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14 エヴァリスの嫁ぎ先

エルメルダの婚約式が決まってから数日後。

ドレスを作ろうと屋敷に、国で一番有名なデザイナーのナリーが仕立て屋の一行を連れ屋敷にやってきた。次々と運び込まれるドレスは、どれもがトレンドの最新作でナリーの自信作であった。




「エルメルダ様の白銀の髪に見劣りしないドレス達です。是非お好きなものからお試しくださいませ。」


「さすが国一番のデザイナーね!!どれも美しくて迷ってしまうわ。」




エルメルダは、とにかく装飾が派手でレースがふんだんに使われているものから手に取っていく。

そもそもハレオンの国には代々婚約式で女王たちが袖を通してきたデザインが存在する。今回のこの一行は、セオリアの母であり女王のルシエラに許可を取っていない。宮中のメイドがやんわりと伝えたものの「衣装はひとつだけだという決まりは無い」とエルメルダがピシャリと跳ねのけたのだ。


あたふたと屋敷が色とりどりの布で溢れかえる中、エヴァリスが自身の部屋で大人しく手を広げて背筋を伸ばす。その周りをくるくると回りながらライラと仕立て屋のナルセルはメジャーを伸ばしながらサイズの記録を取っていく。



「エヴァリスお嬢様、洋服の採寸なんて久しぶりですね。」


「そうね、いつもはライラが持っている服を簡単に直してくれるものね。」


「お嬢様、首元を触ってもよろしいでしょうか?」




ナルセルは首に優しくメジャーをかけるとほほ笑みながらメモリを見る。


「実はわたくし、以前エヴァリス様とエルメルダ様のお洋服をお作りしたことがあるのです。」


「えっ?そうだったのですね…。」


「もう十年以上も前のことですからお忘れでも当然です。ご姉妹で揃いのレモンイエローのワンピースをお作りいたしました。」



あぁ…。その言葉を聞いて懐かしい記憶を思い出した。

確か昔、エルメルダと一緒に着ていたお気に入りのワンピースがあった。子どもの頃の2人があまりにも似ていたため、普段は色違いの洋服を着させられることが多かったものだ。しかし両親にお願いして初めてエルメルダとお揃いでつくってもらったワンピースがレモンイエローのそれだった。



「思い出しました、あの時の。」


「えぇ、お二人とも素敵な女性になられましたね。」


「いえ…。」




ナルセルの誉め言葉をお世辞と受け取りながら、エヴァリスは困ったように返す。

あれから随分二人の仲は変わってしまったものだ…。





「エヴァリスお嬢様、ドレスのお色ですがご希望はありますか?ライラはこの綺麗なスカーレットがお似合いかと思うもですが…。」


幾つかの色のパターンを見てワクワクと笑顔を見せるライラの横でエヴァリスは静かに首を振る。


「いいえ、私はいつもの黒でいいかなって思っていたのだけど。」




その言葉にライラとナルセルは目をぱちぱちと瞬かせる。



「えー…お嬢様、婚約式は鎮魂の儀ではありませんよ。黒はそのどうでしょう」


「そうかしら、誰も気にしないと思うけど。」


「お好きな色はありませんか?」



ナルセルに好きな色を聞かれたが、エヴァリスはしばらく考え込むがなかなか答えが出ない。誰かのためではなく自身に合う色となると…あまり考えたことがなかったのかもしれない。



「では私がお久しぶりにエヴァリス様に素敵な色のドレスを選んでもよろしいでしょうか?」


「ナルセルが選んでくださるのですか?」


「えぇ、あの時はナリー先生について見習いでしたが。これでも今はブティックを一つ持っているんです。是非私にご用意させてくださいませ。」



ニコニコと笑いながらナルセルはお任せくださいとウインクを返す。その真心が心強くエヴァリスはナルセルにドレスのデザインを頼むことにした。その後三人は今、国で流行しているトレンドや洋服の手直しのやり方など話に花を咲かせたのであった。





そしてその夜。

「エヴァリス、お前に伝えることがある。」



エヴァリスは久しぶりに両親の部屋に呼びつけられた。いつもなら執事のエリオットや主人付きのメイドでないと入れない部屋は以前にも増して煌びやかな物で溢れかえっている。



「はい、何でしょうか旦那様。」


「エルメルダの婚約の儀が迫っている。つまりエルメルダはこの屋敷を出ていく。お前の役目もここで終わりだ。」


「はい…心得ております。」




ついにこの瞬間が来たのだとエヴァリスは悟った。じっとオルランの目を見つめながら返事を返せばマチルダが立ち上がりエヴァリスに封筒を差し出す。




「あなたをテラピット家に嫁がせることにしたわ。準備ができたらここに行きなさい。既に向こうにも話がついているの。」


「テラピット家は我がケイネン家と縁のある家系だ。有難いことに色無しのお前でも迎えてくれると仰っている。」



テラピット家といえば、金貸しで財を成したものの、主人は女たらしだと社交界では有名である。そこに嫁ぐ…というのは建前で、体よくこき使われる事は目に見えている。エヴァリスは封筒の中身に目を通すと表情を変えることなく「分かりました…。」と答える。



動揺の色すら見せずに、深々と頭を下げるエヴァリスの姿にオルラン達は目を見合わせる。

用が済んだため部屋を出ようとするとマチルダが、それから…。と引き留められる。



「あなたの婚約はエルメルダの婚約の儀が終わった後、パーティーで皆様に正式に発表するからそのつもりでいて頂戴。」


姉妹同時に婚約を発表。言葉にすれば聞こえが良いが察しの良い者であれば、エヴァリスがお払い箱になったのだと理解するだろう。とんださらし者というわけか…。頭で冷静に考えながら、ふとライラや、ガイデン、エリオットの顔が浮かぶ。特にライラなら確実に失神を起こすだろう。いまはたただそれだけが心配だった。



「婚約の儀が終わった次の日にここを立ちます。屋敷の人たちにはそれまで内密にしておいてください。」


「そのつもりよ、まぁ向こうでよく尽くしなさい。あなたもここより居やすいと思うし。」



あれから幾つも月日が経ち、エヴァリスの中では愛する両親はいつしか屋敷の主人になり、そして自身はそれに仕えるただのメイドになってしまった。分かっていたものの言葉にされると心はえぐられる。しかし今更何かを願ったところで何も変わらないことはエヴァリス自身がよく知っているのだ。


何処か不思議な感覚のまま、エヴァリスは部屋に戻る。

この気持ちは解放感というのか、それとも悲しみというのだろうか。幼い頃、それこそあの継承式の日まではエヴァリスは自身の両親から愛され大事にされていることを疑ったことは無かった。


「結局、あの人たちが欲しかったのは出来のいい娘とその名誉だったってことね。」



エヴァリス様!!前から大きな声で名前を呼ばれ顔を上げると、何故か髪の毛に葉をいくつもつけてボロボロになったライラが走ってきた。その腕の中には不機嫌そうな顔をしながらエルメルダが買っている猫のロエルがおさまっている。



「エヴァリスお嬢様、見てください。ロエルがまたエルメルダ様の手袋を隠したのを、このライラがささっと見つけ捕獲しました。」


「そう、お手柄ね。」


「私このお屋敷で働いていなければ名探偵になって生計を立てていたのかもしれません。」


「そうね。」


ロエルは不服そうにだらりと身体を伸ばしエヴァリスと目を合わせない。興奮した様子で話していたライラはふとエヴァリスの様子を不思議に思い首をかしげる。



「エヴァリスお嬢様、何かありましたか?」



その言葉に我に返り、エヴァリスはいつも通りの優しい顔を浮かべると違うわと首を振る。




「旦那様に何か怒られましたか?」


「いいえ何もないわ。…ライラが側にいるといつも幸せだなと思っただけよ。」


「ライラへの…愛の告白ですか?」




困惑したように頬を染めるライラを見てエヴァリスはその言葉に噴き出す。

ライラの腕が緩んだ隙にメルティは手袋を加えたまま素早くすり抜けるともと来た方へ逃げ出した。それを慌てて追いかけるライラの後を追ってエヴァリスもそれに続く。



ライラ達とこうしていられる時間はもう残り僅かだと。

エヴァリスにとってはそれが唯一の心残りなのかもしれない。




婚約の儀の当日

エヴァリスは王宮の控室でナルセルがデザインした淡いブルーオリゾンのドレスに袖を通した。

綺麗なシルエットで袖が長く、首元まで隠れる青色はエヴァリスの美しい黒髪に映える色合いであった。

結い上げられた髪に真珠の飾りが散らばればライラだけでなく王宮のメイドも小さくため息を漏らす。


「エヴァリス様、私感動しすぎて胸が苦しいかもしれません。」


「ライラは本当にお世辞が上手ね。私じゃなくてドレスが素敵なのよ。」




軽くいなすように居心地が悪そうに背中を確認するエヴァリアス。

否!!ライラだけでなく王宮のメイドも鈍感なエヴァリスの言葉に内心そう返したことであろう。



その時、控室の扉が開きマチルダが現れた。

マチルダはエヴァリスの姿を確認すると「上出来ね。」と静かにうなずく。

その後ろから、おなかの出た中年の男がズカズカと部屋に入り込んできた。それは以前オルランから話が合ったテラピット家の次男、リューシャ・テラピットの姿であった。




「なっ、着替えの最中に失礼ではないですか!」




ライラの抗議にマチルダが鋭い目を向ける。





「エヴァリスの他は席を外してちょうだい。」



マチルダの言葉にライラは訝しげな顔をしたが、渋々指示に従い他のメイドとともに部屋を後にする。

控室の中が三人だけになるとリューシャはニタニタと笑いながら「美しい…。」とエヴァリスのもとへ近づくと全身を舐めるように見回す。その視線に強烈な拒否を感じながら、エヴァリスは無の表情を崩さずにカーテシーと共に挨拶をする。


「初めまして、エヴァリス・ケイネンと申します。」


「エヴァリス…。噂に違わず麗しいではないか。これなら色なしでも引く手あまたであろうに。」


「…。」


「安心しろ、私は懐が広い。色がないお前でも夜伽を共にし存分に可愛がってあげよう。」





この男は口を開けば失礼しか口にできないらしい。

目の前の男を殴れない代わりに口に鉄の味が広がる。それを横で聞いていたマチルダはやれやれと首を振りながらリューシャに言葉を返すことはない。




「では後ほどパーティーで会おう。」



自身のおもちゃが思いのほか上玉だったことに満足したリューシャはそういうと笑いながら部屋を後にした。

マチルダもそれに続きドアに向かう。


「一応、私もあなたの母親だから言っておくけど。今までエルメルダのお守りご苦労様。ここではない場所で幸せにおなりなさい。」


「…。」



扉が閉まる音がやけに大きく聞こえる中、エヴァリスは返す言葉が見つけられなかった。

せっかく作ってもらったドレスの裾を握りたくなくて、泣かないように自身の胸を強く叩く。何度も。


視界がゆらゆらと滲み、鼻の奥がツンといたいのは。

心がズタズタに引き裂かれて痛いのは。


きっと胸を叩いたからだと。

そうしたら理由をつけられるだろうか。



「エルメルダ様は慈愛に溢れているわね。」


(それに比べて色がないなんて…。)


「エルメルダ様ありがとうございます。」

(同じ顔をしているのにかわいそうに)


「ご両親も鼻が高いだろうね…。」

(あぁ…かわいそうに)



私もお父様に、お母様に、愛してもらいたかった。


「愛して欲しかった…。」



ぽつりと呟いたエヴァリスの声は誰にも知られることはなく部屋の中に小さく消えていく。その後、マチルダがリューシャと共に部屋を後にしたのを見計らいライラが急いで部屋の中に入ってきた。

俯いて目を赤くするエヴァリスを見て、ライラは静かに涙を流すとエヴァリスの身体を優しく抱きしめる。


「お嬢様、ライラはエヴァリスお嬢様の事が大好きです。ガイデンも、リオンも、ヴァレリーもみんなみんな味方です。忘れないでください。」


「ライラ…ありがとう。貴女が側にいてくれて私は幸せ者ね。」


「いいえ!それはライラの方です。ライラこそお嬢様のお側にいられて、世界一の幸せ者です。」




ライラの震えながらも、しっかりとエヴァリスの身体を抱きしめる腕が今しがたの心の氷を溶かしていく。みんなと離れるのは寂しいが、迷惑をかけたくはない。エヴァリスはライラを抱きしめ返しながら改めてケイネン家を出ていく覚悟を決めたのだった。



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