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31 セオリアからのプレゼント

その日は太陽の日差しが容赦なく照り付ける暑い日だった。

噂を聞きつけた子ども達はその額にじっとりと汗をかきながらワクワクした表情でガイデンを見つめる。


「じゃあ始めるよ。」


ガイデンは、教会の外れにある枯れた池の前に立つと自身の両手に魔力を込めて水を放つ。轟音を立てて流れ出した水は少しずつ空っぽだった器を満たしみるみるうちに池がよみがえる。


「よし、良いぞ。ゆっくり入れよ。」

『わぁー!!』


今か今かと待ちわびていた子どもたちは、一斉に池の中に入ると洋服を着たまま池の中で水浴びを楽しむ。エヴァリスとライラが池の水に手をつければ心地よく冷えた水が先ほどまでの暑さを遠ざけていく。



「ガイデン様、素晴らしい魔法です!子どもたちも皆喜んでいますよ。」


「こんな事ならお安い御用さ。」


「子どもたちよりライラの方がはしゃいでいるよ。」



手を叩きながら喜ぶライラの横で、リオンはやれやれと頭を振る。すると子どもたちが池に飛び込んだ拍子に、大きな水しぶきが上がりリオンは右側から大量の水を被った。全身から水を滴らせながら洋服をぐっしょりと濡らしたリオンは大きな声を出す。



「おい!飛び込むなって言われていただろう。」


「まぁリオンそんなに遊びたかったのなら素直にそう仰ればいいのに。」



大きな声を上げて笑うライラを見て、リオンは直ぐに水をかける。「やりましたね。」こめかみに青筋を立てながらすぐさま反撃に出たライラ。小さい虹が出そうなほどの水しぶきに、その様子をポカンと見つめる子ども達を置き去りにして二人は水を掛け合う。水の量を調整しながらガイデンは苦笑いを浮かべた。エヴァリスは木陰でその様子を見守りながら嬉しそうにニコニコと笑う。



「エステルは入らなくていいのか?」


「えぇ、私までびしょ濡れになったら子どもたちの洋服を洗濯できないし。」


「こんなの、そこら辺を走り回っていたら直ぐに乾くぜ。」




またそんな事を言って…。とエヴァリスが笑っているとシスターが「セオリア様が来訪した」と告げにやって来た。暫くしてセオリアはリタールを連れて子どもたちがはしゃぐ池に顔を出す。久方ぶりのセオリアの姿を見て子ども達は嬉しそうに次々に挨拶をしにやって来た。



「とても賑わっているな。」


「えぇ、ガイデンが池を潤してくれたので。子どもたちも喜んでいます。」


「そのようだ。皆楽しそうにはしゃいでいる。」



その様子をほほ笑みながら見たセオリアは、リタールに声をかける。遊び疲れてびしょ濡れになった子どもが戻ってくると、リタールが自身の風の魔法で洋服を次々に乾かしていく。エヴァリスがありがとうございますと声をかければリタールは「問題ありません」とほほ笑んで子どもたちの輪の中に戻っていく。



「今日は視察で来られたのですか?」


「あぁ、市場に出す菓子だが試験販売はなかなか盛況だそうじゃないか。」


「セオリア様のご配慮のおかげです。」


「教会の者たちが協力して助け合っているからだろう。」



そう言っていただけるとありがたいです。とエヴァリスが笑うと、セオリアはそれを愛おしそうに見つめ返す。側で話を聞いていたガイデンは、その眼差しからセオリアの様子に変化があったことを秘かに察した。


子ども達を見守りながら、チラチラとエヴァリスを見ていたセオリアは意を決したように声を出す。




「そういえば…君に渡したいものがあるんだ。」


「渡したいもの、ですか?」




きょとんと首をかしげるエヴァリスに、セオリアはコホンと一つ咳払いをした。そしてポケットを探ると何かの包みを取り出した。




「それは…新しい種でしょうか?」


「いやそうではない。これはエステル君に…。」



セオリアが耳を染め、エヴァリスにそれを差し出そうとしたその時。

リラが大きく翼をはためかせて魔物の気配を知らせた。エヴァリスは素早く踵を返すと、ライラ達に子どもたちを避難させるように声を上げる。



「ガイデン、子どもたちの避難を手伝って。」


「私もお手伝いいたしましょう。」



ガイデンと共にリタールは急いで池から子どもたちを抱きかかえると教会の中に避難する。ライラとリオンも子どもたちを連れて素早くその場を後にする。それを確認したエヴァリスは、空を旋回するリラから魔物の位置を把握する。



「そんなに遠くありません。リラと一緒に魔物の気配を追います。」


「私も行こう。」


エヴァリスが森に入ろうとすると、セオリアがその腕を掴む。

思いがけない申し出にエヴァリスは「大丈夫です。」と首を振る。しかしセオリアの腕が動くことはない。



「一人で行くのは危険だ。一緒に行く。」


「…分かりました。こちらです。」


エヴァリス達は魔物の気配を追いながら森の奥へ走る。暫くすると、森の中には似つかわしくない「お香」のような匂いが立ち込め始めた。匂いを皮切りに隣を歩くセオリアも魔物の気配をくみ取ったらしい。少し暗さを増した森の中でセオリアの魔法により足元に光が灯る。



「もう出会っても可笑しくない位置です。」


「気配はあるが何もいないが…。」


その時。


『見つけた。』


二人の耳に声が聞こえると、エヴァリスの耳元を紫色の矢が空を切り後ろにあった木に突き刺さった。

間一髪。

セオリアは手に魔力を込めると、はじけるような光がほの暗かった森の中を一気に照らし出し、まるで真昼の中にいるかのように視界が開けた。


「いた!!!」



エヴァリスは、動物の形を宿した大元を見つけると虹の魔法を解放させる。再度エヴァリスに何本もの矢が放たれるが素早く生まれた防御魔法の壁に無数に刺さり朽ち果てて地面に落ちていく。魔物はエヴァリスを見据えながら前に進む。魔物が歩くたびに地面に生えている草木が枯れ、朽ち果てていく。


「セオリア様、この魔物は毒を使います。」


「分かった。」



セオリアは魔物の背後に回ると魔法陣を描きそれに向けて光を放つ。セオリアの魔法は魔物の右腕に命中し、その右腕を吹き飛ばす。が、それは止まることなくゆっくりとエヴァリスに向かって近づいていく。


「くそ、痛みを感じないか。」


セオリアはすぐさまエヴァリスの元に飛ぶと、自身の背中に守るように立ちはだかる。エヴァリスは一瞬たじろぐが正面から近づいてくる魔物に再度魔法を放つと、胸に攻撃を受けたそれはうめき声をあげる。しかしやはりその足は止まることなくエヴァリスの陰を追うようについてくる。どうやら狙われているのはエヴァリスらしい。


そのことに気が付いたエヴァリスは魔物を誘導しながらできるだけ教会から離れた森の奥へ進んでいく。



「エステル私が動きを止めるから浄化できるか?」


「分かりました!できます。」



セオリアは先ほどよりも魔法を解放すると、魔物の身体に黄金の楔を打ち込んだ。魔物の吠える声が響き渡るが、それでもなお魔物はまるで自身の意志に反するようにエヴァリスの方へ行こうと藻掻く。


『痛い。ダメ…。傷つ…ない。』


魔物の言葉が途切れながらエヴァリスの耳に届く。もしかして誰かに操られている?エヴァリスは自身の身体に魔力を纏わせるとひときわ大きな魔方陣を描いた。


「浄化の光」


虹色の閃光が駆け抜けて、楔に囚われていた魔物の身体を貫通した。地鳴りの様に轟く断末魔。

魔物の身体からは黒煙が上がり虹の光が音を立ててはじけ飛んだ。光の粒が空から降り注ぎ地面に染み込んでは消えてなくなっていく。既に魔力は消えているが先ほど魔物がいた場所にはクルミ大の種が転がっていた。エヴァリスがそっと拾い上げると、それはまだ温かく鼓動をうつようにドクンドクンと微かに動く。


「怪我はないか?」


「はい、何ともありません。それよりセオリア様は?」


「俺の事は良い。」



セオリアはエヴァリスに手を伸ばすと、泥のかかった頬を擦る。ピクリと肩を揺らせば、他に怪我をしているところは無いかと心配そうに確認する美しい顔が間近に迫りエヴァリスはその身体を固くした。



「君はいつもこうして魔物と対峙しているのか。」


「私にしかできないことがあるなら、できる限りのことをしたいのです。それが幼い頃からの願いでしたから。」


「幼い頃から…か。」



君は変わらないな…。

それは前にウルワライの男からテイルを守った時の事だろうか?



「それが魔物の本来の姿なのか?」


「いえ、もともとはこの森にすむ動物でしょう。どうやら何者かに操られていたようです。」


「どうやらエステル、君に向かって放たれたものらしいな。」



確かに今までの魔物は、その強い気持ちに誘引されて発生するものが多かった。今回の様に誰か一人を狙うものはエヴァリスも遭遇したことがない。



「ヴァレリーに報告します。何かわかるかもしれません。」


「あぁ、こちらも調べてみよう。」


「ありがとうございます。セオリア様がいてくださって助かりました。」



そう言ってエヴァリスが胸をなでおろすと、向こうの方から虹の魔法を辿りガイデンとリオンが駆け付けた。二人は既に種と化した魔物を見てほっと胸をなでおろす。



「エステル!無事かい?」


「えぇ、大丈夫よ。」


「魔物は明らかにエステルを狙って送り込まれていた…。私達でも調べよう。」




後にヴァレリーに此度の事を報告するとすぐさまセオリアを中心に調査が行われ、今回の魔物の発生は誰かが意図的にエヴァリスを狙ったものと結論付けられた。セオリアの指示により、エヴァリスには事態が把握できるまで秘かに護衛が付くことになった。といってもそれは他でもないガイデンである。



「でも、ガイデンも騎士団の仕事が忙しいのに。」


「忘れたのか?俺は長年エルメルダの護衛をしていた男だ。それにエステルの力になれるなら喜んで受けるよ。」


「ありがとう、感謝するわ。」



調査の報告のため教会を訪れたセオリアは、変わった様子のないエヴァリスを見て少し安心したようだ。

帰り道、教会の門まで見送りをしようとエヴァリスはセオリアの隣を歩く。


するとセオリアは思い出したように先日渡し損ねた包みをエヴァリスに差し出した。素直に受け取り中身を開けると、そこにはブルーのレースに白い花の刺繡が丁寧に施されたリボンが納まっていた。まさかの贈り物にエヴァリスは驚いてセオリアの顔を見る。



「このリボンは、どうされたのですか?」


「あぁ…この前の市場で売っていたんだ。君の顔が浮かんで気づいたら買っていた。」


「私の顔が…浮かんだのですか?」


「良ければ受け取って欲しい。」



頬を掻きながら顔をそむけたセオリアの耳がほんのりと赤く染まる。改めて自分の手の中にある美しい贈り物を見て、エヴァリスは心の奥がぽかぽかと暖かくなるのを感じていた。自分には勿体ないものだと思いつつも、愚かにも喜びが勝ってしまう。




「ありがとうございます。すみません、私からも何かお渡しできると良いのですが。」


「気遣いは無用だ。私が君に送りたかっただけだ。」


「あの…、せっかくいただいたので今つけてもよろしいですか?」




あぁ、もちろん。セオリアは少し驚いた顔をしたが嬉しそうにほほ笑む。エヴァリスは一つにまとめていた髪をほどくと流した髪を耳元で束ねて青いリボンを巻く。ほんのりとリボンにセオリアの香りが移っているように感じるのは気のせいか?



「とても似合っている。」


「ありがとうございます。大事にします。」



そう言うと、セオリアはそっとエヴァリスの髪に巻かれたブルーのリボンに静かに唇を落とす。

その流れるような所作は王子さながら、驚いて見つめた彼の眼差しがあまりにも優しくて、エヴァリスは暫し息をのんだ。


「私は君の笑う顔が好きだ。」


「えっ?」


「リボンは肌身離さず持っているように。」



それはどういう?


意味なのか、は遅れてやって来たリタールによって結局聞けずじまいだった。

ただ教会の門までの道すがらエヴァリスに優しく手を貸すセオリアの笑顔と、エヴァリスの美しい黒い髪に巻かれた青いリボンを見てリタールの心には嬉しさと共に複雑な思いが巡っていた。



エヴァリスはその夜、自身の机の引き出しを開けるとセオリアからもらったリボンをそっと箱の中にしまった。隣のベッドで寝る支度をしていたライラはエヴァリスを覗き込む。


「あら、肌身離さずと言われていたのによろしいのですか?」


「あれはご冗談よ。…というより何で知っているの?」



不思議そうにするエヴァリスを見て、そんなことは良いではありませんか!とライラは瞬時に話を戻す。



「セオリア様のあの感じは冗談ではないと思いますが。」


「こんな高価なもの掃除をしながら汚れてしまっては勿体ないわ。」



もう良いの!早く寝ましょう。パタパタとベッドに潜り込んだエヴァリスを見て、ライラは小さく笑う。嬉しさを隠しきれずにもぞもぞと寝返りを打つエヴァリスをそのままに、ライラはそっと蝋燭の灯を消したのだった。


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