16 色づく始まり
エヴァリスは目を覚ました。ぼんやりとピントの合わない視界は徐々に鮮明になり天井の木目がはっきりと見える。それはどこか見慣れた天井だった。どうやらここはどこかの部屋の一室らしい。エヴァリスはその中で、徐々に先ほど起こった婚約の儀での魔物の襲来を思い出す。
「そうだ…セオリアが。」
慌てて身体を起こそうと力を入れようにも何故か上手く力が入らない。幾度か試んでみるが直ぐに疲れてしまう。まるで自分の身体が鉛のように重く感じ動くのも億劫でそのまま静かに横になっていれば、ガチャリとドアが開き誰かが部屋に入ってきた。
「エヴァリス、今日は久しぶりに晴れていい天気だよ。」
それはリオンの姿だった。
リオンはまだほわんと瞬きをするエヴァリスに微笑みかけると、赤いガーベラが挿してあるガラスの花瓶を窓の端に飾る。
「そろそろ寒くなってくる時期だね。そういえば聞いてよ。今日ヴァレリーがまた忘れ物を…。」
時折エヴァリスの顔を見て他愛のない話を続けていたリオンだったが、目を開けているエヴァリスと視線が合い瞬きを数回。そしてエヴァリスが目を覚ましたことにようやく気付くいたのか、じーっとエヴァリスの目を見つめたままポカンと口を開ける。
「エヴァリス、僕の声が聞こえてる?」
エヴァリスはリオンの声に頷いて見せる。
「目を覚ましたってこと?」
それを聞いてまた頷いて見せると、リオンは「とうとう目を覚ましたんだね」と安堵でその場に座り込む。
「痛いところはない?変な所とかない?」
「…大丈夫。身体がだるいだけ。」
かすれた声でそう返せば、リオンは慌てて「水を持ってくるよ。」と人を呼びに部屋を飛び出した。
戻ってきたリオンの隣にはヴァレリーがおり、同じようにエヴァリスの顔を見るや「良かった…。」と胸をなでおろした。ゆっくりと水をもらいながら話を聞けばエヴァリスは、あの教会で三か月をゆうに超える期間こうして眠りについていたそうだ。
未だ混乱しているエヴァリス。リオンからどこまでの記憶があるのかを尋ねられ、エルメルダの婚約の儀に魔物の襲来を受けたこと。そして黒い影に包まれ意識がなくなったことを素直に話せばヴァレリーはしばしの間考え込む。
「私たちにも王宮で婚約の儀の最中、魔物の襲来を受けたと一報が入り、リオンを連れて私たちも直ぐに王宮まで飛びました。」
そう言ってヴァレリーはあの日の事をエヴァリスに語り始める。
◆
三か月前の婚約式の日。
ヴァレリー達が礼拝堂についた時、黒い人影は既に行方をくらまし、エヴァリスは漆黒の闇に包まれている真っただ中だった。
『エヴァ!』セオリアが騎士達の制止を振り払い、エヴァリスがいる闇の中に入り込もうとするのを必死に抑え込みながらリタールはヴァレリーに大きな声を出す。
「エヴァリス様がこの中に。魔物の攻撃に巻き込まれました。」
「はっ?エヴァリスが?ヴァレリー!」
「何という事だ…これは大きな瘴気じゃ。リオンの時とは比にならん。」
リオンは焦ってヴァレリーの袖をつかむ。闇の中に引きずり込まれてから時間が経つ。もはや一刻の猶予もない。
ヴァレリーは苦渋の表情を浮かべると覚悟を決めたかのように、その目に力を宿す。
それは一か八か…。ヴァレリーは自身の背から杖を抜くと、リオンに小声で話す。
「リオンいいか、わしの話をよく聞け。これからエヴァリス様の封印を解く。」
「エヴァリスの封印って一体…。」
「話は後だ、先ずはこの場を収めねばならん。エヴァリス様の身体が一瞬でも見えたら移転して教会まで連れて避難する。いいな。」
「わ…分かった。」
チャンスは一度きり。
ヴァレリーが自身の杖に力を込めると、木彫りの杖が虹色の光に染まる。そして虹色の魔法陣を描くと封印解除の呪文を唱える。
『『封印解除…目覚めよ、虹の魔法』』
ヴァレリーの言葉を合図に魔法陣から虹色の光が闇の魔法に向かって放たれた。魔物の断末魔が再び咆哮し、漆黒を裂いて虹色の光が走る。その刹那、光の先にあるエヴァリスの身体をリオンの目が捉えた。
「エヴァリスが見えた!!」
「よし今じゃ。」
リオンは移転魔法で虹の光をたどり、エヴァリスの腕にしがみつくと教会まで瞬時に飛び王宮から姿を消した。
まだこの場にいる誰もがエヴァリスが漆黒の闇の中から抜け出したことを知る由もない。
エヴァリスがいなくなってからも尚、虹の光は消えずに次第に闇の魔法を覆い尽くす。
虹の光がだんだんと大きくなり皆がまぶしそうに眼を隠すと、ヴァレリーは先ほどとは違う魔方陣を描き空に向かって放つ。その光が星のように降り注ぐや否や、その場にいたものは次々と睡魔に襲われてバタバタと眠りにつく。
「エヴァ…リス。」
藻掻くことを続けていたセオリアも、ヴァレリーの忘却魔法に抗うことが出来ずにガクリと膝をついた後徐々に目を閉じる。
そこにエヴァリスを教会に移転させ戻ってきたリオンがヴァレリーのもとに帰ってきた。
「大丈夫、エヴァリスは無事に教会に届けた。」
「よし。いいかこの時間の皆の記憶を消しておく。リオン教会に戻るぞ。」
ヴァレリーがリオンの腕に掴まるとリオンの移転魔法が発動する。こうしてエヴァリスは死の寸前、二人によって王宮から救出されたのだった。
ベッドの背もたれに寄りかかりながら話を聞いていたエヴァリスは、あまりの展開に驚きを隠せない。
「その後、みんなはどうなったのですか?」
「みんな無事でした。しかし何故あの魔物が結界を破り、宮中に入れたのかは調査中です。」
「それからエヴァリス…ここからが大事な話なんだけどね。」
何処か目を伏せる二人。これ以上に何か問題があるのだろうかとエヴァリスは不安になる。
何度か言葉を続けようとしたセオリアが、意を決して口を開いた瞬間。階段を駆け上がる音と共に部屋のドアがバーンと勢いよく開かれた。
一同がぎょっとする中、部屋の中に転がるように入ってきたライラは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら荒い息を吐く。
「エ、エ…エヴァリスお嬢様が目を覚まされたって本当ですか?」
「ライラ!?」
「あぁ、本当に…本当に私のエヴァリスお嬢様です。」
ライラは大粒の涙をこぼしながら、エヴァリスに縋りつくように膝を崩すとまるでこどものように大きな声でワンワンと泣き始める。
「ライラ、ごめんなさいね。心配かけたわ。」
泣きながら首を振ることしかできないライラはより一層エヴァリスにしがみつく。直ぐ後からやって来たガイデンもライラの肩を抱きながらエヴァリスを優しく抱き寄せる。
「寝すぎにもほどがあるだろ。どれだけ心配かけりゃ気が済むんだ。」
「二人ともごめんなさい。心配かけてごめんなさい。」
「わ、私が一番にお嬢様のお目覚めを見届けたかったです…。」
申し訳なさと、みんなの顔を見て安心したエヴァリスの目にも涙が浮かぶ。
「良いのです。みなエヴァリス様がご無事であればそれで良いのですから。」
ヴァレリーの言葉にエヴァリスは静かにうなずく。
取り込み中のところ申し訳ないんだけど…。自身も少し目を赤くしながらリオンは言葉をつづける。
「エヴァリスに今の状況をきちんと説明できていないんだ。まずは大事なことを話しておかないと。」
「今の状況…ですか?」
「えぇ、先ずエヴァリス様は虹の魔法を使うことができる唯一の存在です。」
虹の魔法…。
「それは前に話していた浄化の光と関係があるのでしょうか?」
ヴァレリーによれば、浄化の光とは虹の魔法を使用する魔法使いにのみ与えられる力でありエルメルダの白の魔法が様々な傷を『癒す』力だとすれば、浄化の光は魂を闇から『救う』力だといわれている。
白の魔法が数十年に一度現れるのに対し、虹色の魔法を使える者が現れるのは何百年に一度となっている。その魔力は絶大で数々の魔物やよからぬ考えを持つ幾多の国からを狙われるため常にその存在は秘匿とされてきた。
「つまり、エヴァリス様の魔法とは、魔物に操られている魂を浄化・解放し救うことができるというものなのです。」
「でも私は継承式の時に色がありませんでした。それはなぜですか?」
「…先ほども申し上げた通り、虹色の魔法は秘匿です。王家の書庫にもその記述はほぼ残っていないでしょう。その力を解放するのにはいくつかの条件があり、それらが揃うには年月がかかります。継承式に反応がなかったのは当然のことです。」
「でもどうしてヴァレリー祭司は、エヴァリスお嬢様の虹の魔法を解放することができたのですか?」
ライラの言葉に、エヴァリスは確かに…。とヴァレリーの顔を見る。
「私の家系は古くから虹の魔法を使用できる後継者に仕えてまいりました。長い年月をかけ秘密を守り虹の魔法を有する人間が現れるその時をじっと待ち続けます。そして後継者が現れたあかつきにはその力を解放する役目を担ってきました。」
つまりは何百年も待って、待って、とうとう虹の魔法を有するエヴァリスが誕生したってことだよね?
あまりに大きな話にリオンやガイデンも天を仰ぐ。
「私も初めは半信半疑でした。しかしエヴァリスお嬢様の魔法はまだ解放されただけです。ここから力を高め浄化の光を強くする必要があります。浄化の光が高まればあの時現れたオルトロスの様な闇をはらい、永遠の苦しみから解放することができるようになります。」
長い眠りから覚め、現実に引き戻されても尚夢が続いているような感覚に陥る。
聞けば、先のオルトロスとの戦いで虹の魔法が解放され、エヴァリスの身体は受け止められる以上の力に触れたたという。そのためオーバーヒートで数か月間、眠り続けていたということだった。
「あと…今エヴァリスは行方不明ってことになっているんだ。」
えっ?
リオンの口から放たれた言葉にエヴァリスはさらに驚く。ライラは慌てて「本当にそうなったわけではありません、あくまで振りです!!」とライラは強調する。
「これもまたエヴァリス様と虹の魔法を守るためです。闇の魔法から回避する際に、その場にいた者の記憶を部分的に消しました。表向きにヱヴァリスお嬢様は魔物との戦乱に巻き込まれ姿を消したことになっております。」
「そうだったのですね…。」
「無礼ながら、今エヴァリスお嬢様には私の忘却魔法がかけられております。他の人間がエヴァリス様の顔を見たり声を聴いたとしても皆の目には別人の姿形として表れているのです。これは虹の魔法を守るために使用される強力な力です。」
ということは…。ライラ達の顔を見回せば全員が首を横に振る。
「いいえ、私達にはちゃーんと今まで通りエヴァリス様の美しくかわいらしいお顔が見えていますよ。」
「エヴァリス様の秘密を知っているのはここにいる私達だけです。エヴァリス様がお眠りの際にここにいる者たちは口封じの契約を行っております。この秘密は私達以外の者には決して口外することができませんからご安心ください。」
一気に説明されたあれやこれやを頭で整理しながら確認するエヴァリスだったが、ふと気づいたことをライラに尋ねる。
「婚約の儀…。あれからセオリア様とエルメルダ様はどうなったの?」
「あぁ…。あんなことになってしまって。実際には儀式は中途半端なままです。ですが王宮の修繕作業や結婚式までの準備もありますからね。今エルメルダ様は、セオリア様と一緒に王宮に住まわれていますよ。」
そうなのね…。まずは二人が無事だったことにほっと息を吐く。オルトロスに突破された結界の修復に、軍の強化、王宮の修繕などやることは山積みのようだ。ヴァレリーが話したように、この五人しかエヴァリスの現在の姿を知らないとすれば、もう金輪際エヴァリス・ケイネンとして彼らの前に出ることはないのだろう。
行方不明と伝わり数か月、大抵の人はエヴァリスが戦乱で命を落としたと判断し生存は絶望的だと思うだろう。
困惑と隣り合わせに、エヴァリスは新しい人生を手にした様な気分だった。
私に生まれ変わるためのチャンスが巡ってきたのだとしたら。
「ヴァレリー、私に魔法を教えてください。私は…私の力で多くの人々を救うことができる人間になりたい。」
エヴァリスのその言葉にヴァレリーは静かにしかし力強く頷いた。
「お任せください。ここにいる者たちでエヴァリス様を必ずやお支えいたします。」
「はい、よろしくお願いします。」
こうして、エヴァリスの色なしの生活は終わりを迎え、新しく扉が開かれたのだった。




