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26 尽きぬ後悔 セオリアSide

(あぁ、お前の失いたくないものはこれか。)


あざ笑うかのように響く魔物の声。自身の深部を読まれ心臓が鷲掴まれたかのようにドクンと鳴る。

『エヴァ!!』


必死に手を伸ばし闇にのみ込まれるエヴァリスを掴もうとするも、鉛のように動かない身体。そして気を失い目の前で消えていく愛しい人。


「セオリア…。」


エヴァリスが涙を零しながら自身の名前を呼ぶ声を聴き、セオリアは目を醒ます。



「行くなエヴァリス!!」


叫びながら飛び起きる。荒く吐く息、ぐっしょりと汗で濡れる身体。またか…とセオリアはシーツを握りしめると拳を足に叩きつけた。あの日から繰り返される悪夢は毎回同じ場所で途切れセオリアを苦しめる。


エヴァリスが闇の中にのみ込まれたあの日。セオリアが目覚めた時、既に男の姿は既になくオルトロスの亡骸が横たわるだけだった。そして最愛の人、エヴァリスの姿は忽然とどこかへ消えてしまった。



「エヴァリスを探せ!!」


自身でも驚くぐらいの動揺を覚え、ただ彼女の無事を祈り幾日も眠ることなく事態の収拾に尽力する傍らエヴァリスを探し続けた。しかしあの日を境に国中をくまなく探したもののエヴァリスの情報は何一つ報告されることはなかった。


婚約の儀、エルメルダの問題を明るみにするために前倒しし、その動向を追っていた。そんな中、執事のリタールからエヴァリスがテラピット家の男爵と結婚させられるととんでもない話を聞き、全身の血が沸騰した。エヴァリスの家族であるケイネン家の人間はここまで愚かな真似をするのかと嫌悪を通り越し呆れるほどだった。秘密裏でエヴァリスを然るべきところに匿いほとぼりが冷めるまで安全に守る計画だったが、それを実行する前にエヴァリスは、セオリアの手から零れ落ちるように姿を消してしまった。



「セオリア様、私たちの婚約の儀はいつ再開されますの?」


自身の姉が行方不明になったというのに、エルメルダは気にする様子もなく無くセオリアの腕に猫なで声ですり寄る。それに内心嫌悪を抱きながらも、それを知られるわけにはいかない。エルメルダの焦りは日に日に増すのは致し方ない。表向きは婚約の儀までの準備期間として王宮で生活を送っているものの、事実上の王宮での軟禁、再教育を受けるようにマリアンナに伝えてある。セオリアはそっとエルメルダの腕を避けると微笑みを返す。



「まだ国は混乱の最中だ。エルメルダ、君には聖女として真摯に取り組んでくれることを願うよ。」


「でも私もあの日から一人でいるのが怖くて…。せめて今夜だけでもお隣に…。」


「すまない、聖女よ。この後、祭司長を交えて話し合いがあるので失礼するよ。」



張り付けた笑顔でそう言い残すとセオリアは足早にエルメルダの部屋を出た。廊下で待機しているマリアンナに「頼む。」と声をかければ、マリアンナは静かに頭を下げる。仕事を片付けながらリタールから毎日上がってくる報告の中にエヴァリスの名前が無いのは毎日心臓をズタズタに刻まれるような感覚だった。


そんな中、エヴァリスの失踪から一年が経とうとしたころ、ケイネン家から正式にエヴァリスの死亡届を提出すると驚きの通達があった。セオリアはその一報を聞き、怒りを露わにするとオルラン達の家に強い抗議をしに行った。



「エヴァリスを探してまだたった一年しか経っていないのでは?こんなに早く死亡届を出すとはいったいどういう事なのか説明してもらいたい。」


「お言葉ですがセオリア様、これは私達家族で決めることです。エヴァリスが姿を消し時間が経ちました。エルメルダとの婚約の儀もありますし私たちは早くエヴァリスの事を受け入れて前に進みたいのです。」


「だが、しかし!」


「セオリア様、エヴァリスの事でエルメルダは大層心を痛めております。どうか聖女であるエルメルダにお心を砕いてくださいませ。」



マチルダはそういうと、鼻をすすりながらチラリと夫婦で顔を見合わせる。こんな環境に長い間エヴァリスは誰にも助けを求めること生活していたのかとセオリアは自身の不甲斐なさに猛烈に腹が立った。やがて家族の意向もありエヴァリスの失踪から一年後、とうとうエヴァリス・ケイネンの死亡届が受理されたのだ。


エヴァリスの死が確定されてからというもの、セオリアの世界は大きく変わってしまった。

毎夜ごとにうなされる悪夢を振り払うかのように政務に注力し、気づけば笑うことも次第になくなっていった。



「セオリア様、国境沿いの麓で魔物の目撃者が出たそうです。今祭司たちが調査を行っております。」


「分かった。それからウルワライ国の状況を報告させろ、収穫祭が近づいて侵入してくる可能性がある。」



リタールの報告を聞き、セオリアは視線を上げることなく書類に目を通す。



「承知いたしました。」


「さがって良い。」



この二年で襲撃を受けた王宮は復旧し、ハレオンの国にかかる結界の魔法や騎士団の新編成などセオリアは国の防衛に注力してきた。誰もがあの婚約の儀で起きた事件は過去になり、日々の生活が戻ってきたもののリタールは秘密裏にセオリアの命でエヴァリスの捜索を続けていた。


そんな時だった。



「セオリア様、報告です街中にウルワライの侵入者が現れました。今二名が巻き込まれているそうです。」


「直ぐに出る、騎士団に通達しろ。」



包囲網に引っかかった侵入者を追い、路地を抜けるとウルワライの刺客が子どもを人質に女に剣を振りかざす瞬間だった。直ぐに二人の間に入り込み相手の首元を切れば、驚いた様子でこちらを見ている女が目に入る。その口元に血が滲むのを見てもうひとり気絶している男に目を細める。


名を聞けば、エステル・マゼンタと名乗る。一見すればどこにでもいる普通の女だったがその身のこなしはどこかエヴァリスを想起させるものだった。まさかな…。そう自笑する。


翌日、収穫祭の日。セオリアは久しぶりに教会を訪れた。以前はエルメルダが直接慰問に来ていたというが今は祭司にそれを任せている。今回はその褒美の品を持ちセオリアが直々に視察をしに行くことにしたわけだが、足を踏み入れてセオリアは驚いた。祭司からここ数年の教会運営は充実し、多くの貧しい者に手を差し伸べていると聞いていたが正直ここまでとは…。



「ヴァレリー、どうしてこんなに物資が行き届いている?」


「はい、今私たちは野菜を始め薬草を自分たちで栽培することにしておるのです。これまではこの老いぼれのみでやりくりしておりましたが新しい者が入り、いろいろと手伝ってくれております。」



なるほど…。確かに教会の中は綺麗に清掃が行き届いており、供給が少ない魔法薬が揃っている。そして炊き出しには多くの人が栄養豊富な食事を求め列をなしていた。この場にいる人々の誰もが心に傷を抱えながらも、互いに笑い合い話を交わしている。その姿を見たセオリアは、かつてエヴァリスと共に、自身が思い描く誰もが愛され幸せに生きることが出来る国を作りたい、そう話し合ったのを思い出した。


そして、暫し祭司長と離れ一人で教会の中を視察していると、お菓子の入った箱を抱えたエステルにまた再会する。教会の人たちに混ざりながら子どもたちにお菓子を配り終わった後、エステルからパンとスープを受け取り、口に運びながらセオリアは自身の心が少しずつ穏やかになっていることに不思議な感覚を覚えていた。


「愛があればいつか傷は癒えます。大丈夫です。」


エステルにそう言葉をかけられ、ほほ笑まれた瞬間、セオリアの脳裏にはやはりエヴァリスの顔が何故か再びよぎった。あまりにもその笑い方が懐かしくセオリアの時が止まる。

しかし何度見ても目の前の彼女はエステル・マゼンタという別人でありもちろんエヴァリスではない。



「そんな大それた話ではないが一理ある。しかし王子の心を読むとは不敬だな。」


『でも悪い気はしない。』



エステルの顔にわざと近づき目を見れば、彼女は驚きその耳をほんのりと赤く染める。

彼女の中にエヴァリスを感じてしまうのは、そしてそれを喜んでしまう自分は相当におかしいのかもしれない。セオリアは教会の運営について意見を交わしながら久しぶりに心に穏やかな日が灯るのを実感していた。


エステルとの接点を消したくなくて、強引に自身の友人を招くパーティーへの招待状を渡し、宝石店の内偵捜査の褒美としてドレスを送ると伝えればリタールは大きく驚いた。



「えっ?ドレスを…送られるのですか?」


「あぁ、もう洋裁の針子に伝えてある。」


「お待ちください、セオリア様。相手は一介の町娘ですよ。あまり特別なことをなさいますとエルメルダ様が…。」



リタールがあくまでも冷静に、しかし背中に大粒の汗をかいていることが分かる。



「案ずるな、もう一人の騎士団員にも同じように作らせる。彼女一人だけに渡すわけでは無い。」


「いや、しかしですね…。」


「パーティーの参加者はこれで全員だ。手配を頼む。」


リタールからじとりと伺うような眼差しを向けられながら。いささか、いやかなり強引にしていることはセオリア自身も自覚している。しかしリタールにも説明したように、これはあくまでも褒美であって特別な意味があるわけでは無いと自分にも言い聞かせる。


そしてパーティーの当日、来賓に声をかけられながら会場の隅で菫色のドレスに身を包んだ彼女の姿を見てセオリアは喜びで胸が鳴るのを感じていた。一度は断られたものの、パーティーに姿を見せてくれたことに安堵する。一区切りを終え彼女の元へ行けば緊張しながら目を伏せる姿が目に入った。


(ドレスを気にいってもらえただろうか)


と愚かにも尋ねようとすると、騎士団のガイデンがエステルの前に立ちエステルの婚約者だと名乗りでた。


『婚約者』


いや、彼女も立派な成人であり決しておかしな話ではない。しかし何故かセオリアの胸は一瞬チクリと痛む。ガイデンの背中に隠れエステルの表情を伺うことはできない。



「それでは、パーティーを楽しんでくれ。」



そう二人に告げその場を後にしようとした瞬間、エルメルダが会場に入ってきたのだった。

この女はどこまでも気分を害してくれるらしい。一瞬目を細めたセオリアにリタールが耳打ちをする。



「申し訳ございません、どこかで漏れたようです。」


「メイドでは止められなかったのだろう、私が行く。」



我が物顔で闊歩するエルメルダの耳元で呼んだつもりはないと告げれば、エルメルダは笑顔を深くする。


「王子様主催のパーティーに私が呼ばれないなんて示しがつきません。家臣にもそう忠告されたはずですよ。」



エルメルダの言う通り、王宮の中では慣例に伴い「白の魔法」で癒しの力をつかえるエルメルダこそ女王の座にふさわしいと声大きくする人間は少なくない。エルメルダの側で仕える従事者の中では、彼女の人間性に問題があることは明白であるが「白の魔法」を前にしてはそれだけでは廃妃させる理由として弱いのは事実。


しかし、流石のエルメルダも、自身の前で臆することなくコケおろされ、参加者が皆怪訝な顔をすれば招かれざる客であると理解したらしい。エルメルダは顔を赤くしながらその場を去って行った。後でマリアンナからエルメルダの癇癪について報告が上がって来ることだろう。

それに頭痛を覚えているとガイデンからリタールに魔物襲来の連絡が入る。



「緊急事態です。今すぐ避難を魔物が近くにいる可能性があります。」



セオリアの脳裏に、毎夜夢に出るあの光景が迫る。気づけばセオリアは、リタールとガイデンの静止を置き去りにパーティー会場から走り出していた。魔物の気配を辿ろうとすればセオリアの耳にも微かに歌声が響き渡り、ラベンダーの花の香りが漂う。バラの迷路に行きつき、エヴァリスの虹の魔法で作られた結界を抜けようと攻撃を放つが、セオリアの力はエヴァリスの虹の魔法に吸収され一気に壊すことは難しい。


「これは…魔物の力ではない。」


結界の中で膨らみ続ける闇の力を感じセオリアは結界の一部に攻撃を放ち続ける。打ってははじかれ、また打っては結界に傷を作る。その時、エヴァリスの魔法により庭園に魔物の断末魔が響き渡った。攻撃を続けていた場所が綻び、僅かに歪んだのを見てセオリアはその隙間から結界の中に潜り込む。


結界の中に足を踏み入れたセオリアは、魔力を纏い揺れ動く影に剣を抜こうと構える。しかしそこで驚きの光景を目にすることになる。


エステルが魔力に憑りつかれた男の手を握ると、優しい声で歌い始め空からは虹色の光が降り注ぐ。

空っぽになった男は涙を流しながら『アメリア…』とそう呟いた。

空から幾重にも落ちる光はセオリアの身体にも降り注ぎ優しく穏やかにその頬を撫でる。その光に包まれながら、セオリアはそれがいつか読んだことのある虹の魔法であると分かった。


歴史上未だかつてほとんどの人が目にしたことのない虹の魔法が、エステルによって今まさに目の前で魔力を浄化するのをセオリアだけが目にしている。




「黄泉の世界に行くお時間です。」


エステルがそう唱えれば魂はたくさんの花と共に空へ登っていく。



「エステル、君は虹の魔法が使えるのか。」


「はい…。」



そう答えた彼女は、寂しそうに笑うとセオリアに向けて忘却の魔法を放つ。



「待て…。」



途端に体の力が抜けセオリアの視界が大きく揺らぐ。秘匿とされる虹の魔法の威力はこれまで幾多の魔法を目にしてきたセオリアにとっても想像を超えるものである。


全てが途切れる瞬間



『セオリア、ごめんね…。』


確かにセオリアの耳に、恋焦がれていたエヴァリスの声が届く。

ダメだ。忘れたくない。セオリアは全身全霊で虹の魔法に抗う。

もう二度と…。

セオリアはとうとうすべてを手放して眠りについた。


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