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18 あれから二年後

エヴァリスが行方不明になってからゆうに二年の歳月が経とうとしていた。



「魔物がそっちに行ったよ!」



リオンは大暴れしながら突進するイノシシをよけながらその位置を知らせる。

それを聞いたエヴァリスが目の前から自身に向かってくるイノシシを見据えると、その黒い髪と瞳が虹色に輝きだす。木の間をすり抜けて飛ぶカラスのリラに指を吹くと右手に魔力を込めリラに向かって放つ。



「浄化魔法!」



エヴァリスの浄化魔法を纏い、虹色の輝きを放ちながらリラはイノシシに向かって急降下を開始する。

リラがまるで矢のように突き刺されば、イノシシは大きな咆哮をあげ倒れ伏しその身体からは漆黒の黒い影煙がもくもくと立ち昇る。


絶命を前になおエヴァリスに向かって身体をおこそうとするイノシシ。

それを見たエヴァリスが前に出て、その手を静かにかざせば虹色の浄化魔法がイノシシの身体を包み込む。



「もう大丈夫です。静かに眠りなさい。」



エヴァリスが穏やかな声でそう呟けば、イノシシの身体はキラキラと光り消えていく。その後には何かの種だけが残っていた。魔法が解け、エヴァリスの髪の毛と目は元通りに黒に変わる。エヴァリスがまだ温かい種を回収すると、こちらも元の美しい黒色になったリラがエヴァリスの肩にとまる。今回も一肌脱いだだろう、そんな顔を浮かべながらリラはエヴァリスの髪の毛をくんと優しく引っ張る。



「そうねありがとう。リラ、エデンの南側に埋めておいてもらえる?」



報酬の干し肉をもらったリラは満足そうに啄んだ後、種を咥えて森の向こうの教会に飛び去った。

戻ってきたリオンは調査報告の記録にデータを書き込む。



「今日の巡回はこれでおしまいだね。今回は早く見つかってよかったよ。」


「そうね日が沈む前だったしリラが見つけやすかったわ。」


「よし、教会に戻ろう。僕と手を繋いで。」




リオンから差し出された手に優しく掴まれば二人は一瞬で自分たちの部屋に移転する。

帰ってきた途端、美味しそうなパンの香りが鼻をかすめエヴァリスは無事に帰ってきたことに安堵を覚えた。

キッチンでオーブンとにらめっこしていたライラは、二人の帰宅に気づくと、そのドロドロのローブ姿にぎょっと顔をこわばらせた。



「ご無事で何よりです。魔物は見つかりましたか?」


「えぇ浄化が終わったわ。外れの村で見た黒い影はイノシシに憑りついていたみたい。」


「でももう現れないよ、エヴァリス…あーじゃなかったエステルが魔力を抜いて種にしたからね。直ぐにリラがエデンに植えに行ったよ。」




そういったリオンに、ライラはずんずんと歩み寄るとその前で腕を組む。


「リオン先日も言いましたが移転するときは場所に配慮してください!見てください床が泥まみれです。どうしてお風呂場に直接行かなかったのですか?」


「よく言うよ。この前そうしたら身体を流そうとしたヴァレリーと鉢合わせして大騒ぎになったじゃないか。ましてや僕は紳士だ。女性用の浴室に移転するなんてそんなバカなことしないよ。」


「ごめんなさいね、ライラ。ちゃんと掃除するから怒らないでちょうだい。」



エヴァリスが困ったようにそういうと、ライラはちぎれんばかりに首を振る。

お嬢様が気にすることなんてありません!ささお湯も沸かしておりますよ…。ライラはそういうと直ぐにエヴァリスを連れて浴室に向かった。リオンはやれやれと自身も浴室に向かった。


あれから約二年の時が過ぎた。

エヴァリスという名前を封印し「エステル・マゼンタ」という新しい名前を手にした。エヴァリスは祭司のヴァレリーを師匠として開放された「浄化の魔法」を高めるために修行の日々に明け暮れていた。始めこそ小さかった魔力だが、エヴァリスの持ち前の能力の高さと、地道な努力でいつしかヴァレリーが同行せずともエヴァリス自身で魔物を浄化することができるまでになっていた。


現在はエヴァリスがいなくなったことで、ケイネン家のメイドをあっさりと辞めたライラと一緒に教会の近くにあった離れに移り住みヴァレリー、リオンと共に教会を運営しながら四人で共同生活をしている。


ハレオンの王国は祭司達とエルメルダによって、魔物の侵入を防ぐ防御魔法がかけられているものの未だに不安定な状況は続いている。


手つかずの森や、負の感情に侵された呪いを受けた生き物の浄化を行える者はエヴァリスを除き誰も存在しない。エヴァリスは浄化を行いながらひっそりと生活を送っていた。


泥を流し、湯あみを終えたエヴァリスが戻るとテーブルには美味しそうな焼き立てのパンが並べられている。お腹がくぅと小さく鳴ると一足先にテーブルについていたリオンの髪からしっとりと雫が見えた。エヴァリスはタオルを手に取ると、リオンの頭にタオルをかけると優しくふき取る。





「リオン、ちゃんと髪の毛を乾かさないと風邪をひきますよ。」


リオンは勢いよく後ろを振り向くと耳をかっと染める。




「エステル!僕自分でできるから。」



慌ててガシガシと頭を拭き始めたリオンを見て、エヴァリスは不思議そうに首をかしげる。

ライラが大きなサラダの皿をテーブルの真ん中に置くと、ドアのベルが鳴りヴァレリーが教会から戻ってきた。




「「いただきます」」


エヴァリスとリオンは先ほどの巡回のことについてヴァレリーに報告を行う。




「小物ですが、いつもよりは魔力の量が大きかったと思います。村にも近い位置ですし…。」


「水面下ですが王宮の結界を強化するのにここ数か月で祭司にまた招集がかかっています。聖女さまの魔力が安定していないのでしょう。」



話によれば、ヴァレリーの元にも召集の話があったそうだ。オルトロスの襲撃以降、王宮の内部ではエルメルダの「癒しの魔法」に疑問を持つ慎重派が増えたとのこと。未だかつて婚約の儀など祭りごとの場で魔物の襲来は国始まって以来の大事件である。また度々の街中での黒い影の出没報告があり、王宮としてはそちらの対応の方が急務なのだろう


大方、婚約の儀を終えエルメルダが本当の自分を隠さなくなったのだろうとエヴァリスはサラダを食べながら考える。どんな形にせよ、エルメルダが聖女としての力を有していることには変わりはない。


そうだ…。

ライラは手をパンと叩くと、見せたいものがあると自分の部屋まで走る。戻ってきたライラの手には何種類もの種と薬草の苗が入った籠があった。



「屋敷のエリオットに頼んで新しい種を分けてもらいました。」


「これはトケイシに、マデルに、カルチェもあるじゃないか!!」




エリオットはライラの持つ籠の中にある苗を見ながら大きな声を上げる。



「リオンこれなら痛み止めの薬が作れるわね。」


「あぁ、さすがエリオットだね。これはなかなか流通してないから諦めていたんだ。」



ケイネン家の執事エリオットは土の魔法を操ることができる。彼から譲り受ける植物の種はその魔力で通常の二倍の速さで大きく強く成長する。そうして育った野菜や穀物は教会で身寄りのない者たちへの炊き出しで振舞われ、薬草はけがの治療にと幅広く助けてくれている。


ライラは屋敷を離れた今も彼とは交流を行っており、月に一度新しい種をいくつかもらいにいっている。

もともと薬草学に興味のあったリオンは、ヴァレリーの知り合いの薬草学の教授に弟子入りし自身でも魔法薬の調合を始めているところだ。


宝物を手に入れ方のようにはしゃぐエリオットを見て、「私のおかげですね!」とライラは胸を張る。



「今度の炊き出しで子どもたちと一緒に種を植えましょう。」


「いいですねお嬢様、そういたしましょう。」



婚約の儀が終わってから、エルメルダの教会への慰問はなくなった。その代わり以前までは滞っていた祝福の儀で平等に病を見てもらえることになり、代わりに王宮から派遣された上級祭司が定期的に教会の様子を巡回してくれる。もともとヴァレリーの魔法で別人の姿に見えるエヴァリスでだが、エルメルダの来訪がなくなった今少しずつ教会の仕事も手伝うようになっている。


次の日、エヴァリスが教会に訪れるとその到着を持っていた子どもたちが駆け寄ってくる。



「エステル先生、きのうはどうして教会にいなかったの?」


「ヴァレリーに頼まれて森に薬草を取りに行っていたのよ。」


「ふーん、きょうは私たちに文字を教えてくれるやくそくよ。」




心配しないで、さぁ始めましょう。

エヴァリスはそうほほ笑むと子どもたちを連れて木陰にうつる。

砂の上に木の棒で文字を書けばそれを真似して子どもたちも字を書く。貧困層の家庭では学校に通うことが出来ず満足に勉強をする環境は整っていない。エヴァリスが教会に来る孤児たちに読み書きを教えるようになってから、噂を聞き付けた子どもたちがやってきた。今では十名の生徒を抱え簡単な計算や言葉を教えている。



「そういえば、エステル先生はしってる?今年の収穫祭は今度の日曜日だって。」


「確かにもうそんな時期ね。」



テイルが嬉しそうに笑う。他の子どもたちも口々にその話をしては「今年のお菓子はなんだろうと」と心を弾ませる。収穫祭は毎年麦の刈り入れを祝う伝統的なお祭りで、国中の子どもたちには毎年違ったお菓子が振舞われる。



「昨年はビスキュイだったわ。」


「うん、あれすごくおいしかった!私もまた食べたい。」



子どもたちの喜ぶ顔を見ながらエヴァリスは幼かった頃を思い出す。ケイネン家にいたときは日頃からお菓子はいつもあったが、一度だけセオリアとエルメルダと共に収穫祭の祭りを見に町に内緒で出かけたことがあった。その時食べたキャラメルがとても美味しかったことを覚えている。



「収穫祭の日は炊き出しも行うから、みんなまた種まきを手伝ってね。」


「「はーい」」



「エステル先生は、いますか?」



子どもたちがまた地面に文字を書き始めた時、向こうからエヴァリスを呼ぶ声が聞こえた。



「えぇ、ここにいます。」


何事かと気になったエヴァリスは近くの保護者に子どもたちの見守りを頼むと足早にそちらに向かう。エヴァリスを見つけたシスターは上がった息を整えながら腰を折る。



「王宮から急遽お客様がいらっしゃいました。ヴァレリー祭司がエステル先生をお呼びです。」


「お客様…私もですか?」


「はい、来客室に行ってください。」




分かりましたと答えてエヴァリスは急ぎ教会の来客室に向かう。コンコンと遠慮がちにノックをすればヴァレリーが椅子に腰かけこちらに来るようにと促した。対面に座る人影はまだ顔がわからない。



「遅くなりました、申し訳ございません。」


「急に済まない、来客でな。」




ヴァレリーの言葉に、素直に部屋の中に入れば騎士の格好をしたガイデンが悪戯っぽく笑いながら手を振る。エヴァリスはどっと緊張が解けてガイデンに向かって力なく笑う。



「急に呼び出されるから何事かと思ったわ。久しぶりねガイデン。」


「あぁ王宮に戻ってからはこっちにあまり顔を出せなくなったからな。」



ガイデンは、エルメルダが王宮に住まい始めてから護衛の任務を解かれ今は王宮仕えの騎士として元の仕事に戻っている。ガイデンも魔物の対応等で忙しくしているが、王国の中で起きている事件や、魔物に関する情報を定期的に送ってくれている。



「今日は本当に仕事できたんだよ。ほらこれを持ってくるように頼まれた。」


「手紙?いったい何の手紙かしら?」




頷くヴァレリーをちらりと見てエヴァリスは手紙を開く。



「教会の支援に対しての報奨金…。えっ?これって!?」


「ヴァレリーやエステル達が頑張ってくれたおかげで教会の運営が大分安定してきた。祭司長の報告を聞いてセオリア様が功績を讃えて出してくださるってよ。」


「セオリア様が…。」



懐かしい名前を聞いてエヴァリスはそっと呟いた。その様子にヴァレリーとガイデンはそっと顔を見合わせる。報奨金の通知の下にはセオリアの直筆のサインがあり久しぶりに一生懸命に字を練習していたセオリアの顔が思い浮かぶ。



「私は何もしていないわ。ヴァレリーやたくさんの人たちが協力してくれたから運営が安定してきたのよ。」


「エステル様が子どもたちを慈しみ、傷ついた者たちへ真心を持って接した結果です。」



それにふるふと首を振りながら、エヴァリスはほほ笑んだ。




「近々、祭司長だけでなく王宮の者が視察を兼ねて報奨金を渡しに教会に来るらしい。」


「わかった準備しておこう。」





この後、騎士の訓練に参加するガイデンはお茶もそこそこにすぐに教会をたつ。



「リオンやライラにも逢えたらいいのに…。」


「収穫祭が落ち着いたら、また顔を出すさ。それまで身体を壊すなよ。」




ガイデンはそういうとエヴァリスの身体をふわりと抱きしめる。彼もまた、エヴァリスが魔物を浄化しその身を危険に晒していることを知っている。ガイデンのエヴァリスの側にいられない申し訳なさと、心配が伝わる気がしてエヴァリスはそれにこたえるようにそれに応える。



「大丈夫よ、ガイデンも気を付けてね。」


「あぁ、俺は心配ない。何かあればリオンに頼んで俺を呼べ、直ぐに行く。」




ガイデンはそういって笑うと、エヴァリスとヴァレリーに見送られて王宮へ帰っていった。

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