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21 恋を叶える魔の指輪

その日は朝から雨が降っていた。

ここしばらくハレオンでは雨の日が続いていた。恵みの雨はありがたいことだが、降り続く雨の中植物たちが根腐りしていないかリオンがしとしと降る雨を見つめる。すると向こうの方から畑の様子を見に行ったエヴァリスとライラが戻って来るのが見えた。


「うぇー、足元がびしょびしょです。」


「二人とも待っていて、拭くものを持ってくるよ。」


「ありがとうリオン、助かるわ。」




リオンから受け取ったタオルで漆黒に羽を濡らすリラを包むと、体を揺らし水しぶきを飛ばす。一通り見てはみたが特に作物に問題は見当たらなかった。



「植物は心配ありませんでした。それにしてもたくさん降りますね。」


「この時期は毎年そんなに雨は降らないはずだけど…。」



リオンは暖かいベリーティーをいれると、先ほどガイデンからあった報告書をエヴァリスに手渡す。

書かれている内容は、最近ハレオンの貴族を中心に流行している『恋をかなえる指輪』に関する情報だった。

ある令嬢はどうしても叶うことのない相手に長年心を寄せていたのだという。そこで占い師に勧められて一つの指輪を購入した。効果を疑いながらも指輪をはめて思いを告げると見事に相手と結ばれ婚姻を結ぶことになったのだという。




「そんなウマい話、指輪を買わせるための常とう句ですよ。」


「ここまでの話ならね。どうやらその指輪を購入した令嬢はその後、自身の声を失ったらしい。」


「声を?」




エヴァリスが聞き返せばリオンは頷きながら眉間にしわを寄せる。始めはなんてことない流行風邪だと思われていたが、そのほかにも同じ理由で医院を受診した令嬢の何人から【恋を叶える指輪】の話が出たところでその存在が知られることになったらしい。



「まだ指輪との因果関係は不明だけど、恋愛成就の噂を聞きつけて指輪を買った中に同じように声を失った令嬢が何人か出ているそうだよ。」


「どうして声がなくなるのでしょうね、不思議です。」



貴族の中では既に怪しい魔法の類と通達され購入を禁止されているものの、思いの強い者は裏口から秘かに手に入れようと躍起になっているのだという。同じくその夜、ヴァレリーは帰宅するとテーブルの上に一つの小さい化粧箱を置いた。



「これ報告書にあった指輪だ!」


「えっ?ヴァレリー指輪を手に入れたのですか?」


「いや、声を失った令嬢から許可を得て借りてきたものだ。」



ヴァレリーはその箱を静かに開くと、小粒のオパールがついた指輪が現れた。三人が想像した以上に、一見何の変哲もない指輪で、特に値段がとてつもなく張るわけではなさそうだ。

エヴァリスはヴァレリーに声をかけ化粧箱を手に取ると、微かに魔物の気配が流れ込む。



「既に魔力の多くは令嬢に移っているので、触ること自体に問題はありませんが…指にははめない方が良いでしょうね。」


浄化しますか?

エヴァリスが尋ねるとヴァレリーは首を振る。



「いえ、大元の魔力を浄化しなくてはトカゲのしっぽ切りだろう。これは氷山の一角、果たして今国内にどれだけの指輪が蔓延ったままなのかは見当がつかない状態だそうだ。」


「そうですか…。」


「でも、反対のことを言えば大元を叩けば流通してしまった全ての魔力は絶つことが出来る、ということだね。」



リオンの言葉にヴァレリーはそうだと頷く。その話を真剣に聞いていたライラは、なーんだと言うと椅子から立ち上がる。





「じゃあ、さっさとその占い師の所に突撃して魔力を根絶やしにしましょう!!私たちがみんなで行けばこんなの直ぐに片付きますよ。」


「う~ん、それは難しいわね…。」




その時、報告書を読み進めていたエヴァリスは言葉を濁す。




「お嬢様、どうしてですか?」


「その占い師は神出鬼没で特定の場所がないそうよ。今のままだと国中をしらみつぶしに探すしかないわ。」



聞き取り調査では、購入した日時も場所もてんでバラバラで、皆口々にフードを目深にかぶっており声は男の者であるが、顔は一切見ていないという。まるで砂漠に落ちた針を見つけるような話である。それはかなり難しい依頼だね…とこぼすリオン。三人に中に重い空気が漂う中、ただ…。とヴァレリーが口を開く。





「その占い師はラベンダーの香りがすると言っていたそうだ。」


「ラベンダー、ですか?」


「あれですかね、客の心を落ち着けるため?とかでしょうか。」




目の前にある手掛かりは、謎の占い師と、指輪と、ラベンダーの香りだけ。

この日からエヴァリス達は指輪事件の調査を行うことになった。

まず手始めに教会に来る人々に話を聞いてみるものの。皆指輪の噂は知れど、その詳細は分からなかった。


「私のお屋敷でも魔法の指輪の話が出てきたことがあるけれど…お嬢様が欲しいなんて言った日には奥様からきついお叱りを受けていたわ。」


「そもそも恋が魔法で叶うなんて、あり得ないわ。それに…、恋を叶える指輪なんて私たちみたいなのには関係ないしね。」


「そうそう、そんな指輪があるなら今の旦那となんて絶対に結婚なんかしていないもの。」




汚れた服を洗いながら女性たちは大きな声で笑う。その話を聞きながらライラとエヴァリスは顔を見合わせた。



「指輪の話じゃないけど、あったらしいわよ。サミュエルっていう若い男がね、好きな人の死後に毎日愛の証明のために花を贈ったって話。」


「はー、純愛ね――。私だってそんな風に愛されてみたいわよ。」




数日後、久しぶりにリオンの移転魔法で教会に顔を出したガイデンに報告をすればあちらからも特にめぼしい情報は入っていないとのことだった。こちらの気配に気づいたのでは?との見方もできるが、それにしては反応が早い。



「今度、宝石商に内偵にはいることになった。」


「宝石商?占い師を探していたんじゃないのか?」




久しぶりに顔を出したガイデンは肩をすくめて見せる。ここ最近、各宝石商に原石を破格の値段で卸しに来る者がいるらしい。騎士団の女性団員が町人に成りすまして度々確認をしに行ったというが、宝石商の主は何かを感づいたのかなかなか口を割ってはくれない。



「そこでエステルに頼みがあるんだが。」


「私に?」


「俺の婚約者になって欲しい。」




…しばし部屋に訪れる静寂。

ライラの口から「わぁお。」という言葉が漏れた。



へぇっ?

すっとんきょんな声を上げたエヴァリスの横で、リオンが勢いよく椅子から立ち上がる。




「ちょっと!真面目な話の最中にいきなりなんてこと言うんだ!!」


「ガイデン様、とうとうお心を決められたのですね!」




ぎゃあぎゃあと喚く二人を尻目に、落ち着け…と呆れるガイデンは天を仰ぐ。



「話を最後まで聞け。本当に婚約するわけじゃない、あくまで内偵調査だ。」


「なーんだ、愛の告白だと思ったのに残念です。」


と肩を落とすライラに、当たり前だ!とリオンが憤慨する。


「俺とエステルはもともと教会で何度か合っているし、仮に婚約者だと伝えても向こうには分からない。それにエステルは魔物の魔力を察知できる。何か手掛かりがあれば反応できるはずだ。」


「それは構わないけど、内偵って具体的に何をすれば良いの?」



国の騎士も介入している大きな事件。素人の私で良いのか…と心配になったエヴァリスはガイデンに尋ねる。


「エステルは俺と婚約指輪を買いに来たことにして店の様子を探ってくれれば良い。何か見つかれば王宮に報告して、何か動くとすれば正式に騎士団で動くよ。」


「そういうことなら…分かったわ。協力する。」



何処か釈然としない様子のリオンを見て、ライラはあくまでフリですよ、とニヤリと頬を緩める。

その翌日エヴァリスが宝石店の近くの花屋で待ち合わせるとガイデンが息を切らして到着した。



「すまない、待たせた?」


「ううん、私も今来たところ。今日は騎士団の服じゃないのね、久しぶりに見た気がする。」


「あぁ…。今日は婚約指輪を見に行く予定だからな。」



そう言ったガイデンは少しの間考えるとエヴァリスに自身の右手を差し出す。

いつもとは違うその様子にエヴァリスはくすくすと笑うと、ガイデンの腕に掴まり行きましょうかと腕を組む。ガイデンはほっとした顔をすると二人は宝石店に足を踏み入れた。


シャランとガラスのウィンドウチャイムが鳴り響き店内に入ると、すでに数人の客がおり店内は色とりどりの宝石がずらりと並んでいた。


入口の前で店内の様子を見ていると、店員がエヴァリスとガイデンに声をかける。



「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか?」


「あー、二人の婚約指輪を探しに来た。」


「まぁ素敵!そうでしたらゆっくりとご覧くださいませ。さぁどうぞ中へ。」



半ば押し込まれるように進めば、目の前に何種類もの指輪が入ったケースが現れる。

ガイデンが店員から商品の説明を受け、気を逸らしている間にエヴァリスは目を閉じて店内の空気に集中する。


しかし店内からはこれといった魔物の気配は感じられない。ガイデンに静かに首を振れば、あちらも頷きを返す。

その時、ガイデンが何かに気づき店員に声をかける。


「この店では原石を買い付けてオーダーメイドで指輪が作れると聞いたのだが。」


「はい、もちろん。オーダーメイドでもお作り出来ますわ。」


「では原石をこの目で見たいのだが良いだろうか?」


「少々お待ちください。」


店員は店の奥に一度消えると、この店の店主が顔を出す。


ガイデンの原石という言葉に店主はひそかに眉を動かし反応する。加工したものなら今すぐにでもこちらでお見せできますが…。と幾分か距離を取った店員の様子を見てエヴァリスは慌ててガイデンの腕に抱き着く。


「実は彼と、私は誕生石が同じなんです。なのでお互い相手に一番合う原石を選ぶところからお願いしたくて。彼との出会いは運命だと思っているので。」


予想外のエヴァリスのほほ笑みにガイデンは咄嗟に耳を赤くして口を抑える。

出来ませんか?とエヴァリスが残念そうに伝えると、店主は訝し気に数回エヴァリスとガイデンを交互に見やり目を細める。


(ダメか…。)

そう諦めようとした瞬間、満面の笑みを浮かべると手を叩く。




「そうだったのですね!できますお安い御用です!奥に小部屋がございますのでそちらでご覧いただけますわ。」


「あ、ありがとうございます。」



二人は店舗の裏から続く離れの小部屋に通された。

お二人の愛の結晶を原石からお選びになりたいとは、奥様の愛情は海よりも深いのですね。うらやましい限りです…。厳密には奥様ではない。何故かエヴァリスの言葉に感銘を受けたらしい店主は部屋に案内し原石の箱を持ってくるまで真実の愛について話が止まらすしゃべりっぱなしだった。


内偵と分かっている二人もさすがにこうも祭り上げられるとやり場がなくなり、背中から汗をかく。

しびれを切らしたガイデンがそろそろ見せてくれないかと話を遮ると、流石に相手も気が付いたのかコホンと咳を一つ。



「失礼いたしました。お客様のお求めの石はどれですか?」


「オパールです。」


「…それでは、とっておきの物がございます。」




蕩けるような笑顔を向けられたその瞬間、エヴァリスの鼓膜が震え、高い音で耳鳴りが響く。

ふっと耳を抑えると隣に座っていたガイデンはエヴァリスが何かを感じ取った事を察したようだ。


「こちらでございます。」



恭しく差し出された箱には七色がチラリと覗くオパールの原石であり、それは黒い黒煙を揺らしながら怪しく光り輝く。



見つけた。

エヴァリスは机の下でガイデンの袖を引くと、ガイデンは分かったと頷いた。もちろんガイデンにはこの黒煙は見えていない。しかしそれは店員もまた同じようだった。



「美しいでしょう?このオパールには手にした方を幸せにする力があります。是非とも奥様にいかがでしょうか?」


「そうね、とても気に入ったわ。」




エヴァリスはそう返すと、店員の方に手を向けると虹の魔法を込める。慌てる店員が声を上げる暇もなく、浄化の魔法に触れた相手はとろんとした目でエヴァリスを見つめると頭をゆらゆらと揺らし始める。



「エヴァリス、これは?」


「催眠魔法よ。そんなに長くは時間が持たないの。」



エヴァリスは、店員の目を見つめると神経を集中させる。


「確認したいことがあるの。この原石はどこで手に入れたの?」


『原石は、たまにふらりと現れる男から…仕入れました。』



「その男は恋を叶える指輪に関係ある?」



『わかりません、ただ…私は買うだけ…あの、男…。』


どうやら彼女の潜在意識が頭をもたげたらしい。


「どうしたら会えるの?」 


『彼女の声…探して、る。花…渡すため…。』


【最後にもう一度だけ。】



店主の女性の声に重なるようにエヴァリスは男性の声を聞き取った。


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