼はそうやって、ずっと君を守ってきたというわけか。」
セオリアの言葉にエヴァリスは静かに頷く。自身の身体が朝日に照らされ、オレンジ色に徐々に染まればエヴァリスはそれと同時に秘密が浮き彫りにされる感覚に陥る。驚くでもなく、怒るでもなくセオリアはエヴァリスの目を見つめ続ける。
「エステル。私も君に伝えなければいけないことがある。」
「伝えなければいけないこと?」
セオリアは喉元まで熱く迫った言葉を必死に飲み込む。
ここですべてを話せたらどんなに良いだろうか。エステルはエヴァリスだと既に気づいていて、今この瞬間もどうしようもなく愛していると。このまま自身の腕の中に、誰にも知られることなく閉じ込めてしまいたいと。
しかしまだ、言えない。苦渋の表情を浮かべたセオリアは優しくエヴァリスの手を取る。
「時が来たら。君を必ず自由にすると約束しよう。その時私から君に伝えたいことがある。
」
「時が来たら、ですか?」
「あぁそう遠くない。必ず全てを片付けて君に会いに行くから。それまで待っていて欲しい。」
必ずだ。そう優しくも力強く言葉にしたセオリアにエヴァリスは静かに頷きを返す。
まるで、言葉はいらないかのように見つめ合う二人を朝焼けがまばゆく照らしていく。
教会から鐘の音が鳴り響き新しい朝の知らせが鳴り響いていた。




