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13 セオリアとエルメルダの婚約

それから程なくして、セオリアとエルメルダの婚約式の日取りが決定された。それは当初の予定よりも数ヶ月ほど早い通達であった。王宮ではセオリアが愛するエルメルダの為にいてもたってもいらなかったと専らの噂になっている。


その知らせを受け取ったエルメルダは、別の大きなベッドの上で飛び跳ねながら歓喜の叫びを上げた。オルランはこれで我が家の繁栄は間違いないと確信し、早速未来の王女のそれに見合うようにと屋敷の中の調度品を一新しようと金を湯水のように使い始める始末だった。


ハレオンの国には大量のビラが撒かれ、国中がセオリアとエルメルダの婚約を祝い町は祝福の声に包まれていた。



「あぁ、ようやくこの地位が手に入ったわ。セオリア様も私のもの。全てはこのエルメルダのものよ。」


婚約の儀の日取りが決まってから、エルメルダの機嫌はウナギのぼりでありケイネン家に仕える者たちは動揺しながらも婚約式の準備に追われていた。小鳥が踊るようにクルクルと回りながら喜ぶエルメルダの姿にメイドのナチェスは涙ぐみながらハンカチで鼻を拭く。






「ぐすっ、エルメルダお嬢様、私はこの時をずっと夢に見てきました。エルメルダお嬢様がこの世で手に入らないものなど存在しませんわ。」


「国中が私の事を崇めるのよ。メイド長のマリアンナともこれでおさらばね。あんな奴直ぐに国外に追放してやるんだから。」




その時、トントンと扉を叩く音がしてエルメルダの部屋の中に呼びつけられたエヴァリスが入ってきた。






「お呼びでしょうかエルメルダ様。」


「あら…、エヴァリス待っていたわよ。」




まるで蕩ける蜂蜜のような笑顔。エルメルダはくすくすと笑いを抑えきれないままエヴァリスの目の前まで来るとその顔を覗き込む。相変わらず無愛想でパッとしないわね…。そう、エルメルダは自身の口からエヴァリスに伝えようとわざわざ呼びつけたのだ。






「婚約式の話、聞いたわよね。」


「はい伺いました。エルメルダ様、この度はセオリア様とのご婚約おめでとうございます。」



そう言って頭を下げるエヴァリスを見て、エルメルダはハッと鼻で笑うとどさりとソファーに座る。






「そんなこと思ってもいないくせに。エヴァリスは私が羨ましくて仕方ないでしょうね。だってセオリア様が私のために婚約式を早めてくださったのよ。1日でも早く私と一緒になりたくて。」


「滅相もございません。白の魔法をもつエルメルダ様は国にとって大きな希望ですから」



祝福の言葉とともに静かに頭を下げるエヴァリスの姿にエルメルダは満足そうに声を出して笑う。既にエルメルダにとってエヴァリスは使用人も同然であったが、自身の揺るぎない地位を得てかしずく姉の姿に気を良くしたようだ。






「これでこんな小さな屋敷ともおさらばだわ。そしてお前も用済みね。王宮に行けば選りすぐりの騎士たちがいるんですもの。」






チラリと反応を伺うように視線をよこしたエルメルダにエヴァリスは表情を変えず「失礼します。」と一言答えると静かにエルメルダの部屋を後にする。






「ちっ、痩せ我慢しちゃって。本当は悔しくてたまらないくせに…。」


「エルメルダ様、あんなものに構っている暇はありません。これから婚約式の準備で忙しくなります。」


「そうだったわ!ナチェス、婚約式の衣装は特別に新しく作らせるのよ。お父様に言って装飾品も全て新しいものに変えて頂戴。」






エルメルダは夢心地のまま、ナチェスから送られる称賛の声に包まれる。聖女の品性たるや…。エヴァリスはため息を一つ吐くと仕事に戻ろうとライラたちの下へ足を早める。




そんな事を敢えて念を押して言われなくとも、エヴァリスにとってはどうってこと無い話だった。元々この屋敷に自分の居場所は無いし、自分の仕事はエルメルダがセオリアと結婚するまでと決まっている。








ガタン…。その時窓の外からかすかに音が聞こえた。


窓の外から庭園を見ると花の世話をする執事のエリオットの姿があった。大きい土の入った袋をいくつも持って運ぼうとするのが見えてエヴァリスは慌てて庭園に走る。








「エリオット私も手伝うわ。」


「エヴァリスお嬢様…。」



大きい袋を持ちよろけたエリオットの横からエヴァリスがすかさず袋の端を持つ。




「ご心配には及びません。私一人で出来ます。お洋服が土で汚れますから手をお離しください。」


 

そう言って目のシワを優しく深くしたエリオットは、相変わらず背筋を伸ばし靭やかな所作で屋敷に仕えているものの、その背中は幾分か小さくなった様にも思える。




「メイド服に汚れるもなにもないわ。私も…少し気晴らしをしたいから手伝わせて。」


「…分かりました。ではそちらの花の苗を植えていただけますか?」




エリオットは何かを察したのかエヴァリスに微笑むと花の苗をそっと差し出した。「ありがとう…。」とそれを受け取ると、エヴァリスはメイド服の袖をまくって新しく耕された場所に一つずつ花の苗を植えていく。




エリオットはエヴァリスにとって両親の代わりとも言える存在だった。主に、母のマチルダや父のオルランに全幅の信頼を寄せられている事もあり日頃は両親のもとで密かに仕事を任されることも多い。また両親から『エヴァリスの事は干渉しないように』忠告されていることもエヴァリスは密かに知っている。それもありエヴァリスはエリオットにしわ寄せが行かないようにと業務以外の接触は控えるようにしていた。




「エヴァリスお嬢様、手際が良くなられましたね。」


「エリオットが教えてくれたからよ。いつも綺麗に庭園を整えてくれるから助かっているわ。」


「いえ恐れながら、これは私のささやかな趣味でもあります。私にとって土は得手ですから。」



エリオットは土の魔法を使うことができる。大地に力を与え植物に生命を吹き込み、それは時に壁となって敵から身を守ることもできる。エリオットの防衛能力は高い。きっと王宮の執事としても働けるのに申し分ないくらいには。エヴァリスが護身術やメイドとしての所作を身に着けたのは、ガイデンのほかに幼い頃エリオットに密かに隠れて手ほどきを受けていたからに他ない。


自身の横で黙々と作業を続けるエヴァリスを静かに見守っていたエリオットはそっと声を掛ける。




「エヴァリスお嬢様、エルメルダ様にお会いしたのですね。」



その言葉に、エヴァリスは一瞬手を止めるとエリオットの目を見てふふっと笑い返す。






「大丈夫よエリオット。私の努めはエルメルダ様を無事にお守りすることだから。それに…私にはライラもガイデンも、あと…友達、もいるの。沢山の人に大事にしてもらっているから。」






それにエリオットも側にいてくれるからね。そう言って嬉しそうに破顔したエヴァリスのその言葉に、エリオットの過去の記憶が蘇る。




いつだったか、泣きながらパンを頬張っていた無力な少女は心の優しい女性に成長したのだ。






「そうでしたか。お友達がいらっしゃるのですね。」


「えぇ、今は…七歳の男の子だけど。とても賢い人よ。」



エヴァリスは楽しそうにエリオットに最近の出来事を話す。

そうしていると遠くの方から、ライラがエヴァリスを呼ぶ声が聞こえた。どうやらそろそろ食事の支度が始まるらしい。






「お嬢様ありがとうございました。あとは私がやります。お行きください。」


「分かったわ。エリオットなにか困った時は私に行ってね。いつでも飛んでくるわ。」






エヴァリスはそういうと手を振りながら足早に屋敷の中に姿を消す。その後ろ姿をニコニコと見つめながら、エリオットは小さくため息をつく。




密かに服の袖に忍ばせていた木彫りの鳥を取り出すと魔力をこめて空へ放つ。魔力を吹き込まれた木彫りの鳥はその翼をはためかせると目的地に向かって飛び立った。








「お嬢様、もう少しの辛抱です。」



様々な人たちの思惑が行き交う中、その時は刻一刻と近付いていた。それはエヴァリスにとってそう遠くない話であるが、エヴァリスが真実に気づくのはもう少し先の話。





「あー疲れる!!」


廊下のランプを掃除していたライラはハタキをかけるのを中断し、ギラギラと金色に装飾されたランプカバーを指でつまみあげる。






「婚約したらあの女はこの屋敷に寄り付かないのに、どうして旦那様は調度品を一新するのかしらね。しかも見てくださいよ、このデザイン。自己顕示欲の塊ですよ成金の典型です。」






吐くフリをしながら、やれやれと首をふるライラに他のメイドたちは苦笑いを浮かべる。




「ライラは昔からエヴァリスお嬢様一筋だからね。」


「当たり前よ!どう考えてもエルメルダ様より、エヴァリスお嬢様の方が品があって、慈愛があって、美しくて、可愛くて…。」


「あー、もう良いから!その話は耳にタコができるくらい聞いたから。」






話を遮られたライラは頬を膨らませると、渋々と古いランプカバーを取り替えた。周りにナチェスがいない事を確認するともう一人のメイドが小声で話す。






「そう言えば婚約の話聞いた?凄いわよね、セオリア様の一声で日にちが早まったんでしょ?エルメルダ様もとうとうここまで上り詰めたわね。」


「そりゃ躍起になるでしょ。だってセオリア様はエヴァリスお嬢様と相思相愛だったんだから。」


「えっ?そうだったの?」






あー、ライラがここに来たのはお嬢様が継承式を終える少し前だからね…。メイド仲間は過去の日を思い出すかのように淋しく笑う。






「はたから見れば三人でいつも一緒にいらっしゃったけどね…。誰がどう見たって、セオリア様はエヴァリスお嬢様に恋をしていたわよ。」


「あれでいてエルメルダ様は子どもの頃は引っ込み思案でね。いつもエヴァリス様とセオリア様の後にくっついて歩き回っていたわ。」


「そうそう、セオリア様はもともとお優しい性格だったからいつも3人で過ごしていらっしゃったけどね。」



あの継承式から本当に全てが変わってしまったとポツリこぼす。それまではいつもニコニコと誰にでも優しく天真爛漫だった少女は今や王女候補の影として息を殺しながら生きる毎日を送っている。






「はぁ、エヴァリスお嬢様なら誰もが幸せになれる王女様になれるのに…。」


「ライラそれは言うのはよしなさい。エヴァリスお嬢様もそれを受け止めておられるわ。私たちに出来ることなんてなにもないのよ。」




それにエルメルダ様を怒らせたりしたら私たちが辞めさせられてしまうわ…。


そうよねーとお互いに言い合うメイドたちを見てライラは不服そうに目を伏せる。




その時、バタバタと走る音が聞こえてエルメルダ付きのメイドが1人駆け込んできた。






「ねぇ、エルメルダ様が婚約式のドレスと宝飾を新調なさるそうよ。誰かこっちも手伝ってくれない?」


「やだ、この前変えたばかりなのにまた新しくするの?」


「婚約式の後にパーティーを開くらしいわ。そっちの衣装も変わるのよ。もう手が足りないわ…。」






国の民への披露も含まれる婚約式。その後に開かれるパーティーは、王宮にて国の重役や親族が招かれ執り行われるとのことだった。




「ライラ、エヴァリスお嬢様のドレスも用意するそうよ。」


「えっ?今の今までドレス1枚まともに買ったことがなかったのに?」


「まぁ表向きは姉妹として育てられているからね…。婚約式は保守派の方もお見えになるし、流石に何もなしってわけにはいかないんじゃない?」






分かったわ、とライラが答えればエルメルダのメイドはまた直ぐに小走りに何処かへ消えていく。


相変わらずエヴァリスを良いように使うこの家の家族に軽蔑を感じながら、ライラはセンスの悪いランプカバーを向かいのメイドに放ると直ぐ様エヴァリスの元へ向かったのだった。




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