19 悲しみの再会
王都では収穫祭を明日に控え、様々な装飾や準備が進められていた。
エヴァリスとライラは教会のボランティア達と一緒に朝から炊き出しの準備に追われていた。山のように積み重なったジャガイモの皮をむくライラの横でエヴァリスはパンをこねる。明日振舞われる予定のスープとパンは大きな鍋三つほどの量に及ぶ。
「こういう時、お料理の魔法が使えたら簡単に終わるのにね。」
「そんな能力があったらとっくにレストランを開くか、王宮の厨房で働いているわよ。」
「それもそうね。どのみち上級魔法が使える人じゃないとそれを仕事にするのは難しいわ。」
継承式で皆に授けられる魔法は様々だが、そのどれもはよくて中級程度。王宮で仕えるには一定の基準があり、それを超えるものでなくては試験を受けることさえ叶わない。
「まぁ、花を咲かせる魔法が扱える人が、必ずしも花屋になる必要も無いし。」
「そうよ、凡人には、凡人なりの幸せがあるのよ。」
さぁ、お喋りはやめて手を動かしましょう。シスター達はそう言って笑うと手際よく準備を進める。
祭りの準備で忙しいため、エヴァリスは今日の教室をお休みにした。今までなら収穫祭なんて関係なくケイネン家の屋敷で仕事に忙しくしていたことを考えればこんなにも浮き立つ街の人々を見るのは子どもの時以来かもしれない。。
「そういえばライラ、頼んでいたスパイスは買ってきてくれた?」
シスターのシンシアが突然声をかける。その言葉を聞いて、ライラは持っていたジャガイモを地面に落とすと「あっ!」と声を出した。どうやらすっかり忘れていたらしい。
「すみません、じゃがいもに集中していて忘れていました。」
「大丈夫よ、今はいらないわ!夜に煮込むから。」
エヴァリスはライラにそっと声をかける。
「ライラ確か今日は、この後久しぶりに妹が来るって言ってなかった?」
「そうなんです。これの前に行こうとしていたのですが…。」
そういってうなだれるライラを見たエヴァリスは代わりに行くと提案してみる。
「えっ?いけませんお嬢様。今日はリオンも魔法薬のガーナー教授のところに出かけています。お一人で行かせるわけには。」
「大丈夫よ、リオンと一緒に薬草に使うスパイスを買いに何度かお店に行ったことがあるもの。」
「でも…。」
「まだお昼間だし、直ぐに帰ってくるわ。妹さんに会わないなんてかわいそうよ。楽しみにしていると思う。」
でも…。とそわそわ動くライラを説得し、エヴァリスはエプロンに着いた小麦をはたくとシスターに声をかけ籠を手に取る。心配性のライラは「知らない人についていかないように」と何度も念を押して教会の門までついてくる始末だった。
「大丈夫、近くにリラがいるもの。何かあったら合図を送るわ。」
後ろ髪ひかれるライラにひらひらと手を振って、エヴァリスは久しぶりに一人で街にくり出した。
街の中はたくさんの物で溢れ、音楽に合わせて一ダンスを踊る者もいる。今年の穀物は雨に恵まれ干ばつが少なかった事で例年より豊作だった。街の中心部に足を運べば、街のいたるところで明日子どもたちに配られるお菓子作りが行われている。
頭上ではリラが旋回しながらエヴァリスを見守るようについてきている。エヴァリスはメモをポケットから取り出すとスパイス店の中に足を踏み入れた。鼻をくすぐるスパイスの香りと、独特のお香が立ち込める店内は祭りの前日とあっていつもより人が多い。
「おやエステル、今日は一人かい?リオンは?」
「今日はガーナー先生のところへ行きました。明日の炊き出しのスープに使いたいの。ミルとトランがあったらいただけますか?」
「あるよ!何グラム必要?」
エヴァリスは、店員が秤に綺麗なオレンジと黄色のスパイスを入れる様子を見つめる。ミルとトランは混ぜるとふんわりと甘い香りを放ち、身体の芯をぽかぽかと温める効果がある。暫くそのまま店内に置かれている香辛料を眺めていると、見慣れない洋服を着た男二人の話声が耳に入った。その声は小さくほかの客は特に気に留める様子はない。
『まだ見つからないか。』
『あぁ、街に出てきているのは間違いない。』
『時間がない探せ。』
焦り声と共に聞こえてきたのは隣国のウルワライ国の言葉。ウルワライ国は最近まで隣国と国土を巡って激しい戦いを繰り広げておりこのハレオンの国とはほとんど交流のない国だ。彼らの国は魔法を持たず、国をあげて軍用の武器を輸出しながら財を成している。姿は長いフードに隠れて見えないが、その言葉は紛れもないウルワライ語に間違いない。
店内を出ていった二人を見てエヴァリスは直感で何かを感じる。
「エステル、ほら用意できたよ。」
「あ、ありがとう。お代はここに置いていきます。」
急に急ぎ始めたエヴァリスに不思議そうな様子の店員からスパイスを受け取ると、エヴァリスも後を追って店の外に出る。
先ほどの姿を探してあたりをキョロキョロと見回していると、リラがエヴァリスの元へ降りてきた。
「リラ、お願いがあるの。フードを被った二人組の男を空から探してくれる?」
エヴァリスの指示を理解したリラはすぐさま空に舞い上がり、しばらくクルクルと回った後東の方へ飛ぶ。エヴァリスは籠を持ったままリラを追いかけ始める。人ごみをかき分けて先を急げば、向こうでリラが鳴きながら旋旋回を繰り返す。どうやら先ほどの二人を見つけたらしい。
街の路地に入ると、男達の姿をとらえた。しかしそこには、小さく固まり震えるテイルの姿が見えた。
「テイル!!」
エヴァリスは大きな声を出すと、すぐさま籠を放り出しテイルの前にかばうように立った。
「エステル先生…。」
「大丈夫よテイル。」
男たちは急なエヴァリスの声に驚いた様子だったが、相手が若い女だったため笑い声をあげる。
『勇敢だな…見て見ぬふりをすればいいものの。』
『大人しくその子どもを渡してもらおう。』
『冗談はよしなさい。』
エヴァリスから発せられたウルワライの言葉を聞いて男たちは笑うのをやめる。
『なんだお前、言葉を話せるのか。』
『ここは王都よ、小さい子どもに大人が寄ってたかって。一体この子に何の用?』
『何のって…。ウルワライの国に連れて行くのさ。』
それを聞いたエヴァリスに衝撃が走る。
『知らないのか?そいつは魔法で鉄を出せる。今はまだ魔力が小さいが奴隷として仕込めば武器を作るのに重宝する。』
『こんな子どもに何て卑劣な!!』
エヴァリスは無礼な男たちに声を荒らげる。しかし男たちにとってはまるで可愛いチワワが吠えているかのようにしか見えていないのか怯む様子はない。「はいはい…。」と鼻で笑うとエヴァリスに向かって手を伸ばす。
『お前も随分綺麗な顔をしているな…。どうせなら一緒に貢物として連れていくか。』
テイルが恐怖で目を閉じたその時、リラがエヴァリスに触れようとした男に向かって飛び掛かると左の目をつついた。
「ギャ――――。」
痛みに悶える男の顔に肘を入れ、その腰から剣を抜くと、エヴァリスはその切っ先を男の喉元に突きつける。
ヒッと喉を鳴らした男の後ろから、もう一人がエヴァリスに向かって切りかかる。その動きを交わしながら地面の砂を顔にかけ男の後ろに回り込む。怯んだ隙に相手の剣を弾けば、男の手から剣が吹き飛び石畳の向こう側にガラガラと音を立て滑っていった。剣の柄で鳩尾をつけば男はうめき声をあげながら膝から崩れ落ち動かなくなった。
『そこまでだ。』
エヴァリスは男の声で、ハッと後ろを振り返る。
そこには左目から血を流しながら男がテイルの首に短剣を突きつける。
油断した。
荒い息を吐きながらテイルの首を絞める男にエヴァリスはギリッと歯をかむ。
『おい!!大人しくしろよ!!さもなくばこいつの首をへし折ってやるからな。』
「…。」
エヴァリスは仕方なく持っていた剣を横に放る。
「この女…煩わせやがって。そこに座れ!!」
はくはくと息を吐くテイルを見て、エヴァリスは言うとおりにその場に膝をつく。
男はエヴァリスの側まで来るとその頬を思いっきり小刀の柄で叩いた。床に転がったエヴァリスの口からは血がにじむ。
『お前を連れて行くのはやめだ。ここで始末する。』
「エ…エステル…先生。」
武術にたけているエヴァリスでも、人質を取られると身動きは取れない。男はエヴァリスに滲みよると短剣を握りしめる。不味いと思うがなすすべがない。男はエステルを放るとエヴァリスに向かって短剣が振り下ろす。エヴァリスは死を覚悟して顔を背けて目を閉じた。
その時。
「ぐぁぁぁぁ。」
やってくるはずの痛みはなく、男の叫び声が響く。
はっと目を開けるとエヴァリスの前に信じられない光景が広がる。
男の身体は既に切られ床に転がっており、エヴァリスの前には青年が一人立っている。
その人が降り返った瞬間、エヴァリスは目を見開く。
「無事か?」
金色の髪に、マリーゴールドの瞳。
それは紛れもなくセオリア・ランダードその人であった。
「…。」
あまりの驚きに目を開いたまま固まるエヴァリスを見て、セオリアは彼女の前に膝をつく。そして腫れ上がった口元を見ると顔をしかめる。
「どうして…。」
「王宮の騎士から通報が入った。ウルワライ国の人間が収穫祭の騒ぎに紛れて誘拐を行っていると。」
「でもどうしてこの場所が?」
「騎士が言うにはカラスが教えに来たと。」
その言葉を聞いてエヴァリスはガイデンのことだと察知する。
「エステル!」
テイルの無事を確認していたガイデンは、テイルを抱きかかえるとエヴァリスの元に急ぐ。腫れた頬を見ればまた苦しそうな表情を浮かべるがまずはエヴァリスの無事に安堵したらしい。テイルも特に外傷はなくただ気を失っているということだった。
「来るのが遅くなってすまない。街の警護をしていたら、お前が不審な男を追っているとリラが連絡をよこしてきたから急いで探しに来た。」
「そうだったのね。ごめんね心配かけたわ。」
リラにもお礼を言わなくちゃね、そう言ってエヴァリスがほほ笑むと。二人の間にセオリアが割って入る。
「お前の名前は?」
鋭い声にびくりと肩を揺らし、エヴァリスは自身の名前をこたえる。
「エステル・マゼンタ…と申します。」
「エステル…、言っておくが君は騎士ではない。こんな無茶をして命を落とすところだった。危ないなら近くの人を呼んだらいい事だ。」
危機管理がないのか?
何処か呆れたようにセオリアは冷たく言い放つ。
「申し訳ありません。テイルが連れていかれそうになって無我夢中で…。」
「君は手練れのようだが力を過信しないことだ。」
話を遮り、一方的に会話を終わらせたセオリアはもう一人の男を王宮で尋問すると告げ直ぐにその場を立ち去ろうとする。エヴァリスはあまりの驚きに言葉を失った。目も前のセオリアは間違いなく本人である。しかしその眼には以前のような輝きはなく穏やかな笑みは無い。
「あの…。」
消えていく背中にエヴァリスは無意識に声をかける。しかし振り返ったその眼が明らかな不機嫌をたたえていたためエヴァリスは言葉を飲む。
「申し訳ありません、ありがとうございました。」
セオリアはそれに言葉を返すことなく王宮へと戻っていった。放心状態のままへたり込むエヴァリスにガイデンは肩を優しく叩く。
「黙っていたが…セオリア王子は変わってしまった。今は誰に対してもあんな感じさ。」
「どうして…?」
ガイデンは困ったように首を振ると、気にするなと言ってエヴァリスの手を引く。ガイデンに送り届けられテイルと共に教会に戻れば、中は大騒ぎになった。腫れた口元を見たライラが気絶しながら倒れるのをみんなが慌てて抱き留めるのををぼーっと見つめながらエヴァリスの心はずっとセオリアのことが頭から離れないでいた。
思い出せば、あの冷たい瞳に胸が締め付けられる。
久しぶりに再会したセオリアは、数年の時を経て何処か遠くの人になってしまった。
その夜、隣でライラの規則正しい寝息を聞きながらエヴァリスは中々寝付けずにいた。何度か寝返りを打ち心を無にしようと試みるが、とうとう無理やり寝るのを諦めて寝室を出る。
水を飲もうとキッチンに向かえば、ヴァレリーが何やら作業を行っていた。邪魔をしないように、と近づけばヴァレリーは書いていたペンを止めエヴァリスをにこやかに招く。
「珍しいですね。眠れないのですか?」
「えぇ、なんだかいろいろと考えてしまって。」
ヴァレリーはそっと立ち上がると、鍋でミルクを温めてエヴァリスに差し出す。「ありがとうございます。」とお礼を告げて少し口につけるとホッと息をつく。
「セオリア様にお会いしました。」
「…そうでしたか。」
「ヴァレリーは知っていたのですか?セオリア様が今…あのようになっている事を。」
目を伏せるエヴァリスに、ヴァレリーは静かに目を閉じると再び王宮の書類にサインを書いていく。誰の目からも隠すように姿形が変わった今、エヴァリスの世界はあくまでこの教会が中心であり綻びが生じないように今まで交流があった人々とは関係を断っている。
「人にはそれぞれ乗り越えるべきものがあります。それを遂げるには必ず孤独があります。セオリア様ならそれをしっかりとお分かりになると思いますよ。」
エヴァリスはヴァレリーのその言葉に力なく笑うと、うんうんと数回頷いて見せる。もうしばらくここにいても良いかと尋ねたエヴァリスにヴァレリーは勿論ですとほほ笑む。その言葉を聞いてエヴァリスはそれからホットミルクをゆっくりと飲み終えるまで、ヴァレリーの側で作業を見つめているのだった。




