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2 エルメルダの思惑

エルメルダが継承式で「白の魔法」を授かったことで、様々なものが形を変えた。

先ず、ケイネン家の姉妹間での立場が大きく変わりエヴァリスは今現在両親からは使用人として認識されている。



そしてもう一つ。エヴァリスとエルメルダの古くからの幼馴染であるセオリア・ランダード。

彼はハレオン国の由緒正しき王子であり、全ての魔法の頂点に君臨する「黄金の魔法」を持つ男であった。エルメルダが全ての傷を癒す「白の魔法」を得たことで、国の習わし通り2人は将来の伴侶となることが約束されている。そしてそれに向けて交流を続けているのだった。



慌ただしく走り回る数人のメイドが廊下にリボンを落とした。今朝もエルメルダの部屋の中に大量のドレスが運び込まれている。



「お嬢様、こちらのお色はいかがでしょうか?」


「そんなセンスのない地味なドレス、セオリア様に失礼でしょ。黄金の王にも引けを取らないものにしないと、あっ!フリルがたくさん付いているものにして頂戴。色は…これも良いわね…。」

「えぇ、やはりエルメルダ様のお見立ては素晴らしいですわ。白の妖精には国のどの最高級のドレスも霞んでしまいます。」


エルメルダ専属のメイドのナチェスは、まるで紙のように床に散らばるドレスをわたわたと拾い集めては恍惚とした表情でため息を漏らす。


ナチェスにとって、エルメルダは女神なのだ。この世の誰にも変わることの出来ない、いうなれば教祖を慕う崇拝者のような。ソレをやれやれと首を振りながらメイドのライラは見つめる。




「そういえば、お茶会にエヴァリスを連れて行くわ。」

「…あの者も連れていかれるのですか?」

「そうよ、ちゃんと自分の立場を分からせないといけないもの。私とセオリア様の姿を見て悔しそうにする姿が目に浮かぶわね。」



いや後半のそれが本音だろう。

他人が聞いても気分を害する言葉にライラの大きな舌打ちが響く。それに慌てたメイド仲間が咳払いでごまかしながら、見えないところでライラを小突く。そういえばエヴァリスはどこかしら?とドレスを選ぶのに余念のないエルメルダは鏡から目を離さずに問いかける。



「…ガイデン様のところです。本日のお茶会で使用するものを見に行っております。」


「ちっ。あの子また体よくサボっているのね。まぁ良いわ、エヴァリスに伝えておいて。今日セオリア様にお出しする茶葉は他国から取り寄せた最高級品なの。カップも決まっているから失敗しないように気をつけなさいってね。」




小馬鹿にしたようなエルメルダの言葉に、内心怒りを隠し満面の笑みを貼り付けたライラは「伝えてきます。」と答えそそくさと部屋を後にする。




「危ない…、あと何秒か遅ければあの趣味の悪いドレスを窓から投げていたわ。」




センスのセの字もないエルメルダが、ライラにとって自身の身に代えても惜しくないほど麗しいエヴァリスお嬢様の悪口は聞くに堪えない。あの我儘女が…。顔は同じなのに、どうしてこうも性格が違うのか…ライラだけではなく、屋敷に仕える者は同じ言葉を口にする…しかし、あくまでも心の中で。



ふと窓から中庭の方を見れば漆黒のメイド服を身に纏ったエヴァリスが、護衛の騎士達とお茶会の準備真っ最中であった。あの部屋の中の綺羅びやかなドレスなんて着ていなくても、真っすぐ伸びた背筋に、柔らかくもキビキビと動く様はいつもの如く美しい。




「ハズレはどっちなんだか。」




エルメルダの手前、伝言は届けなければならない。エヴァリスの手を煩わせるのも心苦しいが、何かあって罰を受けるのは他ならぬエヴァリスなのだ。相変わらず背中でエルメルダの大きな声を聞きながら、ライラはため息をつくと中庭の方へ歩き出した。




「エヴァリス、荷物はこれで全部か?」


「えぇ、後はこの茶器を積み込んでもらえるかしら。これで最後のはずよ。」




ガイデンの声掛けに、エヴァリスはティーカップとソーサーを手に取りながら答える。本来であればお茶会が行われる王宮のものを使用するべきところであるがエルメルダ直々にセオリアへ振る舞うために取り寄せた茶器は自身を象徴するかのような白の陶器に、セオリアの金の模様が施された美しいものだった。



「それにしても相変わらずエルメルダ様は金遣いが荒いな。」


「ちょっとガイデン、そんなこと大きな声で言わないの!」





周りを気にせず当たり前のごとく無礼を口にする男に、エヴァリスは慌てて釘をさす。じとっと睨みつけるものの、それを見たガイデンはおっと危ない、と言いながらケラケラと笑って見せる。

このガイデン・コーナーは王宮から派遣されてきた騎士である。エヴァリスがこの屋敷で、メイドとして働かされる事になった時と同じく彼もこの場所に来た。もともと人当たりがよく飄々としているガイデンは、腕の立つ騎士であり、年齢もそれほど離れていないことから時にエヴァリスの兄であった。




「今日はセオリア様にお会いできるから、朝から機嫌がジェットコースターなのよ。あまり刺激しないで。」


「エヴァリスも毎日大変だな。」


「どうってこと無い。色無しの私がこの屋敷にいられるだけでも有難い話よ。ちゃんと努めは果たすわ。」




エヴァリスはそう淡々と返す。茶器をケースに戻し、近くの騎士に渡せば荷物で溢れかえっていたテーブルはすっかり綺麗になった。あと数時間後には馬車に乗り込み王宮へ向かう。あの継承式から既に10年以上の時が経った。


来年にはセオリアとエルメルダの結婚式が行われる事が決まっている。今日はその前の婚約式の準備も兼ねての訪問になる。エルメルダが王女になるまで彼女を無事に守り抜くこと、それがエヴァリスにとって唯一の生きる意味だった。




「いや、そこら辺の騎士よりお前の方がよっぽど腕が立つけどな。」

「馬鹿なこと言わないでちょうだい、買いかぶりすぎよ。」



お前な…苦笑いをしながらガイデンはそう答えた。エヴァリスは謙遜するものの、巷では腕の立つ聖女の用心棒として有名である。その昔、エヴァリスが片方の頬を腫らして訪ねてきたことがあった。



「ガイデン…私は強くならなければいけないの。」



ガイデンは知っている。まだ少女のあどけなさが残るエヴァリスが自身や、様々な人たちに教えを請いながら血のにじむような努力を続け命を懸けてその命を全うしようとしてきたことを。目の前で肩を竦めるエヴァリスを見てガイデンの頭に在りし日のことが過った。



「相変わらずお堅いね…。」



ガイデンは笑いながらポケットから何かを取り出すと、空に向かってヒョイッと投げた。ソレを両手で受け止めるとグイッとエヴァリスの眼の前にずいっと差し出す。



「はい、当たりはどっちだ。」

「えっ?何?」

「ほらっ早く選べって。」



右と左、どちらも握られている手。ちらりとガイデンの顔を見るとニコニコと笑いながら首をすくめて見せる。そのいたずら心にエヴァリスも小さく笑う。



「…こっちにする。」



そう言いながら左手に握られている方を指差すと、ゆっくりと開かれたガイデンの手には小さい苺のキャンディーの包みが乗っていた。




「正ー解。ラッキーだったな。」




エヴァリスは差し出されたキャンディーを受け取ると、ガイデンのもう片方の握られている手を指さした。


「そっちは何が入っていたの?」


ガイデンは少し目を開いてからゆっくり握られている手を開く。その中にはレモン味の黄色いキャンディーの包みが現れた。ガイデンはそれもエヴァリスの小さい掌にのせる。


「貴方はいつもこうね。選ぶ意味がないじゃない。」


「でも好きだろレモン味も。」




それはそうだけど…。と言いながら苺のキャンディーを口にするとガイデンは嬉しそうにエヴァリスに微笑む。そう…、彼はいつもこうだ。どちらかを選ばせても必ずもう1つもエヴァリスに与えてくれる。


エヴァリスがいつもエルメルダが選んだあとの残り物を手にすることを知っているからこそ。




「エヴァリスの腕が立つことは重々分かっているが、俺は更に優秀だ。今日はお前の出番はないから飴でも舐めて休んでおけ。」




「そういう訳にはいけないけど、頼りにしているわ。」



そう言って小さく微笑み返せば、ガイデンもエヴァリスに微笑みを返す。



ガタン…!!



その時、後ろから大きな音がした。驚いて二人が振り向けば何故かうっとりした表情のライラがお盆を落としたままエヴァリス達に拍手を送っている。



「美しい…。まるでおとぎ話の王子とお姫様の様です。」



まるで感動的な長編映画を1本見たかのようなライラはため息を漏らすようにそう呟く。その姿を見て、エヴァリスはまた始まった…とばかりに違うため息をはく。




「ライラ変なことを言わないで。それからお盆を落としているわよ。」


「俺はともかく、エヴァリスが綺麗なのは昔からだろ。」




無自覚のサラリと爆弾発言を落としたガイデンに、エヴァリスが勢いよく振り向くとライラはキャーッと声を上げながら顔を赤くしてジタバタと飛び跳ねる。何故ライラがこれほどまでに興奮しているのか検討はつかないが。



「ガイデン様。素敵です、愛の告白ですね!」


「ライラ…落ち着いてちょうだい。」




『ガイデン様、馬車の準備ができました。』




タイミング良く騎士に呼ばれ、エヴァリスは助かったと胸をなでおろすと慌ててガイデンの手を引く。不思議そうな様子のガイデンの横で、エヴァリスは思いついてライラに声を掛ける。




「ライラ、茶器なら見ておいたから問題ないわ。エルメルダ様に何か言われたらそうお伝えして。」


「…エヴァリス様、もはや何もお伝えしていないのに私の心が読めるようになったのですね。」




急ぎ足で去っていく二人の背中に、まだ頬の熱が冷めやらぬライラはポツリと返したのであった。


王宮に向かう全ての準備が整い、エヴァリスは馬車の前でエルメルダを待つ。暫くすると既に汗だくのナチェスを従え、エルメルダは肩口が空いた真っ赤なドレスに身を包みスカートのフリルを踊るように揺らしながら姿を現した。



王宮のお茶会に赴くにはいささか服装が派手であるがナチェスをはじめ一介のメイドごときでは阻止できなかったようだ。「お綺麗です。」と声をかけたエヴァリスを見てエルメルダは「当然でしょ。」とご機嫌に笑うと執事のエリオットの手を取り、ゆっくりと馬車に乗り込んだ。




「エヴァリス、今日は宜しくね。」


何処か含みのある笑いを浮かべながら、エルメルダはエヴァリスをじっとりと見つめる。


「お任せください。」




馬車の扉が閉まると、それぞれが配置につく。


エヴァリスはガイデンの隣で愛馬に跨ると手綱を手に取る。




「では参りましょう。」




先導の騎士のもとエルメルダを乗せた馬車はゆっくりと進み始めた。王宮まではそれほど遠くはないものの、道すがら町の人達は馬車に乗るエルメルダの姿に気付くと「エルメルダ様よ」「お奇麗ね…。」と声をこぼす。エルメルダはそれに応えるように窓を開けると優雅に微笑みながら子どもたちに手を振った。



「皆様、本日も幸せが溢れますようにお祈り致しますわ。」



屋敷を出てから、完全にスイッチを切り替えたエルメルダは誰がどう見ても慈愛にあふれる時期王女の風格を纏う。馬車の中でヒールの高い靴を爪先に引っ掛けて足を組む姿は誰も知ることはない。エヴァリス達は周りを見ながら不審なものは無いかと目を凝らす。



たくさんの称賛の声を浴びながら益々気を良くしたエルメルダを乗せた馬車は王宮に到着した。






「エルメルダ様お待ちしておりました。」

「リタール、お出迎えありがとうございます。」




「申し訳ございません。セオリア様はただいま祭司からの報告を受けております。エルメルダ様を先にお庭にご案内しておくようにとの事です。」




セオリアの執事のリタールは、淡々と説明をした後、エルメルダに深々とお辞儀をする。つまりは遅れていくから先に始めていて欲しい…という意味らしい。リタールは近くにいたエヴァリスにも軽く会釈をすると淡々と案内を進める。




「私は気にいたしません。セオリア様は国のためにご自身を後回しにしておられます。私のためにお時間を作って頂けるだけで胸がいっぱいです。」




その言葉に王宮仕えの者たちから、ほうっと感嘆の声があがる。エヴァリスがちらりと目の端で確認すれば、少し憂いの表情を滲ませながらも健気にセオリアを気に掛ける言葉の中に、「主の出迎えがない」事実に先程までのテンションが急降下したエルメルダの心が手に取るように分かる。




「今日は是非私からセオリア様にお茶をお振る舞いさせてください。」

「かしこまりました、こちらへどうぞ。」


リタールに案内されエルメルダは王宮の中庭へと案内される。エヴァリスとガイデンもその後に続き後に続いた。


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