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22 パーティーの招待状

そう言い残すと、店主は意識を失うと机に伏せたまま眠ってしまった。エヴァリスは眠っている店員に香水を振りかける。香水の中には微弱な忘却魔法がかかっており、その香りを纏った者の直前の記憶を消し去ることが出来る。



「やっぱり、この店が絡んでいたようだな。エヴァリスお手柄だ。」


「いいえ、この店主は男の素性については何も知らないわ。そもそも魔力にあてられただけで、彼女自身に呪いをかける意図はないわ。」


「どのみちこの店は騎士団の管轄で正式に調査する。」



ガイデンの話を聞きながら、エヴァリスは先ほど聞こえた男の声について考える。



「最後にもう一度だけ」ということはもしかしたら…。


「ガイデン、占い師は誰かを探しているのかも…。」


「探すって、いったい誰を?」



まだ分からない…。とエヴァリスは首を振った。

暫くすると、ガイデンの報告を聞きつけた騎士団が宝石店に到着し主人を始め店に関わる人間が一斉に聞き取り調査のため王宮に連行されていった。


まだ催眠が完全に解けていない店主は、困惑した顔のまま「私は何もしていません。」そう泣きながら騎士に抱えられ外に連れていかれた。謎が残るものの、一先ずエヴァリスの内偵調査は無事に終了することになった。


その後も、エヴァリスは魔力を高めるために浄化を行っていく傍ら指輪の痕跡を追っていた。しかし、発信源の一つである宝石店を封鎖したこともあり、それからしばらくは恋の叶う指輪の発見報告はみられない。



今日も子どもたちに勉強を教え終わり、黒板の片づけを行っているとシスターから声をかけられた。


「エステル、あなたにお客様よ。」


「私に?」


「あんな素敵な恋人がいたなんて知らなかったわ。」



…恋人?

シスターは「教会の門に来てるからね。」とニコニコと手を振りながらその場を後にする。自身には全く当てはまらない言葉に首をひねるがエヴァリスは急いで片づけを終えると門まで急ぐ。



「すみません、お待たせしま…。」


「忙しかったか、すまない。」


そこにはセオリアの姿があった。エヴァリスは落としたチョークを慌てて拾うと、何でここに…。と尋ねる。セオリアの姿しかないのを見て、まさか一人で来たのかとあたりを見回すエヴァリスに騎士が近くで見ているから心配ないと答えた。



「どうされたのですか?こんな場所に。」


「今日は先日の宝石店の礼を言いに来た。」



セオリアの話によれば、騎士団から内偵調査の報告が上がりガイデンと共にエヴァリスが宝石店に行ったことは既に耳に入っているらしい。



セオリアが直々に?


「そんな私は…。わざわざお越しくださるだなんて恐れ多いです。」


「エステルのおかげで指輪の大きな販売ルートをひとつ潰したんだ。ありがとう、礼を言う。」


「いえ、そんな私は何もしていませんから。」



恐縮しきるエヴァリスを見て、セオリアはポケットから真っ白い封筒を取り出すとエヴァリスへと差し出す。それを受け取りながらセオリアの顔を見る。


「これは何でしょうか?」


「招待状だ。」


「招待状…何の?」


「今度王宮で行うパーティーに招待しようと思う。是非来て欲しい。」


「ちょ、ちょっと待ってください。こんな大層なもの受け取れません。そもそも私は何の関係もありません。」


そう言って招待状を突き返すエヴァリス。セオリアが言うには、先日の調査に協力した事と、日ごろから教会の運営に尽力しているねぎらいだという。セオリアは再度エヴァリスが抱えている荷物の上に招待状を置いた。




「心配しなくていい。これは私が主催するもので身分に関係なく、私が交友のある者たちを呼ぶパーティーだ。作法も関係ない。」


「いやいや、なおさら行けません。そもそも私パーティーに行くドレスなんて…。」


「それなら心配ない。」



否、大ありです王子。荷物を落とさないように招待状を取ろうと躍起になるエヴァリスを遮りセオリアはほほ笑む。日取りが近くなったら人を寄越す。セオリアは言いたいことだけいうと颯爽と来た道を戻って行った。



「お待ちください!私はまだ行くなんて一言も…。」


「いいかエステル。」


『これは命令だ。』


有無を言わさぬ満面の笑み。拒否の代わりにぐっと押し黙ればセオリアはなぜか楽しそうに笑いながら騎士を連れて去って行った。

どうやらしばらく会わない間に、セオリアの性格はやはり歪んだらしい。荷物と招待状を抱え呆然と立ち尽くすエヴァリスはこれからどうしようと途方に暮れるのであった。



「すみません、お嬢様。今なんとおっしゃいました?」


「だからセオリア様にパーティーに招待されたの。」



ライラとリオンは受け取った招待状を見ながら顔を見合わせる。中に入っていたカードには確かにセオリアの王宮の公印が押されている。



「一体いつからこんな面白い事に…いえ、セオリア様と交流があったのですか?」


「ライラ、本音が出てるよ。でもエステル、確かに自ら危ない場所に行く必要はないと思うけど。」


「そうよね…。私もそう思うんだけど。」



リオンの言う通りだ。

本当ならむやみに王宮に、セオリアに近づくべきではない。エヴァリスは既に自分の名前を捨て、エステル・マゼンタとして生きているのだから。



「うん…、やっぱり丁重にお断りするわ。」


そう言って笑うエヴァリスを見て、ライラは何かを悟ったのか優しくエヴァリスの手を握る。



「お嬢様、ライラはいつもお嬢様の笑った顔が大好きです。なので夕ご飯はお嬢様のお好きなポトフにしましょう。」


「えぇ、ライラありがとう。」



エヴァリスにとってライラの優しい心遣いがぽっかりと空いた穴を埋めるように染み込んでいく。

失ったものはあれど、空いた穴にはそれを埋める新しい人や幸せがまたやってくる。


エヴァリスはガイデンを通し、セオリアにパーティーへの参加を丁重に断る手紙をしたためた。

もしかしたらセオリアはこの手紙を見て怒りをあらわにするかもしれない。もうこの前の様にエヴァリスと対面で話し、笑いかけることも無いだろう。


エヴァリスはまたしても、彼の手を離す選択をした。

それがお互いの幸せだと願って。






そう思っていた筈なのに…。


「どうしてこんなことになっているの?」

 


棒立ちになるエヴァリスの周りを、王宮の針子係がテキパキとドレスの採寸で忙しく歩き回る。部屋の中に溢れるのは色とりどりの布とリボン、そしてレースにパール。この光景をエヴァリスはいつかケイネン家のエルメルダの部屋で見たことがあったと思い出す。


ライラに部屋を追い立てられたリオンはリラを連れて森に薬草を取りに出かけた。



断りの手紙を送った数日後。

王宮から突然来客が来たかと思えば、あっという間にこの状態になった。


「あの…パーティーのことなら丁重にお断りをしたのですが…。」


「私達には分かりかねます。セオリア王子様から直々にエステル様にドレスを作るようにと仰せつかりましたので、こうしております。」



針子はキビキビと答えると、魔法でメジャーをシュルシュルと動かしながら、メイドにいくつかの生地を持ってくるように指示を出す。



「そもそもドレスを作っていただいてもお代が支払いできませんし。」



(はい、背筋をしゃんと伸ばしてください!!)

マリエッタに似たそれに、エヴァリスは思わず指示に従い背筋を伸ばす。



「問題ありません、それはセオリア様が此度の貢献に伴って贈呈されるとおっしゃいましたから。」


「贈呈!?セオリア様からプレゼントされるということですか?」



シルクの布の山で隠れて見えずにいたライラが、エヴァリスよりも大きな声を出す。

もしかして手紙が届いていなかったんじゃ…。でもガイデンは確かにリタールを通じて渡ったと言っていた。頭で考えるよりも早く、着々と進んでいた採寸が先に終わり針子たちは直ぐに撤収していく。

流石は王宮仕え、一流の仕事はこういうことらしい。裁縫が得意なライラも舌を巻く仕事の速さだった。



「お嬢様、私難しいことは分かりませんが…外堀を埋めるとはこういう時に使うのでしょうね。」


「どうしても来いってことなのかしら。」



悪夢だ…。エヴァリスはやっとマネキンから解放されソファーに倒れ込む。

セオリアの考えていることが分からずにエヴァリスは大きく項垂れるしかなかった。


暫くして、薬草を取りに行ったリオンは疲れて白くなったエヴァリスを見てぎょっとした表情を浮かべる。




「な、何?魔物でも倒してきたの?」


「そんなことないけど。それくらいの疲れに匹敵するわ。」


「リオン、夜になったらガイデン様の所に行ってください!お嬢様のピンチです。」



あっち行ったり、こっち行ったり…。僕は伝書鳩じゃないんだけどね。

リオンがじとっとライラを見つめる。聞けばその後ガイデンにもリタールを通じて、エヴァリスと同じくパーティーの招待状が来ていたとのこと。

ドレスの採寸も終えてしまった今エヴァリスはなすすべがない。とうとう観念しガイデンと共にパーティーに参加することを決めたのだった。


パーティーの当日、一段と気合が入ったライラの手によってエヴァリスはセオリアが手配した菫色のドレスを身にまとう。ライラが黒く長い髪の毛にマーガレットの髪飾りが編み込みながら鏡を見れば沈んだ顔のエヴァリスが映った。



「お嬢様、なんて顔されるのですか。まるで断罪の場に行くかのような怖い顔ですよ。」


「状況はあながち間違ってはいない気がするけれど…。」



はぁとため息をつけば、ライラはエヴァリスの唇に丁寧に朱を入れていく。ため息をつくと幸せが逃げますよ、と窘められてエヴァリスはちらりとライラを見た。


「別に踊るわけでもないし、ただの会食ではないですか。美味しいものをたらふく食べて少ししたら直ぐにガイデン様と帰ったらよろしいではないですか。」


「それはそうなんだけど…。」


「もう!いい加減に腹を決めてください。」



ほら世界で一番素敵になりましたよ。化粧用のケープを取るとライラはにっこりとほほ笑んだ。

菫色のドレスは袖がシフォン生地で作られており、エヴァリスの動きに合わせて袖がひらひらと揺れ、スカートはシンプルなラインのものだった。さすがは王宮勤めの針子、完璧な着心地である。



「エステル、そろそろ時間に…。」



言葉通りリオンは扉を開けたまま、エヴァリスを見つめるとたちまち耳を赤く染めて慌てる。



「ほら、お嬢様見てください!あまりの美しさにリオンが固まっていますよ。」


「な、違うよ!似合ってるけど!別に変な意味じゃ…。」


「ありがとうリオン、孫にも衣装だけど…褒められると嬉しいわ。」




そう言って困ったように笑うエヴァリスにリオンはさらに赤くなる。




「エステル、無自覚は時として暴力にになりうる…。」


「さぁ、お嬢様まいりましょう、ガイデン様がお待ちですよ。」



ライラは手を叩くと、まだ顔の火照りがおさまらないリオンの腕を引きエヴァリスの前まで引きずる。

じゃあ…。とリオンに差し出された左手をエヴァリスはゆっくりと取る。



「お嬢様、せっかくのパーティーです。是非楽しんできてください。」


「ありがとうライラ、行ってきます。」



手を振るライラに力なく笑顔を返すと、エヴァリスの視界がぐらりと揺れリオンの移転魔法が発動した。

移転を繰り返し2回ほど、エヴァリスとリオンは草木の生える地面に足をつける。

その場所は、王宮の近くの噴水のある広場の陰だった。パーティーに参加するための馬車が行き交い、笑い声や華やかな空気が既にあたりを包み込む。



問題なく到着したリオンはあたりを見回すとエヴァリスの手をそっと離す。


「ガイデンがここで待ち合わせって言ったんだ。もう来ていると思うんだけど…。」



エヴァリスも辺りを見回すと、噴水の反対にタキシードを着たガイデンの姿が見えた。あれじゃないかしら…。リオンと共にそっと近づけば首元の蝶ネクタイを窮屈そうに触る立つガイデンの姿があった。


「ごめんなさい、ガイデン待ったかしら?」


「いや…今来たばかりだ。」



ガイデンはエヴァリスに気づき振り向くと、少しだけ目を見張ると直ぐにいつもの笑顔に戻る。



「なるほどね、似合うじゃないか。いつもの格好とは大違いだ。」


「なんだかいつもにも増してソワソワしちゃうわ。…ガイデンも居心地が悪そうね。」


「あぁ、騎士団の服で行こうかと思ったが上司に止められた。」




それを聞いたエヴァリスがくすくすと笑い、その様子をガイデンが穏やかに見つめる。



「ガイデン、僕のこと忘れてない?」


「何言ってんだよリオン。ずっと見えてるよ。」



ニヤリと笑ったガイデンに、疑いのまなざしを向けながらリオンは腕を組む。



「帰りは俺がエヴァリスを送っていくから安心しろ。」


「当たり前だ、パーティー中も気を抜くなよ。」



ガイデンはエヴァリスに聞こえないように、リオンの耳に顔を近づけると『帰さなかったら?』とイタズラに囁く。聞き取ることが出来なかったエヴァリスが何?と聞き返す。リオンはその言葉を聞くと大きく舌打ちをしながら。


「毒草を鼻に押し込んでやる。」


と一言を残し移転魔法で教会に戻って行った。



「ガイデン、あなたリオンに何を言ったの?」


「いや、何も。ほら行くぞ。」




まだ怪訝な顔をするエヴァリスの手を引きガイデンは王宮の門をくぐる。それはまた大きな波乱の前触れとは知る由もなく。

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