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30 手紙が導く真実

王宮では朝から騎士団の訓練が行われていた。今年騎士になった新人たちは騎士団長であるベルナーの厳しい目を受けながら、開始の合図と共に自身の剣に魔法を纏わせ副団長のルイに向けて一斉攻撃を放つ。

四方八方から攻撃を受けたルイは轟音と共にあっという間に煙の中に包まれてしまった。


ように見えた。


「それでは私には当たりませんよ。」


まともに魔法を当ててしまったと困惑する新人騎士の耳元で、いつもの笑みを崩すことなくルイが優しく声をかける。新人騎士がヒッと声を上げるや否や、ルイは一人の足を払い剣を奪うと次々に相手をなぎ倒していく。


「馬鹿野郎、油断するんじゃねぇ。連携をとれ!!」


ベルナーの怒号が響くのも虚しく、ルイはあっという間に剣を六本抱えながら痛みに呻く騎士の山を作る。

既にこの光景を毎年のように見ている騎士たちは自分たちのそれを思い出しぶるりと背中を揺らした。



「流石ルイ様、今回も誰も手が出なかったか。」


「それにしても相変わらず先読みの力恐るべし。」



その時セオリアがリタールを従えて、まだざわつきの残る練習場に現れた。ベルナーの号令で一斉に列を整えると団員はセオリアに向かって頭を下げた。「セオリア様。」ベルナーも頭を下げると、セオリアは静かに頷く。



「今日はいかがされましたか?」


「練習の邪魔をして済まない。私も訓練に参加しようと思う。」


「そういうことでしたら、ルイとお手合わせいたしますか?」




あぁ。と答えたセオリアだったが騎士団の中から手が上がる。


「セオリア様、自分とお手合わせをお願いします。」



急に聞こえてきた声にセオリア達が目を向けると、ガイデンがにこやかに手を振っていた。隣の騎士がガイデンとセオリアを数回見た後、慌ててガイデンの無邪気な手を下げる。



「おい!ガイデン何言ってんだ。」


「なんだ、ガイデンお前からなんて珍しいな。」



ベルナーは何やら楽しそうにくつくつと笑う。その横でいつもはあまり目立たないガイデンにルイも不思議そうに首をかしげた。セオリアはガイデンの唐突の申し出に少し驚いた様子だったが、直ぐに頷くとリタールから剣を受け取る。


「勿論だ、ガイデン頼めるかい。」


「はい、お願いします。」


「よし、お前らそこら辺の奴で組め!実践式で訓練を行う。」



ベルナーの大きな声でそれぞれが広がって位置につくと、セオリアとガイデンも向き合って剣を抜く。いつもなら騎士団長かルイがセオリアの相手をする為、一般の騎士がセオリアと手を合わせることはそうそうない。周りの騎士がチラチラと二人に視線を向ける中、合図と共に一斉に剣を振る。


先に仕掛けたガイデンが水の魔法を放つと、セオリアの前に金色の盾が現れる。それが幾多の水の矢を阻むようにはじき返す。


「流石ですね。黄金の魔法と手合わせできるなんて光栄です。」


「よく言うよ、この前の討伐はガイデン、君がいたからルイの出番はほぼなかったと聞いている。」



セオリアは盾を解くと、金色の楔を放つ。ガイデンは再度剣に力を込めると水龍が現れその楔に絡まるように巻き付いていく。余りにレベルの高い戦いに周りにいた騎士は次々とその手を止め、二人の姿に釘付けになっていく。拮抗する両者の魔力。お互いに魔力を放ちながら、ガイデンが口を開く。


「セオリア様、エステルをどう思いますか?」


その言葉に、一瞬セオリアの魔法に揺らぎが浮かぶ。


「藪から棒だね。まさか訓練の最中に彼女の名前が出てくるとは思わなかったよ。」


「答えてください。」



ガイデンは表情をそのままに、しかし鋭く問いかける。セオリアは口を閉じると再度自身の魔力のギアを上げる。

魔法を放ちながら更に重くなった手にガイデンは微かに顔をしかめた。


「その質問には君が勝ったら答えよう。」


「なるほど、よくわかりました。」



ガイデンはその答えを聞くと、自身もそれに答えるように力を解放する。腕がびりびりと痺れ、周りの騎士が訓練の範疇を超えた魔力に焦りの色を見せ始めた時。



「そこまでです。」


ベルナーの声と共に二人の立つ地面が揺れ、セオリアとガイデンは地面の中に沈み込む。集中が途切れそれた魔法は空に放たれ上から暖かい水が雨となって練習場に降り注いだ。胸までずっぽりと沈み込んだ二人の元にベルナーとルイが近づいた。


「ここは宮中ですよ、訓練場ごと吹き飛ばす気ですか?」


「すまない、集中してしまった。」


「ガイデンもらしくありませんね、貴方は普段とても冷静に対応する方ですが。」



本気で怒っているベルナーに二人は素直に頭を下げる。隅の方で見守っていたリタールはセオリアの元へ駆け寄ると、これまた鬼の剣幕でセオリアに「何しておられるのですか!?」と声を荒らげる。

反省した様子を見て、ベルナーは地中から二人を解放した。


「お前ら休むな!早く元に戻って稽古を続けろ!」


「「はい!!」」



騒然となった訓練場は、ベルナーの一言でまた訓練が再開された。想定以上の魔法を解放したガイデンは今日一日自室で謹慎。セオリアも当面訓練の参加は禁止、執務室に戻ることになった。セオリアがリタールに促されて訓練場を後にするとガイデンが声をかけた。


「セオリア様、自分には今あなたの口をこじ開ける力は持ち合わせていません。ただこれだけはお伝えしておきます。エステルは貴方を大事に思っています…心から。」


「それは、一体?」


ガイデンの言葉の意味が分からずにセオリアは怪訝の表情を浮かべる。



「いつか分かる時が来るでしょう。私は彼女の友人としてそれを見守るつもりです、これからもずっと。」


友人という言葉を聞いてセオリアは首をかしげる。

しかし君達は…。


ガイデンの元に戻ろうとするセオリアだったが、慌てたリタールがそれを阻み「執務室に戻りますよ。」と腕を引き連れていく。後ろ髪をひかれながらその場を後にするセオリアにひらひらと手を振りながら、ガイデンは大きく一つ息を吐くとこってりと絞られに部屋に戻ったのだった。


先ほどのガイデンの言葉の意味を考えながらセオリアは何枚目かの書類にペンを走らせると、目の前でじっとりと感じる視線にとうとうため息を漏らした。


「リタールそんなに近くにいられると気が散る。外に出てくれないか。」


「なりません、ベルナー騎士団長は言いませんでしたが本日は実質謹慎です。どこかにお出かけにならないかここで見ております。」


「…いや、しかし。」


「お座りください。」


有無を言わさぬジトリとした視線にセオリアは観念したようにサインの続きを再開する。リタールはほっと息を吐くと自身も報告書の書類に目を通し始めた。最近セオリアが以前のように表情が柔らかくなったと宮中では噂になっている。自身も同じくその変化に内心驚きながらも秘かに安堵を覚えていた。


最近現れたエステル・マゼンタと呼ばれる女性。それによって、色をなくしたセオリアの心に柔らかな温かさが再び灯されているのは間違いない。リタールとて、もう何年もセオリアに仕える身。その表情が何を物語っているのかは理解しているつもりだった。


「セオリア様、一つご報告がございます。」


「今度は何だ?」


リタールは自身が持っていた小さな箱を出すと、セオリアの机にそっと置いた。箱には何も書かれておらずリタールを見れば、お開けくださいと促される。セオリアがペンを置き、箱の蓋をそっと外してみれば中身は何枚もの封筒が綺麗に重なって仕舞われていた。



「この手紙は?」


「…セオリア様へ書かれたエヴァリス様のお手紙です。」


セオリアは目を見開くと、慌てて箱の中身を取り出す。自然と手が震え鼓動が鳴る。一番上にあった手紙の封を破り中身を取り出すとそこにはもう忘れていたエヴァリスの綺麗で読みやすい字で『五歳の誕生日おめでとう』と書かれていた。それはエヴァリスが毎年セオリアの誕生日にしたためた、決して渡すつもりのないバースデーカードだった。


「セオリア様が五歳になられてから毎年お書きになられていたようです。」


「どこでこれを?」


「ケイネン家のエリオットが、ゴミと共に捨てられていたこれを今まで保管していたそうです。エヴァリス様がお戻りになった際にお渡しするつもりだったのかもしれません。」



どの封筒も開けてみると「十歳のお誕生日おめでとう。」等と短いものだが、必ず最後に「幸せを願います。」と綴られていた。それを一つ一つ開き噛みしめるように眺めていたセオリアに一礼をし、リタールは静かにその場を後にする。


「知らなかった。直接伝えてくれたら良かったのに。」


否、そうすることは許されなかっただろう。エヴァリスがどんな思いで毎年これを書いていたのか、エルメルダの陰に隠れながらこんな情けない自分に心を割いてくれていたのかと思うとセオリアは胸が締め付けられるような思いだった。手紙のどれもが愛おしく、そしてそのどれもがもう自分の元へは帰ってこないのだと。そう思い頭を抱えていると、ふとセオリアにある思いが過る。


「この字、どこかで…。」


おもむろに手紙を手に取ると、セオリアは放たれたように立ち上がり執務室から自身の部屋に続くドアを開く。急いで机の引き出しを開けると以前エステルから届いたパーティーへの参加を辞退する旨の手紙取り出して、エヴァリスのものとを見比べた。


「同じ字だ!エヴァリスの手紙と同じ…。」


そこに書いてある文字はまごうことなきエヴァリスのものであった。それを知ったセオリアは膝から崩れ落ちる。


セオリアが最後にエヴァリスから手紙をもらったのは四歳の時のバースデーカードだった。それ以降彼女の文字に触れることはおろか、話す機会も滅多になかったのだ。エヴァリスが秘かにしたためていた手紙がセオリアをエヴァリスの真実へと促す。が、しかしこれだけではエステル・マゼンタがエヴァリス・ケイネンと決定づけることは出来ない。何しろ姿も、声も全くの別人なのだ。だがセオリアにとって自身の心に炎を宿すには十分だった。


「リタールはいるか!」


興奮しているセオリアに驚いたリタールは「ここにおります。」と慌ててセオリアの元に急ぐ。


「至急、調べて欲しいことがある。」


「エヴァリス様の事で何かわかったのですか?」


「あぁ、今から教会に向かう。」



その言葉に驚いたリタールは慌てて頭を振る。


「何をおっしゃるのですか!じきに日が暮れます。なりません。」


「それならヴァレリーを呼べ、本日祭司の集いに来ているはずだろう。」


今すぐにだ。語気を強めたセオリアに、リタールは僅かにおののくと「承知いたしました。」と答え速やかに部屋を出て行った。



ヴァレリーの到着を待つ間、セオリアは忙しなく部屋の中を歩きまわる。

暫くしてリタールに連れられヴァレリーが到着するとセオリアは足早にヴァレリーの前に進み出る。


「ヴァレリー祭司、貴方に聞きたいことがある。」


「いかがされたのでしょう、セオリア様。」


「貴方は私の最愛の人を匿っておられる。いや、守ってこられたのですね。」



セオリアの言葉を聞いてもヴァレリーの表情は変わらない。



「王子よ…なぞなぞですかな。頭の固い老人には何のことだか…。」


「エステル・マゼンタ」


その名前を聞いたヴァレリーはその細い目を鋭く開いた。



「彼女はエヴァリスですね。」


セオリアの言葉を聞いてリタールは驚いて声を上げる。セオリアはヴァレリーから目を逸らすことなく、マリーゴールドの目で射抜く。


「はて、何のことだか。」


「そうですよセオリア様。どう見たって別人ではありませんか。」


「探しても見つからないはずだ、姿も声も違うのですから。でも私にはわかります!彼女はエヴァだ。」



それは決してヴァレリーを咎める言葉ではなく、セオリアの切実な願いだった。「そうでしょう?」懇願するようなセオリアの表情を見たヴァレリーは大きくため息をつく。


「もし、仮にそうだとして何になるのでしょう?」


「どういう意味だ。」


「仮にエステルがあなたの言うエヴァリス様だとして、王よ…貴方に何が出来ますか?あの子を守れますか?」



その言葉にセオリアは目を見開く。



「貴方にはエルメルダ様がいらっしゃるのです。あの子の秘密を暴いたとして、エステルに何が残りますか?」


「それは…。」


「お話は終わりです。これ以上は老人の口からは何も聞けますまい。」



ヴァレリーの言う通りだ。今のままではエヴァリスの秘密を公にしたとして、彼女を守れる盾がない。困惑したままのリタールを横切り、ヴァレリーは扉に手をかける。



「この話は他言無用です。もしこれがどこかに漏れたなら相手が王族とて容赦は致しません。」


「待ってくれ!確かに…、確かに今のままではエヴァリスを守ることが出来ない。だが必ず私はエヴァリスを自由にして見せる。」


「…秘密が知られた今、余り猶予はありません。しかし…セオリア様、この老いぼれは一縷の望みを何年も捨てきれないのです。ですから今日は貴方たちの記憶を消さないでおきます。」


「分かった、感謝する。その言葉、肝に銘じよう。」



ヴァレリーは静かに目を閉じるとセオリアの部屋を後にした。セオリアは自身のこぶしを握り締める。



「セオリア様、どういうことです?一体何が起きているのでしょう。あのエステル殿がエヴァリス様だと?」


「リタール、エルメルダの側にメイドを一人増やせ。確かめたいことがある。」


「…かしこまりました。」



先ほどヴァレリーに話した言葉に嘘はない。セオリアは改めて決意する。必ずやこの手でエヴァリスを自由にして取り戻すと。


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