27 エルメルダの打開策
「エルメルダ様お待ちください。」
「ついてこないで!うっとうしい!」
後から小走りについてくるメイドに構わず、エルメルダは激高を隠さずに王宮の中をずんずんと歩くとマリアンナの仕事場である書斎のドアを勢いよく開け放った。
「あんた、今日こそ首にしてやるから。」
「何て格好ですか、はしたない。」
マリアンナは、髪を振り乱しノックもせずに部屋に飛び込んできたエルメルダを一瞥するとピシャリと言い放つ。それに逆なでされたエルメルダはマリアンナの前に仁王立ちすると金切り声をあげた。
「セオリア様のパーティー、ワザと私に隠していたわね。」
「はぁ…。何度も言いますがセオリア様から仰せつかっているものに関しては、全て聖女様にご報告をしております。今回の主催はセオリア様です。聖女様にお声をかけなかったのは王子様のご判断です。」
「それでも!この私に報告はするべきでしょう。おかげでパーティーに遅れて恥をかいたわ。」
「そもそも、その時間は祭司と共に祈りを捧げる修練があったはずです。また見送られたのですか。」
正論で返されたエルメルダは、また癇癪を起しマリアンナ達が使えないせいだと声を荒らげる。
目の前で子どもの様に喚くエルメルダを見据えながら、マリアンナの頭の中に祭司からの言葉が過る。
「魔力の減少…?」
「はい、この数年間エルメルダ様と共に祈りを捧げてまいりましたが明らかに婚約前に比べ力が弱くなっております。王宮の結界を維持するのに祈りの時間、祭司を数名新しく招集しました。」
祭司の言葉にマリアンナは顔をしかめた。祭司によると、以前エルメルダが使用できた『癒しの光』の魔力が明らかに減り、その量は修練を増やしたとて戻ることがないのだという。
「魔力が増えない原因は何ですか?」
「…まだ想像の段階ですが、聖女様の精神的な部分だと考えます。癒しの光は皆の傷を愛おしむ慈愛の精神から生まれるものです。」
他者のためでは無く、自分本位に使用しているから増えないと…。マリアンナの言葉に祭司は頷き目を閉じる。エルメルダがこれまで修練をさぼってきた大きなツケが今露呈することになった。
「マリアンナ様、これは由々しき事態です。白の魔法の枯渇など…祭司達の命をもってしても償えません。」
祭司の言う通り、仮にエルメルダの魔法が枯渇し癒しの光が使えなくなればハレオンの国はまた次の『白の魔法』を授かる子どもが生まれるまで長い年月を待つことになる。その間、祭司達だけの力ですべての魔物を防ぐには限界がある。当然ながら、エルメルダの後を担う王女の候補を一からやりなすことになるだろう…と。
マリアンナが口を開こうとすると、部屋のドアがコンコンと音を立てメイドが顔を出す。
「失礼します。女王様がいらっしゃいました。」その言葉を聞きマリアンナは椅子から立ち上がると直ぐに頭を下げる。
「えっ?王女様が?」
驚いて呆けるエルメルダの前に、現在の女王であるルシエラが現れた。たおやかな微笑みを浮かべるルシエラはボサボサの頭を慌てて直すエルメルダに笑いかけると「ちょっと良いかしら?」とマリアンナに声をかける。
「エルメルダに話があってきたの。メイドに聞いたらここだと聞いたから。」
「問題ございません、ルシエラ様。私は外でお待ちして…。」
「あぁ、良いのよ。マリアンナはそこにいて頂戴。」
ルシエラは他のメイドを下がらせると、ソワソワと顔を赤くするエルメルダに向き直る。
「ルシエラ様ご機嫌いかがでしょうか?」
「えぇ、エルメルダ王宮の中は毎日猫が走り回るように目まぐるしくて退屈しないわ。」
「私も猫が大好きです。婚約の儀以来、ルシエラ様とお話ができず寂しかったですわ。」
自身への皮肉にエルメルダは気づいていないらしい。マリアンナは知っている、ルシエラがこの顔をするときは気分を損ねているという事を。
「単刀直入に言うわねエルメルダ。あなた私の侍女に水をかけたそうね。」
「えっ?水、ですか…。そんなこと、私がするはずがございませんわ。」
「女王候補としてあなたのお世話をするのに私の侍女を何人か出しているの。この間、ドレスの色が気に入らないと水をかけたでしょう?」
しかも水差しから。
美しい顔でルシエラはまるで鈴を鳴らすようにコロコロと笑う。その反対にエルメルダの顔はどんどんと色をなくし足がぶるぶると震え始める。王女候補の教育はメイド長であるマリアンナが主に行うが、あくまでそれは補佐に過ぎない。この王宮を守り従事者を統括するのはあくまでも現女王のルシエラの役目であると、エルメルダに直接釘を刺しに来たのだ。
「あ、あの私…。」
「猫もあまりはしゃぎすぎると、王宮を飛び出してどこかへ逃げてしまうかもしれないわね。」
ルシエラはそう言ってエルメルダに微笑むと、持っていたセンスをパンと勢いよく閉じる。これが今のハレオンに君臨する女王の威厳である。「き、肝に銘じます…。」尻すぼみに消えていくエルメルダの声。
「マリアンナ、今日の午後は久しぶりにあなたの淹れる美味しい紅茶が飲みたいわ。」
「承知いたしました。」
ルシエラはマリアンナがそう頭を下げると、タルトも忘れないでね。と、子どもの様ににこやかに笑い部屋を去って行った。残されたエルメルダは苦々し気にマリアンナを睨みつけていたが、これ以上の戦いは分が悪いと判断したのか小さい舌打ちを残して部屋に戻って行った。
「あー、本当に気に食わないわねあの鬼。」
エルメルダは自身の部屋に戻るとガリッと爪を噛む。その時、屋敷から王宮に連れてきたメイドのナチェスが静かに部屋に戻ってきた。
「エルメルダ様、ただいま戻りました。」
「で、どうだった?情報は手に入ったの?」
ナチェスは周りに人がいないことを確認すると、エルメルダの足元まで小走りで近寄り声を落とす。
「祭司がエルメルダ様の癒しの光について疑念を抱いています。力が弱くなっているのだと。」
「チッ…どいつもこいつ煩わしい。でも不味いわ…癒しの力のことがセオリア様に伝わると。」
婚約の儀を境に、エルメルダはセオリアと共に過ごす時間は公式行事を抜いてはほとんどない。エルメルダとて、自身の美貌とその癒しの力にほだされる大勢の男を見てきた。今現在セオリアの気持ちがエルメルダに向いていないことはさすがに分かっている。
「でも良いのよ。王妃にさえなってしまえばセオリア様は手に入るのだから。」
「えぇ、国中の民は全員、エルメルダ様以外の者が王妃の座に就くなど断じて許しません。」
その為には何としてでも自身の力を高める必要がある。…暫く策を考えていたエルメルダの中に一つの妙案が浮かんだ。そうだわ…エヴァリスの時と同じ、ないなら魔力がある者を連れてくればいいんだわ。エルメルダははしゃぎながら足をばたつかせる。
「どうして思いつかなかったのかしら。ナチェス、お母様に手紙を書くわ!直ぐに届けて頂戴。」
「手紙ですか?」
「えぇ、これでもう解決よ。」
エルメルダは直ぐに母親であるマチルダに手紙をしたため、叔父のキースに連絡を取るように頼み込む。
数日後、真夜中にナチェスの手引きで王宮を抜け出したエルメルダは近くの酒場に叔父を呼びつけ封筒を手渡す。中身が小切手であることを確認したキースはにやりと笑うと椅子にもたれかかる。
「我が一族の誇り高き聖女よ、それで頼み事とは。」
「叔父様が取引をしている家の中から、祭司見習いを探してほしいの。」
「祭司見習い…と言えばまだ子どもだが、どうして必要なんだ。」
エルメルダの考えはこうだ。
祭司になるには本来、星読みの力と言われる三要素の魔法(予知夢・防御・鎮静)がバランスよく整っている必要がある。その能力が開花しているにもかかわらず、貧困ゆえに祭司の教育学校に通うことが出来ない、星読みの力を持つ子どもを金で買い、修練させ側に置けば自身の能力を補助させることが出来ると。
叔父のキースが担う建築事業では多くの貧困者が働きに来ている。その中に星読みの力があるこどもを持つ親ががいないかと考えたのだ。
「これは一族に関わる大事な案件よ。祭司見習いとして教育を受けさせるとでも伝えて口止めすれば簡単よ。」
「しかし、相手は人間だぞ。どこで口を割るか分かったものじゃないが…。」
「叔父様って頭が悪いのね。その時は子どもを殺すと脅せば良い事よ。」
エルメルダは花の様にほほ笑むと、目の前の酒を優雅に飲み干す。叔父であるキースも、姪からでた非人道的な言葉に苦笑いを浮かべながら手を上げる。
「失敗は許されないの、できるだけ早く用意してちょうだい。」
「分かりました、聖女様。」
「さぁ王妃の座はもう目の前よ。」
エルメルダは満足そうに大きく笑うと勝ちを確信する。あぁ、これで無意味に長々と祈ることも、毎度毎度たくさんの魔力を使い次から次に沸いてくる人々の傷を癒す必要もない。
しかしエルメルダはその時、気づいていなかった。
自身の指先が少しずつ漆黒の煙を纏い始めていたことを。
その頃、エヴァリスは教会でライラ達と共に大量の洗濯物を洗いながら温かい日差しを浴びていた。
大きな桶にシーツを入れ石鹸水をかければ子どもたちがたちまちはしゃぎながらその上で足踏みを始める。
勢いよく跳ねる水しぶきを浴びながら汚れを落とし、エヴァリス達は木の間にロープをかけると順番に洗濯物を干していく。
パーティーの日を境に、しばらくは中級クラスの魔物を浄化してきたが、ここ最近になり魔物の数が少しずつ減ってきている。出没したとしても、浄化すれば小さな種になるほどの魔力で、喜ばしい事にエヴァリス達は教会で菜園に手をかけられる時間が長くなってきていた。王宮の噂では、聖女の力が安定してきており結界の強度が上がり魔物の侵入がかなり制限されているのだという。
そして、もう一つ変わったことがあるとすれば。
「エステル。」
「セオリア様。」
セオリアは王宮で栽培されている植物や希少な魔法薬の種を持って度々こうしてエヴァリスの元を尋ねるようになったことだ。騎士たちが積み荷を降ろすと樹の苗が列を作る。これは…エヴァリスが不思議そうに眺めているとセオリアが隣に立つ。
「新しくイーデル地方から取り寄せた。レモンという果実がなるらしい。」
「そうでしたか、お忙しいのにすみません。言ってくだされば取りに伺いますのに。」
「構わない、視察のついでだ。」
ありがとうございます。とエヴァリスがほほ笑むとセオリアも優しく微笑みを返す。
セオリアは決して口にすることはない。しかしエヴァリスはセオリアの訪問を虹の魔法の管理ととらえている。口封じの契約により王宮の者に虹の魔法の事実を伝えることが出来ないために、セオリアがわざわざ直接見に来ているのだと思うとエヴァリスは申し訳ないと感じるのだった。
「今日は、ガイデンが一緒ではないのですね。」
「あぁ今他の任務にあたっていて街に出ている。…寂しいか?」
急にそう尋ねられてエヴァリスは、そんなことはありませんと笑う。
パーティーの日から、セオリアはガイデンがエステルの恋人であると思っている。伝え直すタイミングが無かったこともあるが、エヴァリス自身も個人的なことをわざわざ告げる必要がないと思いそのままにしていた。
「お嬢…、あ!エステルとセオリア様いらっしゃったのですね。」
ライラはセオリアの姿に気づくと慌てて呼び方を直す。
「君は確か…エヴァリスの屋敷に勤めていたメイドだね。その後…元気にしているかい?」
「はい。毎日楽しく幸せです…。」
「そうか…。きっとエヴァリスをもそれを望んでいる。」
セオリアはそういうと寂しそうに微笑んだ。その姿を間近で見たエヴァリスはそっと目を伏せる。
先日、ガイデンから話を聞いた。セオリアは死亡届が受理された後も秘かにエヴァリスの存在を探しているという。
「あー、お兄さん来てくれたの?」
「本当だ、今日は僕に前みたいに剣術を教えてよ。」
「僕も教えてほしい。」
子ども達はセオリアの姿を見つけると、あっという間に子どもたちに囲まれてしまう。
「駄目よ、お忙しい方なのだから困らせてはいけないわ。」
エヴァリスが慌てて声をかけると、セオリアは優しくそれを制止する。
「良いだろう、この前教えた構え方を覚えているか見てやる。」
喜ぶ子どもたちを連れて、セオリアは剣の構え方を披露する。太い木の棒を探してきた子どもたちの手を持ち肘の角度を教える姿はさながら剣術の先生の様だった。エヴァリスはシーツを干しながらその様子をほほえましく見守る。もう遠く離れてしまったセオリアをこうして眺めることが出来るのは今のエヴァリスにとってはささやかな幸せだった。
「お嬢様、幸せそうなお顔をされていますね。」
「えぇ、子どもたちが嬉しそうで良かったわ。」
そう言いながら、視線はずっとセオリアを追うエヴァリス。それを見たライラは心の中でそっと優しく切ないエヴァリスの心からの幸せを願うのだった。




