25 花は歌う
記憶の繋がりが途切れ、サミュエルの悲しみに触れたエヴァリスは苦しい表情を浮かべた。
こんなにも長い時間を彼は一人でさ迷いながら、もう既にこの世にいるはずのないアメリアを探している。彼自身が読むことを拒否したため、彼の記憶からは手紙の内容は読み取ることが出来ない。
またこの世にとどまり続けるために、令嬢の声を集めるサミュエルに向かってエヴァリスは口を開く。
「サミュエル、あなたが長い間アメリアを探して彷徨っていることが分かったわ。」
『…。』
「私は貴方を黄泉の世界へ送らないといけないわ。」
エヴァリスの言葉を聞いて、サミュエルは目を細めた。サミュエルを包む影はそれを拒むかのように彼をますます手放すまいと色濃く染まる。エヴァリスは自身の力をさらに開放すると足元に大きな浄化の魔法陣が描かれた。
その光に反応し、サミュエルの闇が覆いかぶさるようにエヴァリスをのみ込もうと牙をむき、視界が漆黒に染まる。全ての音、香り、光が消え地面から絶望がせり上がり足に絡みついた。多少息苦しさを感じるものの、エヴァリスは虹の魔法に意識を集める。今すぐ、貴方を自由にする。すると耳元で誰かの声が聞こえた。
(サミュエル、…して…。)
「浄化の光!!」
エヴァリスが言葉を唱えると、突き抜けるような虹の光が走り、その身をのみ込もうとしていた闇が一斉に払われた。サミュエルを操り、力をため込んでいた魔物はまばゆい光と共に粉々に砕け散り、断末魔がこだまし王宮の庭園を揺らす。
エヴァリスが直ぐにサミュエルを見ると、その身体はキラキラと光りながら足元から徐々に薄くなっていく。エヴァリスはもう既に力を失いただの霊となった彼の前に歩み寄ると静かに涙を流す彼の手を握る。
「サミュエル、貴方に伝えたいことがあるの。」
『伝えたいこと…?』
エヴァリスは静かに目を閉じると、耳から流れてくる歌を歌い始める。その歌声を聞いたサミュエルは、驚愕し握る手に力を込める。
『アメリア!アメリア君だ、間違いなく君の声だ。』
大粒の涙を流すサミュエルの前で、エヴァリスの姿がアメリアに変わる。アメリアはサミュエルの姿を見てニコリとほほ笑むと『やっと会えた。』と声を震わせる。
『サミュエル、会いに行けなくてごめんなさい。なかなか来ないから私から迎えに来たの。』
もうサミュエルは嗚咽することしかできなかった。
『もう貴方を一人にしないわ。これからはずっと一緒よ。』
『アメリア、君を愛してる。それを今度会った時に言いたかったんだ。』
『サミュエル、私もずっと…。』
貴方を愛している。
「黄泉の国へ行く時間です。」
とうとう、エヴァリスの前からサミュエルの姿が無くなり、たくさんのラベンダーの花と共に空に向かって虹の柱が駆ける。光の中、二人が抱き合いアメリアの手にはラベンダーの花束が手渡される。彼の魂は、アメリアの魂と共に長い時間を経て行くべきところに向かって登って行った。
サミュエルがいた場所にはラベンダーの花が二本淡い光を放ち咲き誇っていた。花が咲いたということは乃ち、二人が無事に黄泉の世界へ行ったのだという事が分かる。捕らわれていた令嬢の呼吸を確認すると、芝の上に横になりながらすやすやと寝息を立てる。暫くぶりに大量の虹の魔法を使い、エヴァリスは大きな脱力感に見舞われる。
「良かった…。」
パキッ。
その時、迷路の陰から誰かが木に枝を踏む音が聞こえた。エヴァリスがはっと振り返ると、そこにはセオリアの姿があった。虹の魔法で染まったエヴァリスの変化に、その表情には驚愕と困惑の思いが貼り付いている。慌てて立ち上がり「違います…。」とごまかそうとするエヴァリスの言葉を遮るようにセオリアが口を開く。
「エステル、君は虹の魔法が使えるのか。」
「セオリア様これは…。」
「頼む、質問に答えてくれ。」
真剣な眼差しに、エヴァリスはごまかすことは不可能だと観念すると静かに頷く。「まさか、現代に虹の光を使える者がいたとは…。」セオリアの言葉にエヴァリスは静かに口を開く。
「私の力は、ヴァレリーと数名の者しか知りません。今日まで私は力を高めながら浄化の光を使ってきました。」
「ヴァレリー祭司が君を…。」
「…なので、これからも誰にも知られることなく生きていきます。」
エヴァリスは虹の魔法を発動すると、セオリアに向かって光を放つ。
「なっ!」
虹色の糸は繭になりセオリアを抱くように包み込む。
「エステル!!」
「不敬をお許しください。セオリア様に忘却の魔法をかけました。ここで見た記憶は全てなくなります。それから…私の存在もあなたの記憶から消すことにしました。」
驚いて藻掻くセオリアだが、何故か自身の魔法が通用しないことに気が付く。
「ドレス、ありがとうございました。もうこれで私からセオリア様にお会いすることはありません。」
「待て…俺は…。」
強烈な眠気に抗っていたセオリアの目が少しずつ閉じ始め視界が暗くなる。
「セオリア…ごめんなさい。」
エヴァリスが言い終わると同時に、セオリアはガクリと頭を揺らすと目を閉じて眠りにつく。そっと彼の元で膝をつくとエヴァリスは少し震える手でセオリアの頬に手を当てた。ほんのりと暖かく寝息を立てるセオリアの頬にエヴァリスの涙がひとつ落ちる。申し訳なさに流れる涙に「やはりこれで良い」のだと言い聞かせる。
願わくば、もう二度と…。
エヴァリスの魔法が解け髪の色が元に戻ると、結界の効果が消え庭園の奥から祭司長たちが急いでこちらに向かってくるのが分かった。エヴァリスは急いでその場から離れると、人気のない道を王宮の門まで走る。ドレスの裾をつかみながら息を切らすと、向こうからガイデンがリオンを連れて走ってくるのが見えた。
「エステル!!」
「ガイデン、リオンここよ。」
二人はエヴァリスによくやったと声をかけると、エヴァリスはセオリアに見られ記憶を消したことを伝える。それを聞いたガイデンはエヴァリスの肩をつかむと後は任せろと頷く。
「落ち着いたら連絡する。リオン、エステルを頼む。」
「あぁ、急ごう。」
庭園に向かったガイデンと別れ、リオンと手を繋ぎながら王宮の門を目指す。王宮の門を超えた瞬間移転魔法が発動しエヴァリスは間一髪パーティー会場を後にしたのだった。
パーティーでサミュエルの霊を浄化した翌日。
祭司長達に発見されたセオリアと、側にいた令嬢と共に目を覚ましたものの庭園に向かった後の記憶がないという。サミュエルの魔力が消え、事件の被害にあった令嬢たちは無事に声を取り戻したそうだ。しかし魔力が消滅した理由は、やはり誰にもわからなかったという。
「でも魔力は無くなったんですよね?では指輪によって恋が実った恋人たちはその後どうなったのですか?」
まさか魔法が解けて…。そう言いかけて顔を青くしたライラ。
「いや、それは関係なかったようだね。それぞれ気持ちが変わった様子はないみたいだけど。」
「そうでしたか。うーん…結局あの指輪には恋をかなえる効果はあったのでしょうか?」
「どうかしらね。サミュエルが探していたのはアメリアの歌声だから…。」
最終的に指輪に「恋が叶う」力があったのかは神のみぞ知る、ということらしい。
ヴァレリーは昨日の魔力の調査について、祭司長から直々に呼び出しがかかり、朝早くから王宮に足を運んでいる。祭司たちが駆け付けた際、サミュエルの魔力の残り香の中、僅かに浄化された痕跡があると騒然となったという。
「でもエステルが無事でよかったよ。」
「リオンはパーティーの日、違う意味でソワソワしていましたからね。」
「ライラ、君って本当に…。」
青筋を立てるリオンの横で、ライラは気にせずにクッキーを齧る。やんやと話が始まると、エヴァリスはエデンを見に行くと言い残すと静かにその場を後にした。
目指す先に日の光がちらちらと輝く。鬱蒼と茂った森を抜ければ、エヴァリスの身体は柔らかい光に包まれる。視界が開ければ、そこにはエヴァリス達の他は誰も知ることのない、一面色とりどりの花が咲き乱れていた。ここは死者の魂眠る秘密の花園『エデン』である。
エヴァリスが目の前に咲く一輪のバラに触れると、淡い光が灯り花が歌を歌う。昨日咲いたサミュエルとアメリアのラベンダーも同じようにエヴァリスが触れると共鳴し二本で歌を歌い始める。
ここにある花々が歌うのは魂が喜んでいるからに他ならない。無事に黄泉の世界にいった魂は死の苦しみから解放されこうして歌う。
「今日も綺麗に咲いている。」
エデンを歩くエヴァリスが地面に魔法陣を描けば、花たちの上に雨が降り小さい虹がいくつも橋をかける。エヴァリスから放たれる魔法のどれもが温かく、そして美しい。エヴァリスはしばらく花が揺れる、それしかない世界で虹が少しずつ消えていく様子を見つめていた。
その後、エデンの奥に進むとエヴァリスは違う花畑に向かうとその場に腰を下ろす。エヴァリスが先ほどと同じように花に触れれば、その花は茶色く萎びて静かになる。憎しみや未練を残し黄泉の世界にいった魂はこうして 枯れてしまう。その傷は黄泉の世界で長い時間をかけて癒され、その全てを忘れた時再び歌を歌い始めることが出来る。
「君はいつもこうしているのか?」
「な、なんで…。」
エヴァリスは慌てて飛び上がると、声の主を見つめる。
目の前には、もう二度と会うことのないと思っていたセオリアその人の姿があった。
「確か記憶は…。」
「あぁ、どうやら消えなかったらしいな。」
「消えない!?そんなことは…。」
セオリアはエヴァリスの姿をじっと見た後、先ほどエヴァリスが腰を下ろした隣に膝をつく。
確かにセオリアに向かって放った忘却魔法は眠りと共にその記憶を奪い去ったはず。彼の目から表情は伺い知れない。その時セオリアは唐突に尋ねた。
「花に触れても?」
「…はい、大丈夫です。」
エヴァリスの反応を見たセオリアは、そっと花に手を伸ばしそれに優しく触れる。触れた花は揺れ、やがてしな垂れていたそれに新しい蕾が生まれる。
「その魂は、黄泉の世界で傷を癒し終わったのでしょう。暫くしたらまた咲きます。」
セ
オリアは、そうか…と呟くと立ち上がりエヴァリスの前に向き直る。エヴァリスはセオリアから目をそらさずに深々と頭を下げる。
「申し訳ございませんでした。」
「ヴァレリー祭司から話を聞いた。エステル、君は虹の魔法を持っているな。」
「はい、魔法が使えるようになったのは二年ほど前です。ヴァレリーの下で修業をしながら魔物の気配を探し浄化しています。」
セオリアがここに来たという事は既に王宮にエヴァリスの存在が露呈してしたという事だろう。国を揺るがす虹の魔法を隠していたとなればヴァレリーを始めエヴァリスの周りにいる多くの人が少なからず罰を受けることになるだろう。
「セオリア様、秘密を隠していた罰は私が受けます。ヴァレリー祭司達に非はありません。どうか寛大な処罰をお願いいたします。」
そう言いながら改めて深々と頭を下げれば、エヴァリスの肩が微かに震えているのを見たセオリアが呆れたように口を開く。
「勘違いするな。今日ここへ来たのは君たちを罰するためでは無い。」
「…違うのですか?」
恐る恐る顔を上げるエヴァリスに、セオリアは自身の袖をまくるとその手首を見せる。そこには特定の者だけが見ることが出来る虹の魔法の紋章が刻まれていた。
「まさか!口封じの契約をしたのですか!?」
「だからエデンに入れたんだ。既に、ヴァレリー祭司と取り交わしている。」
確かにこのエデンには虹の魔法の秘密を知る者でないとどんなに時間をかけてもたどり着くことは不可能だ。それに口封じの契約は、契りを結んだ者同士以外には決して口外できない。その約束を違えば、死をもってして代償を払うことになる最高位の契約である。どうしてそこまで…。理由が分からずエヴァリスはいよいよ声を震わせる。
「セオリア様、あなたがそこまでする必要などありません。ましてや国家の王子が私的に口封じの契約を結ぶなど…。」
「エステル、君を守るためだ。」
セオリアの言葉にエヴァリスは口を閉じる。
「虹の魔法が知れ渡ることにより、君がどうなるかは言われなくても理解している。エステル、君の存在が明るみに出れば国の外からも命を狙われる可能性があるだろう。」
「それは…。」
「昨日の浄化魔法を嗅ぎつけ始めた者が出ている。もう既にお前たちの中だけで動くことは難しいだろう。」
このまま秘かに浄化をすることは不可能だという。
確かにセオリアの言う事には一理あるが。でも…と食い下がるエヴァリス。
「でもやはりセオリア様にご迷惑をおかけすることは…。」
「契約は既に結ばれた。諦めろ。」
にこれは決定事項だと告げたセオリアの有無を言わさぬ空気にエヴァリスは「分かりました…。」と返すほかない。
「口封じの契約を交わしたのだ。もう私から逃げることは許さない。」
「はい…、二度といたしません。」
「なら良い。」
セオリアはそういうとエヴァリスに少しだけ微笑みを向ける。まだ困惑したままのエヴァリスにエデンを案内するように言うと先をスタスタと歩く。慌てて小走りでセオリアを追いかけるエヴァリスの姿を見守るようにエデンの花たちは声高らかに歌声を響かせるのだった。




