20 収穫祭
収穫祭の当日。
教会には炊き出しを求め多くの人達が列をなす。教会で用意したパンとスープは次々と飢えをしのぐ人々の空腹を満たし、子どもたちはその場で歌を歌いながら踊り出す。
「さぁ、みんな野菜の種は持ったかしら?」
子どもたちは小さい掌に乗った種を飛ばさないように大事に抱えながら「「はーい」」と一斉に答える。
エヴァリスの指示を合図に子どもたちは指で穴をあけながらそっと種を植えていく。
「先生、この種は大きくなったら何になるの?」
「これはトマトよ。こっちはカボチャね。」
「えー、ぼくトマトって嫌いなんだ。」
酸っぱいんだもん…。そう言って顔をしかめる子どもを見てエヴァリスはほほ笑む。
「イルス、今日食べたスープは美味しかった?」
「うん!あまくてとってもおいしかったよ。」
「あのスープにはちゃんとトマトも入っているのよ。」
それを聞いたイルスは驚いたように信じられないと肩をすくめる。
他の子ども達もニンジンやキノコが入っていると聞いてどうしておいしいのかと不思議そうに首をかしげる。
「苦手なものでもみんなで美味しく煮込めば誰にでも優しい味になるのよ。友達関係もそう、みんなで協力すれば苦手なことでも頑張れるでしょう?」
「うん!ぼくトマトの種をうえてみるよ。」
イルスはエヴァリスの手からトマトの種を受け取ると、優しく土をかける。偉いわ、と褒められたイルスに続き子どもたちは種を植える。こうしてみんなの手で植えられた種はしばらくすれば大きく実り、また人々に豊かな幸せを与えることになる。
「エステル、邪魔するぞ。」
ヴァレリーが祭司長を連れてみんなの元へ現れた。祭司長は子どもたちの笑顔を見るとうんうんと頷きながらほほ笑む。報奨金を渡す名目で教会を訪れた祭司長は一年で様変わりした教会を見て感動したそうだ。
「エステル殿、改めまして礼を伝えます。先ほど教会の炊き出しを見てきた。そしてこの子どもたちの笑顔…あなた達の慈悲なる心に感謝を述べます。どうもありがとう。」
「とんでもございません。ここにいる教会の従事者は皆ヴァレリーと志を同じにする人たちの集まりです。セオリア様のご厚意に感謝したします。」
「言ったであろう、エステルは私の自慢の弟子だ。」
まるで自身の子どもを紹介するように、ヴァレリーは自慢げに祭司長のナシュエルの肩を叩く。話を聞けば、ナシュエルはヴァレリーと幼いころからの付き合いだという。お前がさっさと観念して王宮に戻ってくれば私の仕事が減るというのに…と祭司長は笑う。
「セオリア様が新しく王宮で管理している土地を教会に与えるそうです。この場所以外にも有効に使えるでしょう。」
「とても嬉しいです。感謝したします。」
「そういえば、いまさっきまでここに…。」
「祭司長様、せっかくのご訪問です。是非パンとスープをお召し上がりください。」
話の途中で子どもたちに誘われた祭司長はヴァレリーと共に手を引かれ広場に足を運ぶようだ。
「エステル殿、どうかこれからも子どもたちの健やかな発展のため力を貸してほしい。」
「はい、私にできることがあればいつでも。」
祭司長はヴァレリーと共に、民との交流をしに広場に戻っていった。子どもたちや、教会に足を運んだ人たちの手によって無事に種は植えられたそうだ。
「では皆にお菓子を配るから手を綺麗に洗ってきてちょうだい。」
子どもたちはお菓子というシスターの言葉を聞いて歓声を上げると我先に井戸水の方へ走っていく。今年の収穫祭のお菓子はバターの入ったスコーンと、教会からは菜園でとれた果物の砂糖漬けが配られた。
綺麗に手を洗ってきた子どもから一人ずつお菓子を受け取ると、思い思いの場所に座り直ぐに食べ始める。
「甘くておいしいね。」
「あー、毎日が収穫祭だったらおかしがいっぱい食べられるのに。」
子ども達が嬉しそうに頬張る姿を見たエヴァリスはライラ達と共に顔を見合わせる。次々にお菓子を求めやってくる子どもの列は長く伸び、あっという間に箱は空になった。ライラ達が配るお菓子も直ぐになくなりそうなのを見て、エヴァリスは空になった箱を持つと離れに置いてあるお菓子の箱を取りに急いで戻る。
たくさんのクッキーが入った箱を持ち、みんなの元へ戻ろうとした時。ふと誰かが一人菜園を見ているのが目に入った。見慣れない姿を見てエヴァリスは大きな箱を持ったまま声をかける。
「すみません、何か御用でしょうか?」
エヴァリスの声に、人影がゆっくりと振り向けばそこには視察用の服を身にまとったセオリアの姿があった。
「あっ…。」
「お前は昨日の…教会の人間だったのか。」
はい…。とだけ答えたエヴァリスを見て、セオリアは興味がなさそうに菜園に目をやる。
セオリアは黙ったまま庭園を見回すと二人の間に風が通り抜ける音が響く。いたたまれなくなったエヴァリスは「失礼します。」と頭を下げるとその場を後にしようとする。
「ここでは何を植えている?」
唐突に尋ねられエヴァリスはドキリと肩を揺らすが、セオリアはエヴァリスを見ることなく野菜の苗を指さす。
「ここでは野菜を7種類栽培しています。じゃがいもに、ニンジン、キャベツ…。向こうには薬草の畑もあります。」
「薬草も育てているのか。」
「はい、リオンが…。魔法薬を学んでいるものが簡単な薬を作っております。簡単なものですが、金銭的に治療院にいけない人たちにシスターが手当てをおこなっております。」
そうか。セオリアはエヴァリスの話を聞くと少しだけ表情を緩めた。
セオリアは相変わらず淡々と質問を繰り返しては、教会に不足しているものや教会を尋ねる人数などを確認する。その後も話が止まらず土壌の成分や、資金繰りの話に差し掛かりとうとうエヴァリスがセオリアに尋ねる。
「私ではなくヴァレリーにお聞きしていただければもっと詳しくわかると思いますが。」
「いや、お前が良い。ヴァレリー殿からは定期的に詳細な報告が上がる。私が聞きたいのは働いている者たちの声だ。」
「そうでしたら今日見ていただいたものが全てかと思います。セオリア様のお心遣いで、行く当てのない人々や、子どもたちはこうして今笑顔でともに食べ踊り生きる希望を共有しております。」
エヴァリスが本心でそう伝えると、セオリアはエヴァリスに顔を向ける。
そしてお忍びで街に出ている自身の服を一度見回すと口を開いた。
「私が王子だと、どうして分かった?」
「あ―……ヴァレリーに聞きました。祭司長様がセオリア様と一緒にいらっしゃったと聞いたので。」
「…そうか。」
セオリアは探るように見つめるものの、そう頷くとエヴァリスはほっと胸をなでおろす。
その時、向こうからボランティアがエヴァリスを呼ぶ声が聞こえた。お菓子の箱を取りに行ったことを忘れてすっかり話し込んでいたことに気が付く。
「ごめんなさい。今行くわ。」
「なかなか戻ってこないからどうしたのかと思ったわ。」
ボランティアの女性は、セオリアの顔をじっと見ながら何かを考えるように腕を組む。大事にならないようにエヴァリスが言い訳を考えていると、彼女はエヴァリスの持っていた箱をセオリアに向かって渡す。
「「えっ??」」
エヴァリスとセオリアの声が重なった。
「あんた女の子にいつまでも重たい箱を持たせるんじゃないよ。ほらっ!持って行って!!」
「いや、私は…。」
「エステル、箱が足りないから一緒に取りに行くわよ。」
箱を持ったままポカンと立つセオリアを横目に、広場に持って行ってね!道は一本だからわかるでしょう。そう声をかけると慌てるエヴァリスの手を引いてどんどんと歩く。
あの…。違うのあの人はね…。ボランティアに説明しようとするが、彼女は冗談だと言って取り合わない。
「こんな所に王子が来るわけないでしょ。今頃王宮で聖女様とパーティーでもしているわ。」
「いや、本当にセオリア様で。」
話しながら広場に戻るとエヴァリスはさらに驚きの光景を目にする。
何とセオリアがシスターに紛れて子どもたちにお菓子を配っている姿が見えるではないか。始めは困惑したままクッキーを配っていたセオリアだったが、子どもたちがお礼を言いながらおいしそうに食べる姿を見ていつしかその顔にはうっすらと穏やかな笑みに変わっていく。
「お嬢様!!大変です!緊急事態です。」
「分かっているわライラ。私も先ほどお会いしたの。」
「やはりあれはセオリア様ですよね?魔法がかかっているとはいえ大丈夫ですか?」
なんともないわと返せば、ライラは目の前でお菓子を配るセオリアの姿に信じられない…と首を振る。
子どもたちから「誰?」と声をかけられたセオリアは手伝いに来たんだと笑って返す。
「どこから来たの?」「お菓子はもう食べた?」と次第にもみくちゃにされながら彼は一人一人の質問にしっかりと答えていた。一介のボランティアだと思っている人々はまさか国の王子からお菓子を受け取っているなんて思いもしないことだろう。
暫くして、たくさんあった箱の山はすっかりと空になり、おなかを満たされた子ども達はみな広場を走り回り遊び始める。その様子を広場の端で見ていたセオリアの前に、パンとスープがのったお盆が手渡される。
「どうぞお召し上がりください。皆が真心を込めて作った料理です。」
「…ありがとう。」
エヴァリスからお盆を受け取ると、セオリアは一口パンをかじると懐かしいと呟いた。子どもたちの笑い声が響く中セオリアは黙々とパンとスープを食べ終わると「ごちそうさま」と言ってエヴァリスにお盆を返す。
「お口に合いましたか?」
「あぁ、とても美味しかった。ありがとう。」
それは良かったです。と笑えばセオリアはエヴァリスの顔をじっと見つめると、昨日ついた口元の青い痣に触れる。触れた指先を感じながら、ピクリと跳ねればセオリアの指は直ぐに離れる。
「まだ痛むか?」
「い、いえ。リオンに塗り薬をもらいましたから心配ありません。色はありますが痛みはないので。」
「そうか…、すまなかった。」
セオリアはエヴァリスの目をまっすぐに見つめると頭を下げる。一国の王子が頭を下げるという由々しき事態にエヴァリスは飛び上がって首を振る。
「どうしてセオリア様が謝るのですか。顔を上げてください。」
「民を危険に晒したのは私の力不足だ。ウルワライの者が度々身寄りのない子ども達を誘拐しているという報告は私の耳に届いていた。もう少し到着が遅ければエステル、君の命も危なかった。」
セオリアは苦しそうに話すと拳を強く握りしめる。それを見たエヴァリスは穏やかな声でセオリアに語り掛ける。
「その様に、セオリア様が私たちの痛みを自分のことのように感じてくださるからこそ私たちはこの国で生きていけるのです。こんなちっぽけな私にも心をさいてくださる姿が皆心強いのではないでしょうか?」
「…。」
「あれを見てください、テイルは今こうしてみんなと鬼ごっこをしています。今日はスープとパンをおいしそうに完食しました。…きっと今日はそれを確認しにいらっしゃったのでないですか?」
エヴァリスの言葉にセオリアは大きく目を見開く。彼がお菓子を配りながら、そして先ほども目でテイルを追っていることにエヴァリスは気づいていた。そうきっとセオリアならそうするだろうと分かるから。
「愛があればいつか傷は癒えます。大丈夫です。」
エヴァリスの言葉にセオリアは、肩を揺らしながら大きく笑い始める。
急な様子にどうしましたか…とオロオロする姿を見てセオリアは大きく息を吐くと、エヴァリスにグイッと顔を寄せる。
「そんな大それた話ではないが一理ある。しかし王子の心を読むとは不敬だな。」
『でも悪い気はしない。』
セオリアのマリーゴールドの瞳が目の前に咲き、エヴァリスは声を上げないように両手で口を抑える。
耳を染めたエヴァリスにしてやったり顔のセオリアはそのまま穏やかに笑いかけた。
「そうだ、褒賞としてこの近くの土地を教会に渡すことにした。そこで新しく果物など樹を植えてもいい。そこで実れば民の生活源にもなろう。」
「そうですね、果物や野菜を売ればお金になりますから。」
「エステル、君のおかげで子どもたちが安心して生活ができている。何かあれば今後も遠慮なく声を上げるといい。私が力になろう。」
そう言ったセオリアに、エヴァリスはありがとうございます。と礼を返す。日が暮れかけて炊き出しの片づけが始まるまでエヴァリスとセオリアは教会の運営について意見を交わしあったのだった。




