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17 世界の全ては エルメルダSide



エヴァリスは私の自慢のお姉さまだった。





「エヴァリスお嬢様、この度の試験も満点でございます。」


「すごいわね…まだあのお歳なのに、既に中等部の学習も理解されているそうよ。」


「マナーやダンスも柔らかくお美しいと専らの噂なんだから。」




エルメルダがレッスンを終えベンチに腰かけていると、近くを散歩していた貴婦人が歩いてきた。

エヴァリスの名前を聞くと無意識にいつも行動を共にするウサギのぬいぐるみのティアをさらに強く引き寄せる。




「確かエヴァリス様は双子なのよね。もう一人の方も先ほどレッスンにいらしていたわ。」


「あー…物静かな方よね。確かエルメンナ?様だったかしら…。」


「そうそうあまり喋らない方のお嬢様よね。」




バラの陰に隠れ、手に汗をかきながら二人が通り過ぎるのを縮こまり待つ。

隠れる理由はない。名前を間違えられたのならハッキリと自身の名前は『エルメルダ・ケイネン』だといえばいい。お父様とお母様ならそう言うだろう。


足音と話し声が遠くに消え、ぬいぐるみのティアを抱きしめながらふぅとため息をつく。

エルメルダにとってエヴァリスは太陽だった。



「エル、今日は私が本を読んであげる。こっちに来て。」


「どうしたの?何故泣いているの?どこかけがをしたの?」


「エル、大すきよ。このよでいちばん私がエルのことがすきなんだから」



美味しいお菓子の話も。

どちらが先に眠れるかの競争も。


子どもの頃のエルメルダはエヴァリスがいれば他に何もいらなかった。

皆に好かれるエヴァリスは、いつもたくさんの人に引っ張りだこだったけれど。エルメルダが寂しいといえばすぐに飛んできてくれたし、少しくらいわがままを言っても大抵のことは笑って許してくれるから。




お父様とお母様がダンスの時も、学習も、エヴァリスが褒められるたびに彼女の頬にたくさんのキスを降らせる姿をその陰からたくさん見ていたけど。エルメルダは寂しいなんてちっとも思ったことはなかった。だってエヴァリスは私の太陽で誰からも愛される彼女が誇らしかったから。




「来月から学友としてセオリア王子様と王宮で勉強をすることになった。」



エヴァリスとの関係が少しずつ変わったのはセオリアが二人の前に現れた時からだった。

父のオルランが言うには王宮がエヴァリスの存在を知りその能力の高さからぜひ学友にと直々に打診があったと。



「エヴァリスは優秀だからな。宮中でたくさん人脈を作り将来の伴侶も見つかるかもしれん。」



オルランはそういって大喜びしながらワインを飲み干す。マチルダは目じりを一番下まで下げながら自身の自慢の娘にキスをしながら膝の上で抱きしめる。それを横目で見ながらエルメルダはニコニコとほほ笑む。




「そうだわ!エルも一緒に王宮でお勉強しましょう。」


エヴァリスはマチルダの膝から降りるとエルメルダの手を握る。




「え…。でも呼ばれたのはエヴァだけよ。私は呼ばれていないわ。」


「そんなこと言わないで。エルがいないとつまらないわ。」



無邪気にほほ笑むエヴァリスの顔にはワクワクといった感情が浮かぶ。



「そうね…将来良い殿方との繋がりもできるだろうし。許可を頂けるか話してみるわ。でもエルメルダ向こうで粗相をしないように肝に銘じなさい。決してエヴァリスの足を引っ張らないでちょうだい。」


「大丈夫ですお母様。私もエヴァと一緒に行きたいです。」



「楽しみねエル!」ニコニコと笑うエヴァリスはエルメルダに抱き着くと頬を摺り寄せる。それに喜びを感じながらエルメルダもぎゅっと抱きしめ返す。この時、エルメルダの中にはエヴァリスと同じく少しの緊張とソワソワした期待があったのかもしれない。





『初めまして。セオリア・ランダードだ、どうかよろしく。』


衝撃だった。


セオリアの姿を見た瞬間、エルメルダの中の何かがはじけ飛んだ。

顔に集まる熱と、ドキドキと大きく脈打つ鼓動。金色の髪に長いまつげ、そしてマリーゴールド色の瞳。

そのどれもがエルメルダの胸を締め付け、揺さぶり、歓喜させる。


エヴァリスがいつものように挨拶をすればセオリアが握手を求める。

それにこたえ笑いあう二人を離れたところで見ていたエルメルダであったが、ふいにエヴァリスが駆け寄ってきてエルメルダをセオリアのもとへ連れていく。


「ま、待ってエヴァリス。」


あたふたとティアを抱えたまま彼の前に来れば、先ほど遠くから見ていた美しい顔が目の前にある。


「君の名前は?」


「あ、あの…。エ、エ…エルメルダ・ケイネンです。」



エヴァリスが私の大好きな妹です。と紹介すればセオリアは穏やかな笑みでエルメルダを見る。




「それは、ぬいぐるみ?」


「は…はい、ティ…ティアです。私の…大事な友達です。」


「ふーん、可愛いね。エルメルダもよろしく。」




オドオドと目を伏せていたエルメルダの前にセオリアは少し腰をかがめると下から顔を覗き込む。

ティアの話をすると「赤ちゃんみたいだ」なんていう男の子もいるけどセオリアはそんなことは言わずほほ笑んでくれる。差し出された手に、自身の手の汗がよぎるがエルメルダは恐る恐るその手を握り返す。

その手が柔らかく、陽だまりのように暖かかったことをエルメルダは今この瞬間も、鮮明に思い出せる。


これがエルメルダにとっての初恋であり、家族以外に初めて心を開いた瞬間だった。


それからエヴァリスとエルメルダの二人は王宮に通うようになり、魔法史、他言語、マナーに至るまで色々なものを共に教えてもらうことになった。

セオリアも幼いころから神童と呼ばれ、様々な学問に精通しておりセオリアとエヴァリスはその能力の高さから勉強の時間以外にも一緒に本を読んで調べ物をしたり、エルメルダにとっては難しい歴史の背景などいつも楽しく、時には喧嘩をしたりしてよく話をしていた。


エルメルダがテストで困ったときはそっとエヴァリスが答えを教えてくれることもあったし、セオリアもエルメルダを優しく気遣ってくれていた。二人は決してエルメルダを置いてけぼりにはしなかった。



ある時、王宮の庭園でランチをしていた時。エヴァリスが忘れ物に気づいた。


「ごめん、私スタンリー先生の部屋にノートを置いてきたみたい。取りに行くわ。」


「エヴァ、待っているから行ってきて。」


「いいのよ、せっかくのスープが冷めてしまうから二人は先に食べていて。」



セオリアが分かったと応えれば、エヴァリスは慌てて王宮の中に戻る。

しばしの静寂。エヴァリスが不在の時にエルメルダのみ王宮に行くことなんてあるわけもなく。いつも3人一緒でいることが多いため、こうしてセオリアと二人きりになるのは珍しいことだった。


エルメルダが居心地が悪そうにもじもじと身体を揺らすと、セオリアはサンドイッチのお皿をエルメルダに手渡す。


「エル、エヴァもあぁ言っているし先に食べよう。」


「えぇ、そうね。」


「どの味が好き?卵に、ジャムに、チーズもあるよ。」



エルメルダは色とりどりに並べられたサンドイッチの中からレモンジャムが塗られたサンドイッチを指さす。



「じゃあこれにするわ。」


「エルも好きなの?これ美味しいよね!でも僕の周りにはあまりこの味好きじゃない人が多くてさ。エヴァも嫌いだろ?」


「そうね…。でも私は好きよ。だってこれと一緒にミルクを飲むとさらに美味しいもの。」



今度試してみようかな…。セオリアはそう言いながら大きな口でレモンジャムのサンドイッチをほおばる。

エルメルダも同じものを少しずつ齧りながら横目でちらちらとセオリアの様子を伺う。

食べる姿は女の子のそれとは違いセオリアはよく食べる。しかしその所作はやはり美しく、いつまでも見ていたいとエルメルダはひそかに頬を染めていた。


「そういえば、数か月後には継承式があるだろう。エルはどんな魔法が欲しいの?」


「あー…そうね。」




エルメルダは少し考えこんでから、パッと顔を上げる。


「透明人間になる魔法とか?かくれんぼが得意になりそうだし。それからぬいぐるみをたくさん作れる魔法も素敵だわ。あとはお菓子をたくさん出す魔法とか…。」



話しながらパッと顔をほころばせ饒舌になるエルメルダを見て、セオリアは数回目を瞬かせる。

それを困惑と取ったエルメルダは直ぐに口を抑えると「ごめんなさい、子どもっぽくて…。」とうなだれる。


「いつもお母様に怒られるの…頭が悪いって。考えてからしゃべりなさいって。」



そう言って目に涙を浮かべるエルメルダを見て、セオリアは慌ててハンカチを差し出す。




「違うよ、そんなことない!エルは自由で楽しいじゃないか。」


(私が楽しい?)


「エルはいつも鼻歌を歌いながらなんでも楽しむだろう?緊張しいだけど君は基本的にポジティブで自由だ。僕はそれをうらやましく思うよ。」


「ぐすっ、そうかしら…。エヴァもセオリアも何でもよくできるし、私とも仲良くしてくれるけど。腰巾着なんていう人もいるし…。」



セオリアはその話を聞くと大きく首を振る。



「何言っているんだ。僕たちは友達だろう、エルは絶対に必要な存在だよ。」




少し待っていて…。


セオリアはそういうと、ランチのテーブルを離れ何処かに消えていく。

俯いたまま待っていると目の前に小さな黄色いバラの花が現れた。驚いて顔を上げればセオリアがバラを持ちエルメルダに手渡す。


「エルにあげる。」


「セオリアが、私にくれるの…?」



予想もしないプレゼントにエルメルダの胸は大きく高鳴る。今までエヴァリスに花をプレゼントする男の子はたくさんいたけどエルメルダにくれる人はいなかった。



「ありがとう大事にする。」


バラをつぶさないように優しく抱きしめると、遠くからエヴァリスが息を切らして戻ってくるのが見えた。



「お待たせ!あ―…私もお腹ペコペコ。あれっ?綺麗なバラね。」


セオリアがくれたと伝えれば、エヴァリスは「紳士なところもあるのね。」なんてセオリアをからかう。

それを見ながら、エルメルダの中に小さな変化があった。

今、エルメルダの手元にはセオリアからもらったバラがあって、エヴァリスにはない。自分にしかない。それがとてつもなくエルメルダの心を満たすことに彼女は気づいたのだった。


もっと欲しい。セオリアの優しさを、私だけがもっと手に入れたい。

いつもと変わらない三人の時間、エルメルダは一人恍惚の表情を浮かべるのだった。






『ガシャーン』


大きな音がして、エルメルダの部屋にメイドが入れば、黒いインクの入った瓶が粉々に砕け、壁には叩きつけられた黒いしシミが伝うように床に向かって垂れる。


「ア――ッやってられない。」


ストレスが限界に達したエルメルダは、机の上のものを手で払うとどさりと椅子に腰かける。



「エルメルダ様、いかがされましたか?」

メイドが恐る恐る尋ねれば、エルメルダは大きな舌打ちをすると鋭い目でにらみつける。



「こんな所でいつまで私に過ごせというの?私は聖女なのよ。祭事と教育の時間以外はすべてこの部屋で大人しくしていろなんて。」



そう大声を出すと、メイドに向かってインクの壷を片付けろと喚く。



「それに婚約の儀から数か月たつのになぜやり直しの日取りが決まらないのよ。」


「それは…祭司様が一番良い日取りをお決めになられているのと、結界の修復に時間がかか…。」


「バカの一つ覚えみたいに皆それしか話せないのね。」




もういいわ。エルメルダは椅子から立ち上がるとドアに向かって歩き始める。



「お待ちくださいエルメルダ様。どちらに行かれるのですか?」


「セオリア様に会いに行くに決まっているでしょう?あんた達、周りの者が無能だからセオリア様のお仕事が増えて私に会いに来る時間を遮られているのよ。」



いけません。セオリア様は今公務の最中です。こちらからお会いするには事前にお話をしませんと…。

引き留めようとするメイドを押し退けて扉を開けば、騒ぎを聞きつけたメイド長のマリアンナがちらりと壁を汚すインクを見てエルメルダの目の前に立ちはだかる。



「はっ…あなたまで来るわけ?」


「お戻りください。この後には白の魔法を高めるための祈りをささげるお時間があります。」


「そんなもの今朝とっくに済ませたわよ。」


「今の聖女様のやり方では結界を新しくするために十分な力が維持できておりません。」



それを聞いたエルメルダは、ずいっとマリアンナに顔を寄せると小ばかにしたように鼻で笑って見せる。



「態度に気をつけなさい。私は聖女なの、もうすぐ女王としてこの国の母になるのよ。私が女王になったらあなたなんて直ぐにここから追い出すこともできるのよ。」


勝ち誇った顔のエルメルダは当然マリアンナが謝罪してくると疑わない。表情を変えずに聞いていたマリアンナは、さらに淡々と言葉をつなげる。



「お嬢様こそ、何か勘違いをしていらっしゃいますね。」


「勘違いですって…。」


「あなたはまだ婚約の儀を終えていません。つまり、まだ女王になる資格を完全には有しているわけではないということです。セオリア様に自らお会いしに行くには時期尚早ですよ。」



それを聞いたエルメルダは怒りで顔を真っ赤にすると「許さないから…。」と歯をギリリと噛む。

祈祷の時間は後ほどですから必ず祭司の元へ行ってください。マリアンナはそう告げるとエルメルダの部屋を後にした。扉が閉まると部屋の中からはエルメルダの叫び声と物が壊れる音が響き渡る。



「放っておきなさい。」


マリアンナはそうメイドに伝えるとリタールの元へ報告に向かうため歩き出したのだった。


部屋にいるメイド達を追い払うと、荒い息を吐きながらエルメルダは肩を揺らす。

目の目にある大きな全身鏡にはきらびやかに飾られた自分の姿が映り込む。


「そうよ…。私は特別なの。セオリア様は誰にも渡さないわ。」


もう二度と、この世の誰にも自分の事を馬鹿にさせない。エルメルダはそう強く思うのだった。

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