23 不穏の香り
招待状を手渡し、パーティー会場に足を踏み入れれば、そこにはたくさんの人たちで溢れていた。
ガイデンの腕に掴まりながら奥に進むと、向こうから声をかけられる。
「エヴァリス、君も招待されていたんだね。」
「ガーナー教授、いつもリオンがお世話になっております。」
ガーナー教授はガイデンにも挨拶をすると、手にしていた酒をあおりながら笑顔を見せる。彼は研究所で魔法薬の開発のため毎日採薬に繰り出している。リオンもヴァレリーを通じてガーナーに出会ってからは魔法薬に興味を持ち弟子入りしており交流が深い。
「リオンはあの歳にしてはとても飲み込みが早くて驚いているよ。おかしな話だが、時折大人じゃないかと錯覚してしまう。」
「そ、そうですね年齢にしては大人びたところがある子です。でもガーナー教授から教わることを教会でも楽しそうに話しています。自分の熱量を注げるものができたことが嬉しいのだと思います。」
「リオンに宜しく言っておいてくれ。この前出した睡眠薬のレポートがとても良かったと。」
伝えておきます。エヴァリスが礼を伝えると、ガーナーは嬉しそうに頷きながら知り合いの教授を見つけその場を後にした。大人というワードにドキリと肝を冷やすが、リオンにとってガーナーの下で魔法薬の研究ができることは彼の第二の人生の生きがいになっている。先ほどの話を聞いたらきっと喜ぶだろう。
「エステル、飲み物を持ってくる。ここで待ってろ。」
「うん、ありがとう。」
ガイデンはそういうとその場を後にする。暫く一人になり、パーティーの会場を眺めていると向こうの扉から歓声が上がりセオリアがリタールを連れて姿を現した。一斉にセオリアのもとに人だかりができ、彼の姿は頭でさえも確認することが出来なくなった。人が押し寄せては、次から次へとセオリアへ挨拶にやってくる。
「ほら、これ酒じゃないから飲めるぞ。」
「あぁ…ありがとう。」
目の前に赤色のスパークリングジュースが現れる。
こくんと一口飲めば、苺の香りが口の中に広がり炭酸が口の中でシュワシュワと音を立てる。
「美味しい。」
「良かった。お前は酒飲めないもんな、昔から。」
「そうね…もともと飲む機会が無かったこともあるけれど。こっちの方が好きね。」
ガイデンはその隣でシャンパンを飲みながら、無意識にセオリアを見つめているエヴァリスに気づく。
「そういえばパーティーに来たのは、これで二回目だな。」
「えっ?そうなの?」
「んー、俺はもともとガキの頃から騎士になりたかったけど、別に家が裕福ってわけじゃなかったからな。最初に行ったのは王宮の騎士になってから…だな。」
エヴァリスはふーんと頷きながらジュースを飲む。
「どんなパーティーだったの?」
「あ―…覚えてないか。」
「えっ?」
いや、別に…。ガイデンは笑いながら首を振るとシャンパンのグラスを戻す。
そしてエヴァリスに向き直ると、改めてうーんとドレスを眺めるとお嬢様お似合いですねとわざとらしく頭を下げる。
「もう、ガイデンまでからかわないで。」
頬を膨らませ、笑いながらそっぽをむくエヴァリス。その時、マーガレットの髪飾りが一つカランと床に落ちた。移転魔法の時に少しズレてしまったみたい…。エヴァリスが髪飾りを拾い上げる。
「挿し直してやるよ、貸して。」
「ありがとう。」
ガイデンがそういうと、エヴァリスは躊躇なく髪飾りを手渡すと頭を少しだけガイデンの方に寄せる。
その様子にガイデンが困ったように笑う顔はエヴァリスからは見ることが出来ない。艶やかな髪に手を伸ばし、ガイデンの頭の中にマーガレットがよぎる。
「お前は本当に…無防備だよな…。」
髪飾りを挿し終わってもまだ、ガイデンの右手はエヴァリスから離れることはない。
「ねぇ、まだ?」
そんなに手こずるのかと不思議に思い、エヴァリスがそうガイデンに声をかけた時。
「エステル。」
セオリアがエヴァリスの名前を呼ぶ声が聞こえた。まさかの展開にエヴァリスがセオリアに向き直った瞬間、ガイデンの手がエヴァリスの髪飾りから離れる。
「セオリア様。」
「良かった、ちゃんと来たな。」
慌てて頭を下げる。人ごみの中にいたはずのセオリアは何故かエヴァリスの場所まで来て声をかけている。あの方はどなたなのかしら…とエヴァリスに注目が集まり、ひそひそと話し声が広がる。不用意に自身に注目が集まっては困ると目を泳がせると、ガイデンが静かにエヴァリスを引き寄せる。
「セオリア様、この度はお招きいただき感謝し致します。」
「君はエステルと内偵調査をしていた。」
「ガイデン・レナンド、騎士団の第三部隊所属です。…エステルの婚約者です。」
えっ?
驚いて思い切り振り返るエヴァリスを背に隠すとガイデンはセオリアの目を見つめる。
ガイデンの穏やかながらも毅然とした言葉に、セオリアは表情を変えることなく「そうか…。」とだけ答える。
「エステルはこの様な場所は慣れておらず緊張しているようです。ご容赦ください。」
ガイデンの背中の後ろで、顔を伏せ震えるエヴァリスを見てセオリアはふっと視線を逸らす。
「そうかエステル、無理に呼び出してすまなかった。」
「い、いえとんでもございません。」
「今宵は二人にも楽しんでもらいたい。ではまた…。」
そう言って、無表情のまま背を向けるセオリアにエヴァリスは慌てて声をかける。
「あ、あの…。」
その時。
会場の扉が開きざわざわとした話し声と歓声が上がった。
リタールがすぐさま、セオリアに耳打ちすると明らかにその表情が歪みドアの方に足早に向かう。
「皆様、今宵のパーティーはお楽しみいただけていますでしょうか。」
その声を聴き、エヴァリスの心臓はドクンとひときわ大きな音を立てて鳴る。
まるではちみつが蕩けるような猫なで声。それは数年ぶりに聞くエルメルダの声だった。
エルメルダは侍女を従え、パーティーの参加者に挨拶をしながら我が物顔で歩き回る。困惑した顔や、怪訝な顔を見せられてもお構いなくエルメルダは笑みを絶やさない。
セオリアはエルメルダの腕をつかむと自身のもとに引き寄せると、周りには聞こえないように低い声を出す。
「何故ここにいる?私の思い違いでなければ、今日君は招かれていないと思うのだが。」
「王子様主催のパーティーに私が呼ばれないなんて示しがつきません。家臣にもそう忠告されたはずですよ。」
セオリアはハッと笑ったのち、顔には出さないもののエルメルダに笑顔を向ける。
「話はあとだ。もういい部屋に戻れ。」
エルメルダは眉をピクリとうごかしたものの、笑顔を張り付けたままその手を振りほどく。
「来てくださった皆様にご挨拶をするだけです。」
尚も食い下がるエルメルダを見て、周りの人々からは怪訝な声が漏れる。
「パーティーに参加なんてお気楽でいいわね。世では魔物が結界を越え入ってきているというのに。」
「噂では王子との不仲を払しょくするのに躍起になっているそうよ…。」
「婚約の儀もまだ終えてないしな…。」
ひそひそと聞こえてきた中傷に、エルメルダはその美しい笑顔を消すと射抜かんばかりの目で声の方を睨みつける。何人かはすごすごとその場を離れ、バツが悪そうに押し黙る。この中では完全に自身の立場がアウェーであると流石のエルメルダも気づかないわけがない。
いつものエルメルダであれば、大きな声で騒ぎ立て端から端まで罰を与えるところだがセオリア主催のパーティーではそれが出来ず持っていたセンスがミシミシと音を立てる。
「聖女よ、今日も民のため癒しの魔法で結界を張り疲れているだろう。ゆっくりと部屋で休むと良い。」
セオリアからの最終通告にエルメルダは低い声で「グッッ」と小さく呻くと歯を嚙んだ。エルメルダの限界を悟った侍女は慌てて入口に通す。エルメルダはその手を払うと引きつった顔で参加者に声をかけた。
「セオリア様、私の身体をお気遣いいただき感謝いたします。皆さま今宵は素晴らしい夜を…。」
そういうと、足早にドアから外に出ると会場を後にした。この後エルメルダの暴走がどうなるのかを思い、何人かのメイドや執事は頭を抱える。
「皆すまなかった。パーティーを続けてくれ。」
暫しの混乱の中セオリアの一言でだんだんと穏やかさが戻るパーティー会場。先ほどの様に歓談が始まりセオリアはまたたくさんの人々に囲まれることとなった。
エヴァリスは久々に見る妹の様子に、胸が締め付けられるように傷が疼くのを感じていた。まさかこの場所でエルメルダの顔を見ることになるとは思いもしていなかった。
「大丈夫か?」
顔色の悪さをを心配するガイデンが気づかわし気に、エヴァリスの顔を覗き込む。
「えぇ、大丈夫。少し庭園を歩いてくるわ。」
「俺も行くよ。」
「いいの、庭園の中は分かっているしガイデンも上司の方もいらっしゃるんだからちゃんと挨拶してきて。」
でも…と食い下がるガイデンに、タイミングよく騎士団の上司が声をかけてきた。慌てて挨拶を交わすガイデンに頷くとエヴァリスはそっとパーティー会場を出て、テラスから王宮の庭園に足を向けた。
喧騒が少し遠のき、演奏と笑い声が心地よく耳に入るベンチでエヴァリスは腰を下ろすとやっと落ち着いて大きく息を吐く。少しだけ仄かに薄暗い場所が、エヴァリスを隠してくれるようで無性に心地よく感じた。
先ほど。
エヴァリスから見えたのは、会場に現れたエルメルダを引き寄せるセオリアの姿だった。その後、自身を気遣うセオリアに礼を述べ会場を後にするエルメルダの背中を、身を小さくしながら見つめることしかできない自分に、エヴァリスは言いようのない気持ちを覚える。
「ドレスのお礼を言い損ねちゃった。」
あの時のセオリアの眼差しがこびり付き胸に後悔が押し寄せる。どうしてこうも彼のことになると上手くいかないのだろう…とやるせなさが募る。
ドレスがとても気に入ったこと。そしてガイデンのことは間違いで、婚約者ではない…と。
…いや今何を?
あまりにも自分中心の考え方がよぎりエヴァリスは顔を手で覆う。
「どうして消えてくれないのかしら…。」
ぽつりと弱音を吐いた時。
魔物の気配を感じると、キ――――ンと耳鳴りが始まる。。
エヴァリスはリラを通じてヴァレリー達に魔物が出た信号を送る。それは以前、宝石店でオパールの原石を見た時に感じた気配に似ているが、しかしその魔力が比ではない。魔力の根源に値する大きな力の気配だった。会場では、まだ混乱している様子はなく、変わらずにパーティーが続いている。
「エステル!!」
合図に気づいたガイデンが庭園のエヴァリスの元へ駆けつける。すると、二人の周りに甘いラベンダーの香りが漂い始めた。
「ガイデン、宝石店で感じた気配よ。占い師が近くにいるわ。」
「ここに!?王宮の中だぞ、どうやって入ったんだ。」
「直ぐにパーティー会場に連絡して避難を。魔力の根源は私が追うわ。」
分かった。ガイデンが直ぐにパーティー会場に戻るとエヴァリスは気配を辿って庭園の中を走る。だんだんと匂いが色濃くなると、ふとエヴァリスの耳に微かに歌声が聞こえ始める。それはどこか甘い香りを含んだ、若い女性のような声だった。
このままパーティー会場に魔物が近づけば負傷者が多数出る可能性がある。魔力の源が近いことを知り、エヴァリスが虹の魔法を解放すると自身の髪と目が虹色に染まる。魔法の解放と共に、流れ込んできたのは「悲しみの感情」歌声に導かれるように庭園のバラの迷路を抜ければ、目の前に紫色の煙と共にローブを目深に被った人影をとらえた。
「見つけた!!」
エヴァリスはバラの迷路に侵入者を防ぐ結界を張ると、直ぐに浄化の魔法をかけようと身構えるが、一人の令嬢が植物の蔓に絡めとられているのが見え慌てて動きを止めた。エヴァリスの動きに反応し、蔓がぼんやりと光り出せば、眠ったままの令嬢が再び歌い始め、花園に響く歌声は脳の中まで響き渡る。
『違う。』
その声を聴いたローブの男は苛立たようにこぶしを握る。
『お前…でもない。』
そう呟くと、男は令嬢に向かって手を掲げる。声を取られる。
そう直感したエヴァリスは魔力を込めると浄化の光を放つ。虹色の閃光に包まれうめき声をあげた男のローブが捲れるとそこには青白い顔の一人の青年の姿があった。その姿を見てエヴァリスは驚きの声を上げる。




